「最近、物忘れが増えたなぁ」
「あなた、認知症じゃないの?(笑)」
年齢を重ねた夫婦なら、そんな冗談を交わしたことが一度くらいあるかもしれません。人の名前がなかなか出てこない。何を取りに来たのか忘れて、部屋の真ん中で立ち止まる。昨日の夕食を思い出すのに、ちょっと時間がかかる。でも、こんな「ど忘れ」なら、若いころから誰にでもあります。
では――物忘れは、どこから「認知症」になるのでしょう? そもそも認知症は、ある日突然始まるものなのでしょうか。NHK『フロンティア』が追いかけるのは、世界で研究が進む認知症の“克服のカギ”。
感染症と認知症の意外な関係、発症リスクを下げる可能性が研究されているワクチン、アルツハイマー病から人を守る「防御遺伝子」。さらに、修正可能なリスク要因に対処することで、認知症の約45%を予防、あるいは発症を遅らせられる可能性があるという研究まであります。
けれど、ここでひとつ「?」が浮かびました。認知症を“克服する”とは、認知症にならないことや、病気を治すことだけなのでしょうか。今日より若い明日はありません。それでも、認知症になる時期を少し先へ延ばせるとしたら…。できることを、少しでも長く続けられるとしたら…。それもまた「克服」と呼べるのかもしれません。
今回は最先端の認知症研究をたどりながら、“自分でいられる明日”を延ばすとはどういうことなのか、一緒に考えてみたいと思います。
【放送日:2026年9月18日(金)17:00 -18:00・NHK-BS】
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物忘れは、どこから「認知症」になる?
「あれ、何を取りに来たんだっけ?」
部屋まで来たのに、目的を忘れてしまう。「あの俳優さん、誰だっけ? ほら、あのドラマに出てた……」、顔は浮かんでいるのに、名前だけが出てこない。こんな「ど忘れ」なら、若いころから経験したことがある人も多いでしょう。
だから、物忘れが増えたからといって、それだけで認知症というわけではありません。では、どこからが「認知症」なのでしょう?
そもそも認知症で低下するのは、記憶する力だけではありません。言葉を理解したり、人や場所を認識したり、物事を判断したり、順序を考えて行動したりする力も含まれます。そして、そうした認知機能の低下によって、これまでできていた日常生活に支障が出てくることが、認知症を考えるうえで大切なポイントになります。
たとえば、昨日の夕食に何を食べたのか思い出せない。これは「ど忘れ」かもしれません。でも、食事をしたことそのものを繰り返し忘れてしまう。いつもできていたお金の管理が難しくなる。何度説明されても、同じことを短い間隔で尋ねるようになる。
長年通っていた場所なのに、行き方が分からなくなる。こうした変化が続き、暮らしそのものに影響するようになれば、単なる「年齢のせい」では片づけず、専門家に相談することが大切になってきます。
ところが――ここで話は少し複雑になります。正常な加齢による変化と認知症の間には、MCI(軽度認知障害)と呼ばれる状態があります。以前より認知機能は低下しているものの、基本的な日常生活の自立は保たれている段階です。MCIになった人がすべて認知症へ進むわけでもありません。となると、
「ここまでは普通の物忘れ。今日から認知症です」
と、一本の線を引くことは思っているほど簡単ではなさそうです。
本人より先に家族が「最近ちょっと変わった」と気づくこともあるでしょう。反対に、本人も家族も年齢による変化だと思い、長いあいだ気づかないこともあるかもしれません。そして医療機関で診断されたとしても、脳の中の変化までその日に突然始まったとは考えにくい。
そう考えていくと、最初の素朴な疑問が、もうひとつの「?」を連れてきます。認知症と診断された日が、本当に「認知症が始まった日」なのでしょうか? 次は、その境界線をもう少し手前までたどってみましょう。
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認知症は、症状が出る前から始まっている?
前の章では、普通の「ど忘れ」と認知症の間に、くっきり一本の境界線があるわけではないことを見てきました。では、認知症と診断された日が「始まった日」なのでしょうか? どうやら、それも違うようです。ここでひとつ区別しておきたいのが、「認知症」という状態と、その原因となる「病気」です。
たとえばアルツハイマー病は、認知症を引き起こす代表的な病気のひとつです。そしてアルツハイマー病では、物忘れなどの症状がはっきり現れるよりずっと前から、脳の中で変化が始まっていることがわかってきました。
アメリカ国立老化研究所(NIA)によると、脳内では症状が現れる10年以上前から変化が始まる可能性があります。代表的なのが、アミロイドβやタウと呼ばれるたんぱく質に関わる異常です。(ここ、覚えなくていいですよー、テストに出ませんからw)
つまり、本人は普通に暮らしている。家族も何も気づいていない。それでも、病気につながる変化はすでに始まっているかもしれない。そんな期間があるということです。
これを研究の世界では、アルツハイマー病の「前臨床期(プレクリニカル期)」などと呼びます。症状がない段階からMCI、そして認知症へと、アルツハイマー病を長い時間をかけて進む連続した過程として捉える考え方です。
ただし、ここで怖がりすぎる必要もありません。脳にアミロイドが見つかったからといって、必ず将来認知症になる、と単純に言えるわけではないからです。実際、アミロイドが蓄積していても、生涯に認知症の症状を示さない人がいることもわかっています。ここが、認知症研究の難しくも面白いところです。
- 「病気はいつ始まった?」
- 「症状はいつ始まった?」
- 「本人がいつ気づいた?」
- 「家族がいつ気づいた?」
- 「いつ認知症と診断された?」
同じ人でも、その答えはすべて違うかもしれません。かつては、物忘れなどの症状が現れてから病気を見つけるしかありませんでした。ところが現在は、PETによる脳画像や脳脊髄液、そして研究が急速に進んでいる血液中のバイオマーカーなどによって、症状として見えるより前のアルツハイマー病を捉える研究が進んでいます。
すると、「認知症を克服する」という研究の方向も変わってきます。症状が現れてから元に戻そうとするだけではなく、症状が現れる前に、病気の進行を遅らせることはできないか。認知症になる時期そのものを、もっと先へ延ばせないか。という発想です。
「どこからが認知症?」
そんな日常的な疑問から始めたはずなのに、境界線をたどっていくと、いつの間にか私たちは症状が現れる10年以上も前まで来てしまいました。では、そんなまだ症状さえない時期に、私たちにできることはあるのでしょうか。
ここで登場するのが、今回の『フロンティア』が紹介する少し意外な研究です。感染症を防ぐはずの「ワクチン」が、なぜ認知症と関係するのでしょう?
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ワクチンや「防御遺伝子」で、認知症を遠ざけられる?
「認知症のリスクを下げるワクチンがある」
そう聞いたら、少し驚きませんか?つい、「ついに認知症を予防するワクチンができたの?」と思ってしまいそうです。でも、そういう話ではありません。いま研究者たちが注目しているもののひとつが、もともと認知症を予防するために作られたものではない帯状疱疹ワクチンです。
2025年に医学・科学誌『Nature』に発表された研究では、イギリス・ウェールズの大規模な医療記録が調べられました。ここで研究者たちが利用したのが、ちょっと面白い制度上の偶然です。
当時の帯状疱疹ワクチンは、生年月日によって接種対象になる人とならない人が、ほぼ機械的に分かれていました。誕生日がわずかに違うだけなら、健康状態や生活習慣などはよく似ているはずです。ところが、一方はワクチンを接種する機会があり、もう一方にはない。
そこで両者を比較したところ、帯状疱疹ワクチンの接種によって、その後7年間に新たに認知症と診断される確率が相対的に約20%低下したと推定されました。
では、なぜ帯状疱疹のワクチンが認知症と関係するのでしょう? 帯状疱疹を起こす水痘・帯状疱疹ウイルスをはじめ、神経に影響するウイルスと認知症との関係が研究されています。感染や炎症を抑えたことが影響したのか。あるいはワクチンによって変化した免疫反応そのものが関係しているのか。いくつもの仮説がありますが、詳しい仕組みはまだわかっていません。
別の研究では、新しいタイプの帯状疱疹ワクチンを接種した人で、その後6年間、認知症と診断されずに過ごす期間が長かったことも報告されています。ただし、こちらは観察研究であり、研究者自身も「因果関係を証明したものではない」としています。
つまり現時点では、「帯状疱疹ワクチンを打てば、認知症を防げる」とまでは言えません。それでも、本来は感染症を防ぐためのワクチンを調べていたら、認知症との思いがけない関係が見えてきた。ここに研究の面白さがあります。
そして、もうひとつ。研究者たちは、まったく違う方向からも「認知症を遠ざけるカギ」を探しています。それが、アルツハイマー病から人を守っている可能性のある**「防御遺伝子」**です。
南米コロンビアには、PSEN1という遺伝子の特定の変異を受け継ぎ、若いうちからアルツハイマー病を発症する人が多い大きな家系があります。この家系では、軽度認知障害(MCI)になる年齢の中央値は44歳、認知症では49歳でした。
ところが、その中に驚くほど長いあいだ認知機能が保たれた人たちが見つかりました。ある女性からはAPOE3 Christchurchと呼ばれる珍しい遺伝子変異が見つかり、別の男性からはRELN-COLBOSという変異が見つかりました。後者の男性は、脳内に大量のアミロイドが蓄積していたにもかかわらず、70歳を超えるまでMCIに至りませんでした。
ここで大切なのは、「認知症にならない遺伝子が発見された」と単純化しないことです。研究者たちが知りたいのは、「病気になる条件を持っているのに、なぜこの人は長いあいだ発症しなかったのか?」ということ。その人を守っていた仕組みを解明できれば、同じ働きを薬などで再現する道が見つかるかもしれません。
ワクチンも、防御遺伝子も、まだ「認知症の特効薬」ではありません。けれど両方の研究が教えてくれることがあります。アルツハイマー病になるかどうかは、「なる・ならない」の二択だけではない。発症するまでの時間を延ばせる可能性がある。ここで、私たちが最初から追いかけてきた言葉が、また少し違って見えてきます。
“自分でいられる明日”を延ばす。
病気そのものを完全になくせなくても、その日を5年、10年と先へ送ることができたなら…。その時間にも、大きな意味があるはずです。
そして実は、こうした可能性は特殊な遺伝子を持つ人だけの話でもないようです。世界の認知症のおよそ45%には、変えられる可能性のあるリスク要因が関係している――。そんな驚くような推計も発表されています。では、この「45%」とは、本当は何を意味しているのでしょう?
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「認知症リスク45%減」って、本当に45%?
「認知症の発症リスクを45%減らせる」
そんな数字を見たら、「えっ、生活に気をつければ、認知症になる確率を半分近く減らせるの?」と思ってしまいそうです。45%といえば、ほとんど半分。もし本当にそうなら、かなり大きな数字です。この「45%」のもとになっているのが、医学誌『The Lancet(ランセット)』の認知症予防・介入・ケア委員会が2024年に発表した報告です。
委員会は、認知症と関係する14の「修正可能なリスク要因」を挙げています。それは、教育歴の短さ、難聴、高LDLコレステロール、うつ病、外傷性脳損傷、運動不足、糖尿病、喫煙、高血圧、肥満、過剰な飲酒、社会的孤立、大気汚染、未治療の視力低下です。
そして、これら14の要因を合わせたPAF(Population Attributable Fraction=人口寄与割合)を45.3%と推計しました。……なんだか急に難しくなりました。でも、この「PAF」が45%を理解するポイントです。
これは、「あなたが生活習慣を改善すれば、あなた個人の認知症発症リスクが45%下がります」という意味ではありません。大まかに言えば、14のリスク要因と認知症との関係が因果的であり、それらを取り除いたり減らしたりできたと仮定した場合、人口全体でどのくらいの認知症を予防、あるいは遅らせられる可能性があるかを推計した数字です。
しかも、14項目を見ていると、もうひとつ気づくことがあります。これ、本当に全部「生活習慣」なのでしょうか?運動不足や喫煙、過剰な飲酒なら、自分の行動との関係を想像しやすいでしょう。でも、教育を受けられる環境は?大気汚染は?社会的孤立は?難聴や視力低下を適切に治療できる医療環境は?
本人が「今日から健康に気をつけよう!」と決心するだけでは変えられないものも、たくさん含まれています。実際、Lancet委員会は認知症予防について、個人への働きかけだけでなく、教育、医療、社会環境などを含む政策レベルでの取り組みも求めています。
つまり「45%」から読み取るべきなのは、「認知症にならないために、本人がもっと努力しましょう」という話ではありません。むしろ、「認知症には、運命だけでは決まらない部分がこれだけあるかもしれない」ということなのだと思います。
しかも、その取り組みは高齢になってから突然始めるものでもありません。Lancetの報告では、教育のような人生の早い時期の要因から、中年期の難聴、高LDLコレステロール、高血圧など、さらに高齢期の社会的孤立や視力低下まで、人生全体を通した認知症予防として捉えています。
「まだ若いから、認知症なんて関係ない」
そう思っていた人にも、少し見え方が変わってくるかもしれません。ただし、ここでもうひとつ忘れてはいけないことがあります。14のリスク要因すべてに気をつけても、認知症を100%防げるわけではありません。反対に、認知症になった人を見て、「生活習慣が悪かったからだ」と考えることも、この45%という数字の読み方として適切ではありません。
認知症には前に見たように、年齢や遺伝的要因をはじめ、本人には変えられない要素も関係します。Lancet委員会自身も、この45%は現在得られる研究データを使った推計であり、リスクの大きさには過大評価・過小評価の可能性があることなど、計算上の限界を明記しています。
それでも――。45%は「約束された数字」ではない。でも、「変えられるかもしれない未来」が想像以上に大きいことを示す数字ではある。そう考えると、前の章で見てきたワクチンや「防御遺伝子」ともつながってきます。
研究者たちが探しているのは、若いころの脳へ戻す魔法ではありません。病気になる可能性を少し下げる。発症する時期を少し先へ送る。自分でできることを、少しでも長く保つ。そうした小さな「少し」が積み重なって、もし5年、10年という時間になったなら――。それは、認知症を「克服した」と呼べるのでしょうか?
いよいよ最後の「?」です。認知症を「克服する」って、治すことだけなのでしょうか?
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認知症を「克服する」って、治すことだけ?
ここまで、認知症研究の最前線を見てきました。症状が現れるずっと前から始まっているかもしれない脳の変化。認知症との意外な関係が見えてきたワクチン。アルツハイマー病の発症を長いあいだ抑えていた可能性のある「防御遺伝子」。
そして、14の修正可能なリスク要因に取り組むことで、認知症の約45%を予防、あるいは発症を遅らせられる可能性があるという研究。こうした話を聞いていると、いつの日か、「認知症にならない時代」が来ることを期待したくなりますし、もちろん研究者たちはその可能性を求め続けています。
でも、ここで少しだけ立ち止まって考えてみたいことがあります。認知症を「克服する」とは、認知症にならないことや、病気を完全に治すことだけなのでしょうか。
日本の認知症医療に長く携わり、「長谷川式簡易知能評価スケール」を開発した精神科医・長谷川和夫さん。何千人もの認知症の人と向き合ってきた専門家でした。ところが晩年、自らも認知症になりました。そして、自分自身が認知症になって初めて、それまで外側から研究しているだけではわからなかったことがあると語るようになります。著書のタイトルは、
『ボクはやっと認知症のことがわかった』
長いあいだ認知症を研究してきた人が、最後に「やっとわかった」と言った。この言葉には、ずっしりとした重さがあります。
認知症になると、できないことが増えるかもしれません。昨日まで簡単にできていたことに時間がかかる。記憶が曖昧になる。判断を間違えることもある。周囲の助けが必要になることもあるでしょう。けれど長谷川さんは、自ら認知症になった経験を通して、認知症になったからといって突然その人が別人になるわけではない、と伝え続けました。
そこには、その人が歩いてきた人生があります。好きだったものがあります。大切にしてきた人がいます。うれしいことも、悲しいこともあります。そして今を感じる心があります。だとしたら――。私たちが守ろうとしているものは、単なる「認知機能の点数」だけではないはずです。
自分で食べたいものを選ぶ。行きたいところへ出かける。好きな人と話す。できないことは誰かに手伝ってもらう。そして、「これは私の人生だ」と思える時間を、できるだけ長くしていく。それもまた、認知症研究が目指す未来のひとつなのではないでしょうか。
ここで、この記事の最初に戻ってみます。
「最近、物忘れが増えたなぁ」
「あなた、認知症じゃないの?(笑)」
そんな日常の冗談から、私たちは、「認知症は、どこから始まる?」と考え始めました。けれど最先端の研究をたどってみると、その問いは少しずつ変わっていきます。
どこから認知症になるのか。どうすれば発症を遠ざけられるのか。そして最後に残ったのは、「認知症になったら、そこから先は“自分”ではなくなるの?」という問いでした。
きっと、そんなことはありません。だから「克服」という言葉も、もう少し広く考えていいのだと思います。認知症になる可能性を少しでも下げること。発症する時期を少しでも先へ延ばすこと。進行を遅らせること。できることを長く保つこと。
そして、認知症になったあとも、その人らしく生きられる社会をつくること。どれかひとつだけではなく、その全部が「克服」へ向かう道なのかもしれません。
今日より若い明日はありません
誰も、昨日の自分へ戻ることはできません。それでも――。“自分でいられる明日”を、一日でも長くすることはできるかもしれない。認知症研究のフロンティアで見つかり始めた「克服のカギ」は、認知症を消してしまう魔法の鍵ではありませんでした。けれどその小さな鍵のひとつひとつが、私たちの明日を、今より少し遠くまで開いてくれるのかもしれません。
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