大勢の人の前で話さなければならないとき。大切な試験や面接を前にしたとき。あるいは、絶対に失敗したくない本番を迎えたとき。「落ち着け」「緊張するな」そう自分に言い聞かせたことはありませんか? ところが――落ち着けと言っているのに、心臓はバクバクする。手には汗をかく。呼吸は浅くなる。時には、お腹まで痛くなってくる。なんだか不思議です。
腕なら、「上げよう」と思えば上げることができます。立とうと思えば、立つこともできる。ところが心臓に、「そんなに速く動かなくていいよ」と言っても、なかなかいいうことを聞いてくれません。血圧だって、「あと10だけ下がって」とは命令できない。汗も、「今は恥ずかしいから出ないで」と言ったところで止まってくれません。自分の身体なのに、どうして自分の思い通りにならないのでしょう?
その不思議に深く関わっているのが、「自律神経」です。自律神経は、心拍や血圧、消化、発汗、体温調節など、私たちがいちいち意識しなくても身体を生きられる状態に保つため、絶えず働いています。立ち上がれば、身体の状態に合わせて血圧を調節する。暑くなれば、汗を出す。危険や強いストレスを感じれば、心拍や血流などを変化させる。
そのたびに、「血圧を調整しますか?」「はい」なんて私たちの許可を取っていたら、とても間に合いません。つまり私たちの身体には、生まれたときから、自分の意思とは別に動く「自動運転」のような仕組みが備わっているのです。
考えてみれば、ありがたい話です。眠っている間も。仕事に夢中になっているときも。ぼんやりテレビを見ているときも。身体は勝手に働き続けてくれる。ところがこの自動運転、ときどき、「そこまでやらなくていいんだけど……」と思うことがあります。
人前に出ただけなのに、心臓は全力疾走。少し不安になっただけなのに、身体はまるで危険が迫っているかのように反応する。それでも私たちは、「緊張するな!」と直接、自律神経に命令することができません。だったら、私たちは自分の身体の「乗客」でいるしかないのでしょうか?
ところが近年、この自動運転の仕組みについて、新しい発見が相次いでいます。自律神経が関わっているのは、緊張したときの心臓のバクバクだけではありません。年齢を重ねると気になってくる「中年太り」との関係。さらには、身体ではなく心の問題に思える「不安」にも、自律神経が関わっていることが見えてきました。
そしてもう一つ、興味深い研究が進んでいます。本来は自分の意思では直接動かせないはずの自律神経へ、私たち自身が働きかけることはできないのかという研究です。たとえば、緊張したとき。私たちは昔から、「深呼吸しよう」と言います。
心臓に直接、「ゆっくり動け」とは命令できない。でも呼吸なら、自分の意思でゆっくりにすることができます。もし、その呼吸を入口にして、自律神経の「自動運転」へ働きかけることができるとしたら――。
自分では動かせない身体と、自分の意思。その境界は、私たちが思っているほどはっきり分かれていないのかもしれません。NHK『フロンティアで会いましょう!』が今回取り上げるのは、そんな「自律神経」の最新研究です。
自分の身体なのに、なぜ思い通りにならないのでしょう。そして私たちは、その「自動運転」にどこまで手を伸ばすことができるのでしょうか? 芸人・永野さんと最新研究の世界をのぞきながら、私たちも少しだけ、「自分の身体を動かしているのは、いったい誰なんだろう?」という不思議の世界を覗いてみたいと思います。
【放送日:2026年10月16日(金)22:00 -23:00・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年10月23日(金)12:00 -12:59・NHK-BSP4K】
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自律神経って、そもそも誰が動かしている?
「自律神経」と聞くと、どんなものを思い浮かべるでしょう。交感神経と副交感神経。緊張すると交感神経が働いて、リラックスすると副交感神経が働く――。なんとなく、そんな説明を聞いたことがある人も多いかもしれません。
でも、その前にちょっと不思議なことがあります。たとえば、椅子から立ち上がったとき。重力によって血液は下半身へ移動し、一時的に血圧が下がろうとします。だからといって私たちは、「大変だ! 血圧を上げなきゃ!」なんて考えません。身体が血圧の変化を察知すると、その情報が脳へ伝えられ、心拍や血管の状態などが調節されます。
私たちが何も知らないうちに、身体のほうが勝手に対応してくれているのです。心臓の動き。血圧。汗。消化。体温調節。瞳孔の大きさ。こうした生命活動を、そのときの身体や周囲の状況に合わせて調節しているのが自律神経です。
では――。その自律神経を動かしているのは、誰なのでしょう?「自律」というくらいだから、神経が自分で考えて勝手に動いているのでしょうか。もちろん、そういうわけではありません。その調節には脳が深く関わっています。ただし、脳の中に小さな運転手がいて、全部のスイッチを一つずつ操作しているわけでもありません。
視床下部や脳幹をはじめ、島皮質や扁桃体など複数の領域が関わり、身体の内側や外側から届く情報をもとに自律神経の働きを調節しています。研究では、こうしたネットワークを「中枢自律神経ネットワーク(Central Autonomic Network)」と呼ぶことがあります。
つまり「自律神経が勝手に働く」という言い方は、少しだけ誤解を招きます。勝手に働いているのではなく、私たちの「意識」にいちいち相談せずに働いている。と考えたほうが近そうです。
これは考えてみれば、とても合理的です。眠っている最中に、「すみません、心拍数を少し上げてもいいですか?」と聞かれても困ります。真夏の炎天下で、「汗を出しますか? YES/NO」なんて選択画面が出てきても困ります。
私たちが仕事をしていても、眠っていても、テレビを見ていても、身体の状態は刻々と変化しています。そのたびに意識の判断を待っていたら、とても間に合わないのでしょう。だから身体には、意識とは別に動く「自動運転」が備わっている。そして、その自動運転でよく登場するのが、交感神経と副交感神経です。
よく、
- 交感神経=アクセル
- 副交感神経=ブレーキ
と説明されます。初心者にはとても分かりやすいたとえです。緊張したときには交感神経の働きによって心拍が増える方向へ向かい、休息時には副交感神経、とくに迷走神経が心拍を抑える方向へ働く。ただし、本当の身体は車ほど単純ではありません。臓器によって働き方は違いますし、交感神経と副交感神経がいつでも完全な反対方向へ働くわけでもありません。
だから、「交感神経は悪者で、副交感神経を増やせば健康になる」というほど単純な話でもないのです。むしろ大切なのは、そのとき身体に必要な状態へ適切に切り替えられること。危険が迫っているなら、心臓にはしっかり働いてもらわなければ困ります。
食事のあとなら、消化に適した状態へ切り替わってほしい。眠るときには、休息に向いた状態になってほしい。自律神経は、身体をいつも「リラックス」させるための仕組みではありません。その瞬間に必要な身体へ、自動的に調節し続ける仕組みなのです。
そう考えると、自律神経が私たちの意識からある程度独立していることには、ちゃんと意味がありそうです。私たちは、自分の身体を一秒ごとに操縦しなくても生きていける。むしろ、操縦しなくていいからこそ生きていられる。
ところが――。この優秀な自動運転にも、困る場面があります。大勢の人の前に立ったとき。
本人はちゃんと分かっています。「大丈夫。命を取られるわけじゃない」それなのに心臓はバクバクする。手には汗をかく。声まで震えてくる。そして、「緊張するな!」と命令しても、まったく聞いてくれません。……おかしいですよね。
普段はありがたい「自動運転」が、どうしてこんなときだけ、私たちの言うことを聞いてくれないのでしょう。次は、この「意識では大丈夫だと分かっているのに、身体はなぜ緊張してしまうのか?」を覗いてみましょう。
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「緊張するな!」で、なぜ緊張は止まらない?
大勢の人を前にして話すとき。大切な試験を受けるとき。あるいは、失敗できない本番を迎えたとき。
「緊張するな」
「落ち着け」
そう自分に言い聞かせた経験は、多くの人にあるのではないでしょうか。ところが、そう思えば思うほど――。心臓はバクバクする。手には汗をかく。呼吸は速くなる。身体に力が入る。
本人はちゃんと分かっています。
「大丈夫。ここにライオンはいない」
それなのに、身体のほうはまるで何かに備えているかのようです。ここで、前の章で見てきた「自動運転」の特徴が顔を出します。
自律神経には、「ここから先は自分で運転します」と、意識が簡単に切り替えられるスイッチがありません。飛行機に乗っている途中で、「運ちゃん! あそこのコンビニ寄って!」と言っても寄ってくれないのと同じです。……飛行機にコンビニへ寄られても困りますが…。
自律神経も、私たちの意識から逐一指示を受けて動いているわけではありません。では、どうして人前に立つだけで身体は反応するのでしょう?
それは人間のストレス反応が、目の前に本物の危険があるときだけ働く仕組みではないからです。脳は外から入ってきた情報を評価し、脅威やストレスとなり得る状況では、扁桃体や視床下部、脳幹など複数の領域が関わりながら、自律神経やホルモンを通して身体を対応できる状態へ変えていきます。
心拍を変える。呼吸を変える。血流や代謝を変える。いざというときに素早く行動できるよう、身体を準備する。つまり緊張は、必ずしも「身体が壊れて暴走している状態」ではありません。むしろ、身体が私たちを守ろうとして、先回りしている状態とも考えられるのです。
問題は、その「危険」がライオンとは限らないこと。大勢の視線。失敗できない本番。初めて会う人との面接。ピアノの発表会。頭では、「命まで取られないから大丈夫」と分かっていても、脳と身体は心理的・社会的なストレスにも反応します。
ストレス反応には前頭前野や扁桃体などを含む複数の脳領域が関わり、自律神経や内分泌系などと双方向に情報をやり取りしています。だから、「緊張するな!」という言葉だけでは簡単には止まってくれない。
考えてみれば、それも当然なのかもしれません。もし人間が、「大丈夫、大丈夫」と思っただけで身体の警戒システムを完全にOFFにできたとしたら、本当に危険な場面でも、「まあ、なんとかなるでしょ」で生命を守る反応まで止めてしまうかもしれません。自動運転に簡単なOFFスイッチがないことは、不便であると同時に、私たちを守る仕組みでもあるのでしょう。
だから大切なのは、「どうすれば自律神経を止められるか」ではなく、「必要な反応を、必要な場面で適切に調節できるか」ということなのかもしれません。
そして、ここで一つ不思議なことが出てきます。緊張すると心臓がバクバクする。これは、「心が不安になったから、身体が反応した」と考えれば分かりやすいでしょう。でも――。本当に、それだけなのでしょうか?
身体の状態が変わったことを脳が受け取り、それが私たちの感情や不安の感じ方に影響することもあります。つまり、心 → 身体だけではなく、身体 → 心という道もある。だとしたら、自律神経は単なる「身体の自動運転装置」ではないのかもしれません。
そして番組では、この自律神経が「不安」だけでなく、意外なものにも関係していることが紹介されます。それが――「中年太り」です。……え?
心臓をバクバクさせていた神経が、今度はお腹の脂肪にまで口を出してくるのでしょうか? 次は、中年になるとなぜ身体まで言うことを聞かなくなってくるのか(笑)、自律神経と「中年太り」の関係を覗いてみましょう。
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「中年太り」まで、自律神経のせいなの?
若いころと、それほど食べる量は変わっていないはずなのに。気がつけば、お腹のまわりに脂肪がついている。昔は少しくらい食べすぎても、すぐに戻った気がするのに、最近はなかなか戻らない。いわゆる、「中年太り」です。
「年を取ったら代謝が落ちるから仕方ないよ」そんなふうに言われることもあります。もちろん、中年太りの原因は一つではありません。食べる量。運動量。筋肉量。睡眠。加齢による身体の変化。女性では、更年期前後のホルモン変化も体脂肪の量や分布に関係します。研究でも、中年期の体重や体組成の変化には、加齢、生活習慣、ホルモンなど複数の要因が絡むことが指摘されています。
ですから、「中年太りは自律神経のせいだった!」と、お酒とラーメンを安心して追加注文することはできません。残念でした。……って誰に言っているのでしょう(笑)
ところが最近の研究を見ていくと、この中年太りに、これまで見てきた自律神経も関わっていることが分かってきました。意外に思えるかもしれません。
自律神経といえば、心臓を動かす。血圧を調節する。緊張したら汗をかく。そんなイメージがあります。ところが自律神経、実は脂肪組織にも関わっているのです。
白色脂肪組織や褐色脂肪組織には交感神経による調節があり、交感神経から放出されるノルアドレナリンなどの信号は、蓄えられた脂肪を分解してエネルギーとして利用する仕組みや、熱を作り出す仕組みに関係しています。つまり、私たちが、「このお腹の脂肪、どうにかならないかな……」と思うずっと前から、身体の「自動運転」は脂肪組織にも指示を出しているわけです。
ところが、年齢を重ねると、このやり取りにも変化が起きます。研究では、加齢した脂肪組織では、交感神経からのカテコールアミンによって脂肪分解を促す仕組みがうまく働きにくくなることが報告されています。人を対象にした古くからの研究でも、高齢者の脂肪細胞ではカテコールアミン刺激による脂肪分解反応が若い人より低下していました。
さらに面白いのは、「神経が命令しなくなる」だけの話ではないということです。加齢した脂肪組織では、炎症や免疫細胞の変化なども絡み、交感神経から送られた信号が脂肪細胞へ届く過程や、脂肪細胞側がその信号に応答する仕組みまで変化する可能性が研究されています。
たとえるなら、若いころは、
交感神経:「エネルギーが必要だ。脂肪を使って!」
脂肪組織:「了解!」
だったものが、年齢を重ねるにつれて、
交感神経:「脂肪を使って!」
脂肪組織:「……え? もう一回お願いします…」
となるようなもの。
もちろん、本当の身体はこんな単純な会話をしているわけではありません。しかも、この分野には動物研究から得られた知見も多く、加齢による体重増加をこの仕組みだけで説明することはできません。現在も神経、免疫、代謝がどう連携して体重を調節するのか研究が続いています。2026年のレビューでも、交感神経と脂肪組織、免疫系との相互作用が体重調節に重要な研究領域として扱われています。
それでも、ここから見えてくることがあります。中年太りというと私たちはつい、
- 「食べすぎたから」
- 「運動しなくなったから」
- 「意志が弱いから」
と考えがちです。もちろん、食べたものと使ったエネルギーの関係は無視できません。でも身体の中では、そのエネルギーをどう蓄え、どう取り出し、どう使うのかという調節にも、神経やホルモン、免疫など、さまざまな仕組みが関わっています。
つまり中年太りは、「意志の問題」だけでもなければ、「自律神経のせい」だけでもない。身体という自動運転システムそのものが、年齢とともに少しずつ変わっていく現象でもあるのでしょう。そう考えると、自律神経という存在がずいぶん大きく見えてきます。
心臓をバクバクさせるだけではない。血圧を調節するだけでもない。私たちが意識していないところで、エネルギーの使い方にまで関わっている。でも――。今回の研究は、さらに不思議なところへ進みます。
脂肪という「身体」の話なら、まだ分かります。では、「不安」はどうでしょう。
不安になる。怖くなる。落ち着かなくなる。それは「心」の問題のように思えます。私たちは普通、
不安になる → 自律神経が反応する → 心臓がバクバクする、と考えます。ところがもし、その矢印が一方通行ではないとしたら? 自律神経によって変化した身体の状態が、逆に私たちの「不安」の感じ方にも影響しているとしたら――。
次は、「心が身体を動かしているのか。それとも身体も心を動かしているのか」という、もう少し不思議なフロンティアを覗いてみましょう。
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「不安」は、心だけで生まれている?
「なんだか不安だ」
そんなとき私たちは、その原因を「心」の中に探そうとします。仕事のことが心配だから。人間関係に悩んでいるから。明日のことを考えると怖いから。
だから心が不安になり、その結果として、心臓がドキドキする。呼吸が速くなる。手に汗をかく。お腹の調子まで悪くなる。つまり、
心が不安になる
↓
自律神経が反応する
↓
身体に変化が起きる
と考えると、とても分かりやすいでしょう。
でも、本当に矢印は一方通行なのでしょうか。私たちの脳には、外の世界から届く情報だけでなく、自分の身体の内側からも絶えず情報が届いています。心臓がどんなふうに動いているのか。呼吸はどうなっているのか。胃腸はどんな状態なのか。身体の内部で起きていることを感じ取り、脳で処理する仕組みは「内受容感覚」と呼ばれています。
つまり脳は、身体に命令を出すだけの司令塔ではありません。身体からの報告を受け取り続ける場所でもあるのです。だとすると、不安の見え方も少し変わってきます。たとえば大勢の人の前に立ったとき。「失敗したらどうしよう」と思う。自律神経が反応して、心臓が速くなる。
そして脳には、「心臓が激しく動いている」という身体からの情報が返ってくる。その身体の変化を、「まずい。ものすごく緊張している」と受け取れば、それがさらに不安を強める可能性もあります。
実際、全般性不安症の人と健康な人を比較し、薬によって末梢のアドレナリン系を刺激した研究では、不安症のグループで低い刺激に対する心拍反応や心肺感覚、不安感が強くなることが報告されています。身体からの信号と、それを脳がどう処理するかが、不安と無関係ではないことを示す研究の一つです。
ただし、ここは単純に、「身体がドキドキするから不安になる」と言い切れる話でもありません。最近の研究をまとめても、不安と内受容感覚の関係は複雑です。
2024年の71研究を対象にしたメタ解析では、不安が強い人ほど身体からの信号を否定的に評価したり、身体感覚へ否定的な注意を向けたりする傾向が見つかった一方、身体の信号を客観的にどれだけ正確に感じ取れるかという能力との関係は、それほど単純ではありませんでした。
つまり大切なのは、身体の信号そのものだけではなく、それを脳がどう受け取り、どう意味づけるか? なのかもしれません。心臓が速くなった。それを、「怖い。何かがおかしい」と受け取ることもあれば、「本番だから身体が準備を始めたんだ」と受け取ることもできる。同じ身体反応でも、その意味までまったく同じとは限りません。
こう考えると、「不安」は頭の中だけに閉じ込められたものではなくなってきます。心 → 身体だけではなく、身体 → 心という流れもある。そして実際には、その二つが行ったり来たりしながら、私たちが「いま不安だ」と感じる状態を作っているのかもしれません。
近年、こうした身体内部の感覚と不安との関係は、さまざまな不安症について研究されています。ただ、2026年の系統的レビューでも研究結果にはばらつきがあり、まだ分かっていないことも多いとされています。
ここまで来ると、最初に考えていた「自動運転」という言葉も、少し違って見えてきませんか? 自律神経は、脳から身体へ命令を送るだけの自動運転ではない。身体の状態は脳へ戻され、その情報が私たちの感情や行動にも関係している。脳と身体は、ずっと会話しているのです。
だったら――。その「会話」に、私たちの意識から参加する方法はないのでしょうか? でも心臓に、「1分間にあと10回ゆっくり!」とは命令できません。自律神経にも、「はい、副交感神経30%増量!」なんて注文はできません。でも、一つだけ不思議なものがあります。
普段は自動運転に任せているのに、自分の意思でも動かすことができるもの。それが、「呼吸」です。眠っている間は、何も考えなくても呼吸している。でも起きているときなら、ゆっくり吸ったり、長く吐いたり、しばらく止めたりすることもできる。つまり呼吸は、「意識」と「自動運転」の両方から手が届く場所にあるのです。
自律神経を直接操ることはできない。でも、もしこの「呼吸」という操作レバーを動かすことで、自動運転の側へ働きかけられるとしたら――。私たちは本当に、自分の身体の「乗客」でいるしかないのでしょうか? 次は、いよいよその操縦席に少しだけ手を伸ばしてみましょう。
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「自動運転」の身体に、私たちはどこまで介入できる?
ここまで、自律神経という不思議な仕組みを見てきました。
心臓を動かす。血圧を調節する。汗を出す。身体のエネルギーの使い方にも関わる。そして身体から脳へ送られる情報は、私たちの「不安」の感じ方とも無関係ではありません。
これだけ大切な働きをしているのに、私たちは自律神経へ直接、「今日は交感神経を20%弱めよう」なんて命令することはできません。それなら結局、私たちは自分の身体という乗り物に乗せられているだけなのでしょうか?
ここで、一つ面白いものがあります。「呼吸」です。私たちは眠っている間も呼吸しています。「吸おう」「吐こう」と考えなくても、呼吸は自動的に続いていきます。ところが目を覚ましているときなら、ゆっくり吸う。長く吐く。呼吸の速さを変える。そんなことを、自分の意思ですることもできます。
考えてみると不思議です。呼吸は、「自動運転」と「手動運転」の両方ができる。身体の中でも珍しい存在なのです。そして呼吸と心臓の動きは、まったく別々に動いているわけでもありません。
呼吸に合わせて心拍の間隔が変化する生理現象があり、一般に吸うときには心拍が速く、吐くときには遅くなる方向へ変化します。現在では、こうした現象には心臓を調節する副交感神経の活動をはじめ、複数の仕組みが関わっていると考えられています。
つまり私たちは、心臓には直接命令できないけれど、心臓とつながって動いている「呼吸」には手を伸ばせる。ここに、自動運転へ介入する小さな入口があります。
実際、ゆっくりとした呼吸について多くの研究をまとめたメタ解析では、呼吸中だけでなく、その直後や継続的な実践後にも、心臓の自律神経調節に関係する心拍変動の指標が変化することが示されています。
また、ゆっくりした呼吸は血圧を調節する圧受容器反射などとも相互作用することが研究されています。そしてヨガの世界でも”呼吸法”で身体の状態をコントロールする方法をトレーニングすることがあります。「呼吸法だけで身体が変わるのかよ?」と疑念を抱くこともありましたが、こうしてみると理にかなっている方法にも見えてきます。
だから昔から言われてきた、「緊張したら、ゆっくり呼吸してみよう」という方法には、少なくとも身体の仕組みから説明できる部分があるのです。
ただし、ここで注意したいことがあります。深呼吸をすれば、「自律神経を自由自在に操れる」わけではありません。不安が必ず消えるわけでもありません。ましてや、呼吸した分だけラーメンのカロリーが消える、なんてこともありません。残念でした。……また誰に言っているのでしょう(笑)
私たちができるのは、自動運転を解除して操縦席を奪い取ることではなさそうです。でも、自動運転が受け取る情報に、こちらから働きかけることはできる。呼吸は、その分かりやすい一例なのでしょう。
そう考えると、最初に抱いた疑問にも、少し答えが見えてきます。大勢の人の前に立ったとき。心臓がバクバクして、「緊張するな!」と念じても止まらない。それは、自律神経が私たちの意識からの命令だけで動く仕組みではないからです。
でも、そこで終わりではありません。心臓そのものには手を伸ばせなくても、呼吸という操作レバーには手が届く。そのレバーを通して、身体の状態へ働きかけることはできるかもしれない。たぶん「掌に”人”という字を書いてのみ込む」よりは効果がありそうな気がしてきました(笑)
ここまで「自動運転」という言葉を使ってきましたが、本当の私たちの身体は、飛行機や自動車よりずっと不思議です。運転手と乗客が、完全に分かれていないからです。意識が身体を動かす。身体が意識へ情報を返す。そのやり取りを繰り返しながら、私たちは一つの「自分」として生きています。
だから、心と身体のどちらが主人なのかと考えること自体が、少し違っているのかもしれません。私たちは、自分の身体を何もかも思い通りにできる「運転手」ではない。けれど、自動運転にただ身を任せるだけの「乗客」でもない。
その間にいる。身体の声を受け取りながら、ときにはこちらから呼吸という小さなレバーを動かしてみる。そうやって、自分の身体と付き合っていくことはできるのでしょう。
考えてみれば、「自律神経」という名前そのものが面白く感じられてきます。自律しているから、私たちは眠っていても生きていられる。思い通りにならないからこそ、生命を意識だけに任せずに済んでいる。そして完全には操れないからこそ、私たちは身体の状態に耳を傾けるのかもしれません。
自分の身体なのに、「緊張」はなぜ思い通りにならないのか。その答えは、思い通りにならないこともまた、身体が私たちを守る仕組みの一つだから、なのかもしれません。
そして最新研究が教えてくれるのは、その「自動運転」を乗っ取る方法ではなく――自分の身体と、少し上手に話し合う方法。なのかもしれません。
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