東京じゃないのに、なぜ「江戸前のアワビ」?|横須賀・鴨居の海から考える“江戸前”の現在【食彩の王国】

江戸前アワビの暮らす海 BLOG
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「江戸前」と聞いて、どんな海を思い浮かべるでしょうか? 東京湾であることは分かっていても、なんとなく品川や羽田あたりまで…。江戸の町のすぐ目の前に広がっていた海を想像する人も多いかもしれません。

ところが今回の『食彩の王国』の主役は、「江戸前のアワビ」。そのアワビが獲れるのは、東京都内ではありません。東京湾の入り口、神奈川県横須賀市の鴨居港です。

「えっ、横須賀で獲れても江戸前なの?」

そう思って調べてみると、「江戸前」という言葉は、私たちがなんとなく思い描いているよりも、ずっと広い海を指すようになっていました。

けれど、気になることはもう一つあります。江戸前のアワビを育ててきた海では今、海藻が失われる「磯焼け」が進み、神奈川県のアワビ資源も厳しい状況にあります。それでも海へ潜り、アワビを獲る漁師たちがいる。そして彼らは、獲るだけではなく、これからもアワビが育つ海を残そうとしています。

「江戸前」とは、いったいどこまでなのでしょう。そして、これから先も「江戸前のアワビ」を味わい続けるために、私たちはどんな海を残していけばいいのでしょうか。今回は横須賀・鴨居の海から、昔から続いてきた「江戸前」と、その現在を考えてみたいと思います。

【放送日:2026年9月12日(土)9:30 -9:55・テレビ朝日】

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「江戸前」って、そもそもどこまで?

「江戸前」と聞くと、どのあたりの海を思い浮かべるでしょうか?
なんとなく、品川や羽田あたりまで…? 江戸の町から眺められる、すぐ目の前の海――そんな景色を想像すると、「横須賀で獲れたアワビも江戸前です」と言われても、少し不思議な感じがします。そもそも「江戸前」という言葉は、現在のように東京湾全体をきれいに線で囲んで生まれたものではありません。

江戸時代、隅田川の河口に広がる江戸湾では、浅草川や深川周辺でウナギやアナゴ、アサリ、アオヤギなど、さまざまな魚介が獲れていました。それらを江戸の人々が食べ、寿司や天ぷら、蒲焼きといった料理へと仕立てていくなかで、「江戸前」は単なる産地だけでなく、江戸独特の調理法や流儀まで表す言葉へと広がっていきます。つまり、「江戸前」は最初から厳密な住所を持った言葉ではなかったのです。

そして現在では、「江戸前の魚介」という言葉が、東京湾で獲れる魚介を指して使われることも珍しくありません。水産庁の資料でも、東京湾で獲れる魚介を「江戸前の魚」と表現しています。そう考えると、東京湾の入り口に位置する横須賀・鴨居で獲れるアワビを「江戸前のアワビ」と呼ぶことも、それほど不思議ではなくなってきます。

でも、ここで少し面白いことに気づきます。「江戸前」という言葉は、江戸の目の前にあった海から始まり、時代とともにその意味を広げてきました。だったら大切なのは、「江戸前はどこまでなのか?」という境界線だけではないのかもしれません。

その海で魚や貝が育ち、それを獲る人がいて、料理する人がいて、食べる人がいる。そんなつながりまで含めて「江戸前」という食文化が続いてきたのだとしたら――。横須賀・鴨居の海で獲れるアワビもまた、現代の「江戸前」を形づくる海の幸のひとつなのでしょう。そして、その鴨居の海では、いったいどんな環境がアワビを育てているのでしょうか?

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なぜ横須賀・鴨居で、アワビが育つ?

横須賀市・鴨居。地図を見ると、東京湾がぐっと狭くなって浦賀水道へと続いていく、その入り口に近い場所です。ここを拠点にアワビ漁をしているのが、漁師の門脇直行さんと息子の圭介さんです。「でも、横須賀の鴨居で、そんなに立派なアワビが獲れるの?」横須賀に馴染みがある人ほど、少し意外に感じるかもしれません。

アワビが暮らすのは、砂地ではなく主に沿岸の岩礁域です。そして、その周囲に生えるアラメやカジメなどの海藻は、アワビにとって大切な食べ物になります。つまり、アワビが育つためには、隠れることのできる岩場と、食べることのできる海藻がある海が必要なのです。

神奈川県も、アラメやカジメの群落が近く、流れ藻が海底にあることなどを、アワビ漁場に適した条件として挙げています。

門脇さん親子は、そんな横須賀の海へ酸素ボンベを背負わずに潜ります。素潜りです。海底でアワビを見つけても、ただ力任せに剥がせばいいわけではありません。身や殻を傷つけないよう、一つひとつ丁寧に岩から外していきます。

しかも父と息子の二人で漁をするときは、一人が海へ潜り、もう一人がその姿を見守るといいます。門脇さん自身が語っているように、もし潜った相手が上がってこなければ、すぐ助けに行かなければならない。一枚のアワビが食卓に届くまでには、私たちが寿司店のカウンターからは見ることのできない、命を預ける仕事があります。

そして、ここで少し気になることがあります。アワビを育てるためには海藻が必要です。ところが今、神奈川の海では、その海藻が失われる「磯焼け」が問題になっています。県によると、アワビの漁獲量は1970年代には年間70トンほどに達したものの、その後減少。近年はカジメやアラメなどの群落が減ったことで、アワビの餌不足も起きています。

三浦半島でも、その変化はすでに現実のものです。ただし、ここは少し丁寧に見ておきたいところ。近年の神奈川県の調査では、磯焼けによる藻場消失が特に深刻なのは三浦半島の相模湾側。一方、東京湾側では2022年の藻場面積が1990年と比べておおむね同程度だったとされています。つまり「三浦半島の海藻が全部なくなっている」と考えるのも正確ではありません。

それでも、海水温の上昇や植食性魚類による食害など、海の環境は確実に変わっています。神奈川県も現在、磯焼けによって海藻や貝類などの定着性生物に変化が現れているとしています。

だからこそ、鴨居で立派なアワビが獲れることを、「横須賀の海は豊かなんだ」だけで終わらせることはできないのでしょう。アワビがいるということは、そのアワビを育てる岩場があり、海藻があり、その海を知る漁師がいるということ。一つのアワビの向こうには、ひとつの海の環境があります。では、その同じ海で獲れるという「黒アワビ」と「白アワビ」。見た目の色が違うだけなのでしょうか?

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黒アワビと白アワビ、何が違う?

「黒アワビ」と「白アワビ」。そう聞くと、黒い殻のアワビと白い殻のアワビ――そんな違いを想像してしまいます。ところが、単純に「色が違う」という話ではありません。神奈川県の沿岸には、クロアワビ、メガイアワビ、マダカアワビという3種類のアワビが生息しています。つまり、そもそも同じ「アワビ」という一種類の貝ではないのです。

今回の『食彩の王国』に登場する「黒アワビ」は、その名のとおりクロアワビ。では「白アワビ」は? ここは少し注意が必要です。「白アワビ」という標準和名のアワビがいるわけではありません。番組では柔らかく甘みのあるアワビを「白アワビ」と紹介していますが、神奈川に生息する種類から考えると、メガイアワビなどを地域や漁師さんが「白」と呼んでいる可能性があります。

実際、神奈川県の研究ではクロアワビとメガイアワビは生息する水深にも違いがあり、クロアワビが比較的浅い場所に暮らすのに対し、メガイアワビやマダカアワビはより深い場所に生息することが示されています。そして番組で強調されるのが、食べたときの違いです。

黒アワビは身が締まり、噛むほどに濃厚な旨みが広がる。一方の白アワビは、より柔らかく、甘みを感じやすい。だから門脇さん親子の漁師メシでも、同じ料理にはしません。柔らかな白アワビは刺身に。身の締まった黒アワビは酒蒸しに。どちらが上なのかを決めるのではなく、それぞれの個性に合った食べ方を選ぶのです。

これは料理人にとっても面白い食材なのでしょう。寿司なら、アワビそのものの食感と磯の香りを味わう。中華では金華ハムのスープという強いうま味と合わせる。そして「ラ・ロシェル山王」の楠野大シェフは、同じ海で育ったアカモクまで組み合わせ、漁師メシを懐石フレンチへと変えていきます。

一つの海で獲れたアワビなのに、種類が違えば食感も味わいも違う。さらに料理する人が変われば、その魅力の引き出し方も変わります。

でも、ここで一つ気になることがあります。神奈川県の研究では、かつて多かったメガイアワビの漁獲量が2005年以降減少し、2018年以降はクロアワビのほうが多くなっています。そして研究者は、比較的深い場所の藻場が失われたことが、深い場所に暮らすメガイアワビの資源減少につながった可能性を指摘しています。

つまり「黒と白を食べ比べられる」ということも、決して当たり前ではないのです。黒には、黒が暮らしやすい海がある。白には、白が暮らしやすい海がある。私たちが料理の皿の上で楽しんでいる「黒と白の違い」は、海の中にある環境の違いまで映しているのかもしれません。

そして、その環境が変わり始めているとしたら――。「江戸前のアワビ」は、これから先も同じように獲れ続けるのでしょうか?

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「江戸前のアワビ」は、これからも獲れる?

「東京湾の海は、昔と比べればきれいになった。」そんな話を聞くことがあります。確かに、かつてのように水質汚濁だけを東京湾の問題として考える時代ではなくなってきました。けれど、海がきれいになったことと、生き物にとって暮らしやすい海であり続けることは、同じではありません。

いま神奈川の海で起きている大きな変化のひとつが、海水温の上昇です。水温が変われば、そこに暮らす生き物も変わります。神奈川県ではすでに、海水温の上昇に伴う魚介類の分布変化や、海藻が消えてしまう「磯焼け」が確認されています。

磯焼けというと、「暑くなって海藻が枯れた」と考えたくなります。でも、実際はもう少し複雑です。三浦半島では、海藻を食べるアイゴやウニなどが以前から生息していました。ところが水温が上がると、こうした生き物が冬になっても活発に海藻を食べるようになります。

海藻が育つ量より、食べられる量のほうが多くなる。そのバランスが崩れることで、海底から藻場が消えていくのです。神奈川県水産技術センターも、温暖化や黒潮の流れの変化などによる水温上昇が、こうした磯焼けの背景にあると説明しています。

そして藻場がなくなれば、困るのは海藻だけではありません。アワビにとって、カジメやアラメなどの大型海藻は大切な食べ物です。実際、神奈川県がアワビの親貝を増やそうとした試験では、大楠や長井で当初は親貝が増えたものの、磯焼けによって大型褐藻類が激減すると、アワビの密度も大きく低下しました。

つまり、アワビだけを増やせば、アワビが戻ってくるわけではない。アワビを守ろうと思えば、その餌になる海藻を守り、海藻が育つ岩礁を守り、さらに海全体の環境を見なければならないのです。だからこそ、今回登場する門脇さん親子が取り組んでいる「守り育てる漁業」に意味があります。

漁師は、海から獲る人です。でも、今日たくさん獲ることだけを考えていたら、明日潜ったとき、そこには何もいないかもしれません。獲るからこそ、海の変化を知っている。獲り続けたいからこそ、産卵する親貝や、次の世代が育つ環境を残していく。そこには、一見すると矛盾するような、「獲るために、獲りすぎない」という漁師の仕事があります。

「江戸前のアワビ」という名前は、ずっと残るかもしれません。でも、その名前を付けられるアワビが横須賀の海からいなくなってしまったら、それは本当に「江戸前」が残ったことになるのでしょうか? 江戸前を未来へ残すということは、昔ながらの名前を残すことではなく、その名前を名乗れる海を残すことなのかもしれません。

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「江戸前」を残すって、何を残すこと?

「江戸前」と聞けば、多くの人は寿司を思い浮かべるかもしれません。コハダ、アナゴ、シャコ――。江戸の町で育まれた食文化は、今も東京を代表する味として受け継がれています。けれど今回、『食彩の王国』が見せてくれたのは、その江戸前の始まりが、料理ではなく海にあるということでした。

横須賀・鴨居で素潜り漁を続ける門脇さん親子。寿司職人が握るアワビ。中華料理人が土鍋へ閉じ込める旨み。そしてフレンチのシェフが、同じ海で育ったアカモクと組み合わせて生み出す新しい一皿。どの料理も違って見えますが、出発点はすべて同じです。

東京湾の海で育った、一つのアワビ。だからこそ、その海が変われば、食卓も変わります。海藻が減れば、アワビの餌が減る。磯焼けが進めば、アワビだけでなく、サザエやウニなど磯の生き物たちにも影響が広がっていく。

神奈川県では、藻場を守るための研究や、種苗放流など「獲る」だけではない取り組みが続けられています。漁師や研究者は、豊かな海を次の世代へつなぐために、海そのものを育てようとしているのです。

考えてみれば、「江戸前」という言葉は不思議です。江戸時代には、江戸の人々の目の前に広がる海を表していた言葉が、時代を越えて横須賀の鴨居で獲れるアワビにも受け継がれている。それは地図の線が広がったからだけではないのでしょう。

そこには、海で命を育てる人がいて。命を丁寧に獲る人がいて、その味を最高の一皿へ仕立てる料理人がいて、そして「おいしい」と笑顔になる私たちがいます。

「江戸前」を残すということは、昔の名前を残すことではありません。その名前を、これからも胸を張って名乗れる海を残すこと。東京ではない横須賀の海で出会った「江戸前のアワビ」は、そんな当たり前でありながら忘れがちなことを、静かに教えてくれた気がします。


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