群馬県を代表する二つの町、前橋と高崎。明治時代には県庁所在地をめぐって競い合いながらも、それぞれが異なる役割を担い、群馬の発展を支えてきました。
製糸業で栄えた前橋、街道と新幹線が交わる交通の要衝・高崎。『新日本風土記』では、上州の風土の中で暮らしを育み、それぞれの町に誇りを抱いて歩み続ける人々を訪ねます。「二都物語」に込められた歴史や人々の想いをご紹介します。
【放送日:2026年7月27日(月)22:00 -23:00・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年7月28日(火)20:00 -21:00・NHK-BS】
【放送日:2026年8月2日(日)6:00 -6:59・NHK-BSP4K】
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前橋と高崎、二つの都が歩んだ群馬の歴史
~県庁争奪戦が生んだ、よきライバル~
群馬県には、それぞれ異なる魅力を持つ二つの中心都市があります。県庁所在地の前橋市と、交通や商業の拠点として発展してきた高崎市です。
明治時代、群馬県では県庁所在地をめぐる動きがあり、前橋と高崎は互いに地域の発展を願いながら、それぞれの立場で歩みを進めてきました。その歴史は「県庁争奪戦」とも呼ばれますが、最終的には前橋が県政の中心、高崎が交通と商業の中心という役割を育み、今日の群馬を支える二都となっています。
『新日本風土記』が描くのは、勝ち負けではなく、その土地で暮らす人々の歩みです。養蚕で栄えた前橋、街道と鉄道が人々を迎えてきた高崎。異なる個性を持つ二つの町は、競い合いながらも、それぞれの誇りを大切に育ててきました。
上州名物として知られる「かかあ天下と空っ風」という言葉があります。本来の「かかあ天下」は、養蚕をはじめ家族や地域を支えた女性たちの働きをたたえた言葉です。その土地に根づく人々の力強さと温かさは、前橋にも高崎にも共通する上州らしい気質なのかもしれません。
上州の風は、赤城おろしとして冬の平野を吹き抜けます。その風は二つの町を隔てるものではなく、ともに吹き抜けながら、それぞれの歴史と人々の暮らしを静かに育んできました。
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糸の町・前橋に息づく養蚕文化
~「かかあ天下と空っ風」が育んだ暮らし~
群馬県は、日本有数の養蚕王国として知られてきました。世界遺産に登録された富岡製糸場がその象徴ですが、良質な生糸を支えていたのは、富岡だけではありません。前橋をはじめとする群馬各地では、多くの農家が桑を育て、蚕を飼い、大切に繭を育てながら日本の近代化を支えてきました。
養蚕は家族みんなで取り組む仕事でした。とりわけ女性たちは、蚕の世話から繭づくりまで日々忙しく働き、その働きぶりは「かかあ天下」という言葉に表されています。本来の「かかあ天下」は、女性が家族を支える頼もしい存在だったことへの敬意を込めた言葉です。
一方で、冬になると赤城山から吹き下ろす「空っ風」が上州の平野を駆け抜けます。厳しい自然と向き合いながらも、家族で力を合わせて暮らしてきた人々の姿は、今も群馬の風土の中に息づいています。
かつて昭和の頃には電車で上野から上州を目指すと、岡谷を過ぎるころから車窓には桑畑が広がっていたものです。これはとりもなおさず、日本の近代化を支えた風景でもありました。
『新日本風土記』では、養蚕文化を受け継ぐ人々の暮らしを通して、一匹の蚕が紡いだ糸だけでなく、その糸に込められた家族の想いや地域の歴史にも静かに光を当てていきます。
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人と道が集まる高崎
~街道と新幹線が育てた群馬の玄関口~
高崎市は、古くから人や物が行き交う交通の要衝として発展してきました。中山道と三国街道が交わる宿場町として栄え、鉄道の時代になると県内外を結ぶ拠点となります。現在も上越・北陸新幹線が停車する高崎駅は、群馬の玄関口として多くの旅人を迎えています。
旅人が集まる町には、新しい文化も育ちます。近年の高崎は「パスタの町」として知られ、多彩なパスタ店が腕を競い合うイベントも開かれるようになりました。群馬県は昔から小麦の栽培が盛んで、「水沢うどん」に代表される麺文化が暮らしの中に根づいています。そうした土地柄が、洋食文化と出会い、高崎ならではのパスタ文化へと発展していったのでしょう。
一方で、高崎駅に降り立つと、赤いだるまが旅人を迎え、名物の「だるま弁当」が今も変わらぬ人気を集めています。「高崎だるま」で有名なこの町では、かつて信州方面へ向かう列車の旅では、横川駅の「峠の釜めし」と並んで、高崎駅の「だるま弁当」を楽しみにしていた人も少なくありません。駅弁は、お腹を満たすだけでなく、その土地の思い出を持ち帰る旅の贈り物でもありました。
高崎の魅力は、人や物を運ぶだけではありません。街道を歩く人、新幹線で訪れる人、そして新しい食文化を楽しむ人。それぞれの出会いを受け入れながら、この町は時代とともに新しい魅力を育んできました。
前橋が糸を育てた町なら、高崎は人と文化を結ぶ町。二つの都は異なる役割を担いながら、ともに群馬の豊かな歴史を紡いできたのです。
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上州の風に生きる人々
~県境を越えて受け継がれる暮らしと志~
上州の風は、県境で止まることはありません。赤城山から吹き下ろす空っ風は、群馬の平野を渡り、利根川を越えて北武蔵へと吹き抜けていきます。その風のように、人々の暮らしや文化もまた、昔から県境を越えて結ばれてきました。
日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一は、現在の埼玉県深谷市の出身です。実家では藍玉づくりを営み、若い頃から商いの大切さを学びました。一方、利根川を渡った上州では、桑を育て、蚕を飼い、生糸を生み出す人々が暮らしていました。藍と絹。異なる産業でありながら、ともに日本の近代化を支えた地域として深く結び付いていたのです。
群馬と埼玉北部では、人や物の行き来も盛んでした。街道が人々を結び、鉄道が町と町をつなぎ、利根川は隔てる川ではなく、暮らしを支える大きな流れとして親しまれてきました。現在でも県境を越えて通勤や買い物をする人は多く、そこには昔から続く生活圏の姿を見ることができます。
『新日本風土記』では、102歳になっても山を歩き続ける登山者の姿も紹介されます。険しい山々と向き合い、上州の風を受けながら歩き続けるその姿は、この土地に暮らす人々のたくましさと穏やかな心を象徴しているようです。
上州の風は、ときに厳しく、ときにやさしく、人々の暮らしを見守ってきました。その風に育まれた人々は、競い合うだけではなく、互いを認め合い、ともに歩むことの大切さを知っています。
前橋と高崎がそれぞれの役割を果たしながら群馬を支えてきたように、人と人、町と町もまた、目には見えない風によって静かに結ばれてきたのでしょう。
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上州の風が結ぶ二つの都
~違いを認め合い、ともに歩んできた町~
前橋には、養蚕文化を育み、人々の暮らしを支えてきた歴史があります。高崎には、多くの旅人を迎え、人や文化を結んできた歴史があります。一見すると異なる個性を持つ二つの町ですが、その歩みは決して別々ではありませんでした。
県庁所在地として群馬を支える前橋。交通と商業の拠点として発展してきた高崎。それぞれが自分の役割を果たしながら、ともに群馬の未来を築いてきたのです。
赤城山から吹き下ろす上州の風は、前橋にも高崎にも同じように吹きます。その風は町を隔てるものではなく、人々の暮らしや文化をやさしく結び、世代を超えて受け継がれてきました。
『新日本風土記』が描くのも、華やかな出来事だけではありません。町を愛し、家族を支え、働き続けてきた人々の姿です。その積み重ねが、今日の前橋と高崎を育ててきました。二つの町は、それぞれ違う道を歩みながらも、最後は同じ群馬・上州という故郷へたどり着きます。
競い合うだけではなく、それぞれの役割を認め合い、ともに歩んできた歴史。その穏やかな歩みこそが、二都と呼ばれる群馬の大きな魅力なのかもしれません。今日もまた、上州の風は二つの町をやさしく吹き抜けています。
ときには厳しく、ときにはやさしく…。その風を受けながら、人々は互いの違いを認め合い、それぞれの町を愛し、暮らしを育んできました。二つの都を結んでいるのは、一本の道でも、一つの川でもありません。同じ風を受けながら生きてきた人々の心なのかもしれません。