新しい薬をつくる「創薬」の世界で、AIの活用が進んでいます。膨大な数の化合物の中から薬の候補になりそうなものを探したり、その性質を予測したり――これまで人間が長い時間をかけてきた研究を、AIが支えるようになってきました。
こう聞くと、AIはまだ研究所や最先端の企業で使われている、少し遠い存在のようにも思えます。でも、本当にそうでしょうか。
「私はChatGPTなんて使わないし、AIとは関係ないよ」
そう思っている人でも、スマートフォンで写真を撮れば画像認識が働き、地図アプリを開けば膨大なデータから経路が選ばれ、インターネットで検索すればAIがまとめた回答を目にすることがあります。
病院では、内視鏡などの画像から病変が疑われる場所を見つけるためにもAIが使われ始めています。そして私たちが気づかないところでも、農業、工場、交通、金融、防犯など、さまざまな場所でAIはすでに働いています。
生成AIが登場して、突然「AIの時代」が始まったわけではありません。もしかすると私たちは、AIを使うか、使わないかを選ぶ時代から、知らないうちにAIと暮らしている時代へ、すでに足を踏み入れているのかもしれません。
『真相の館』の「創薬」という扉から、その先に広がっているAIの世界を少し覗いてみましょう。「AIなんて使ってない」と、私たちは今でも本当に言えるのでしょうか。
【放送日:2026年9月5日(土)20:30 -21:00・NHK-Eテレ】
【放送日:2026年9月10日(木)22:00 -22:30・NHK-Eテレ】
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創薬で、AIはいったい何をしている?
「こんな病気に効く薬が欲しい!」
そうAIにお願いすると、「はい、できました!」と新しい薬をつくってくれる――。「AI創薬」と聞くと、そんな未来を想像してしまいそうですが、現在のAIは、まだ魔法の薬製造機ではありません。そもそも、新しい薬が生まれるまでには長い道のりがあります。
病気に関係する遺伝子やタンパク質などから「どこを狙えば治療につながりそうか」という標的を探し、膨大な化合物の中から効果が期待できそうな候補を見つける。さらに、その候補がどんな性質を持つのか、安全性に問題はなさそうかなどを調べ、実験を重ねていきます。
AIが得意なのは、こうした創薬の途中にある「探す」「予測する」「絞り込む」といった仕事です。人間が一つひとつ調べるにはあまりにも膨大なデータから関係性を探したり、薬の候補になりそうな分子を選び出したり、ときには新しい分子構造の候補を設計したりすることもできます。
つまりAIは、研究者に代わって薬を完成させるというより、「このあたりを調べてみたら、何か見つかるかもしれません」と、広大な可能性の中から有望な場所を教えてくれる存在に近いのです。
ただし、AIが「有望だ」と予測しても、それだけで薬にはなりません。実際の実験で確かめ、非臨床試験や臨床試験などを経て、本当に人に対して安全で有効なのかを確かめる必要があります。AIを使った創薬は急速に進歩していますが、「AIを使えば必ず新薬が生まれる」という段階には、まだ到達していません。
でも、ここでひとつ気になることがあります。膨大なものの中から、人間だけでは見つけにくいものを見つける――。もし、それがAIの得意なことだとしたら。同じようなことは、薬をつくる研究所以外でも、すでに起きているのではないでしょうか?
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人間には見つけにくいものを、AIは見つけられる?
創薬の世界でAIが得意としていたのは、膨大な可能性の中から「これは有望かもしれない」という候補を見つけることでした。
同じ力は、すでに私たちの身体を診る医療の現場でも使われています。そのひとつが、内視鏡検査です。医師が胃や大腸の中を内視鏡で観察しているとき、その映像をAIも解析し、病変の可能性がある場所を見つけると、「ここをもう少しよく見てください」とでもいうように、医師の注意を促します。
もちろん、AIが画面を見ただけで、「あなたは癌です」と最終的な診断をする、という単純な仕組みではありません。現在の内視鏡AIには、病変の疑いがある場所を見つける「検出支援」や、見つかった病変がどのようなものなのかを判断する「鑑別診断支援」などがあり、あくまで医師の診断を助ける役割を担っています。
人間の医師には、長年の経験があります。患者の状態を考え、画像を見るだけでは分からない情報まで含めて判断することができます。一方のAIには、人間とは違った強みがあります。大量の症例画像から特徴やパターンを学び、目の前の映像の中から、それに似た小さな変化を探し続けることができます。
疲れることもありません。「さっきまで何もなかったから、ここも大丈夫だろう」と気を緩めることもありません。だからこそ、人間だけでは見逃してしまうかもしれない小さな異変に、AIが気づくことがあります。
もちろん、AIも間違えます。病変ではない場所を「怪しい」と判断することもあれば、医師がAIを信頼しすぎれば、かえって人間自身の判断に影響を与えてしまう可能性もあります。
大切なのは、人間とAIのどちらが優れているかを競わせることではないのでしょう。人間とは違う見方をする、もうひとつの目を持つこと。
創薬では、膨大な候補の中から可能性を探す。内視鏡では、膨大な画像情報の中から小さな異変を探す。どうやらAIというものは、人間には多すぎて見切れないものの中から「何か」を見つけるとき、大きな力を発揮するようです。
でも――。そんなAIの「目」は、本当に病院や研究所の中だけにあるのでしょうか。私たちが毎日持ち歩いているスマートフォンにも、実は同じような「目」があります。
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「AIなんて使ってない」は、もう難しい?
「私はChatGPTも生成AIも使わないから、AIとは関係ない」
そう思っている人もいるかもしれません。ところが、スマートフォンを使っていつもの生活をしているだけでも、AIとまったく無関係でいることは、すでに難しくなっています。
スマートフォンのカメラは、写っている人の顔や被写体を認識します。メールには、大量に届くメッセージから迷惑メールを見つけて振り分ける仕組みがあります。地図やナビゲーションでは、交通状況などのデータから目的地までの経路が提示されます。
動画や音楽、通販サイトを開けば、これまでの利用状況などから「あなたはこれが好きなのでは?」と、おすすめが並びます。インターネットで検索すれば、検索結果を見る前にAIがまとめた回答が表示されることさえあります。
私たちはそのたびに、「いま、AIを使ったぞ」とは思いません。むしろAIは、AIであることを意識させないほど、いつもの道具やサービスの中に溶け込み始めています。便利になったことは間違いありません。
でも、ここには少し気をつけたいこともあります。AIが示しているものは、必ずしも「事実」そのものとは限らないからです。生成AIに何かを調べてもらえば、もっともらしいけれど間違った情報を答えることがあります。
おすすめされた商品が、本当に自分にとって一番よい商品とは限りません。地図アプリが示した経路も、私たちが必ずそこを通らなければならないわけではありません。
思い返せば、創薬でも同じでした。AIが「この化合物は有望かもしれない」と予測しても、研究者はそこで研究を終えません。実験をして、本当にそうなのかを確かめます。
内視鏡でも、AIが「ここが怪しい」と示したからといって、それだけで診断が決まるわけではありません。最後は医師が見て、判断します。ところが私たちの日常では、AIが選んだ答えを確かめる人は――自分しかいません。
だから問題は、「AIを使うか、使わないか」ではないのかもしれません。AIが暮らしの中へ溶け込んでいくほど大切になるのは、「これは誰が、どうやって選んだ答えなんだろう?」と、ときどき考えてみること。
AIを疑い続ける必要はありません。でも、AIが出した答えを「ひとつの候補」として受け取ることと、「正解」としてそのまま受け取ることは、少し違います。
「AIなんて使ってない」と言える時代は、もう終わりつつあるのかもしれません。だからこそ次に考えたいのは、私たちが気づかないところで、AIにいったい何を「選んでもらっているのか」ということです。
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AIは、見えないところで何を決めている?
AIが使われているのは、研究所や病院、スマートフォンの中だけではありません。私たちが知らないところで社会を支える仕事にも、AIは入り始めています。たとえば、天気予報。
気象予測というと、スーパーコンピューターで大気の動きを計算する「数値予報」を思い浮かべますが、気象の世界では以前から機械学習が利用されてきました。現在ではさらに、大量の過去の気象データを学習して未来の大気の状態を予測する「AI気象モデル」も登場しています。ヨーロッパ中期予報センターでは、AIによる気象予測システム「AIFS」がすでに現業運用されています。
災害を予測するためにもAIは使われています。洪水予測では、降雨や河川、地表の状態など、膨大なデータをAIで解析することで、どこで洪水が起こりそうなのかを事前に予測する取り組みが進んでいます。
考えてみれば、ここでもAIがしていることは創薬と少し似ています。過去の膨大なデータからパターンを学び、現在の状況と照らし合わせて、「この先、こうなる可能性が高い」と予測するのです。
そして、AIによる「見えない判断」はもっと身近なところにもあります。工場では、製品の画像などから不良品を見つける。金融では、普段とは違うカードの利用などから不正の可能性を探す。農業では、作物の画像や気象などのデータから生育や病害の兆候を調べる。交通では、大量の交通データから渋滞や移動時間を予測する。
私たちがAIに話しかけなくても、AIのほうは社会の裏側で膨大な情報を見ながら、「これは正常」「これは少し怪しい」「この先こうなりそう」と、絶えず選別や予測をしています。もちろん、それは悪いことではありません。人間がすべてを確認するにはあまりにも情報が多く、AIだからこそ見つけられる異変もあります。
洪水が早く予測できれば、避難するための時間をつくることができます。不正利用を早く発見できれば、被害を防げるかもしれません。AIに判断を助けてもらうことで、人間を守れることもあるのです。だから、問題は「AIに判断させてはいけない」ということではないのでしょう。
大切なのは、何をAIに任せ、どこからを人間が決めるのか。その境界を、人間自身が見失わないことなのかもしれません。
創薬では、AIが候補を探し、人間が実験で確かめる。医療では、AIが異変を見つけ、医師が診断する。では、もっと賢いAIが現れ、人間とはまったく違う方法で答えを導き出すようになったとき――。最後に決めるのは、誰なのでしょうか?
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AIと人間は、どちらが考える?
膨大な情報の中から特徴を見つけ、過去のデータから未来を予測する。それが得意なら、いつかAIは人間よりも正確に、あらゆる未来を予測できるようになるのでしょうか? そう単純ではありません。
たとえば地震は、現在でも「いつ、どこで、どのくらいの規模で起きるのか」を正確に予知することは困難です。どれほど優れたAIでも、未来を知っているわけではありません。AIができるのは、与えられた膨大なデータの中から特徴や関係性を見つけ、そこから可能性を予測することです。そして、予測は予言ではありません。
ここまで見てきた創薬でも、AIが見つけた候補を研究者が実験で確かめていました。内視鏡では、AIが示した異変を医師が確認します。天気や災害の予測でも、AIが示した結果をどう読み、どう行動につなげるのかを決めるのは人間です。
では、AIと人間はどちらが考えているのでしょう。もしかすると、この問いそのものが少し違っているのかもしれません。人間には、人間の考え方があります。経験し、迷い、ときには直感を働かせ、その判断によって誰かにどんな影響があるのかまで考えることができます。
AIには、人間とは違う考え方があります。人間では一生かかっても調べきれないほどの情報を扱い、そこから人間が気づかなかった関係性や可能性を見つけることができます。だから、どちらか一方を選ぶ必要はないのでしょう。
AIは、人間の代わりに考える存在ではなく、人間だけでは見えなかったものを一緒に見るためのパートナーになれる。もちろん、AIの答えがいつも正しいわけではありません。だから人間は、AIが示した答えを受け取って終わるのではなく、「本当にそうだろうか」と、もう一度考える必要があります。
AIが探す。AIが予測する。そして、人間が確かめ、考え、最後に決める。そんな関係なら、人間とはまったく違う方法で考えるAIは、必ずしも恐ろしい存在ではありません。
むしろ、人間だけでは見えなかった世界を一緒に眺めるための、もうひとつの目になるのかもしれません。
「AIなんて使ってない」
そう言える時代は、いつの間にか過ぎつつあります。だからこれから大切になるのは、AIを使うか使わないかではなく、私たちはAIと、どんなパートナーになりたいのか。その答えを考えることなのではないでしょうか。
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まとめ|AIと人間は、一緒に考えていけばいい
『真相の館』で紹介された、AIを使った創薬。そこからAIについて考えていくと、私たちが想像していたよりもずっと広い世界が見えてきました。
創薬では、膨大な可能性の中から新しい薬につながる候補を探す。医療では、内視鏡などの画像から人間が見逃してしまうかもしれない小さな異変を探す。スマートフォンやインターネットでは、画像を認識し、情報を探し、私たちが必要としそうなものを選ぶ。さらに天気や災害、交通、農業、金融、工場など、普段はAIの存在を意識しない場所でも、その力は使われています。
「AIなんて使ってない」
そう思っていた人も、実はもうAIと一緒に暮らしていたのかもしれません。でも、それを怖がる必要はないのでしょう。人間には見つけにくいものをAIが見つける。AIには分からないことを人間が考える。AIが予測したものを、人間が確かめる。そして、ときには人間が気づかなかった可能性をAIが示し、それを見た人間がもう一度考え直す。
大切なのは、どちらか一方だけに答えを求めることではなく、お互いに足りないものを補いながら考えていくことなのかもしれません。AIがどれほど進化しても、その答えをどう受け止め、何に使い、どんな未来を選ぶのかは、私たち人間にも委ねられています。
だから「AIは人間の敵になるのか、それとも味方になるのか」と考える前に、もうひとつ問いかけてみてもいいのではないでしょうか。
私たちはAIと、どんなパートナーになりたいのだろう?
AIが人間だけでは見えないものを見つけ、人間がAIだけでは決められないことを考える。そんなふうに同じ景色を見ながら、一緒に答えを探していけるのなら――。AIの未来は、人間が居場所を奪われる未来ではなく、私たちの見える世界が、もう少しだけ広くなる未来なのかもしれません。
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