18歳。
高校を卒業して、進学したり、就職したり。少しずつ大人としての人生を歩き始める年齢です。けれど、18歳になったからといって、突然なんでも一人でできるようになるわけではありません。
仕事でつまずいたら家族に相談する。お金に困ったら助けてもらう。どうしてもうまくいかなければ、いったん実家へ帰る。そんな「頼れる場所」を持ちながら、大人になっていく人も少なくないでしょう。
NHK『Dearにっぽん』「18歳 僕の“自立” 〜大阪 児童養護施設の半年〜」に登場する都晴人さんは、この春、就職して児童養護施設を出ることを決めました。
自炊の練習にも励むしっかり者の彼が考える自立とは、「人に頼らないこと」。ところが、施設の職員は、そんな彼の姿を心配していました。施設を出たあと、一人で悩みを抱え、誰にも相談できないまま行き詰まってしまう多くの若者たちを見てきたからです。
自分で働く。自分で暮らす。自分のことは、自分でする。それは確かに自立の一つなのでしょう。でも――。自立したら、「助けて!」って言っちゃダメなのでしょうか。
一人で走れるようになった人だって、ときには転びます。そんなとき、傷を見せられる人や、いったん帰れる場所があることまで「依存」と呼ぶのでしょうか? 18歳の旅立ちを見つめながら、今回は私たち自身にも関わる「自立すること」と「誰かを頼ること」について考えてみたいと思います。
【放送日:2026年9月13日(日)8:25 -8:50・NHK-総合】
【放送日:2026年9月17日(木)1:25 -1:51・NHK-総合】
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18歳になったら、本当に「自立」できる?
18歳と聞くと、ひとつの大きな節目を迎える年齢という印象があります。高校を卒業して就職する人もいれば、大学や専門学校へ進学する人もいるでしょう。けれど、考えてみると不思議です。高校を卒業したその日から、みんなが突然、一人で生きられるようになるわけではありません。
就職しても実家から職場へ通う人はいますし、進学すれば学費や家賃、生活費などを「仕送り」として家族に支えてもらう人もいます。一人暮らしを始めたとしても、仕事で悩めば親に電話したり、お金に困れば相談したり、ときには「もう無理」と実家へ帰ったりすることもあるでしょう。
つまり、多くの18歳は誰かに支えられながら、少しずつ大人になっていきます。ところが、児童養護施設で暮らしてきた若者たちにとって、かつて「18歳」という年齢は、もっと重い意味を持っていました。
児童養護施設は原則として18歳までの子どもを養育する施設で、以前から必要に応じた措置延長などの仕組みはあったものの、18歳は大きな退所の節目でした。その後、社会的養護を離れた若者への支援は少しずつ見直され、2024年度からは「児童自立生活援助事業」が拡充されました。
現在は、単純に「18歳になったから支援終了」とするのではなく、その人の状況や意向などを踏まえ、必要な自立支援を続けられる仕組みへと変わってきています。児童養護施設なども、その支援を行う場所になっています。
制度そのものが、「18歳になったこと」と「一人で生きられること」は同じではない。そんな当たり前のことに、ようやく近づいてきたともいえるのかもしれません。
『Dearにっぽん』に登場する都晴人さんも18歳。この春、就職して、自ら児童養護施設を出ることを決めました。自炊の練習にも励み、一人で暮らす準備を進めています。その姿だけを見れば、立派に「自立」へ向かっているように見えます。
でも、ここでひとつ気になることがあります。普通の18歳が、家族に助けてもらいながら大人になっていくことを、私たちはあまり「自立できていない」とは言いません。それなのに、施設を巣立つ18歳には、「これからは自分の力で生きていかなければならない」という言葉が、ずっと重く響いてきたのではないでしょうか?
そもそも自立とは、18歳という誕生日を迎えた瞬間に完成するものなのでしょうか? もしかすると自立とは、ある日突然誰かに支えてもらわなくなることではなく、支えられながら少しずつ、自分でできることを増やしていくことなのかもしれません。だとしたら、次に考えてみたいことがあります。
「人に頼らないこと」が、本当に自立なのでしょうか?
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「人に頼らないこと」が、自立なの?
料理を作る。洗濯をする。働いてお金を稼ぐ。家賃や光熱費を払い、自分の生活を自分で管理する。児童養護施設を巣立つ若者にとって、どれも大切な力です。『Dearにっぽん』に登場する都晴人さんも、施設を出たあとの暮らしに備えて、自ら料理の練習に励んでいます。
誰かにやってもらうのではなく、自分でできるようになる。それは確かに「自立」へ向かう一歩なのでしょう。けれど、晴人さんが考える自立には、もうひとつの意味がありました。
「人に頼らないこと」。
ここで少し立ち止まってみたくなります。自分でできることを増やすことと、誰にも頼らなくなることは、本当に同じなのでしょうか?かつて児童養護施設では、子どもたちが施設を出たあとに一人でも生活していけるよう、身の回りのことを自分でできるように教えることが、とても大切にされてきました。
そこにはきっと、「困ったときに自分で何とかできなければ、最後に困るのはこの子自身なのだから」という、子どもの将来を案じる大人たちの思いもあったのでしょう。しかし、その言葉を受け取った子どもの側に、
「困っても、人に頼ってはいけない」
「弱音を吐いたら、自立できていない」「何があっても、自分で何とかしなければならない」
という思いまで残ってしまったとしたら、どうでしょう。そもそも私たち大人だって、すべてを一人でやっているわけではありません。病気になれば医師を頼ります。分からないことがあれば詳しい人に聞きます。仕事で行き詰まれば同僚に相談し、つらいことがあれば家族や友人に話を聞いてもらうこともあります。それでも普通は、「自立できていない」とは言われません。
むしろ、自分ではどうにもならないときに、「ここから先は、一人では無理です」と判断できることも、大人として生きていくための大切な力なのではないでしょうか。
もちろん、誰かに頼ればいいと言うのは簡単です。頼れる家族がいる。相談できる友人がいる。困ったときに「助けて」と言える相手がいる。そんな環境で育った人にとっては、それが当たり前に思えるかもしれません。
でも、晴人さんを気にかける担当職員が見つめていたのは、もっと深いところでした。親と暮らすことができなかった子どもたちの中には、人を簡単には信じられない思いを抱えている人もいます。だとしたら――。
「困ったら誰かを頼ればいい」
という一言だけでは、何も解決しないのかもしれません。なぜなら「助けて」と言うためには、その前に、「この人なら、助けてと言っても大丈夫」と思える誰かが必要だからです。
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「助けて」と言うには、信じられる人が必要?
「困ったら、誰かに相談すればいい」
私たちは、つい簡単にそう言ってしまいます。けれど、それが簡単にできる人と、できない人がいるのはなぜなのでしょう。たとえば子どものころから、困ったときに親へ相談すれば話を聞いてもらえた人なら、大人になってからも誰かに助けを求めることへの抵抗は、それほど大きくないかもしれません。
「欲しいものがあるなら親に頼めばいい」
友達からそう言われて、本当に頼める子もいます。もちろん、欲しいものを何でも買い与えることが「信頼」ではありません。ときには「ダメ」と言うことも、子どもを育てるうえでは必要でしょう。でも、本当に必要なものや、本人だけではどうにもならない問題まで、「自分で何とかしなさい」と言われ続けた子どもは、やがて別のことを覚えてしまうかもしれません。
「この人に言っても仕方がない」
「どうせ助けてもらえない」
「だったら最初から、自分で何とかしたほうがいい」
それは、わがままでも意地っ張りでもありません。その子がこれまで生きてきた経験から身につけた、自分を守るための方法なのかもしれません。『Dearにっぽん』で担当職員が見つめているのも、晴人さんのそんな心の奥です。
番組が伝えるのは、親と暮らせない経験をした子どもたちが抱えることのある、人への根深い不信感です。だとしたら、晴人さんに、「一人で抱え込まないで、もっと人を頼りなさい」と伝えるだけでは足りないのでしょう。人を信じられない人に「人を信じなさい」と言っても、信頼は生まれません。必要なのは、その人自身が、
- 「この人は話を聞いてくれた」
- 「困ったときに逃げなかった」
- 「失敗しても見捨てなかった」
という経験を、少しずつ重ねていくことなのではないでしょうか。そう考えると、「助けて」と言えるようになるために必要なのは、本人の努力だけではありません。周りの大人にも、「この人になら、助けてと言っても大丈夫」と思ってもらえる関係をつくり続けることが求められます。
施設を出るまでの半年、晴人さんと対話を続ける担当職員。その人が本当に渡そうとしているものは、料理や家事の技術だけではないのかもしれません。施設を出たあと、何年かたって…。仕事で失敗したとき…。暮らしがうまくいかなくなったとき…。どうしていいか分からなくなったとき…。
そんな日にふと思い出して、「あの人なら、話してもいいかもしれない」と思える誰かがいること。それもまた、社会へ送り出す若者に渡せる大切なものなのではないでしょうか。
そして、それは決して「一人で生きられない」ということではありません。そもそも私たちは、一人で走れるようになったあと、本当に誰の力も借りずに生きているのでしょうか? 自転車だって――。補助輪を外したら、もう二度と転んではいけないのでしょうか?
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補助輪を外したら、もう転んじゃダメなの?
子どものころ、自転車に乗る練習をしたことがある人も多いでしょう。
最初は補助輪をつけて走ります。まだバランスをうまく取れないころは、曲がるたびに補助輪が地面に当たって、ガーッ、ガーッ。少し格好悪い音を立てながら、それでも転ばずに前へ進むことができます。
ところが練習を続けていると、いつの間にか補助輪が地面に触れなくなってきます。自分でバランスを取り、自分でペダルをこぎ、自分で曲がれるようになる。そして、「もう補助輪がなくても大丈夫」と思える日がやってきます。
誰かに年齢を見て決めてもらうのではなく、自分で走れるようになったから補助輪を外す。これを「自立」と考えると、とても分かりやすい気がします。
では、補助輪を外したあとはどうでしょう。もう二度と転ばないのでしょうか。そんなことはありません。石につまずくこともあれば、バランスを崩すこともあります。転んで膝をすりむき、血を流しながら家へ帰ったことがある人もいるでしょう。
そんなとき、「一人で自転車に乗ると決めたんだから、自分で何とかしなさい」とは、普通は言いません。傷を洗ってもらう。消毒してもらう。絆創膏を貼ってもらう。それでも済まないほどの怪我なら、大人に助けを求めて病院へ行くことだってあります。でも、それを私たちは「依存」とは呼ばないでしょう。
傷が治れば、また自分で自転車に乗って出かけるからです。もしかすると大人になることも、これと似ているのかもしれません。
自分で働く。自分で暮らす。自分で考えて、自分で決める。少しずつ補助輪を外していく。けれど、自立したからといって、人生で二度と転ばなくなるわけではありません。
仕事を失うかもしれない。お金に困るかもしれない。人間関係につまずくかもしれない。自分の力だけでは、どうにもならない日が来るかもしれません。そんなとき、「助けて」と言うことは、本当に自立を失うことなのでしょうか。
むしろ、自分ではどうにもならないと気づき、誰かの力を借り、傷を治して、もう一度自分で走り出す。そこまで含めて「自立」と呼んでもいいのではないでしょうか。
考えてみれば、補助輪を外すことと、帰る場所をなくすことは同じではありません。一人で自転車に乗れるようになっても、家はそこにあります。転んだときには帰っていい。泣いたっていい。傷を治してもらったっていい。そして元気になったら、また自分で走ればいいのです。
だとしたら、児童養護施設を巣立っていく18歳にも必要なのは、「もう一人で走れるよね」と送り出すことだけではないのかもしれません。補助輪を外したその先にも、「転んだら、ここへ帰ってきていいよ」と言ってくれる場所があること。それこそが、一人で走り続けるための力になるのではないでしょうか。
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「帰ってきてもいい場所」が、自立を支える?
児童養護施設を出る日。
それは、そこで暮らしてきた若者にとって、新しい人生の始まりなのでしょう。就職して、自分で働く。自分で部屋を借り、自分で食事を作り、自分のお金で暮らしていく。晴人さんも、その日に向かって準備を続けています。担当職員もきっと、晴人さんが自分の力で歩いていけるようになってほしいと願っているのでしょう。
でも『Dearにっぽん』の番組概要には、もう一つ気になる言葉があります。施設を出たあとも、職員は「関わり続けようとする」というのです。なぜ、そこまで関わろうとするのでしょう。ここまで「自立」について考えてきた私たちには、その意味が少しだけ見えてきたような気がします。
一般の家庭でも、18歳で高校を卒業し、就職や進学をきっかけに家を離れる人はいます。遠い街へ引っ越して、一人で暮らし始める人もいるでしょう。それでも、多くの場合、故郷の実家までなくなるわけではありません。
普段はまったく頼らなくてもいい。何年も帰らないかもしれない。それでも心のどこかに、「どうしてもダメだったら、帰れる場所がある」と思えることがあります。
結婚して家庭を持ったあとだって同じです。仕事のこと。お金のこと。子育てのこと。自分たちだけではどうにもならなくなったとき、家族や友人に話を聞いてもらうだけで、もう一度前を向けることがあります。
誰かに人生を代わってもらうわけではありません。最後に決めるのも、自分。もう一度歩き出すのも、自分です。でも、その一歩を踏み出すまで、隣にいてくれる人がいる。それは「依存」ではなく、私たちが生きていくうえで必要な支えなのではないでしょうか。
だとしたら、施設を巣立つ若者にも同じものがあっていいはずです。18歳になったから。就職したから。一人暮らしを始めたから。それだけで、それまで築いてきた人との関係まで終わらせる必要はありません。
むしろ施設を出たあとにこそ、仕事を辞めたいと思う日が来るかもしれない。お金が足りなくなるかもしれない。誰かに傷つけられるかもしれない。
自分でもどうしたらいいのか分からなくなる夜が来るかもしれません。そんなとき、たった一人でも、「あの人なら話を聞いてくれる」と思い出せる人がいる。電話をかければ、「どうした?」と言ってくれる人がいる。もしかすると、担当職員が晴人さんとの半年間で残そうとしているのは、そんな関係なのかもしれません。
「一人で生きていけるようになりなさい」ではなく、「一人で生きていっていい。でも、一人で抱え込まなくていい」ということ。それは、子どもをいつまでも自分たちのもとに置いておくこととは違います。
自転車の補助輪は、もう外していい。自分でペダルをこいで、自分の行きたい場所へ走っていっていい。けれど――。転んだときに帰ってくる場所まで、なくさなくていいのです。
傷を治したら、また走り出せばいい。何度転んだっていい。そして、いつの日か自分が誰かに、「困ったら、ここへ帰ってこいよ」と言える人になるかもしれません。そうやって人は、誰かに支えられながら、いつしか誰かを支える側にもなっていくのでしょう。
自立とは、誰にも頼らなくなることではない。自分の人生を自分で走りながら、それでも必要なときには「助けて」と言えること。その「助けて」を受け止めてくれる場所があるからこそ、人は安心して遠くまで走っていけるのかもしれません。
児童養護施設を出ることは、関係の終わりではない。むしろ、「ここから先も、あなたは一人じゃない」そんな言葉を胸に、新しい道へ走り出す日であってほしいと思います。
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まとめ|「助けて」と言える人がいるから、遠くまで行ける
子どものころ、自転車に乗れるようになった日のことを覚えているでしょうか? 補助輪が外れて、自分の力だけで走れたとき。少し怖かったけれど、どこまでも行けるような気がしたものです。
でも、大人になった今も、私たちはときどき転びます。仕事がうまくいかなかったり、人との関係に悩んだり、自分ではどうにもできないことに出会ったり…。
そんなとき、誰かに「助けて」と言うことは、自立できていない証拠なのでしょうか。きっと、そうではないのでしょう。自分でできることは、自分でする。自分で考え、自分で決め、自分の人生を自分で走っていく。
でも、転んだときには誰かの手を借りてもいい。傷が深ければ、いったん帰ってもいい。そして傷が治ったら、また自分で走り出せばいいのです。
もしかすると自立とは、誰の力も借りずに生きられるようになることではなく、「一人では無理」と気づいたときに、「助けて」と言えることまで含めて、自分の人生を生きていくことなのかもしれません。
帰れる場所があるから、遠くまで行ける。話を聞いてくれる人がいるから、新しいことにも挑戦できる。そして、自分が誰かに支えてもらったことがあるからこそ、いつか誰かが転んだとき、「大丈夫。ここにいるよ」と言えるのかもしれません。
補助輪は、いつか外れます。それでも、人と人とのつながりまで外す必要はありません。今日も私たちは、それぞれの道を走っています。ときには誰かに支えてもらいながら。そして、ときには誰かを支えながら…。
それでいいのだと思います。
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