「登りやすい山ですね」の、その足元には誰がいる?|40年、北海道・西別岳の登山道を守り続けた“じい”の山【小さな旅】

がまん坂 BLOG
スポンサーリンク

「この山、登りやすくていいね」
山を歩いていて、そんなことを思ったことはありませんか?道はきれいに続いている。草木は歩く邪魔にならないように刈られ、迷いそうなところには標識がある。急な斜面には階段がつくられ、小さな子どもでも安心して歩ける。だから私たちは、「登りやすい山だね」と言います。

でも――。ちょっとだけ、足元を見てみませんか? その道は、最初からそこにあったのでしょうか。山は自然がつくります。でも、人が安心して歩ける「登山道」は、自然が勝手につくってくれるものではありません。

草は伸びます。雨が降れば、土は流れます。木が倒れることもあれば、人が歩き続けることで傷んでいく場所もあります。誰かが草を刈り、誰かが道を直し、誰かが標識を立てる。そして、また次の年も同じことをする。私たちが何気なく歩いている一本の登山道には、そんな誰かの時間と手間が積み重なっています。

今回の『小さな旅』の舞台は、北海道東部にある標高799メートルの西別岳。小学校の遠足にも使われる、初心者でも登りやすい山として親しまれています。その登山道を、40年以上にわたって整備し続けた人がいました。加藤利助さん。

登っていくと、「リスケ山」と書かれた標識まで現れます。それほどまでに、この山を愛した人。そして今、その道を受け継ぐ人がいます。利助さんの孫です。

「登りやすい山ですね」その一言の足元に、いったいどれだけの時間が積み重なっているのでしょう。今回は西別岳の登山道を歩きながら、普段は景色に夢中になって見落としてしまう、私たちの足元にいる人を探してみたいと思います。

【放送日:2026年9月25日(金)11:05 -11:30・NHK-総合】
【放送日:2026年9月26日(土)6:05 -6:30・NHK-BSP4K】

【放送日:2026年10月2日(金)9:00 -9:25・NHK-BSP4K】

<広告の下に続きます>

「登りやすい山」って、誰がつくっている?

北海道東部にある西別岳。標高は799メートル。日本には3000メートルを超える山々もありますから、数字だけを見れば、それほど高い山ではありません。小学校の遠足にも使われ、初心者でも登りやすい山として親しまれています。「それなら、私にも登れそう」そんなふうに思える山が近くにあるのは、ちょっとうれしいですよね。

でも――。そもそも私たちは、何を見て「登りやすい山」だと思うのでしょう?標高でしょうか、斜面の傾斜でしょうか、それとも山頂までの距離? もちろん、それもあるでしょう。けれど、実際に山を歩いてみると、それだけではありません。

草木に覆われず、どこを歩けばいいのか分かる道がある。歩きにくい場所には手が入り、迷いそうなところには目印がある。そうしたものがあって初めて、私たちは安心して、「この山、歩きやすいね」と言えるのではないでしょうか。

私も、丹沢の山を歩いていて、きれいに整備された登山道や階段を目にするたび、そのありがたさを感じることがあります。長い階段が続けば、「まだあるのかよ〜💦」なんて思うこともあるけれど(笑)。それでも、その階段があるからこそ、子どもから大人まで多くの人が同じ道を歩くことができます。

ところが不思議なもので、きれいに整備された道ほど、誰かが整備していることを忘れやすいのかもしれません。登山道は、山が自分で草を刈ってつくってくれるわけではありません。雨で削られた場所を、山が翌朝までに直してくれるわけでもありません。

ましてや、「今年は小学生も来るから、ちょっと歩きやすくしておくか⛰️」なんて山が考えてくれるはずもありません(笑)。そこには、人の手があります。草を刈った人。傷んだ道を直した人。歩く人のことを考えて、何度も山へ入った人。私たちが何気なく踏みしめている一歩の下には、そんな誰かの時間が積み重なっています。

だから「登りやすい山」という言葉は、山そのものへの感想であると同時に、もしかしたら――その道を守ってきた人への、名前を知らないままの「ありがとう」なのかもしれません。

では、西別岳の登山道は、誰が守ってきたのでしょう。少し登っていくと、なかなか素直な名前の坂が待っています。その名も――「がまん坂」。

がまん坂の看板(出典:Googleマップ)
がまん坂の看板(出典:Googleマップ)

……うん。名前からして、まったく我慢させない気がありません🤣でも、この坂を越えた先で、私たちはちょっと不思議な名前に出会うことになります。

リスケ山(出典:Googleマップ)
リスケ山(出典:Googleマップ)

「リスケ山」。リスケって――誰?⛰️

<広告の下に続きます>

「がまん坂」を越えたら、なぜ「リスケ山」があるの?

西別岳を登っていくと、ちょっと覚悟が必要そうな名前の坂が現れます。
「がまん坂」
標高差およそ200メートルを、一気に登っていく難所です。初心者にも登りやすい山だと聞いていたのに、「話が違うじゃないか……💦」なんて思ってしまいそうですが(笑)。

でも、ここは最初から「がまん坂」。山のほうは、ちゃんと名前で教えてくれています。「ここは、がまんしてください」……なんとも正直な坂です(笑)。その坂を越えて、さらに歩いていくと、今度は少し不思議な名前が目に入ります。

「リスケ山」

西別岳を登っていたはずなのに、いつの間に別の山へ?そもそも「リスケ」って何でしょう。地名? 昔から伝わるアイヌ語? それとも誰かの名前?

実はこの「リスケ」は、ひとりの人の名前からつけられました。加藤利助さん。西別岳をこよなく愛し、40年以上にわたって登山道を整備し続けた人です。

草が伸びれば刈る。道が傷めば直す。そしてまた季節が巡れば、山へ入る。それを一度や二度ではなく、何十年も繰り返してきました。だからこそ、その功績をたたえて「リスケ山」と名づけられたのです。

ここで、少し不思議なことに気づきます。私たちはここまで、西別岳の登山道を歩いてきました。でも、その道をつくり、守ってきた人の姿は見えていませんでした。きれいな道があれば、そこを歩く。草が刈られていれば、その間を通る。それを当たり前のように繰り返してきた先で、「リスケ山」という名前に出会う。

ずっと足元にあった誰かの仕事に、ここで初めて「利助さん」という名前がついたようにも思えます。もしかすると、利助さんのことを知らないまま西別岳を登り、「歩きやすくて、いい山だったね」と帰った人もたくさんいるのかもしれません。

それでも、その人たちは知らないうちに、利助さんが守ってきた道を歩いていた。誰かに名前を覚えてもらうためではなく、誰かが歩けるように、道を整える。その積み重ねが40年。そう考えると「リスケ山」という名前は、山の名前というより、長いあいだ見えなかった仕事に立てられた、小さな標識のようにも見えてきます。

でも――。40年って、簡単に書けてしまうけれど、とてつもなく長い時間です。一度きれいにしたら、それで終わりならまだ分かります。ところが、相手は自然です。

草は、また伸びる。雨は、また降る。道は、また傷む。直しても、終わらない。それなのに利助さんは、なぜ40年も西別岳の道を守り続けたのでしょう。そして、そもそも登山道というものに――「完成する日」はあるのでしょうか?

<広告の下に続きます>

40年も、どうして同じ山の道を直し続けられたの?

40年。そう聞くと、とても長い時間に感じます。ひとつのことを40年間続ける。しかも、それが登山道の整備となれば、決して楽なことばかりではなかったでしょう。

草を刈る。傷んだ道を直す。また草が伸びれば、刈る。雨や雪で道が傷めば、また直す。せっかくきれいにしても、自然は「これで完成ですね」と、そのままにしてくれるわけではありません。次の季節が来れば、また仕事が生まれます。

考えてみれば、登山道というものは不思議です。家なら、建て終わる日があります。橋にも、道路にも、ひとまず「完成」と呼べる日があります。

でも、山の中の道はどうでしょう。草は伸びる。雨は降る。雪も積もる。人が歩けば、少しずつ道も変わっていく。もしかすると登山道には、「完成する日」なんてないのかもしれません。そんな終わりのない仕事を、利助さんは40年以上続けました。

では、どうしてそこまで続けられたのでしょう。ここで私たちは、つい、「大変だったでしょうね」「よく我慢して続けましたね」と言いたくなります。

でも――。利助さん自身は、本当にそれを「我慢」だと思っていたのでしょうか。もちろん、作業が大変ではなかったという意味ではありません。ただ、西別岳をこよなく愛した利助さんにとって、山へ行き、道を見て、必要なところに手を入れることは、私たちが想像する「40年間の苦行」とは少し違っていたのかもしれません。

好きな庭の草が伸びていたら、ちょっと抜く。いつもの場所が壊れていたら、直しておく。そして、「これで、また安心して歩けるな」そうやって一回、一回を積み重ねていたら、いつの間にか長い年月になっていた。40年という数字は大きいけれど、その中にあったのは、案外そんな小さな一日の繰り返しだったのではないでしょうか。

「40年続けよう」と思って始めたのか。それとも、「今年もやろう」を繰り返したら40年になったのか。そこは、利助さんにしか分かりません。でも、一つだけ見えてくることがあります。

道を守るというのは、何かを一度つくって終わることではない。壊れたら直す。伸びたら刈る。そして次の人が歩けるように、また整える。そんな「完成しないことを続ける仕事」なのかもしれません。そして利助さんが歩き続けたその道を、今度は別の人が歩き始めます。それは、利助さんの孫でした。

おじいちゃんが40年守ってきた道。その道を受け継ぐというのは――おじいちゃんと同じことを、同じように続けることなのでしょうか?

<広告の下に続きます>

おじいちゃんの道を、孫はそのまま歩けばいい?

40年以上、西別岳の登山道を守ってきた利助さん。その道を、今度は孫が受け継いでいきます。「おじいちゃんが守ってきた山を、孫が守る」そう聞くと、とてもきれいな物語に思えます。けれど――。「受け継ぐ」って、どういうことなのでしょう。

おじいちゃんが草を刈った場所を、同じように刈ること? おじいちゃんが直した道を、同じ方法で直すこと? おじいちゃんが歩いたところを、一歩も外れず歩くこと? それでは、受け継ぐ人は前の人のコピーになってしまいます。

でも、孫には孫の人生があります。見ている景色も違えば、生きている時代も違う。おじいちゃんと同じ山を好きになったとしても、好きになり方まで同じである必要はないはずです。そもそも、利助さん自身だって、誰かにつくられた一本の線をただなぞって40年を過ごしたわけではないでしょう。

そのときの山を見て、山を歩く人を見て、必要なことを考えて、自分の手を動かしてきた。だったら、その思いを受け継ぐというのは、「おじいちゃんと同じことをする」ことではなく、「今の山を、自分の目で見る」ことなのかもしれません。

山は変わります。道も変わります。そこを歩く人も変わっていきます。だから、守り方だって少しずつ変わっていい。大切なのは、おじいちゃんとまったく同じ足跡を残すことではなく、次に歩く人へ、道をつないでいくこと。

そう考えると、利助さんが孫へ残したものは、整備された登山道だけではなかったのかもしれません。「この道を守りなさい」という宿題でもなく、「おじいちゃんと同じ人になりなさい」という約束でもなく。山を見て、道を見て、そして、そこを歩く人を見る。そんな山との付き合い方だったのではないでしょうか。

番組のタイトルは、「じいの山 つづく」です。「じいの山 残る」ではありません。「つづく」そこには、なんだか不思議な余韻があります。

道は、誰か一人のところで完成しない。利助さんが歩いてきた道の先を、今度は孫が歩く。そしていつか、その先をまた別の誰かが歩くのかもしれません。

同じ歩幅でなくてもいい。同じ足跡でなくてもいい。それでも一本の道は、つながっていく。もしかすると「受け継ぐ」とは、前の人の後ろを歩くことではなく、その人が歩いてきた道の続きを、自分の足で歩くことなのかもしれません。

そして、その道を歩いているのは、利助さんや孫だけではありません。西別岳を訪れる、私たちも同じです。登って、景色を眺めて、「いい山だったね」と下りていく。でも、山を下りる前に――。もう一度だけ、自分たちの足元を見てみましょうか。

<広告の下に続きます>

「いい山だったね」の、その足元に何が残っている?

山を下りて、登山口へ戻ってくる。ザックを下ろして、「疲れたね」なんて言いながら、もう一度だけ山を振り返る。

登っているときには、「まだ着かないの?」「この坂、いつまで続くの?」なんて思っていたはずなのに…。下りてきてしまうと、今度は少しだけ寂しくなります。「もう終わりか……」不思議なものです。だからといって、「よし、もう一回登ろう!」とは、なかなか思いませんが(笑)。

それでも、さっきまで自分が歩いていた山を麓から眺めると、登る前とは少し違って見えることがあります。山頂から見た景色。苦しかった坂。立ち止まって飲んだ水。誰かと交わした言葉。そんな小さな記憶を、山のどこかに置いてきたような気がするからでしょうか。

西別岳を歩いた人も、「いい山だったね」と言って帰っていくのかもしれません。でも今回、私たちはその言葉の前に、ほんの少しだけ足元を見ることを覚えました。そこには、登山道があります。利助さんが40年以上にわたって手を入れてきた道。そして、その道を受け継ぐ人がいる。

登る前には、ただの「歩きやすい道」に見えていたものが、帰りには少し違って見えるかもしれません。山は同じです。道も同じです。変わったのは、それを見る私たちのほうです。

「登りやすくて、いい山だったね」その何気ない一言の足元には、草を刈った人がいた。傷んだ道を直した人がいた。そして、明日ここを歩く誰かのために、道をつないできた人がいた。

だからといって、山へ行くたびに難しいことを考えながら歩く必要はないのでしょう。きれいな景色を見たら、「きれいだなぁ」でいい。摩周湖がちらっと見えたら、「おおっ、見えた💕」でいい(笑)。ただ、ときどき足元を見て、「この道、誰が守ってくれているんだろう」と思い出す。それだけで、いつもの山歩きが少し違って見えるのかもしれません。

そして私たちは山を下り、家へ帰ります。利助さんが歩いた道は、そこに残ります。孫が歩く道も、そこから続いていきます。

明日になれば、また別の誰かが登ってくるでしょう。その人は、利助さんの名前を知っているかもしれない。知らないかもしれない。それでも同じ道を歩き、同じ空を見上げ、「いい山だね」と言うのかもしれません。それでいいのだと思います。誰かに名前を覚えてもらうことだけが、何かを残すことではないから…。

誰かが明日も歩ける道を残す。それもまた、人がこの世界に残せるもののひとつなのでしょう。登山口から振り返れば、西別岳は今日と変わらず、そこにあります。私たちの旅は、ここでおしまい。でも――山は明日も、そこにある。そして、道は続いていきます。


湘南ひらつかITサポートセンターをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

湘南ひらつかITサポートセンターをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む

タイトルとURLをコピーしました