函館山に要塞!?|函館名物「ラッキーピエロ」の驚き!【帰れマンデー】

ラッキーピエロと函館要塞 BLOG
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函館の”ご当地ハンバーガーショップ”といえば「ラッキーピエロ」。ボクが最初に出逢ったのは30年以上も前のこと。当時付き合っていた彼女と函館旅行に行った時でした。当時は「モスバーガー最高!」と信じて疑わなかったボクが、一口食べて「モス、破れたり!」と衝撃を受けたハンバーガーショップでした。そしてゴールにあるという「地図から消された遺跡」「函館要塞」の秘密に迫っていきます!

【放送日:2026年8月3日(月)19:00 -21:54・テレビ朝日】

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モスバーガーと蜜月だったあの頃

ボクの地元だった横須賀のベース(アメリカ海軍基地)近くのどぶ板通りには当時から「モスバーガー」というハンバーガーショップがあって、ちょっと前にできて”女、子ども”(失礼!)やミーハーに人気だった「マクドナルド」を敬遠していたイキガッた当時の中学生には「オレの店」という感じで人気があったのです。(中学生だったボクは「モスバーガー」は”横須賀だけの店”だと思っていた💦)

そのモス熱は高校時代になっても衰えることなく続いていました。その後、10数年を経てボクが向かったのが函館の街でした。しかしその頃になっても「モス神話」が衰えることなく、「マクド」(横浜などの都会から転校してきた友達はカッコよく「マック」と言っていたが田舎の横須賀の原住民は「マクド」と呼んでいた)に行くことはほとんどなく、モスバーガーへの忠誠を貫いていたのです。そんな時に突然にボクの前に現れたのが「ラッキーピエロ」でした。

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モスバーガー破れたり!?「ラッキーピエロ」の脅威とは?

朝、ホテルを出たものの、当時から大人気だった函館の朝市の混雑に辟易したボクらが、函館の赤レンガ倉庫街を散策していた時のこと、ド派手なお店が目に入ってきたのです。

それが今でこそ有名になった「ラッキーピエロ」でしたが、当時は恐らく北海道民、いや函館市民以外にはあまり知られていない存在だったのではないかと思います。何と言っても”下品”ともいえる(失礼!)あの店構えです。知らない人が気軽に入ろうと思う店構えでは決してありません💦

ラッキーピエロ店舗(出典:公式Webページ)
ラッキーピエロ店舗(出典:公式Webページ)

実はボクが函館を訪れたのはこれが最初ではありませんでした。まだ高校生だったボクは一人で、♪上野発の夜行列車降りた時から~♪(津軽海峡冬景色・石川さゆり)を胸に、雪降る青森駅から青函連絡船で霙降る函館を目指したのでした。

♪函~館山の頂で~♪(函館の女・北島三郎)、100万ドルの夜景を見るはずだったのですが当然、折からの悪天候で函館山のロープウェイは”運転休止”。ヤケクソになってホテルでふて寝をしただけで”函館の初体験”は終わってしまったのです。

それから10年以上が過ぎた頃、当時付き合っていた彼女と飛行機で函館に降り立ちました。この時は観光客らしく、ツアーのバスで函館山からの夜景を眺めたりしたのですが、当時から今と変わらない賑わいを見せていた「函館朝市」の混雑に辟易して、函館の赤レンガ倉庫街を散策していた時のことでした。

ひときわ目立つド派手な外装のお店が目に入ってきます。それが人生で始めてみる「ラッキーピエロ」でした。店内には当時人気だったロックグループ「グレイ」の写真やメンバーが書いたサインの色紙などが飾られています(グレイのメンバーが函館出身だということは知らなかった)。その時、ハンバーガーを一口、口にして最初に出た言葉は「モスバーガー、破れたり!」でした。

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ラッキーピエロのボリュームと旨さにやられたあの日々

外見同様にど派手な店内にはハンバーガーやパスタ、カレーなどのメニューもあって、普通のハンバーガショップとは違った雰囲気を醸し出していました。その時に何を注文したのかは思い出せませんが(まだスマホも写メも持ってなかったので写真もありません)、ものすごいボリュームのハンバーガーを食べたことは今でも忘れません。

まだ若かったあの日、函館市内を歩き回ってペコペコだったお腹にラッキーピエロの爆裂ボリュームのハンバーガーが突き刺さりました!しかも「旨い!」。ハンバーガーが取り立てて好きだったわけではないボクでしたが、肉も野菜も満載のハンバーガーには度肝を抜かれたのでした。

もう函館に着たら必ずラッキーピエロに来るぞ!と心に誓ったあの日のことは生涯忘れることはないでしょう。モスバーガーオタクだったボクは即座にラッキーピエロオタクに豹変し、函館に来られない間だけは「モスバーガーで我慢する…。」ことに決めたのでした。しかしあの日から再び函館を訪れる機会もなく、札幌のスープカレーなどに浮気しながら今日という日を迎えているのでした。

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ゴールにあった「函館要塞」ってなに?

「函館要塞」は日清戦争終結後、来るべき日露戦争に備えて建設されたそうです。日本の要塞の多くは横須賀のような軍港を守るために建設されましたが、函館要塞は要塞としては数少ない商業港を守るために建設されたのだそうです。

当時、函館港は北海道と本州を繋ぐ唯一の港でした。そこをロシアに制圧されては困ります。そこで函館港の防衛のために要塞が誕生したのだそうです。

ボクの実家がある横須賀では馬堀の「防衛大学校(以下、防大)」も近く(ボクの母校のすぐ近くです)、防大の敷地の中には戦時中のトーチカ(敵の攻撃を防ぐためにコンクリートなどで固めて作られた小さな防御用陣地)で学生が空砲で射撃訓練をしていましたし、小学校の裏山には高射砲の砲台跡や船で東京湾の「猿島」に行けば、戦時中の陣地の跡もありました。そんな環境で幼少期を過ごしたので「戦時中の要塞」と聞いてもあまり驚くことはないだろうと思っていたわけです。

函館山といえばロープウェイやバスを使って、「観光で夜景を見に行くところ」という印象があったのですが、実際には山全体はかなりの広さがあって、「函館山トレッキング」などが楽しめるハイキングコースなども整備されているんですね。

函館山ガイドブック(出典:函館市)
函館山ガイドブック(出典:函館市)

函館山は、標高334mで別名「臥牛山」とも呼ばれる陸繋島(本土と離れ小島になっていた島が砂州で本土と繋がった地形。湘南の「江の島」も陸繋島です)です。
明治末期から昭和20年の半世紀にわたり、函館要塞として市民の立ち入りが禁止されたことから、豊かな自然が残っています。また、夜は「世界三大夜景」ともいわれる夜景が眺望できることから、函館市の主要な観光になっています。そんなわけで平成13年には「函館山と砲台跡」の名称で北海道遺産に選ばれたのです。

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旅のゴールの「函館要塞」はこんなところだった!

実際にトレッキングコースを歩き始めるとこのような要塞があちこちにあるそうです。

千畳敷戦闘指令所跡(出典:キャンバス・コンソーシアム函館)
千畳敷戦闘指令所跡(出典:キャンバス・コンソーシアム函館)

でもこれくらいなら横須賀の「猿島」にもあったかなぁ、などと元横須賀市民はマウントを取ろうとしてしまいますが(笑)、横須賀とは比べ物にならないのがその眺望!

千畳敷観測所(出典:キャンバス・コンソーシアム函館)
千畳敷観測所(出典:キャンバス・コンソーシアム函館)

東京湾しか見えない横須賀では考えられないほどの絶景です!これは行く価値がありそうですね!観測所からは辺りが一望でき、敵の襲来をいち早く確認することができたそうです。つまりこちらで敵を発見した後、方角を先程の砲台にいる人に連絡して弾を発射するというわけです。
当然、当時は”軍事機密”ですから地図に乗ることはありません。「地図から消された謎の遺跡」というわけです。そういえば瀬戸内海にある「大久野島(通称『うさぎ島』)」も戦時中には軍の毒ガス研究施設があったということで地図には載っていなかったそうですね。まもなく「原爆の日」や「終戦記念日」がやってきますが、忘れることのできない暗い時代の記憶ですね。

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函館グルメと「函館要塞」のまとめ

当日の「帰れマンデー」では、道民おなじみのコンビニ「セイコーマート(通称:セコマ)」で味わえる【人気ホットスナック】や【とろけるチーズケーキ】なども紹介されるようですが、セコマは全道にあまねく展開しているので、北海道を旅行したことのある方なら”必ず目にしている”はずです

セコマには一部の店舗を除いて、店内で温かいお弁当や惣菜を作るHOT CHEF(ホットシェフ)があって、地元民にも観光客にも人気があります。ホットシェフのメニューは山のようにあるので、食いしん坊の伊達さんが何を選んだのか推測するのはほぼ不可能ですね(笑)

そして【函館のとろけるチーズケーキ】といえば函館洋菓子スナッフルスの「チーズオムレット」で間違いないでしょう!これもいろいろな情報番組で紹介されているので有名ですね!ぜひ函館を訪れた時にはこんな情報も参考にして、素敵な街を楽しまれてはいかがでしょうか?

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