疲れたとき、なぜか少しだけ甘いものが欲しくなることがあります。大きなケーキじゃなくてもいい。小さな和菓子をひとつ。温かいお茶を淹れて、あんこのやさしい甘さを口にすると、それだけで少し気持ちがほどけることがあります。
甘いものには、不思議な力があります。ではもし、人生で経験した苦い出来事まで、甘いものに変えることができたらどうでしょう。宮城県仙台市に、日々の出来事を小さな和菓子にしている職人がいます。幾世橋陽子さん。
彼女が作るのは、わずか50gほどの小さな世界です。これまでに生み出してきた和菓子は、およそ400個。その着想は、仙台の美しい景色や季節だけではありません。
高齢になった両親への思い。人間関係に悩んだ経験。さらには、自宅で起きた水漏れのハプニングまで。普通なら、「大変だったな」「嫌だったな」と記憶の中に残っていく出来事が、幾世橋さんの手にかかると、小さく美しい和菓子へと姿を変えていきます。
人間関係の悩みと向き合う中から生まれたのは、「感謝の穴」という菓子。水漏れのハプニングからは、不思議の国のアリスのオマージュ、「不思議の国のマメス」という菓子が生まれました。
『Dearにっぽん』「50gの物語をあなたに 〜仙台・和菓子職人〜」は、そんな幾世橋さんが作る和菓子と、その小さな一つひとつに込められた人生を見つめます。
考えてみれば、和菓子というものは不思議です。春には桜。夏には水や青葉。秋には紅葉。冬には雪。日本の和菓子職人たちは、季節の移ろいや自然の風景を、手のひらに乗るほどの小さな菓子に写し取ってきました。
でも幾世橋さんが50gの中に閉じ込めるのは、美しいものばかりではありません。
悩んだ日もある。不安になった日もある。思い通りにならなかった日もある。それなのに、その出来事をもう一度自分の手に取り、形を与え、甘い和菓子へと変えていく。すると、ひとつの疑問が浮かびます。人生で起きたことは、和菓子にすることで少し違って見えるようになるのでしょうか。
苦い記憶そのものを消すことはできません。けれど、その記憶をどんな形で残すのかは、自分で選べるのかもしれない。そして50gほどの小さな菓子になれば、それは誰かに、「こんなことがあったんだよ」と手渡せる物語になるのかもしれません。
しかも、その物語は最後には誰かの口へ運ばれ、「おいしいね」という言葉とともに消えていきます。食べればなくなってしまうものに、なぜ人生を込めるのでしょう。そして、人生の苦い出来事は、本当に甘いものへ変えることができるのでしょうか。
幾世橋さんが作る50gの小さな世界をのぞきながら、私たちも少しだけ考えてみたいと思います。人生に起きた出来事を、「味わい直す」ということを。
【放送日:2026年9月6日(日)8:25 -8:50・NHK-総合】
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和菓子は、なぜ小さな世界に物語を込める?
和菓子屋さんの店先をのぞくと、まだカレンダーを見なくても季節が分かることがあります。
春なら、桜。初夏なら、青葉。夏には、涼しげな水。秋には、紅葉や栗。冬になれば、白い雪。ほんの数センチほどの小さな菓子なのに、そこには店の外に広がる季節と同じ風景が映されています。
不思議なのは、必ずしも味が大きく違うわけではないことです。たとえば練り切りやきんとんなどの上生菓子は、餡を中心に作られます。春の桜を表した菓子も、秋の紅葉を表した菓子も、基本となる材料はそれほど変わらないことがあります。
全国和菓子協会も、こうした菓子について、味そのものは一年を通して大きく変わらなくても、形や色合いによって季節を感じてもらうことに意味があると説明しています。つまり和菓子は、舌だけで季節を味わうものではない。目で見て、菓銘を読んで、そこから風景を想像し、最後に口へ運ぶ。そんな食べ物なのでしょう。
だから和菓子屋さんのショーケースを眺めていると、ときどき、「これは……何を表現しているんだろう?」と思う菓子に出会います。色は淡い紫。上に小さな白い点がひとつ。形も、何かにそっくりというわけではない。
そこで菓銘を見る。「夕蛍」
そんな名前がついていたら、「ああ、これは夏の夕暮れなのか」と、突然その小さな菓子の向こうに景色が見えてくる。
実際、和菓子につけられる「菓銘」には、短歌や俳句、花鳥風月、土地の歴史や名所などに由来するものが多くあります。名前まで含めて味わうことで、その菓子が表現する情景が広がっていくのです。それは、少しだけ職人の心の中をのぞいているようでもあります。
同じ春を見ても、桜そのものを作る人がいる。散っていく花びらを作る人もいる。芽吹いたばかりの若葉を選ぶ人もいる。同じ季節なのに、何を美しいと思ったのかは人によって違う。だから店先に並んだ和菓子を見ていると、「この人には、今年の春がこう見えたんだ」と、作った人の目を少しだけ借りているような気持ちになることがあります。
和菓子と茶の湯の関係も深いものです。喫茶文化の広がりと茶の湯の発展は、日本の菓子文化にも大きな影響を与えてきました。現在の茶席でも、きんとんや饅頭、餅菓子、その季節に合わせた生菓子などが主菓子として使われます。
そこで菓子をひと口。そして、抹茶をいただく。甘さのあとから、お茶のほろ苦さがやってくる。けれど、その席で味わっているものは、甘さと苦さだけではないのでしょう。
器がある。花がある。掛物がある。そして、その日の季節を表した小さな菓子がある。茶席では掛物にも亭主の思いや茶会の主題が表され、季節を感じさせるものも用いられます。つまり一服のお茶をいただく時間そのものが、季節を味わう小さな舞台になっている。
夏の和菓子なら、透明な葛が水を思わせます。面白いことに葛菓子は、冷たくすることで涼しさを感じさせるとは限りません。葛は冷やしすぎると硬くなってしまうため、常温で食べるものもあります。それでも透明な姿を見ると、「涼しそう」と感じる。
風鈴の音や打ち水と同じように、実際の温度を下げるのではなく、目や心で涼を感じる。そんな感性まで、小さな菓子には込められています。だから和菓子は、「甘い食べ物」というだけでは少し足りないのかもしれません。
それは、季節を小さく切り取って、誰かに手渡すもの。
春を50g。夏を50g。秋を50g。冬を50g。そして、「今年もこの季節が来ましたね」と、言葉の代わりに差し出す。そんな小さな手紙のようにも見えてきます。
しかも、和菓子が映してきたものは美しい季節だけではありません。祝いの日にも。人生の節目にも。そして悲しみの日にも。和菓子は長いあいだ、人の暮らしのそばにありました。そう考えると、仙台の和菓子職人・幾世橋陽子さんが、自分の日常や人生を50gの菓子にしてしまうことも、まったく突然生まれた発想ではないのかもしれません。
季節を小さな菓子にできるのなら、思い出だって、小さくできる。景色を形にできるのなら、気持ちだって、形にできる。そして幾世橋さんは、その小さな世界に、仙台の景色だけではなく、家族への思いや、自分自身の経験まで込めるようになりました。
では――人生を50gにしたら、それを誰かに手渡すこともできるのでしょうか? 次は、幾世橋さんが作ってきた約400個の小さな物語を、もう少し近くからのぞいてみましょう。
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50gにしたら、人生は誰かに渡せる?
和菓子屋さんのショーケースの前に立つと、少し迷うことがあります。今日は、どれにしよう? 淡い色の花をかたどったもの。涼しげな水を思わせるもの。何を表しているのか、ひと目ではよく分からないもの。そんなとき菓銘を見て、「ああ、そういうことだったのか」と、作った人の気持ちが少しだけ見えたような気がする。
和菓子を選ぶというのは、もしかすると味を選ぶだけではなく、職人が小さな菓子に込めた物語を、ひとつ選ぶことなのかもしれません。
仙台の和菓子職人・幾世橋陽子さんのショーケースをのぞいたなら、その感覚はさらに強くなりそうです。これまでに生み出してきた和菓子は、およそ400個。そこに映されているのは、春夏秋冬だけではありません。
仙台で見つけた景色。家族と過ごした時間。高齢になった両親への思い。誰かとの関係に悩んだ日。そして、ときには思いがけないハプニングまで。つまり幾世橋さんは、自分が生きた日々そのものを、和菓子にしている。それも、わずか50gほどの小さな世界に。
考えてみれば、人生というものは、そのまま誰かに渡すには大きすぎます。自分が見てきた景色。嬉しかったこと。寂しかったこと。家族への思い。誰かとの間で悩んだこと。そのすべてを言葉で説明しようとしたら、とても50gでは収まりません。
「私の人生について聞いてください」と何時間も語られたら、受け取る側だって少々身構えてしまいます。でも、小さな和菓子ならどうでしょう。手のひらに乗せて、「これ、食べてみて」と差し出すことができます。
詳しい説明をしなくてもいい。まず色を見る。形を見る。菓銘を読む。そして一口食べてみる。すると食べた人の中にも、何かが生まれます。「これは何を表しているんだろう」「どうしてこんな名前なんだろう」「この人は、どんなことを考えながら作ったんだろう」
50gしかないからこそ、その向こう側にあるものを想像したくなる。もしかすると和菓子とは、作り手が一方的に物語を語るものではなく、食べる人にも続きを想像してもらう表現なのかもしれません。それなら、幾世橋さんが自分の人生を和菓子にする理由も、少し分かるような気がします。
人生を全部説明する必要はない。その日、自分の心に残ったものをひとつだけ取り出す。色をつける。形を与える。名前をつける。そして50gにする。そうすれば、自分の中だけにあった出来事が、誰かの手のひらへ渡せるものになる。
前の章で、和菓子を「小さな手紙」のようだと考えました。だとしたら幾世橋さんが作っているのは、少し変わった日記のような手紙なのかもしれません。「今日は、こんな景色を見ました」「両親のことを、こんなふうに思いました」「こんなことで悩みました」それを文字ではなく、餡や色や形にして誰かへ届ける。そして受け取った人は、お茶と一緒にその日の物語を味わう。なんだか素敵です。
しかも、同じ和菓子を食べても、受け取り方まで同じとは限りません。幾世橋さんにとっては仙台のある景色だったものが、食べた人には故郷の景色を思い出させるかもしれない。両親への思いを込めた菓子を食べて、自分の父や母を思い浮かべる人もいるかもしれません。作り手の50gの物語が、食べた人自身の物語へつながっていく。そこまでいったとき、その和菓子はもう幾世橋さん一人のものではなくなるのでしょう。
そして、ここで少し気になることがあります。美しい景色や、嬉しい思い出なら、誰かに渡したくなる気持ちは分かります。でも人生には、あまり人に見せたくない日だってあります。誰かとの関係に悩んだ日。うまくいかなかった日。腹が立った日。不安になった日。「できれば早く忘れたい」と思うような出来事もあります。そんなものまで、わざわざ50gにして残す必要があるのでしょうか。
ところが幾世橋さんは、そこからも和菓子を作ります。人間関係の悩みと向き合った経験から生まれた、「感謝の穴」。そして水漏れという、普通なら一刻も早く忘れたいハプニングから生まれた、「不思議の国のマメス」。……水漏れまでショーケースに並べちゃった🤣ここから、幾世橋さんの50gの世界は少し不思議になってきます。
人生の美しいところだけを切り取っているわけではない。苦かった出来事まで、小さくして、形を与えて、甘いものにしている。なぜ、そんなことをするのでしょう。
今日のショーケースから一つ選ぶなら、次は少し変わった和菓子をいただいてみましょう。お茶を一服。そして――人生の苦い出来事まで、甘いものに変えることはできるのでしょうか。
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苦い出来事まで、どうして甘くしたくなる?
人生には、できれば思い出したくない出来事があります。誰かの言葉に傷ついたこと。人間関係がうまくいかなかったこと。思い通りにならなかったこと。そんな出来事は、心の中にあるうちは、ただ、「嫌だった」という大きな塊のまま残っていることがあります。
ところが、それを誰かに話そうとすると、少しだけ変化が起こります。「何があったのか」「そのとき自分はどう感じたのか」「なぜ、あんなに悲しかったのか」。それを言葉にしようとするうちに、出来事からほんの少し距離を置いて、もう一度眺めることになるからです。
もちろん、誰かに話したからといって辛かった出来事そのものが消えるわけではありません。でも、「あの出来事の中にいた自分」から、「あの出来事を見つめている自分」へ。立つ場所が少しだけ変わることがあります。幾世橋陽子さんにとって、和菓子を作ることにも、どこか似たところがあるのかもしれません。
人間関係の悩みと向き合った経験から生まれた和菓子、「感謝の穴」。その名前だけでも、不思議です。「悩みの穴」でも、「怒りの穴」でもない。「感謝の穴」。人との関係に悩んでいる、その瞬間には見えていなかったものが、出来事をもう一度見つめ、和菓子という形にしていく中で見えてきたのでしょうか。
もしそうなら、和菓子を作ることは、出来事を記録するだけではありません。自分が経験したことの意味を、もう一度探してみることでもあるのでしょう。それは、辛い出来事だけではないと思います。とても嬉しかった日。誰かに親切にしてもらった日。美しい景色に出会った日。
その瞬間はただ、「うれしい!」と思って終わるかもしれません。でも後になって、その気持ちを和菓子にしようとしたら、「私は、どうしてあんなにうれしかったんだろう?」と、もう一度考えることになります。すると、「あの人が声をかけてくれたからだ」「家族が一緒にいてくれたからだ」「ずっと当たり前だと思っていたものが、本当はありがたいことだったんだ」と、そのときには気づかなかったものが見えてくることもあるでしょう。
喜びを味わい直したら、感謝が見つかる。そんなことだってあるのかもしれません。そして嬉しいことがあったとき、人は誰かに話したくなるものです。「ねえ、聞いて」「今日、こんなことがあったんだよ」喜びは、自分一人の中に置いておくより、誰かと分かち合ったときに、もう一度うれしくなることがあります。
幾世橋さんの場合、その「ねえ、聞いて」が、50gの和菓子なのかもしれません。言葉で話す代わりに、色を選ぶ。形を考える。名前をつける。餡で包む。そして、「どうぞ」と誰かへ差し出す。食べた人が、「きれいだね」「面白いね」「おいしいね」と笑ってくれたら、自分の中にあった出来事が、今度は誰かとの新しい時間へ変わっていきます。
では、辛い出来事ならどうでしょう。自宅で水漏れが起きたら、普通なら、「最悪だ……」で終わってもおかしくありません。ところが幾世橋さんは、そんなハプニングからさえ、「不思議の国のマメス」という和菓子を生み出しました。
水漏れが、いい出来事になったわけではありません。困ったことは、困ったこと。嫌だった記憶を無理に、「あれも人生に必要な素晴らしい経験でした」と書き換える必要もありません。それでも、「あのときは大変だったなぁ」と少し離れたところから眺めて、形にして、名前までつけて、最後には誰かに食べてもらう。
そうすると、あの日の水漏れはもう、「ただ嫌だった出来事」だけではなくなる。そこから一つの和菓子が生まれたという、新しい物語が加わるからです。もしかすると、人生の苦い出来事を甘いものに変えるというのは、苦さを砂糖で隠してしまうことではないのでしょう。
苦かったことを、もう一度手に取ってみる。少し離れて眺めてみる。そこにどんな気持ちがあったのかを考える。形を与えて、誰かに渡してみる。そうして初めて、「こんな味もしていたんだ」と気づくことがある。それが、幾世橋さんの50gなのかもしれません。
そして不思議なのは、そこまで時間をかけて作った和菓子が、永遠には残らないことです。誰かの手に渡り、お茶とともに口へ運ばれ、やがて――なくなってしまう。人生の一部まで込めたのに…。だったら、なぜ幾世橋さんは、残らないものにこれほど思いを込めるのでしょう。次は、その50gが消えてしまうことの意味を考えてみたいと思います。
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食べれば消えるものに、なぜ人生を込める?
幾世橋陽子さんが作る、小さな和菓子。色を考え、形を考え、名前をつけ、そこに自分が見た景色や、家族への思い、ときには人生で経験した苦い出来事まで込めていく。
そうして出来上がった50gの世界を眺めていると、なんだか美術作品のようにも見えてきます。だったら、ずっと残しておきたくなります。写真に撮る。飾っておく。何年か後にもう一度眺めて、「あのときは、こんなことを考えていたな」と思い出したくなる。
ところが和菓子は――食べてしまいます。お茶と一緒に一口。もう一口。そして数分もすれば、あれだけ思いを込めて作った50gの世界は、目の前からなくなってしまいます。
考えてみれば、不思議な表現です。絵なら、残ります。文章なら、読み返すことができます。彫刻なら、作った人がいなくなったあとも残るかもしれません。けれど和菓子は、食べてもらうことで完成する作品です。
どれだけ美しく作っても、最後にはなくなる。むしろ、なくなるために作っているとさえ言えるのかもしれません。でも、和菓子という文化そのものが、昔からそんな「残らなさ」を受け入れてきました。
春に桜の菓子が並んでも、いつまでも店先には残りません。季節が過ぎれば姿を消し、次の菓子へ席を譲る。全国和菓子協会も、季節限定の和菓子について、その季節が終われば姿を消し、また翌年を待つものとして紹介しています。
ずっと残らないからこそ、季節なのかもしれません。桜だって、ずっと咲いてはいません。紅葉も、やがて散ります。雪も、春になれば解けてしまいます。その一瞬を小さな菓子に写し取り、眺め、味わい、そしてなくなる。そう考えると、和菓子は季節を「保存する」ものではなく、過ぎていくものを、そのときに味わうためのものなのかもしれません。
そして、それは人生も同じです。嬉しかった日も、悲しかった日も、誰かと笑った時間も、家族と過ごした何気ない一日も、その瞬間のまま残しておくことはできません。
時間は進んでいきます。人は年を重ねます。高齢になった両親への思いを幾世橋さんが和菓子にするということにも、そんな時間の流れがどこか重なって見えます。今、このときに感じたことを、50gにする。誰かへ渡す。そして、その人に食べてもらう。それは思い出を永久保存することとは、少し違うのでしょう。
むしろ、「今、私はこんなことを感じています」と、その瞬間を誰かと共有することなのかもしれません。全国和菓子協会は、和菓子が昔から、誕生や入学、結婚といった喜びの日だけではなく、葬儀や法要など悲しみの場にも寄り添ってきたと紹介しています。
嬉しいときにも。悲しいときにも。そこに小さな甘いものがある。そして食べれば、なくなる。でも、なくなったから、何も残らないわけではありません。
子どものころ、おばあちゃんの家で食べた饅頭。旅先で初めて食べた土地の菓子。誰かがお土産に持ってきてくれた羊羹。その菓子そのものは、とっくになくなっています。それでも、「あれ、おいしかったな」と思い出すとき、味だけではなく、誰と食べたのか。どこで食べたのか。どんな話をしていたのか。そんな風景まで一緒によみがえることがあります。
つまり食べ物は、形として残らなくても、記憶として残ることがある。むしろ食べてなくなったからこそ、その人の記憶の中へ移っていく、と考えることもできそうです。
幾世橋さんの50gも、同じなのかもしれません。作った人の人生から生まれた物語が、50gの和菓子になる。それを誰かが受け取る。眺める。名前を知る。食べる。そして、なくなる。そのとき物語は消えるのではなく、作った人の手から、食べた人の記憶へ移っていく。
そう考えたら、「食べれば消えてしまうものに、なぜ人生を込めるの?」という最初の疑問への答えも、少し見えてきます。残すためではなく、渡すため。永久に保存するためではなく、誰かと、その瞬間を分かち合うため。だから50gでいい。
もしかすると、50gだからいい。大きな人生をそのまま背負わせるのではなく、今日感じたことをひとつ。今日見つけたものをひとつ。誰かに渡せる大きさにして、「どうぞ」と差し出す。そして一緒に味わったら、なくなっていく。なんだか、それでいいような気がしてきます。
でも――和菓子そのものがなくなったあと、私たちの中には何が残るのでしょう。嬉しかったこと。苦かったこと。誰かへの感謝。過ぎてしまった時間。それらも人生の中から消してしまうことはできません。けれど、もう一度眺めてみれば、同じ出来事でも、以前とは違う味がすることがあります。
和菓子が食べれば消えてしまうことについて、千利休が直接何かを語った記録があるわけではありません。けれど、利休の茶の湯に流れる考え方を見ていると、どこか重なるものを感じます。
茶の湯には、のちに「一期一会」と呼ばれるようになった精神があります。同じ客が集まり、同じ茶室で、同じ道具を使ったとしても、今日とまったく同じ茶会をもう一度開くことはできない。
花も違う。季節も違う。人の心も違う。そして、その日のために用意された和菓子も、客が口にすればなくなってしまう。残らないから価値がないのではなく、二度と同じ時間が来ないから、その一服を大切にする。
そう考えると、食べればなくなる和菓子に思いを込めることも、それほど不思議ではなくなってきます。大切なのは、その50gを永久に残すことではない。その50gを挟んで、誰かと同じ時間を過ごすこと。そして菓子がなくなったあと、その時間だけが二人の中に残っていく。
では人生も、和菓子のように、何度でも「味わい直す」ことができるのでしょうか。最後にもう一服だけ。幾世橋さんの50gから、今度は私たち自身の人生へ戻ってみたいと思います。
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人生は、何度でも「味わい直せる」?
ここまで、幾世橋陽子さんが作る50gの小さな世界を眺めてきました。仙台で見つけた景色。家族への思い。嬉しかったこと。人との関係に悩んだこと。そして、水漏れまで。人生の中で起きた出来事をひとつ取り出して、色を与え、形を与え、名前をつける。そして和菓子にして、誰かへ渡す。考えてみれば、それはとても不思議なことです。
でも私たちも、少し似たことをしているのかもしれません。久しぶりに会った友人と、「そういえば、あの頃こんなことがあったよね」と話すことがあります。その当時は本当に辛かったことなのに、何年も経ってから話してみたら、「大変だったよなぁ」と笑えることがある。
反対に、当時はただ嬉しかっただけの出来事を思い出して、「あのとき、あの人がいてくれたからだったんだな」と、ずっと後になって感謝に気づくこともあります。出来事は、何も変わっていません。過去を書き換えたわけでもありません。
変わったのは、今の自分が、その出来事をどこから見ているのか。それだけなのかもしれません。だから「味わい直す」という言葉が、幾世橋さんの和菓子にはよく似合うように思います。一度食べたものを、もう一度食べることはできません。でも人生で起きたことなら、記憶の中から取り出して、何度でも眺め直すことができます。
あのときは、苦かった。今でも苦い。それでいいのだと思います。無理に砂糖を足して、「あれは、いい経験だった」と思い込む必要はありません。
人生には、何年経っても苦いままの出来事だってあるでしょう。それでも、「私は、どうしてあんなに悲しかったんだろう」「なぜ、あんなに腹が立ったんだろう」「どうして、あんなに嬉しかったんだろう」と、もう一度考えてみる。すると、最初には分からなかった味が見つかることがあります。
悲しみの奥に、大切にしていたものがあった。怒りの奥に、譲れなかった思いがあった。嬉しさの向こうに、誰かの優しさがあった。だから人生を味わい直すというのは、苦いものを甘くすることではなく、苦さの中にどんな味があったのかを、もう一度確かめることなのかもしれません。
そして、そこで見つけたものを誰かに話してみる。「こんなことがあったんだよ」と。嬉しいことなら、一緒に喜んでもらえるかもしれません。辛かったことなら、「それは大変だったね」と言ってもらえるかもしれません。誰かに話すために言葉を探しているうちに、自分でも気づいていなかった気持ちが見つかることもあるでしょう。
幾世橋さんの場合、その「話す」という行為が、和菓子を作ることなのかもしれません。50gの中に出来事を入れる。形にする。名前をつける。そして、「どうぞ」と差し出す。
前の章では、食べればなくなる和菓子と、茶の湯の「一期一会」について考えました。『山上宗二記』には利休の言葉として「一期ニ一度」とあり、のちに井伊直弼が「一期一会」と表現しました。茶会は二度と同じようには繰り返せない、一生に一度の出会いとして向き合う――そんな心構えです。
今日の一服も、今日だけ。今日の菓子も、今日だけ。そして今日ここにいる自分も、明日にはほんの少し違う自分になっています。だから和菓子は、食べればなくなるのに、そこへ思いを込めるのでしょうか。残しておくためではなく、その瞬間をちゃんと味わうために。
和菓子は昔から、誕生や入学、結婚といった喜びの日だけでなく、葬儀や法要といった悲しみのときにも、人の暮らしのそばにありました。人生の甘いところだけを祝ってきた食べ物ではなかったのです。嬉しい日にも。悲しい日にも。季節が巡るたびにも。そこに小さな菓子を置いて、人は一服のお茶をいただいてきました。
春を表した和菓子も、季節が過ぎれば店先から姿を消します。そしてまた一年後、違う春を迎えた自分が、同じ桜の菓子に出会う。和菓子には、そんな季節との付き合い方があります。
同じ桜でも、去年とは少し違って見えるかもしれません。去年より、きれいだと思うかもしれない。去年は隣にいた人を、思い出すかもしれない。菓子が変わったのではありません。味わう自分が、変わったのです。人生の記憶も、きっと同じなのでしょう。
幾世橋さんが作ってきた約400個の和菓子は、400個の答えではないのだと思います。そのとき、そのときに、「私は今、この出来事をこんなふうに感じています」と形にした、小さな物語。だから人生の出来事も、一度意味を決めたら終わりではない。今日とは違う場所に立ったとき、また取り出して、眺めて、もう一度味わってみてもいい。
苦かった記憶が、甘くなるとは限りません。でも、苦いだけではなかったことに気づく日は、あるのかもしれません。
さて。今日のお茶も、そろそろ最後の一口です。目の前にあった50gの和菓子は、もうありません。けれど、きれいだったこと。おいしかったこと。「これは何を表していたんだろう」と考えたこと。そして誰かと一緒に、その小さな菓子について話した時間は、少しだけ心の中に残っています。
人生も、そんなふうに味わえたらいいのかもしれません。嬉しかった日も。苦かった日も。今はまだ、うまく言葉にできない日も。急いで答えを出さなくてもいい。いつかもう一度、その記憶をそっと取り出してみる。
そのとき、「ああ、こんな味もしていたんだ」と思えたなら…。人生はきっと、何度でも――味わい直すことができるのでしょう。
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