夜空いっぱいに咲く大輪の花火。
その一瞬の輝きに、人は思わず空を見上げます。けれど、日本の花火の美しさは、それだけではありません。遠くから響く「ドーン」という音に夏の訪れを感じたり、庭先で線香花火の小さな火玉を家族と静かに見つめたり――。
花火は、夜空だけでなく、人それぞれの心にも咲く、日本ならではの夏の風景です。そこには四百年以上受け継がれてきた職人の技や、地域の人々が守り続ける祭りの伝統があります。そして、一瞬で消えるからこそ心に残る、美しさがあります。
今回は、夜空を彩る打ち上げ花火から勇壮な手筒花火、繊細な線香花火まで、日本人が夏に託してきた「花火」の美をひもときます。
【放送日:2026年7月22日(水)19:30 -20:00・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年7月27日(月)13:00 -13:30・NHK-BSP4K】
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花火とは?~四百年続く日本の夏の芸術~
夜空に大きな光の花を咲かせ、わずか数秒で消えていく花火。
今では日本の夏を象徴する風景ですが、その始まりには、火薬が歩んできた長い歴史があります。火薬は中国で生まれたとされ、当初は武器や合図のために使われていました。その技術が世界各地へ伝わるなかで、やがて祝祭の場を彩る「見せる火」へと姿を変えていきます。
日本に花火が伝わった時期には諸説ありますが、江戸時代の初めには、祭礼や宴の余興として楽しまれるようになりました。やがて花火師たちは、火薬の配合や詰め方を工夫しながら、光の色や形を競い合うようになります。日本煙火協会も、日本の花火は江戸時代初期の祭礼行事のなかで、五穀豊穣や悪霊退散などを願って始まったと紹介しています。
花火が夏の風物詩となる大きなきっかけが、江戸の「両国の川開き」でした。
享保17年(1732年)、飢饉や疫病によって多くの命が失われます。翌1733年、犠牲者を慰霊し、悪疫の退散を祈る水神祭に続いて、両国橋の周辺で花火が打ち上げられました。これが現在の隅田川花火大会につながる花火の始まりとされています。
つまり江戸の花火は、ただ人々を楽しませるだけの見世物ではありませんでした。そこには、亡くなった人を悼み、災いが過ぎ去ることを願い、再び穏やかな日々が訪れるよう祈る人々の心が込められていたのです。
やがて両国の川辺には大勢の人が集まり、料理屋や屋形船から花火を眺める文化が生まれました。暑い一日の終わりに川風を感じながら夜空を見上げる――。そんな江戸の夕涼みの風景と結びつき、花火は日本の夏に欠かせないものになっていきました。
そして職人たちは、丸く開く花火や、色を変えながら消えていく花火など、世界でも独自といわれる繊細な表現を磨いてきました。一瞬の光のために、長い時間をかけて火薬を調合し、一粒ずつ星を並べる。花火とは、火薬が生み出す豪快な spectacle であると同時に、細部まで計算された職人の芸術なのです。
四百年近い時を経た今も、私たちは夏の夜になると空を見上げます。そこに咲くのは、光の花だけではありません。人々の祈りや職人の技、家族と過ごした夏の記憶までもが、あの大きな音とともに心の中へ広がっていくのです。
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夜空を彩る職人技~打ち上げ花火に宿る美~
夏の夜空に大輪の花を咲かせる打ち上げ花火。そのわずか数秒の輝きのために、花火師たちは一年を通して準備を重ねています。
一発の花火玉は、ただ火薬を詰めれば完成するものではありません。丸い玉の中には「星」と呼ばれる火薬の粒が一つひとつ丁寧に並べられています。この星の配置によって、花火は丸く開いたり、色が変化したり、菊や牡丹のような美しい形を描いたりします。
星を均等に並べるには、長年の経験と繊細な感覚が欠かせません。ほんのわずかなずれが、夜空で開いたときの形を大きく左右するためです。さらに、花火師は火薬の配合や湿度、気温、風向きまで見極めながら、その日の花火を仕上げていきます。自然を相手にする仕事だからこそ、毎年同じ花火は二つとありません。
だから花火大会の夜には、職人たちは空を見上げる観客とは違う思いで、一発一発を見守っています。
「思い描いた花が、ちゃんと咲いただろうか。」
そんな願いを胸に、夜空を見つめているのです。
華やかな花火の裏側では、安全への細やかな配慮も欠かせません。火薬を扱う仕事には常に危険が伴います。だからこそ花火師たちは、長年受け継がれてきた技術と厳しい安全管理を何よりも大切にしています。
夜空に咲く大輪の花は、美しさだけでなく、職人たちの経験と責任、そして「無事に咲いてほしい」という静かな願いによって支えられているのです。
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火を受け継ぐ若者たち~豊橋・手筒花火の心意気~
闇の中、一本の竹筒から巨大な火柱が噴き上がります。降り注ぐ火の粉を全身に浴びながら、揚げ手は筒を脇に抱え、炎が尽きるまでじっと支え続けます。
愛知県豊橋市が発祥の地といわれる手筒花火。直径およそ十センチ、長さ八十センチほどの孟宗竹に縄を固く巻き、黒色火薬と鉄粉を詰めて作られる、東三河独自の伝統花火です。最後には「ハネ」と呼ばれる炎が筒の底から大音響とともに噴き出します。
驚かされるのは、手筒花火を揚げる人が、その一本を自ら作ることです。山から竹を切り出し、内側の節を削り、外側をござと縄で補強する。そして放揚の前には、自分が抱える筒へ火薬を詰めます。
危険を伴うものだからこそ、どの工程にも妥協は許されません。竹の状態を見極める目、縄を均等に締める手の感覚、火薬を扱う慎重さ。そのすべてが先輩から若者へ、言葉と手仕事によって受け継がれてきました。
手筒花火は、観客を驚かせるためだけの演目ではありません。豊作や無病息災、悪疫退散、家の繁栄などを願い、神社へささげる奉納の火です。豊橋市内では六十を超える地域で、神事や催しの一環として受け継がれています。
揚げ手は一人で炎に向き合っているように見えます。けれど、その一本の筒には、竹を探した仲間、作り方を教えた先輩、祭りを支える家族や地域の人々の思いが込められています。
若者が火の粉の中で示すのは、恐れない強さだけではありません。受け継いだ技を守り、安全に火を扱い、次の世代へ渡していく責任です。手筒花火を揚げることは、地域を担う一員になるための、通過儀礼にも似ているのかもしれません。
やがて炎が弱まり、揚げ手が筒を高く構えた、その瞬間――。
「ドーン!」
地面を揺らすような「ハネ」の轟音が響き、人々の歓声が夜空へ広がります。
炎を受け継ぐとは、昔と同じことを繰り返すだけではありません。先人から託された技と祈りを自分の体で受け止め、次の誰かへ手渡すこと。豊橋の手筒花火には、土地の人々が守ってきた誇りと心意気が、まっすぐな火柱となって燃え上がっているのです。
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手のひらに宿る小さな宇宙~線香花火と暮らしの美~
大きな音も、夜空を覆う光もありません。線香花火が照らすのは、ほんの手のひらほどの小さな闇です。けれど、その小さな火の中には、打ち上げ花火にも負けないほど豊かな表情が宿っています。
火をつけると、先端に赤い火の玉が生まれます。しだいに膨らんだ火の玉から一つ、また一つと火花が弾け、やがて勢いよく四方へ広がったあと、最後は細い光を静かにこぼしながら消えていきます。
その移ろいは、一般に「蕾」「牡丹」「松葉」「散り菊」と呼ばれています。花が芽吹き、咲き誇り、やがて散っていく姿になぞらえた名前です。わずかな時間の中に一つの物語を見いだすところにも、日本人らしい感性が表れています。
福岡県みやま市にある筒井時正玩具花火製造所では、今も職人の手によって国産の線香花火が作られています。用いられるのは、火薬を包む和紙と、ごくわずかな量の火薬。けれど、そのわずかさゆえに、作業には繊細な感覚が求められます。
火薬の量が多すぎれば火の玉が安定せず、少なすぎれば美しい火花が育ちません。和紙をねじる強さや角度にも、職人一人ひとりの技が表れます。製造所によれば、線香花火は職人の縒り方や火薬の量、気象条件によって、一つずつ異なる表情を見せるといいます。
西日本には、ワラスボの先に火薬を付けた「スボ手牡丹」と呼ばれる形があります。米作りが盛んで藁が身近にあった地域だからこそ生まれ、暮らしの素材から作られてきた線香花火です。現在、国内でこの形を製造しているのは、みやま市の筒井時正玩具花火製造所だけだといいます。
線香花火は、派手さを競う花火ではありません。人が輪になり、息をひそめて、小さな火を見守る花火です。
「まだ落ちないで」
そう願いながら手を動かさずにいると、いつの間にか皆の視線も心も、一つの火の玉へ集まっています。
勢いよく火花を散らす「松葉」の時は、若さに満ちた命のように。火花が弱まり、静かに光をこぼす「散り菊」は、長い一日を終えようとする人の姿のように。そして最後の火の玉が落ちたあとには、ほんの少しの暗闇と、言葉にできない余韻が残ります。
子どもの頃には物足りなく感じた小さな花火が、大人になるほど心にしみるのは、私たちがその短い光の中に、過ぎていく時間や自分自身の歩みを見るようになるからなのかもしれません。
線香花火が映し出すのは、光そのものだけではありません。家族と囲んだ夏の夜、友達と競った思い出、もう会えない人の面影、煙…。手のひらに生まれた小さな宇宙は、燃え尽きたあとも、見る人の心の中で静かに輝き続けるのです。
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花火が教えてくれること~一瞬だからこそ心に残る~
花火は、すぐに消えてしまいます。夜空いっぱいに咲いた大輪も、手のひらで揺れる線香花火も、永遠には残りません。だからこそ、人はその一瞬を見逃すまいと空を見上げ、耳を澄ませます。
日本人は昔から、桜の花が散る姿に美しさを見いだし、秋の虫の声に季節の移ろいを感じてきました。花火もまた、その美意識の延長にあります。
永遠ではないから美しい。消えてしまうから、心に残る。大きな打ち上げ花火には、人々の祈りや職人の技が込められています。勇壮な手筒花火には、地域の誇りと、世代を超えて受け継がれる心意気があります。そして、静かな線香花火には、一人ひとりの思い出や人生が映し出されています。
夏の終わり、遠くで「ドーン」と響く花火の音。縁側を吹き抜ける夜風。風鈴がひとつ鳴り、手には少しぬるくなった麦茶。そんな何気ない時間まで含めて、日本人にとって花火は「夏」という季節そのものなのかもしれません。
一瞬の光は消えても、その夜の記憶は消えません。家族と笑い合ったこと。友達と見上げた夜空。恋人と肩を並べて聞いた遠い花火の音。そのすべてが、心の中で静かに咲き続けます。花火は、夜空を飾るためだけにあるのではありません。
人の心に、小さな灯りをともすためにある。
だから今年の夏も、もし遠くで花火の音が聞こえたなら、少しだけ立ち止まって耳を澄ませてみてください。
見えなくてもいい。その音の向こうには、誰かの笑顔があり、誰かの祈りがあり、四百年受け継がれてきた日本の夏があります。そして、ほんの一瞬だけ咲いたその花は、きっと夜空だけではなく、あなたの心にも静かに咲いてくれるはずです。