タイと聞いて、何を思い浮かべるでしょうか?
黄金に輝く寺院、エメラルド色の海、南国の花々。そして世界中から旅人が集まるビーチリゾート。「微笑みの国」と呼ばれるタイには、どこか穏やかで、昔から変わらずそこにあったような風景が広がっています。
ところが――。その足元にある大地まで、昔からそこにあったわけではありません。時計を数億年前まで巻き戻すと、現在のタイをつくる大地の一部は、今とはまったく違う場所にありました。それはやがて巨大な大陸から離れ、海を越えて北へ向かいます。しかも旅立ったのは、一つの大地だけではありません。
先に旅立った大地。そのあとを追うように海を渡った大地。二つの間には、今では地球上から姿を消してしまった広大な海がありました。長い時間をかけて海は狭まり、やがて大地と大地が出会います。しかし、物語はそこで終わりません。さらに1億年以上もの時を経て、南から巨大なインド亜大陸が北上してきます。その衝突によって生まれた力はヒマラヤを隆起させるだけでは収まらず、遠く東南アジアの大地にも及びました。
押される大地。ずれる大地。そして――回転する大地。いったいタイの地下で、何が起きたのでしょう? その手がかりは、現在のタイ各地に残されています。極楽浄土を思わせる花々。大蛇が横たわっているような奇妙な山。森の中を流れ落ちる純白の滝。ミャンマーとの国境に現れる巨大瀑布。そして世界的なビーチリゾートのすぐ裏側にそびえる、不思議な奇岩群。
一見すると何の関係もなさそうな絶景を一つずつ紐解いていくと、その地下から浮かび上がってくるのは ――何億年もの時間をかけて、大海を旅してきた大地の記憶です。タイは、どこからやってきたのか?「微笑みの国」の美しい風景を訪ねながら、今度はその足元に眠る、想像を超えた大地の旅を追いかけてみましょう。
【放送日:2026年8月22日(土)21:00 -22:30・NHK-BSP4K】
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タイは最初からタイではなかった──大海へ旅立った二つの大地
地図を開いて、東南アジアを見てみます。中国の南にベトナム、ラオス、カンボジア、そしてタイ。タイから南へ目を移せば、細長いマレー半島がマレーシア、シンガポールへと続いています。あまりにも見慣れた地図なので、「この大地は、ずっと昔からここにあった」と思ってしまいます。
ところが地球の時計を数億年巻き戻してみると、そこには現在とはまったく違う世界が広がっていました。タイはまだ、ありません。東南アジアも、現在の形では存在していません。そして現在のタイをつくっている大地の一部は、はるか南――ゴンドワナ大陸の縁辺にありました。
「タイ」という一枚の大地があったわけではない
ここで最初の意外な事実があります。現在のタイの地下を地質学的に調べていくと、その大地は単純な一枚岩ではありません。今回の物語で特に重要になるのが、インドシナ地塊とシブマス地塊です。
「地塊」とは簡単にいえば、長い地球史の中で移動し、ほかの大地と衝突・合体してきた、まとまった地殻のブロックのこと。現在では一続きの東南アジアをつくっている二つですが、かつては別々の場所にありました。しかも――二つは同時に旅立ったわけでもありません。

先に旅立ったインドシナ地塊
最初に北へ向かったのは、インドシナ地塊でした。その起源や分裂年代の細部には研究上の議論がありますが、古生代にはゴンドワナ側から離れ、シブマスより早い時期に北へ移動していったと考えられています。
大陸が動く。今の私たちには「プレートテクトニクス」という知識がありますから、言葉としては理解できます。でも想像してみると、とんでもない話です。人間が歩く速さとは比べものにならないほどゆっくりと――おそらく一年に数センチほどの世界で、大地そのものが何千万年、何億年とかけて場所を変えていく。
そしてインドシナ地塊が北へ移動すると、その後ろには海が広がっていきました。後に二つの大地を隔てることになる、古テチス海です。
もう一つの大地は、まだ南にいた
ところがそのころ、もう一人の主人公はまだ出発していませんでした。シブマス地塊。現在のミャンマー東部からタイ西部、そしてマレー半島方面へとつながる大地の重要な部分です。
古生代のシブマス地塊は、現在のオーストラリア北西部に近いゴンドワナ大陸の縁辺に位置していたと考えられています。つまり、現在タイで私たちが踏んでいる大地の一部を何億年も巻き戻していけば、オーストラリア近くまで帰ってしまう。「タイは、どこからやってきたのか?」という今回のタイトルが、ここで急に現実味を帯びてきます。
岩石には「寒かったころ」の記憶が残っていた
では、どうしてそんな昔の大地の位置が分かるのでしょう。もちろん、数億年前の地球を人工衛星が撮影していたわけではありません(笑)。手がかりの一つが、岩石です。
シブマス地塊には、ゴンドワナ南部の寒冷な環境との関係を示す堆積物や化石群が残されています。ところが北へ移動した後の時代になると、今度は暖かな低緯度の海で形成された石灰岩などが広がるようになります。
寒い場所で残された記録。その後に現れる、暖かな海の記録。岩石を年代順に読み解けば、「この大地は、環境の違う場所を移動してきたのではないか」という旅の軌跡が浮かび上がってきます。岩石は、動いているところを誰にも見られていません。それでも自分自身の中に、旅の履歴書を残していたのです。
そしてシブマスも海へ出た
およそ2億9000万~2億7000万年前ごろ。シブマス地塊もゴンドワナから離れ、北へ向かう旅を始めたと考えられています。そのころには、インドシナ地塊はずっと先にいます。
二つの大地の間に広がるのは古テチス海。地球を上空から眺められたなら、先に北へ向かったインドシナ地塊。そして、そのあとを追うように北上するシブマス地塊。そんな光景が見えたのでしょう。
もっとも大地には意思なんてありませんから、「待ってくれ~!」と追いかけていたわけではありません(笑)。すべてはプレート運動によるものです。それでも数億年という時間を縮めて眺めれば、二つの大地が大海を隔てながら旅をしているように見えます。
海は、少しずつ狭くなっていった
ところが、ここから状況が変わります。二つの間に広がっていた古テチス海は、永遠に存在したわけではありません。海洋プレートが沈み込むことで、海は次第にその幅を失っていきます。シブマス地塊は北へ。その先にはインドシナ側の大地。そして両者の間にあった海は、少しずつ消えていく。
何千万年という時間をかけて、二つの大地は近づいていきました。現在のタイをつくる大地が、初めて出会おうとしていたのです。でも、大陸と大陸が出会うということは、人間のように握手をすることではありません。間にあった海底は押し込まれ、岩石は変形し、地下ではマグマ活動も起こります。その痕跡は、何億年近くたった現在もタイの大地に残されています。
そして、それこそがタイに点在する不思議な絶景を読み解く重要な手がかりになっていきます。
では――二つの大地の間にあった古テチス海は、どのように消えていったのでしょう? そして海が消えたあと、二つの大地が衝突した場所では、いったい何が起こったのでしょうか?
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消えた海で二つの大地が出会った──古テチス海に残された衝突の記憶
数億年前、同じゴンドワナ大陸の縁辺にあったと考えられる二つの大地。先に北へ向かったインドシナ地塊。そして遅れてゴンドワナを離れ、そのあとを追うように北上したシブマス地塊。二つの間には、広大な古テチス海が横たわっていました。もし大地に人間のような感情があったなら、「いつか、また会えるだろうか」なんて思ったのかもしれません。
そして数千万年以上を経て、ついにその時がやってきます。ただし――。再会は、あまり穏やかなものではありませんでした。
二つの大地を隔てていた海が消えていく
大陸と大陸が近づけば、その間にある海はどうなるのでしょう。古テチス海の海底をつくっていた海洋プレートは、やがて大地の下へ沈み込んでいきます。海底が少しずつ地球内部へと消えていけば、海そのものも狭くなっていきます。
もちろん、人間の目で見て分かるような速さではありません。一年に数センチという世界です。しかし1000万年なら、数百キロにもなる。私たちにとってほとんど「動かない」大地も、地球の時間で眺めれば世界地図を書き換えるほど移動します。
そうして古テチス海は、何千万年もの時間をかけて閉じていきました。そしてついに、シブマス地塊とインドシナ側の大地が出会います。
数千万年ぶりの「再会」は衝突だった
二つの大地が接近したからといって、片方が簡単にもう片方の下へ潜り込んで消えてしまうわけではありません。大陸地殻は比較的軽く、沈み込みにくいからです。
そこで大地と大地がぶつかれば、境界付近では強い圧力がかかります。岩石は押される。折れ曲がる。断層ができる。そして、それまで海底にたまっていた堆積物まで巻き込まれていく。さらに、古テチス海の沈み込みに伴うマグマ活動や、その後の衝突に関連した大規模な火成活動も起こりました。
三畳紀――およそ2億数千万年前。まだ地上では恐竜が活躍していた時代です。こうした長い過程を経て、シブマス地塊とインドシナ側の大地は縫い合わされ、現在の東南アジアをつくる大地の骨格が形づくられていきます。つまり現在タイで、右足を置いている大地と、左足を置いている大地が、かつて別々の場所からやってきたものだったという場所さえあるわけです。
消えた海は、本当に消えてしまったのか?
ここで不思議なことがあります。古テチス海そのものは、現在の地図をどれだけ探しても見つかりません。海は閉じてしまったからです。では、その海が存在していた証拠まで全部なくなってしまったのでしょうか? そうではありません。
海底に堆積した岩石。かつて海洋地殻だった物質の一部。海で生きていた生物が残した化石。そして二つの大地が衝突した境界に残る、変形した岩石や火成岩。それらを地質学者が一つずつ調べることで、「ここにはかつて海があった」という、失われた地球の風景を復元することができます。
海そのものは消えても、海の記憶は、大地の中に残った。今回タイで出会う絶景も、そんな古い記憶を読み解く手がかりになっていきます。
海の底だったものが、山になる
これも地球の面白いところです。現在、山の中で石灰岩が見つかることがあります。でも石灰岩の多くは、もともと暖かな浅い海で炭酸カルシウムを含む生物の殻や骨格などが堆積したり、化学的に炭酸カルシウムが沈殿したりして形成されたものです。
つまり今、私たちが山として見上げている岩石が、はるか昔には海の中にあったこともある。それが大地の衝突や隆起によって持ち上げられ、今度は雨や地下水によって削られていきます。特に石灰岩は、二酸化炭素を含んだ弱い酸性の水に少しずつ溶かされます。
割れ目から水が入り、削られ、溶かされ、また削られる。それが何百万年、何千万年と続けば、塔のような岩峰や洞窟、奇妙な岩壁など、独特のカルスト地形が生まれます。私たちが、「どうしてこんな形になったんだろう?」と驚くタイの奇岩の一部には、こうした海と大地と水の長い共同作業が隠れているのです。
でも感動の「再会」で物語は終わらなかった
こうして二つの大地は出会いました。古テチス海は閉じました。現在のタイを含む東南アジアの大地の骨格も、次第に形づくられていきます。めでたし、めでたし――。……なら、話は簡単だったのですが(笑)。
この家族、親戚関係がなかなか複雑です。しかもずっと後になって、南からとんでもない親戚がやってきます。インド亜大陸です。ただし彼が登場するのは、もう少し先。その前に現在のタイへ戻ってみましょう。
二つの大地が出会い、海が消え、岩石が押され、隆起し、そこへ雨や川、地下水による侵食が加わった結果――。現在のタイには、まるで地球が遊び心でつくったような不思議な風景が点在しています。純白の滝。大蛇のような山。巨大瀑布。そして南国のリゾートのすぐそばに現れる奇岩群。
しかし、それらは単なる「珍しい景色」なのでしょうか? それとも――数億年前の大地の旅を、今に伝える証拠なのでしょうか?
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なぜタイには奇岩と白い滝があるのか?──絶景が語る「大地の履歴書」
数億年にわたって大海を旅してきた、タイの大地。けれど現在タイを訪れても、「ここがシブマス地塊です」という看板が立っているわけではありません(笑)。古テチス海も、もうありません。では、そんな遠い地球の記憶を私たちはどこで見ることができるのでしょう。その答えの一つが、タイ各地に残された不思議な絶景です。
岩は、大地が経験してきた出来事を記録しています。海にいたころ。ほかの大地と衝突したころ。地下深くで熱せられたころ。隆起して地表へ現れたころ。そして雨や川、風によって削られ続けた時間。タイの絶景を巡ることは、そんな「大地の履歴書」を一ページずつめくる旅でもあるのです。
大蛇が山になった?──信仰が生まれた奇岩
タイ東北部には、巨大な蛇が横たわっているように見える奇妙な岩があります。表面には、まるで大蛇の鱗のような模様。あまりにも生き物らしい姿から、タイやメコン川流域で信仰されてきた蛇神ナーガを思わせます。知らずに森の中で出会ったら、「これ、本当に自然にできたの?」って触って確かめたくなりますよね(笑)。
しかし自然は、人間が想像する以上に不思議な造形をつくります。岩石に生じた割れ目。水の浸入。風化。侵食。それらが長い時間をかけて岩を削っていくことで、偶然にも生き物を思わせる姿が現れることがあります。そして人間は、その姿に物語を見つけました。
地質が奇観をつくり、人がそこに信仰を見いだした。タイの絶景がおもしろいのは、地球科学だけでなく、人間がその大地をどう見てきたのかまで重なっているところです。
森の中に現れる「純白の滝」
北部へ向かうと、今度はまったく違う風景が現れます。緑の森の中を流れ落ちる、真っ白な滝。今回、番組で取り上げられる場所がチェンマイ近郊のブアトーン滝なら、これは「Sticky Waterfall」として知られる石灰質の滝です。
水そのものが白いというより、目を引くのは白っぽい岩肌。炭酸カルシウムを豊富に含んだ地下水が地表へ現れ、二酸化炭素を失うなどして炭酸カルシウムが沈殿し、長い時間をかけて岩の表面を覆っていきます。ここがおもしろいところです。
さっきは、水が石灰岩を溶かして奇岩をつくるという話をしました。ところが条件が変われば今度は、水が炭酸カルシウムを置いていき、新しい地形をつくる。水は壊すだけじゃない。大地をつくることもあるということです。同じ「水と石灰岩」の関係なのに、片方では削り、片方では積み上げる。地球って器用ですね。
タイ最大級の大瀑布にも、大地の構造が見える
さらにミャンマーとの国境付近には、幾段にも水が流れ落ちる巨大な滝があります。番組概要の「タイ最大の大瀑布」は、タイ・ターク県のティーロースー滝(Thi Lo Su Waterfall)ではないでしょうか?
一本の水が断崖から落ちるだけではありません。いくつもの流れに分かれながら、巨大な岩壁を何段にもわたって流れ落ちる。水量の多い季節には、森そのものから大量の水があふれ出しているようにも見えます。
でも滝という景観もまた、そこに落差をつくる大地があって初めて存在します。岩石の硬さの違い、地層、隆起、断層、そして長い侵食。「水があるから滝ができた」だけではなく、水と大地が長い時間をかけて一緒につくった風景なんですね。
南へ行けば、今度は巨石の世界
そして南部。世界的なビーチリゾートの近くには、また別の奇岩の絶景が現れます。シミラン諸島には、巨大な花崗岩が積み重なった独特の景観があります。
なかでも有名なのが、まるで誰かが巨大な岩を山の上へ置いていったようなセイルロック(Sail Rock/バランスロック)。初めて見たら、「いや、誰がそこに置いたんだよ」って言いたくなります(笑)。
もちろん巨人が運んできたわけではありません。花崗岩は地下深くでマグマがゆっくり冷えて固まった岩石です。それが他の岩石より軽いため隆起し、地表に現れ、岩体に入った割れ目に沿って長い風化や侵食が進む。周囲の岩が崩れたり削られたりしていく一方、比較的侵食に耐えた部分が残れば、まるで巨大な岩を積み上げたような景観が生まれることがあります。
つまり、岩がそこへ運ばれてきたのではなく、周りがなくなっていった。そう考えると、バランスロックを見る目も変わりますよね。「なんであんな不安定なところに巨石が?」と思ったらその疑問自体が、立派な地質学の入口なのかもしれません。
絶景は「完成した作品」ではない
こうしてタイ各地の絶景を並べてみると、まったく違う風景に見えます。大蛇の岩。白い滝。巨大瀑布。花崗岩の巨石。でも共通していることがあります。どれも、ある日突然できたものではありません。
大地が移動する。衝突する。地下で岩石が生まれる。隆起する。雨が降る。水が流れる。岩が溶ける。岩が削られる。あるいは、新しい物質が積み重なる。その営みが何百万年、何千万年と続いた途中の姿を、私たちは「絶景」と呼んで眺めているだけなのです。
だから本当は、絶景は完成していません。今日も雨が降れば岩はわずかに変わります。川は大地を削ります。地下水は岩石を溶かし、別の場所では新しい石灰質の層をつくります。私たちがタイ旅行で写真を撮る一瞬も、数億年続く大地の物語の、ほんの一コマなのかもしれません。実際、セイルロックの足元には観光客が「落ちないように…」と心配したのか、小枝がつっかえ棒のように差し込まれています(笑)
そして――。ここまでなら、「大海を旅した二つの大地が出会い、その後の風化や侵食によってタイの絶景が生まれた」という物語で終われそうです。ところが地球は、そう簡単には落ち着かせてくれません(笑)。
シブマスとインドシナが出会ってから、はるか後。南の海から、巨大な大地が猛烈な勢いで北上してきます。インド亜大陸です。二つの大地の「感動の再会」から、1億年以上も遅れてやってきたこの親戚が(笑)、今度は東南アジア全体を巻き込む巨大な地殻変動を引き起こします。
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1億年以上遅れてインドがやってきた──ヒマラヤ誕生がタイを動かした
シブマス地塊とインドシナ側の大地が出会い、古テチス海が姿を消していったのは、およそ2億数千万年前。長い旅を続けてきた二つの大地はようやく一つにつながり、現在のタイを含む東南アジアの骨格が形づくられていきました。
これで大地の旅も終わり――。そう思いたくなります。ところが、それから1億年以上もたったころ。南から、とんでもない「遅刻者」がやってきます。インド亜大陸です。
インドは猛スピードで北へ向かった
インド亜大陸もまた、もともとは南半球のゴンドワナ大陸を構成していた大地でした。しかしシブマス地塊などよりずっと遅れて分離し、やがてマダガスカルとも別れると、インドは北へ向かって移動していきます。しかもその移動は、地質学的に見ると非常に速かった時期がありました。
その先にあったのが、ユーラシア大陸。およそ5000万年前前後から、インドとユーラシアの本格的な衝突が始まったと考えられています。ただし、その「衝突」をどの段階と定義するかによって年代には幅があり、現在も研究が続いています。そしてこの衝突が、地球上でも最大級の山岳地帯をつくることになります。ヒマラヤ山脈です。
インドが押したのは「真上」だけではなかった
ここで今回の物語は、大きく方向を変えます。学校の地理などでは、
インド亜大陸がユーラシア大陸へ衝突した
↓
大地が押し上げられた
↓
ヒマラヤ山脈ができた
と説明されることがあります。もちろん大筋では間違いではありません。でも、それだけではありませんでした。想像してみてください。巨大なインド亜大陸が南からユーラシアへ食い込んでくる。正面にはチベット高原を含む巨大な大地があります。
すると、その力のすべてが上方向への隆起だけに使われるとは限りません。大地は圧縮される。断層が動く。そして一部は、横方向へ逃げるように変形していく。その影響を受けた地域の一つが、現在のタイを含む東南アジアだったと考えられています。
押された東南アジアが「横へ逃げる」
インドとユーラシアの衝突に関連して、東南アジアの地殻が巨大な横ずれ断層などに沿って南東方向へ移動・変形したという考え方があります。これはしばしば「大陸の押し出し(extrusion tectonics)」などと呼ばれます。
たとえるなら、机の上に何冊もの本を並べて、横から強く押してみる。全部がその場で厚くなるわけではありません。斜めにずれたり、横へ飛び出したり、向きを変えたりする本もあるでしょう。
もちろん本物の大地は、そんな単純な積み木ではありません。しかし、「インドが押した力によって、東南アジアの大地は横方向にも大きく変形した」というイメージをつかむには分かりやすいかもしれません。そして、ここでリードからずっと隠していた言葉が登場します。大地回転です。
大地が、本当に「回転」した?
人間には、大地が回転したところを直接見ることはできません。そこで科学者たちが手がかりにするものの一つが、岩石に残された過去の地磁気です。マグマが冷えて岩石になったり、堆積物が固まったりするとき、磁性を持つ鉱物がその時代の地球磁場の方向を記録することがあります。
いわば、岩石の中に閉じ込められた古代の方位磁針。これを古地磁気といいます。もし岩石ができた当時に記録した磁場の方向と、現在その岩石が向いている方向との間に系統的な違いが見つかれば、「岩石ができてから、この大地そのものが向きを変えたのではないか?」と考えることができます。
タイを含む東南アジア各地でこうした古地磁気や地質構造を調べると、地域によっては時計回りの回転を経験したことを示す証拠が見つかっています。ただし――ここは重要です。「タイという国全体が、一枚の板のようにクルッと回った」わけではありません。
東南アジアには複数の地塊や断層があり、それぞれ異なる移動や回転、変形を経験しています。だから研究者たちは、岩石の磁気、断層、地層の年代など、さまざまな証拠を組み合わせながら過去の姿を復元しています。
マレー半島は、なぜあんな形になったのか?
ここまで来ると、地図を見る目も少し変わってきます。タイからマレーシアへ向かって細長く伸びるマレー半島。「どうしてこんなに細長いんだろう?」と不思議に感じる形です。もちろん、その形をインド衝突や大地回転だけで説明することはできません。
マレー半島の骨格そのものには、それよりはるか昔に起きたシブマス地塊の移動や衝突、その後の断層運動、隆起、侵食、海面変動など、長い地球史が重なっています。だから現在の地図は、一回の大事件によって描かれたものではありません。何億年もの出来事を何枚も重ねた、一枚の地球史なのです。
「微笑みの国」は、ずっと動き続けていた
ここで今回の長い旅を振り返ってみます。現在のタイをつくる大地の一部は、はるか南のゴンドワナにありました。先に旅立ったインドシナ地塊。あとから北上したシブマス地塊。二つを隔てていた古テチス海。やがて海は閉じ、大地と大地が出会いました。
そこで物語が終わると思ったら――1億年以上も遅れてインド亜大陸がやってきた。その巨大な衝突はヒマラヤを生み、東南アジアにも大きな変形をもたらしました。押される大地。ずれる大地。そして、回転する大地。
リードで投げかけた謎が、ここでようやく一本につながります。そして何より面白いのは――私たちが今「タイ」と呼んでいる国の大地には、たった一つの故郷も、たった一つの出来事もなかったということです。
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タイは、どこからやってきたのか?──絶景に残された数億年の旅
タイは、どこからやってきたのでしょう。ここまで大地の歴史をたどってくると、その問いに一つの地名だけで答えることはできないことが分かります。現在のタイをつくる大地には、それぞれ違う時間を旅してきた記憶が刻まれているからです。
はるか南、ゴンドワナ大陸の縁辺にあった大地。そこから先に旅立ったインドシナ地塊。現在のオーストラリア北西部に近い場所から、遅れて北へ向かったと考えられるシブマス地塊。二つを隔てていた古テチス海。海はやがて狭まり、二つの大地は出会いました。しかし、それで現在のタイが完成したわけではありません。
さらに1億年以上もの時が流れたころ、今度は南からインド亜大陸がやってきます。ユーラシアとの巨大な衝突によってヒマラヤが生まれ、その影響は遠く東南アジアにも及びました。大地は押され、断層に沿ってずれ、地域によっては向きを変えるような回転も経験します。そうして何億年もの時間をかけて、現在私たちが知る東南アジアの姿が形づくられてきました。
絶景は「大地の記憶」だった
ここでもう一度、今回訪ねてきたタイの風景を眺めてみましょう。大蛇が横たわっているような奇岩。森の中を流れ落ちる純白の滝。幾重にも水が落ちる巨大瀑布。南国の青い海のそばに現れる、不思議な巨岩。最初に見たときには、「どうしてこんな形になったのだろう?」と驚くばかりだった風景です。
しかし、その岩石がどのように生まれ、どんな大地に乗って移動し、どんな力を受け、その後どのように水や風によって削られてきたのかを考えてみると、絶景の向こう側にもう一つの景色が見えてきます。
そこにあるのは、現在のタイになるまでに大地が経験してきた、途方もない時間です。絶景は単に「美しい場所」なのではありません。地球が数億年かけて書き続けてきた、大地の記憶でもあったのです。
人間は、その最後の一瞬に暮らしている
そして考えてみれば、現在のタイに人間が築いてきた歴史は、この壮大な時間の中ではほんの一瞬です。人々はそこに町をつくりました。寺院を建てました。山や洞窟に神々の物語を見つけました。大蛇のような岩には、ナーガの姿を重ねました。
そして今では世界中から旅人が訪れ、その風景を「タイの絶景」と呼んでいます。けれど人間が国境を引き、「タイ」という名前をつけるよりはるか昔から、大地の物語は続いていました。だから、「タイは、どこからやってきたのか?」、その答えは、きっとこうなのでしょう。
タイは「一つの場所」からやってきたのではない
南半球から旅してきた大地があります。先に北へ向かった大地があります。あとから追いついた大地があります。その間には、今では消えてしまった海がありました。そして、ようやく一つにつながった大地を、さらに後からやってきた巨大な大陸衝突が動かしました。
つまり現在のタイは、いくつもの大地が、違う時代に、違う場所から旅をしてきた末に生まれた場所。それが今回、「タイは、どこからやってきたのか?」という問いを追いかけて見えてきた答えなのだと思います。
そう考えると、「微笑みの国」という穏やかな呼び名が、少し不思議に思えてきます。その足元にある大地は、決して穏やかな旅をしてきたわけではないからです。大陸から引き離され、大海を渡り、別の大地と衝突し、巨大な力に押され、ずれ、回転し、雨に削られ、川に刻まれながら――それでも大地は、現在の場所までやってきました。
そして今。その上には森が広がり、花が咲き、滝が流れ、人々が暮らしています。私たちが旅先で何気なく踏んでいる地面にも、故郷がある。そう考えて足元の岩を一つ眺めるだけでも、旅の景色は少し違って見えるのかもしれません。
微笑みの国・タイ。その美しい絶景の足元には今も、大海をさまよった数億年の旅の記憶が、静かに眠っています。
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