「湘南らしい」って、誰が決めた?|江ノ電を途中下車して見つけた“いま作られている湘南”【ぶらり途中下車の旅】

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「湘南らしいもの」と聞いたら、何を思い浮かべますか?青い海、江ノ電、富士山、サーフィン、湘南生しらす?鎌倉まで足を延ばせば、古い寺社や小町通りのにぎわいもあります。どれも確かに「湘南らしい」風景です。

でも、今回の『ぶらり途中下車の旅』で水森かおりさんが江ノ電沿線を歩いて見つけるのは、昔からある名物ばかりではありません。湘南のフルーツを使ったジャムドリンク。鎌倉で育てたブドウから造るワイン。江ノ電や富士山を描いた手彫りのビーチサンダル。そして長谷には、夫婦で営む本革と彫金のオーダーメイドのお店も登場します。

どれも今では「湘南らしいね」と言いたくなるものばかり。でも、よく考えてみると不思議です。ビーチサンダルだって、鎌倉で生まれたものではありません。ワインも、もちろん鎌倉発祥ではありません。それでも、この土地で暮らす人が「ここで作ってみよう」と手を動かし、湘南の果物や風景、暮らしと結びついたとき、それは少しずつ「湘南らしいもの」になっていきます。だとしたら――

「湘南らしい」って、いったい誰が決めているのでしょう。昔からそこにあるものだけが、その土地らしさではないのかもしれません。

誰かが今日始めたものが町の人に愛され、いつか当たり前の風景になっていく。そうやって街の「らしさ」は、今この瞬間にも作られているのではないでしょうか。今回は水森かおりさんと一緒に江ノ電を途中下車しながら、ちょっと新しい「湘南らしさ」を探してみましょう。

【放送日:2026年9月12日(土)9:25 -10:30・日テレ】

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第一章 見る角度が変わると、「同じもの」も違って見える?

江ノ電の旅は、鎌倉から始まります。水森かおりさんが訪れるのは、ちょっと不思議な立体の世界。そこにあるのは、一見すると「どうなっているの?」と思ってしまうような作品です。

正面から見た姿と、鏡に映った姿が違う。見る場所を少し変えただけなのに、それまで見えていたものとは別の形が現れる。頭では「同じものを見ている」と分かっているのに、目の前の景色がそれを裏切ってくるから面白いんですよね。

でもこれ、今回の江ノ電の旅にも少し似ているのかもしれません。鎌倉や湘南には、私たちがいつの間にか思い浮かべる「らしい風景」があります。海があって、江ノ電が走っていて、遠くに富士山が見える。もちろん、それも湘南です。

けれど、いつもの観光地から少しだけ途中下車してみると、これまでとは違った湘南が見えてきます。地元の果物をジャムにする人がいて、鎌倉でブドウを育ててワインを造る人がいる。海辺で履くビーチサンダルには、誰かが好きな湘南の風景を彫り込んでいる。

同じ街なのに、誰の目を通して見るかによって、違う「湘南」が現れる。不思議な立体を見るときのように、ほんの少し見る角度を変えるだけで、街にも今まで気づかなかった姿が隠れているのかもしれません。まずは鎌倉駅から、いつもの「湘南」を少し違う角度から眺める旅の始まりです。

鎌倉不思議立体ミュージアム

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第二章 「湘南の味」は、果物のままじゃなくてもいい?

鎌倉駅から小町通りへ。水森かおりさんが見つけるのは、湘南のフルーツを使ったジャムのお店です。色とりどりの瓶が並ぶなか、ちょっと気になるのが「ジャムドリンク」。ジャムといえば、パンやヨーグルトに添えて食べるもの。そんなイメージがありますが、ここではジャムをドリンクとして楽しみます。

考えてみれば、ジャムそのものが不思議な食べ物です。果物は、そのままではいつまでも同じおいしさを保つことができません。旬があり、たくさん実る時期があり、やがて季節が過ぎていく。だから人は昔から、砂糖と一緒に煮ることで、そのおいしさを少し先の季節まで残してきました。

湘南で育った果物も、ジャムになれば姿を変えます。そして、それをさらにドリンクにすれば、また違った楽しみ方が生まれる。その土地で生まれたものを大切にすることは、昔からの食べ方を変えずに守ることだけではないのでしょう。今の暮らしに合った形に変えて、新しい「おいしい」を作ることも、その土地らしさをつないでいく方法なのかもしれません。

そう考えると、「湘南らしい味」も一つではなさそうです。海辺で食べる昔ながらの味があれば、湘南の果物から生まれた新しい一杯もある。どちらかだけが、本当の湘南というわけではありません。昔からあるものの隣で、今日も誰かが新しいものを作っている。江ノ電の旅で出会う「湘南らしさ」が、少しずつ広がってきました。

湘南フルーツクラフト鎌倉店

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第三章 「鎌倉らしいもの」は、今から作ってもいい?

次に水森かおりさんが訪れるのは、鎌倉でワイン造りに取り組むワイナリーです。ワインと聞いて、すぐに鎌倉を思い浮かべる人は、それほど多くないかもしれません。けれど、ここでは鎌倉市内の畑でブドウを育て、その土地から生まれるワインを造ろうとしています。

ちょっと面白いですよね。私たちは「その土地らしいもの」と聞くと、何十年、何百年も前からそこにあったものを想像しがちです。鎌倉なら寺社や古い町並み。海へ近づけば、漁業やしらすといった昔から土地に根づいてきたものもあります。

でも、最初から「名物」だったものなんて、本当は一つもありません。誰かが始め、それを続ける人がいて、少しずつ街の風景になっていったものを、後から私たちが「この土地らしい」と呼ぶようになったのでしょう。だったら、鎌倉のワインだって同じなのかもしれません。

昔から鎌倉にワインがあったかどうかより、今この土地でブドウを育てようとしている人がいる。その小さな始まりのほうが大切なのではないでしょうか。しかも、街の中に残された土地も、使う人がいなくなれば、やがて風景から消えてしまいます。そこへ新しい人がやってきて、もう一度何かを育て始める。

昔と同じものを作るわけではなくても、土地と人とのつながりは、そこで新しく結び直されていきます。今はまだ「鎌倉といえばワイン」と答える人は少ないでしょう。けれど10年、20年と続いたらどうでしょう。

いつか鎌倉を訪れた人が、ごく普通に「鎌倉のワイン、飲んでみたいね」と話す日が来るかもしれません。「鎌倉らしさ」は、昔から残っているものだけではなく、今から作っていくこともできる。江ノ電を途中下車していると、そんな新しい鎌倉も見えてきます。

鎌倉ワイナリー・ドメーヌナツメ

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第四章 ビーチサンダルに彫ったら、「湘南らしく」なる?

海辺の街を歩いていると、ビーチサンダルは不思議なくらい風景になじみます。水森かおりさんが出会うのは、そんなビーチサンダルに一つひとつ手で模様を彫っていくお店です。使われているのは「島ぞうり」と呼ばれる、沖縄で広く親しまれてきたビーチサンダル。

表面に切り込みを入れて彫り進めると、下にある色が現れ、それが絵柄になります。つまり、ビーチサンダルそのものも、手彫りという文化も、もともと鎌倉で生まれたものではありません。ところが、そこに江ノ電や富士山といった風景が彫られると――なんだか急に「湘南らしい!」と思えてしまいます。

これって、ちょっと不思議ですよね。私たちは何を見て、「湘南らしい」と感じているのでしょう。生まれた場所でしょうか?昔から続いてきた歴史でしょうか?それとも、海や江ノ電、富士山といった、この街で見てきた風景でしょうか?

考えてみれば、街の文化は、その土地だけで生まれたものばかりではありません。外からやってきたものが、その土地の暮らしや風景と出会い、少しずつ「この街らしいもの」になっていくこともあります。鎌倉で彫られる一足のビーチサンダルも、その小さな一例なのかもしれません。

「湘南らしさ」は、どこで生まれたかだけでは決まらない。この街を好きな人が、自分の好きな風景を一つずつ形にしていく。そうして新しい「湘南らしいもの」が、今日も増えているのでしょう。

Yukky Zouri(ユッキーぞうり)

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第五章 新しい店も、いつか「街の風景」になる?

長谷で水森かおりさんが出会うのは、夫婦で営む本革と彫金のオーダーメイドのお店です。鎌倉というと、何百年もそこに建っている寺社や、昔ながらの店を思い浮かべるかもしれません。けれど、街を歩いていると、その間に新しく生まれた小さなお店があることに気づきます。

革を扱い、金属を彫り、一人ひとりのための品物を作る。大量に同じものを並べるのではなく、「こんなものが欲しい」という人の声を聞きながら、手を動かして一つのものにしていく。そんな店もまた、いまの鎌倉を作っている場所の一つなのでしょう。

考えてみれば、街に新しい店ができたその日は、それまでの風景にはなかった「新参者」です。最初は誰も知らない店だったものが、近所の人に知られ、旅人が扉を開け、何年もそこで仕事を続けていく。やがて「あそこに、あのお店があるよね」と言われるようになれば、少しずつ街の風景になっていきます。

それは、第三章で出会ったワインや、第四章のビーチサンダルにも通じるのかもしれません。街らしさは、昔からそこにいる人だけで作られるものではない。この場所を好きになって、「ここで何かを作りたい」と思った人たちもまた、その続きを作っていく。

ただ、それは東京や横浜と同じものを持ってくればいい、ということでもなさそうです。どこの街にもあるものを増やすだけなら、街は少しずつ同じ顔になってしまいます。外からやってきた人や新しい文化が、その土地の空気や暮らしと出会って、そこでしか生まれないものへ変わっていく。

そんな積み重ねの先に、新しい「鎌倉らしさ」が生まれるのでしょう。もしかしたら何十年か先には、今は新しいこの店も「長谷に行ったら、あそこだよね」と言われているかもしれません。「昔からある鎌倉」も、最初の日には新しかった。そう思うと、私たちが今日歩いている街の中にも、未来の「鎌倉らしさ」がひっそり生まれているのかもしれません。

Dahliacyan(ダリア シアン)

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最終章 変わり続ける湘南で、変わらないものは?

江ノ電の旅の最後に待っているのは、江の島から眺める夕陽です。一日かけて歩いてきた鎌倉や湘南では、いろいろな「湘南らしいもの」に出会いました。

湘南のフルーツから作られたジャムドリンク。鎌倉で育てたブドウから造るワイン。江ノ電や富士山の風景を彫ったビーチサンダル。そして長谷で、自分たちの手でものづくりを続ける夫婦。どれも、ずっと昔からそこにあったものではありません。誰かがこの土地を好きになり、「ここでやってみよう」と始めたものです。

考えてみれば、今では湘南の代名詞のようになったサーフィンだって同じでした。海岸にサーファーが増え、サーフショップができ、音楽やファッションと結びつき、いつしか「湘南」と聞けばサーフボードを思い浮かべるほど、この街の風景になっていきました。街は、そうやって少しずつ変わり続けています。

けれど――。そんな人間の営みとは関係なく、ずっと昔から繰り返されてきたものもあります。海の向こうへ沈んでいく夕陽。そして空気の澄んだ日には、その向こうに浮かぶ富士山。

新しい店ができる前から。江ノ電が走る前から。湘南が「湘南らしい」と呼ばれるようになる、もっとずっと前から、この風景はここにありました。人が「湘南らしいもの」を作ってきた一方で、この風景に惹かれた人たちが「湘南らしさ」を作ってきたのかもしれません。

海が好きだから、ここで暮らす。この景色が好きだから、ここで店を始める。ここで採れたものを使って、何かを作ってみる。そして、自分が好きな江ノ電や富士山をビーチサンダルに彫ってみる。そうして生まれた新しいものが街に残り、いつの日か「湘南といえば、これだよね」と呼ばれるようになる。

だとしたら、「湘南らしい」って誰か一人が決めるものではないのでしょう。昔から変わらない風景を好きになった人たちが、それぞれの時代に少しずつ作り足してきたもの。それが、私たちの思い浮かべる「湘南」なのかもしれません。今日生まれたものも、いつかこの街の当たり前になる。そんな変わり続ける湘南を、変わらない夕陽が今日も静かに照らしています。

夏の江の島!夕陽の絶景穴場 富士見浜(西浦漁港)

(出典:Googleマップ)
(出典:Googleマップ)

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