人は誰しも、母から生まれてきます。
命を宿し、この世へ送り出し、ときに遠くから見守り続ける存在。母は優しく、懐かしく、そして時に言葉では表せないほど大きな存在として、私たちの心の中に生き続けています。
今回の「新日本風土記」のテーマは「母」。出産を表す神事、母たちが集う月待の行事、亡き子への思いを託したムカサリ絵馬、そして故郷に残る母と都会へ旅立った子どもたち。日本各地の風土に息づく物語を通して、「母」という不思議で深い存在を見つめます。
美しく、優しく、ときに恐ろしくもある母なるもの。その姿を訪ねながら、人々の暮らしと祈りの中に受け継がれてきた愛のかたちをたどります。
【放送日:2026年6月8日(月)22:00 -23:00・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年6月9日(火)20:00 -21:00・NHK-BS】
【放送日:2026年6月14日(日)6:00 -6:59・NHK-BSP4K】
<広告の下に続きます>
母とは何だろう?風土の中に息づく「母なるもの」
母とはどのような存在なのでしょうか。
命を産み育てる人。いつも見守ってくれる人。多くの人がそう思い浮かべるかもしれません。しかし日本各地に残る風習や祈りの中には、それだけでは語り尽くせない「母」の姿が見えてきます。
子どもをこの世へ送り出す出産。成長を見守りながら迎える旅立ち。そして、ときには愛するわが子との別れ。母の人生には、幾度となく「送り出す」瞬間が訪れます。
それは喜びだけではありません。誇らしさと寂しさ、希望と不安、そして深い悲しみが重なることもあります。それでも母たちは、子どもたちの幸せを願いながら、その背中を見送ってきました。
今回の「新日本風土記」では、各地に受け継がれる神事や祈り、人々の暮らしを通して、「母なるもの」の姿を見つめます。そこには、美しく、優しく、ときに恐ろしくもある、人間の根源的な愛のかたちが浮かび上がってきます。
<広告の下に続きます>
命を迎える祈り|出産を表す神事に込められた願い
日本各地には、出産を願い、無事な誕生を祈る神事が受け継がれています。番組で紹介される「落とし神事」では、神輿を激しく揺さぶることで陣痛や出産の様子を表現するといいます。その姿からは、新しい命を迎える喜びとともに、出産が命がけの営みであったこともうかがえます。
現代では医療の発達によって安全に出産できる環境が整いました。しかし昔の人々にとって、子どもが無事に生まれることは決して当たり前ではありませんでした。だからこそ人々は祈りました。母子ともに無事でありますように。新しい命が健やかに育ちますように。
神事の中には、そんな切実な願いが込められていたのです。母となる瞬間は、命をこの世へ送り出す最初の時でもあります。風土の中に残る祈りは、命が生まれることの尊さを今に伝えています。
<広告の下に続きます>
母たちが集う夜|長野に伝わる月待の行事
長野の山あいでは、年に一度、母たちが集う月待の行事が受け継がれています。
月待は、特定の夜に月の出を待ちながら祈りを捧げる日本各地の信仰行事です。この地では、母たちがともに集い、語り合いながら月を待つ特別な時間となっていました。
子どもを育て、家族を支え、日々の暮らしを担う母たち。その歩みは決して平坦なものではありません。喜びもあれば、不安もあり、ときには誰にも言えない苦労を抱えることもあります。
だからこそ、同じ時代を生きる母たちが集い、月の光の下で心を通わせる時間は大切なものだったのでしょう。静かな山里に昇る月。その光は、命を育み続ける母たちをやさしく照らしていました。
<広告の下に続きます>
忘れないという愛|最上川沿いに伝わるムカサリ絵馬
山形県の最上川沿いには、「ムカサリ絵馬」と呼ばれる独特の風習が伝えられています。
ムカサリ絵馬には、亡くなった人の結婚式の様子が描かれます。若くして亡くなった我が子が、あの世では幸せな人生を送れますように。そんな家族の願いが込められているのです。
かつて人々の暮らしの中では、子どもが無事に成長し、大人になることは決して当たり前ではありませんでした。病や事故によって、親が子を見送らなければならないことも少なくなかったのです。
愛する子どもを失う悲しみは計り知れません。それでもムカサリ絵馬を奉納する人々は、亡き子の幸せを願い続けました。
忘れられないからこそ祈る。手放せないからこそ幸せを願う。ムカサリ絵馬には、悲しみを抱えながらも我が子を見送り続ける親たちの深い愛情が描かれています。
<広告の下に続きます>
故郷で待つ人|都会へ旅立った子どもと母の思い
春になると、多くの若者たちが故郷を離れ、新しい暮らしへと旅立っていきます。
進学や就職への期待を胸に家を出る子どもたち。その一方で、送り出す家族の胸にもさまざまな思いが去来します。
今回の番組では、都会へ出た子どもと、故郷の山に残る母の姿が描かれます。無事に暮らしているだろうか。困ったことはないだろうか。離れていても、母の心はいつまでも子どもを気にかけています。
子どもにとって旅立ちは新しい人生の始まりです。しかし母にとっては、大切な存在を見守りながら送り出す瞬間でもあります。故郷の山々を見つめながら子どもの幸せを願う母。その姿には、出産の時から変わることのない愛情が静かに息づいています。
<広告の下に続きます>
母が残していくもの|風土に受け継がれる愛のかたち
出産を願う神事、母たちが集う月待の夜、亡き子を思うムカサリ絵馬、そして故郷から子どもを見送る母の姿。今回の旅では、日本各地の風土の中に息づくさまざまな「母」の姿を見つめてきました。
命を産み育てること。送り出すこと。待ち続けること。そして、ときには悲しみを抱えながら見送ること。母の人生には、数えきれないほどの愛と祈りが重なっています。けれど、その愛は決して特別な言葉として残るわけではありません。
日々の暮らしの中で交わされた何気ない言葉や、食卓を囲んだ時間、故郷の風景や家族を思う気持ちとなって、静かに受け継がれていきます。
いつか母もまた、見送られる側になります。それでも人々の心の中には、母から受け取った愛情や思い出が残り続けます。風土の中に息づく「母なるもの」とは、そうした目には見えない愛の記憶なのかもしれません。
美しく、優しく、ときに切なく懐かしい母の姿。そのぬくもりは、これからも人々の暮らしの中で静かに生き続けていくのでしょう。