秋の金沢で、人々が楽しみにしている味覚があります。とろけるような甘い身と、プチプチとした卵の食感。日本海で獲れる甘エビのなかでも、厳しい基準を満たしたものだけが名乗れるのが、最高級ブランド「金沢甘えび」です。
けれども、このブランドが生まれた背景には、漁師たちの切実な思いがありました。それまで当たり前のように獲れていた甘エビが、ある日、漁場から姿を消してしまったのです。
魚群探知機にも映らない甘エビを、広い海のどこで探せばいいのか? 獲れたとしても、鮮度を保たなければ、その価値は失われてしまいます。そんな苦境のなか、漁師たちがたどり着いたのは、帰港前の最後の網で獲れた甘エビを選び抜き、一匹の価値を高めるという挑戦でした。
でも、ここで一つ、気になることがあります。大きくて卵を抱えた甘エビが高く評価される一方で、その卵は、本来なら次の世代へとつながる命でもあるはずです。高級ブランドとしての成功は、漁師の暮らしだけでなく、甘エビが生きる海の未来も守れるのでしょうか?
今回の『食彩の王国』では、金沢甘えびの魅力と、漁師たちの挑戦、そして料理人が生み出す新しい一皿を訪ねます。美味しさの向こうにある、日本海の恵みと、その未来について考えてみたいと思います。
【放送日:2026年11月7日(土)9:30 -9:55・テレビ朝日】
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金沢甘えびは、普通の甘エビと何が違うの?
秋の金沢で、ひときわ注目を集める海の幸があります。その名も「金沢甘えび」。最高級ブランドと聞くと、普通の甘エビとは違う、特別な種類のエビなのかと思ってしまいますよね。ところが、金沢甘えびも、私たちがよく知っている甘エビと同じ「ホッコクアカエビ」なのです。では、いったい何が違うのでしょうか?
その秘密は、エビの種類ではなく、獲れたときの鮮度や大きさ、そして厳しい選別基準にあります。金沢甘えびとして出荷されるのは、漁を終えて港へ戻る前、最後に引き上げる底びき網で獲れた甘エビのなかから、一定の条件を満たしたもの。
最後の網にこだわるのは、船の上で過ごす時間をできるだけ短くし、鮮度のよい状態で港へ届けるためです。甘エビは鮮度が落ちやすい食材。獲った後の温度管理によって、身の状態や食感も変わってきます。だからこそ、漁師たちは海の上での時間にも気を配っているのです。
そして、金沢でとりわけ喜ばれるのが、大きく育ち、お腹に卵を抱えた甘エビ。透き通るような赤い身には、とろりとした甘さがあります。そこに、青緑色の小さな卵が加わると、プチプチとした食感まで楽しめるのです。
番組では、金沢の寿司店に登場する、卵をたっぷりのせた甘エビの軍艦巻きも紹介されます。身の甘さと卵の食感。その二つを一度に味わえるのは、子持ちの甘エビならではの楽しみでしょう。

一方、江戸時代から続く老舗割烹では、地元で親しまれてきた甘エビ料理も登場します。新鮮な甘エビをそのまま味わうだけではなく、さまざまな料理に生かしてきたところにも、金沢の豊かな食文化が感じられますね。けれども、ここで少し考えてみたくなります。
同じ種類の甘エビなのに、獲れたタイミングや選び方によって、価値が大きく変わる。そして、特に高く評価されるのは、長い時間をかけて成長し、次の世代につながる卵を抱えたエビです。私たちは、そのおいしさを喜んで味わいます。
でも、その一匹を海から届けるまでに、漁師たちはどんな苦労を重ねているのでしょうか? 金沢甘えびの本当の物語は、華やかな寿司の一皿から、まだ夜も明けない日本海へと続いていきます。
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最後の網に賭ける漁師|なぜ金沢甘えびは高級ブランドになったの?
午後11時。金沢港から、一隻の漁船が暗い日本海へと出港します。船を操るのは、甘エビ漁に携わる鳥井祥平さん。目指すのは、水深数百メートルの海底に暮らす甘エビの漁場です。けれども、甘エビ漁には大きな難しさがあります。魚の群れなら魚群探知機で探せることもありますが、海底近くにいる小さな甘エビの居場所は、簡単にはわかりません。
頼りになるのは、長年の経験と海の様子を読む漁師の勘。波の荒い夜の海を進み、漁場にたどり着いても、網を引き上げるまでは、どれほどの甘エビが獲れるのかわからないのです。
出港からおよそ6時間。海底から引き上げられた網の中に、鮮やかな赤い甘エビが姿を現します。けれども、漁師たちの仕事は、ここで終わりではありません。甘エビは、獲った後の温度管理が品質を大きく左右する食材です。
せっかく大きな甘エビが獲れても、船上での扱いが悪ければ、港に届くころには身の状態が変わってしまいます。だからこそ、漁師たちは鮮度を守るため、徹底した温度管理を続けているのです。
そして、金沢甘えびには、もう一つ特別な条件があります。港へ戻る前、最後に引き上げた網で獲れた甘エビであること。漁師たちは、この最後の網を「あがりこ」と呼びます。それ以前に獲れた甘エビよりも、船上で過ごす時間を短くできるため、鮮度のよい状態で水揚げしやすいのです。
さらに、大きさや卵の有無などの基準を満たしたものを選び抜くことで、一般の甘エビとは異なる価値を生み出しました。それが、最高級ブランド「金沢甘えび」です。
しかし、このブランドが生まれた背景には、華やかな成功物語だけでは語れない事情がありました。かつて当たり前のように甘エビが獲れていた漁場から、突然、その姿が消えてしまったのです。網を入れても、思うように獲れない。どこに行けば甘エビがいるのかもわからない。先の見えない状況のなか、漁師を辞める仲間もいたといいます。
そんな苦境を経験した鳥井さんたちが、約6年前に取り組み始めたのが、甘エビのブランド化でした。たくさん獲ることが難しくなったのなら、獲れた一匹の価値を高める。大きさや鮮度にこだわり、料理人が求める品質を追求することで、金沢の甘エビに新たな道を開こうとしたのです。
今では、厳しい基準を満たした金沢甘えびは、全国の料理人から注目され、高値で取引されるブランドへと成長しました。けれども、ここで忘れてはいけないことがあります。漁師たちが本当に守りたかったのは、高級ブランドという名前だけではなかったはずです。
自分たちが働く海で、これからも漁を続けていけること。そして、次の世代にも金沢の海の恵みを届けられること。そんな願いが、最後の網に込められているように思えます。
では、金沢甘えびの価値を決める「大きさ」や「子持ち」という条件には、どんな意味があるのでしょうか。次は、私たち日本人が昔から親しんできた、卵を抱えた魚介類の食文化を少しのぞいてみたいと思います。
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日本人は、なぜ「子持ち」が好きなの?|卵に宿るごちそうの文化
子持ちシシャモに、数の子、イクラ、子持ち昆布。こうして並べてみると、日本人はずいぶん昔から、魚の卵を好んで食べてきたことに気づきます。
お正月のおせち料理に欠かせない数の子は、ニシンの卵。たくさんの卵が集まっていることから、子孫繁栄を願う縁起物として親しまれてきました。ニシンが昆布に卵を産み付けた「子持ち昆布」も、同じように子孫繁栄の願いを込めて食べられてきたものです。
昔は、家を継ぐことや子どもを育てることが、今以上に大切な社会的役割と考えられていました。だからこそ、たくさんの卵を抱えた魚介類に、豊かさや繁栄の象徴を見いだしたのかもしれません。
けれども、今の私たちがイクラの軍艦巻きや子持ちシシャモを食べるとき、いつも子孫繁栄を願っているわけではありませんよね。むしろ楽しみにしているのは、あの独特の食感ではないでしょうか。
イクラが口の中ではじける感覚。数の子を噛んだときの、コリコリ、プチプチとした歯ごたえ。子持ちシシャモを焼いたときの、香ばしい皮と卵の粒々。同じ魚卵でも、その大きさや食感はずいぶん違います。
そして、金沢甘えびもまた、卵を楽しむ食材の一つです。甘く柔らかな身に、青緑色の小さな卵。とろけるような身と、プチプチとした卵を一緒に味わえるところに、子持ち甘エビならではの魅力があります。
けれども、ここで一つ、考えてみたいことがあります。子持ちの魚介類は、本当に身までおいしいのでしょうか? たとえばシシャモ。スーパーでよく見かける子持ちシシャモの多くは、北海道に生息する本来のシシャモとは別種の「カラフトシシャモ」です。お腹いっぱいに卵を抱えた雌が人気ですが、北海道の本シシャモでは、卵よりも身の味わいを楽しめる雄を好む人もいます。
卵を成熟させるためには栄養やエネルギーが必要ですから、魚の種類や時期によっては、産卵前後に身の状態が変わることもあります。もちろん、だからといって子持ちの雌がおいしくないわけではありません。卵を味わうのか、それとも身のうまみを楽しむのか。その違いなのです。
考えてみれば、私たちは「子持ち」という言葉に、いつの間にか特別な価値を感じるようになっているのかもしれません。縁起がいいから、卵の食感がおいしいから、あるいは、子持ちのほうが高級だと思っているから…。けれども、その価値は、必ずしも身そのもののおいしさと同じではないはずです。
そして、もう一つ。「子孫繁栄を願って」と言いながら魚の卵を食べてきた私たちは、その魚自身が次の世代を残すことについて、どれほど考えてきたのでしょうか?
卵を抱えた甘エビをおいしくいただくことと、甘エビがこれからも海で命をつないでいくこと。その二つを、どうすれば両立できるのでしょう。金沢甘えびの魅力を知れば知るほど、今度はその一匹が生きてきた海のことが気になってきます。
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子持ちの甘エビを獲っても大丈夫?|海の資源を守るために必要なこと
金沢甘えびの魅力の一つは、大きく育ち、お腹に卵を抱えた甘エビのおいしさです。でも、ここで少し気になることがあります。卵を抱えた甘エビを獲ってしまって、海の資源は大丈夫なのでしょうか? おいしいからこそ、これからも食べ続けたい。そのためには、甘エビがどのように成長し、次の世代へ命をつないでいるのかを知る必要がありそうです。
甘エビの正式な名前は「ホッコクアカエビ」。実は、このエビには少し変わった生態があります。若いうちは雄として成長し、その後、雌へと性転換するのです。さらに、雌は春ごろに産んだ卵をお腹に抱え、約10か月もの間、大切に育てます。
卵から幼生が孵化するのは、翌年の冬ごろ。つまり、秋に水揚げされる子持ちの甘エビは、まだ孵化していない卵を抱えているのです。大きな子持ちの甘エビを獲るということは、長い時間をかけて成長した雌と、そのお腹にある次の世代の卵を、同時に海から取り上げることでもあります。
では、金沢では資源を守るために、どんな取り組みが行われているのでしょうか。石川県沿岸の小型底びき網漁業では、毎年7月と8月が休漁期間とされています。この間は網を入れず、海の資源を守るとともに、漁船や漁具の整備などが行われます。
ただし、これは甘エビだけを対象にした禁漁ではありません。また、一定以上の大きさの漁船は、夏の間も日本海中央部の大和堆周辺で操業できます。ですから、休漁期間があるからといって、すべての甘エビがその間、漁獲されずに守られているわけではないのです。
そして、もう一つ大切なことがあります。漁獲量が減ったことと、海に生息する甘エビの資源量が減ったことは、必ずしも同じではありません。漁船の数や出漁回数が減れば、資源が十分にあっても水揚げ量は減るでしょう。反対に、漁具や探索技術が進歩すれば、資源が減っていても、しばらくは漁獲量を維持できる可能性があります。
だからこそ、水産研究機関は漁獲量だけでなく、一定の操業努力でどれだけ獲れるかという指標や、調査船による採集結果などを使って、資源の状態を評価しています。
では、日本海の甘エビは実際に減っているのでしょうか? 水産研究・教育機構が公表した2025年の資源評価では、ホッコクアカエビ日本海系群の資源水準は「高位」、動向は「横ばい」と判断されています。これは、少し安心できる結果ですね。
ただし、日本海全体の資源状態が良好でも、個々の漁場での獲れ方が安定しているとは限りません。実際、石川県が2026年夏に金沢沖で実施した調査では、2027年と2028年に漁獲対象となる若い世代の甘エビは少なく、一方で2029年に漁獲対象となる世代には期待が持てるという見通しが示されました。
海の中では、年によって生まれ育つエビの数が違い、その影響が数年後の漁獲に表れるのです。だから、ある年にたくさん獲れたからといって、翌年も、その先も安心とは言い切れません。まして、卵を抱えた大きな雌を高く評価するブランドであれば、次の世代を残す親エビが十分に確保されているかという視点も欠かせないでしょう。
もちろん、子持ちの甘エビを獲ること自体が、直ちに資源を減らすわけではありません。大切なのは、漁獲される量と、新しく育ってくる甘エビの量とのバランスです。必要に応じて休漁期間や漁場の保護、漁獲量の管理などを見直しながら、海の変化に対応していくことが求められます。
そして、ここで金沢甘えびのブランド化にも、もう一度目を向けてみたいと思います。たくさん獲ることだけを目指すのではなく、一匹の品質を高め、よりよい価格で届ける。それによって漁獲量を抑えながら漁師の暮らしを支えられるなら、ブランド化は資源を守る力にもなり得ます。
ただし、高値がつくことで漁獲が増える可能性もあるため、ブランド化だけで資源が守られるとは限りません。本当に価値のあるブランドとは、今日の売上だけでなく、十年後、二十年後にも、その海で漁を続けられる仕組みを持つものではないでしょうか。
そして、その価値を食卓へ届けるのは、漁師だけではありません。漁師が大切に獲った一匹を、料理人がどのように生かすのか。次は、金沢甘えびと能登栗を組み合わせた、秋のフレンチの一皿を訪ねてみましょう。
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金沢甘えびは、海の未来を守れるの?|能登栗とフレンチに込めた願い
金沢の市場に、一人のフランス料理人がやってきました。金沢市のフレンチレストラン「BERNARD(ベルナール)」のシェフ、牛山隆之さんです。フランスの名店で腕を磨き、故郷の金沢で、地元の魚介類を生かした独創的な料理を手がけています。
幼いころから、甘エビは身近な食材だったという牛山さん。けれども、今、その甘エビを取り巻く環境は、決して穏やかなものではありません。かつて当たり前のように獲れていた漁場で、思うように獲れなくなったこと。それでも漁を続けるために、鳥井祥平さんたちが鮮度と品質にこだわり、「金沢甘えび」というブランドを育ててきたこと。
牛山さんは、そんな漁師たちにエールを送るため、新しい料理に挑戦します。今回、金沢甘えびと組み合わせるのは、秋の能登を代表する味覚「能登栗」。海で育った甘エビと、山で実った栗。一見すると意外な組み合わせですが、どちらも石川県の豊かな自然が育んだ食材です。
甘エビのとろけるような甘さと、栗のほっくりとした甘み。同じ「甘さ」という言葉で表されても、その味わいはまったく違います。その二つを、フランス料理の技法でどのように一皿にまとめるのでしょうか。番組では、牛山シェフが漁師への思いを込めて、新作料理を生み出す様子が紹介されます。
ベルナール
- 石川県金沢市武蔵町6−1 レジデンス第2武蔵 102
- TEL:076-225-8682
- 営業時間:予約制
- 定休日:不定休
- URL:https://bernard-2009425.amebaownd.com/
けれども、ここまで金沢甘えびの物語をたどってきた私たちには、もう一つ気になることがあります。高級ブランドになったことで、金沢の甘エビ漁は、これからも続いていくのでしょうか? 一匹の価値を高めることは、漁師の収入を支えるための大切な方法です。
たくさん獲ることだけを目指さず、鮮度や品質によって評価されるようになれば、限られた漁獲量でも漁業を続けられる可能性があります。しかし、ブランド化によって価格が上がることと、海の資源が守られることは、必ずしも同じではありません。
どれほど高値で売れる甘エビでも、海から姿を消してしまえば、料理人のもとへ届けることはできないのです。そして、海の資源を守るためには、漁獲量だけでなく、海の中で何が起きているのかを知ることも欠かせません。
海水温の変化なのか、餌となる生き物の増減なのか、それとも漁獲の影響なのか。甘エビが獲れなくなる原因は、一つとは限りません。将来の漁獲量について期待できる調査結果があったとしても、それは未来を約束するものではないでしょう。だからこそ、海の変化を調べ続け、その結果に合わせて漁のあり方を見直していくことが大切なのだと思います。
そして、もう一つ。私たち食べる側にも、できることがあるのではないでしょうか? 大きな子持ちの甘エビだけを最高級と考えるのではなく、身のおいしさや調理法の違いにも目を向けてみる。天然物だけをありがたがるのではなく、適切に育てられた養殖の魚介類にも、そのよさを見つけてみる。食材の価値を、値段や希少性だけで決めないことも、豊かな食文化につながるはずです。
金沢の漁師が、夜の日本海で最後の網を引き上げる。その甘エビを、料理人が受け取り、新しい一皿へと仕立てる。そこには、海の恵みをただ消費するだけではない、人と人とのつながりがあります。牛山シェフが能登栗と金沢甘えびで表現しようとするのも、故郷の食材への愛情なのかもしれません。
本当に価値のある甘エビとは、今日いちばん高く売れる一匹ではなく、十年後も、二十年後も、金沢の海から届けられる一匹なのかもしれません。そして、その一匹を、未来の料理人もまた、新しいおいしさへと変えてくれる。そんな金沢の海が、これからも続いていくことを願いたいと思います。
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