40年育てた「好き」が形に!|木の温もりを届けるおもちゃ工房【人生の楽園】

木工屋一郎と子供の笑顔 BLOG
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小学校教師として長年子どもたちと向き合ってきた堀田一郎さん。定年退職後に開いたのは、木の温もりあふれるおもちゃ工房でした。

一郎さんが木工に魅せられたきっかけは、若い頃に京都で出会った一つの組み木細工。以来、娘のための雛人形や木馬、ブランコなどを手作りしながら、その楽しさを深めていきます。

そして定年退職後の2020年、長年の夢だった「木工屋 一郎工房」をオープン。工房には木のおもちゃをはじめ、キッチン用品や生活雑貨など、一郎さんのアイデアが詰まった作品が並びます。その原動力は昔から変わりません。
「子どもが喜ぶ姿を見たい」
そんな思いで作り続けてきた木工細工は、今では地域の人たちを笑顔にする存在になっています。

今回は『人生の楽園』「木の温もり おもちゃ工房 ~福岡・福智町~」をもとに、40年育てた“好き”を形にした堀田一郎さん夫妻の物語を紹介します。

【放送日:2026年6月13日(土)18:00 -18:30・テレビ朝日】

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京都で出会った組み木の猫|木工人生の始まり

堀田一郎さんが木工と出会ったのは、まだ若い小学校教師だった25歳の頃でした。京都を訪れた際、ふと立ち寄ったお店で目にしたのが、一対の「組み木の猫」でした。木の板から切り出された猫たちは、シンプルな形でありながら不思議な温かさを持っていました。

一郎さんはその姿に心を奪われます。「どうしたらこんなものが作れるのだろう?」。その素朴な疑問が、後の人生を大きく変えることになるとは、当時は想像もしていなかったかもしれません。

組み木細工は、一本の木から形を切り出し、組み合わせて作る木工芸です。派手な装飾はありません。けれど木目や形の美しさを生かした作品には、手作りならではの優しさがあります。

一郎さんは少しずつ木工の世界に興味を持つようになりました。そして29歳で智恵さんと結婚し、やがて4人の子どもたちの父親になります。ここで京都で出会った組み木の猫が、再び一郎さんの人生に姿を現しました。長女の舞さんが生まれた時のことです。
「雛人形を買うのではなく、自分で作れないだろうか?」
そう考えた一郎さんは糸鋸を購入し、組み木の雛人形作りに挑戦します。試行錯誤しながら完成した作品は予想以上の出来栄えでした。そしてその喜びは、単に作品が完成したことではありません。

自分の手で作ったものを家族が喜んでくれる――。その幸せな体験が、一郎さんを木工の世界へとさらに深く引き込んでいったのです。

京都で出会った小さな組み木の猫。それは単なる木工細工ではなく、一郎さんの40年以上にわたる木工人生の始まりを告げる出会いだったのかもしれません🌳✨🐱

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子どもの笑顔が見たい|父として作り続けた木のおもちゃ

一郎さんが木工の世界に本格的にのめり込んでいったきっかけは、子どもたちの存在でした。長女の舞さんが生まれた時、一郎さんは市販の雛人形を飾るのではなく、自分の手で作ってみたいと考えます。京都で出会った組み木細工の記憶が心の中に残っていたからでした。

初めて挑戦した組み木の雛人形は、思いのほか見事な出来栄えだったといいます。しかし一郎さんが本当にうれしかったのは、作品の完成そのものではありませんでした。

家族が喜んでくれたこと。子どもが笑顔を見せてくれたこと。その瞬間こそが、一郎さんにとって何よりのご褒美だったのです。それからというもの、一郎さんの木工熱はますます高まっていきます。

木馬やブランコなど、子どもたちのためのおもちゃを次々と手作りするようになりました。「子どもが喜ぶ姿を見たい」、その思いが原動力でした。夢中になるあまり、早朝から作業を始めることもあったそうです。

あまりに熱中しすぎて、智恵さんから「近所迷惑になるでしょう」と注意されたこともあったとか(笑) それでも手を動かすことをやめられなかったのは、完成したおもちゃで遊ぶ子どもたちの姿が何よりうれしかったからなのでしょう。

木のおもちゃには不思議な温かさがあります。電池も音も光もありません。けれど、手に触れた時のぬくもりや木の香りは、子どもたちの記憶の中に長く残ります。

一郎さんが作っていたのは、おもちゃだけではなかったのかもしれません。子どもたちとの思い出や、家族が笑顔になる時間そのものを作っていたのです。その積み重ねが、後に人生を大きく変える夢へとつながっていきました🌳✨😊

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学校でも伝えたい|木工クラブと教え子たち

一郎さんの木工への情熱は、やがて家庭の中だけにとどまらなくなりました。自分が木工を通して感じた楽しさを、今度は子どもたちにも伝えたいと思うようになったのです。

当時、小学校教師として働いていた一郎さんは、校長先生に直談判します。「木工クラブを作らせてください」ものづくりの楽しさを子どもたちに知ってほしい。そんな思いからでした。こうして誕生した木工クラブでは、子どもたちが自分の手で木を切り、形を作り、作品を完成させていきました。

最初はぎこちなかった子どもたちも、少しずつ道具の使い方を覚え、作品が形になっていく喜びを知っていきます。完成した作品を誇らしそうに見せる子どもたち。その笑顔は、一郎さんにとって何よりうれしい瞬間でした。考えてみれば、それは我が子に木馬や雛人形を贈った時の気持ちとどこか似ていたのかもしれません。

誰かのために作る。誰かが喜んでくれる。その喜びがまた新しい作品を生み出していく。一郎さんの木工には、そんな優しい循環がありました。やがて教頭になると、子どもたちと直接触れ合う時間は少なくなっていきます。責任は増えましたが、その一方で、子どもたちと向き合う機会が減ってしまったことに寂しさも感じていたそうです。

そんな時、一郎さんの心を支えてくれたのもまた木工でした。木を削る時間は、自分らしさを取り戻せる大切な時間だったのです。そしてその頃から、一郎さんの心の中には少しずつ新しい夢が育ち始めていました。
「いつか定年になったら、自分の工房を開きたい」
その夢はまだ誰にも話していない、小さな種のようなものでした🌳✨

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定年後の夢を実現|木工屋 一郎工房オープン

小学校教師として長年勤め上げた一郎さんでしたが、心の中にはずっと温め続けてきた夢がありました。「いつか自分の木工房を開きたい」。その思いは、木工に出会った若い頃から少しずつ育ち続けていたものでした。

特に教頭になってからは、子どもたちと直接触れ合う機会が減り、責任も大きくなります。そんな日々の中で、一郎さんの心を支えてくれたのが木工でした。木を削り、形を作る時間は、自分自身を取り戻せる大切なひとときだったのです。

そして定年退職の日が近づくにつれ、その夢は少しずつ現実味を帯びていきます。実は一郎さん、智恵さんには内緒で少しずつお小遣いを貯め、木工機械や道具を買い揃えていたそうです。工房に必要な電灯や換気扇の設置まで自分の手で行いました。長年積み重ねてきた夢だからこそ、一歩ずつ準備を進めていたのでしょう。

こうして2020年4月、定年退職とともに『木工屋 一郎工房』をオープンしました。しかし一郎さんにとって工房は、ただ作品を売る場所ではありませんでした。木工を通して人とつながる場所。子どもたちや地域の人たちを笑顔にする場所。そして、自分が長年愛してきた木工の楽しさを伝える場所だったのです。

振り返れば、京都で出会った組み木の猫から始まった物語は、この工房へと続いていました。けれど一郎さんの夢は、ここで終わりではありません。むしろここからが新しい始まりだったのです🌳✨🔨

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木の温もりで人を笑顔に|地域に愛される工房

2020年にオープンした『木工屋 一郎工房』には、木の温もりあふれる作品が並んでいます。もちろん木のおもちゃもあります。けれど工房にあるのはそれだけではありません。キッチン用品や生活雑貨など、「木で作れるものなら何でも作る」が一郎さんのモットーです。

そのため工房には、一郎さんのアイデアが詰まったさまざまな作品が並んでいます。そして特徴的なのは、お客さんとの距離の近さです。
「こんなものが欲しいな」
「こういう物があったら便利かも」
そんな声を聞くと、一郎さんは真剣に耳を傾けます。

木工は作品を作ることが目的ではありません。その先にいる誰かの笑顔こそが、一郎さんにとって一番大切なものなのです。思い返せば、娘のために作った雛人形もそうでした。木工クラブで子どもたちに教えた時もそうでした。そしてそれは今、その相手が地域の人たちへと広がっています。

工房を訪れた人が作品を手に取り、笑顔になる。その笑顔を見て、一郎さんもまた笑顔になる。そんな温かな交流が『木工屋 一郎工房』には流れています。

木工屋 一郎工房(出典:KT QUEST)
木工屋 一郎工房(出典:KT QUEST)

木の温もりとは、木そのものの優しさだけではないのかもしれません。人を思いながら作る人の気持ち。そしてそれを受け取った人の喜び。その両方が重なった時に生まれる温もりこそが、一郎さんの工房を特別な場所にしているのでしょう🌳✨😊

木工屋一郎工房

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40年育てた「好き」が形に|人生を豊かにする夢の続き

京都で偶然出会った一対の組み木の猫。その小さな出会いが、一郎さんの人生を大きく変えることになりました。

娘のために作った組み木の雛人形。子どもたちのための木馬やブランコ。学校で立ち上げた木工クラブ。そして定年後に実現した『木工屋 一郎工房』。振り返れば、そのすべては一本の線でつながっています。

一郎さんは木工を通して、多くの人に喜びを届けてきました。家族に。教え子たちに。そして今は地域の人たちに。その原点にあったのは、昔も今も変わらない一つの思いです。

「誰かの笑顔が見たい」

木工の技術は年月とともに磨かれてきました。けれど、一郎さんが本当に大切にしてきたのは作品そのものではなく、その先にいる人たちだったのかもしれません。

人生100年時代と言われる今、定年退職はゴールではなく新しいスタートです。一郎さんにとって木工房は、長年育ててきた夢の到着点であると同時に、新しい夢が始まる場所でもありました。

工房には今日も木の香りが漂っています。そしてその香りに誘われるように、人が集まり、笑顔が生まれています。40年以上育ててきた「好き」は、今もなお多くの人の心を温め続けています。一郎さんの夢は、まだ完成していません。きっとこれからも木の温もりとともに、新しい笑顔を生み出しながら続いていくのでしょう🌳✨😊

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