大分県の北東部に広がる国東半島。険しい山々に囲まれたこの地では、神道と仏教、そして山岳信仰が溶け合い、1300年にわたって独自の祈りの文化が受け継がれてきました。
今回の「小さな旅」で訪ねるのは、神と仏がともに息づく信仰の地・六郷満山。約60年にわたり祈りの風景を撮り続けてきた写真家との出会いや、各家庭で大切に守られる弘法大師の石像「おこぼさま」を通して、人々の暮らしの中に息づく祈りを見つめます。
山に神と仏を重ね、自然への畏敬と感謝を受け継いできた人々。その静かで奥深い信仰の世界をたどります。
【放送日:2026年6月7日(日)8:00 -8:25・NHK-総合】
【放送日:2026年6月12日(金)11:05 -11:30・NHK-総合】
【放送日:2026年6月13日(土)6:05 -6:30・NHK-BSP4K】
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六郷満山とは?1300年続く神仏習合の祈りの地
大分県の国東半島には、「六郷満山(ろくごうまんざん)」と呼ばれる独特の信仰文化が受け継がれています。
その始まりはおよそ1300年前。山岳信仰を基盤に、神道や仏教が結びつき、神と仏をともに敬う神仏習合の精神が育まれてきました。国東半島の山々には数多くの寺院や石仏が点在し、人々は自然の中に神仏の存在を感じながら祈りを捧げてきたのです。
六郷満山の特徴は、神社と寺院が対立することなく共存し、山そのものを信仰の対象としてきたことにあります。現在でも修行の道や祈りの場が残されており、国東半島全体がひとつの大きな霊場のような姿を今に伝えています。
今回の「小さな旅」では、そんな六郷満山を舞台に、人々の暮らしの中に息づく祈りの風景を訪ねます。
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なぜ国東半島に独自の信仰文化が根づいたのか?
六郷満山の信仰が育まれた背景には、国東半島ならではの地形があります。
半島の中央には両子山をはじめとする険しい山々が連なり、その周囲に人々の暮らす集落が点在しています。古くから山は神聖な場所と考えられ、人々は自然への畏敬の念を抱きながら生活してきました。
やがてこの地には仏教が伝わり、もともとの山岳信仰や神道と結びついて独自の信仰文化が形づくられていきます。神と仏を分け隔てるのではなく、同じ山に宿る存在として受け入れてきたことが、六郷満山の大きな特徴です。
国東半島には岩壁や洞窟に寄り添うように建つ寺社や石仏も多く残されています。山そのものを祈りの場としてきた人々の思いは、1300年を経た今もなお、この地の風景の中に息づいています。
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祈りの風景を追い続けて|六郷満山を60年撮り続ける写真家
今回の旅では、約60年にわたって六郷満山を撮り続けてきた写真家と出会います。
時代が移り変わる中で、人々の暮らしも風景も少しずつ変化してきました。しかし、写真家がレンズを向け続けてきたのは、建物や景色だけではありません。その場所に息づく祈りの心でした。
山々に抱かれた寺院、岩壁に寄り添う石仏、静かに手を合わせる人々の姿。六郷満山には、長い年月を経ても変わらない祈りの風景が残されています。
なぜ写真家は、この地を撮り続けてきたのでしょうか? それは、神と仏がともに息づく六郷満山に、人と自然が共に生きてきた日本人の心の原風景を見ていたからかもしれません。
旅人は写真家の言葉に耳を傾けながら、一枚の写真の向こうに広がる祈りの世界を見つめていきます。
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「おこぼさま」とは?各家庭に受け継がれる弘法大師への信仰
六郷満山のふもとの集落では、各家庭に「おこぼさま」と呼ばれる弘法大師の石像が受け継がれています。弘法大師は真言宗の開祖として知られ、多くの人々から信仰を集めてきました。この地域では、弘法大師を身近な存在として敬い、それぞれの家庭で大切に祀ってきたといいます。
さらに地域では、おこぼさまへの感謝をささげる行事も行われています。個人の信仰にとどまらず、集落全体で祈りを分かち合う姿は、六郷満山に受け継がれてきた信仰文化の深さを感じさせます。
神と仏を敬い、自然の恵みに感謝する。その思いは特別な寺院だけでなく、人々の日々の暮らしの中にも息づいていました。旅人は、おこぼさまを囲む人々の姿に触れながら、1300年続く祈りが今も暮らしの中で受け継がれていることを実感します。
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神と仏がともに息づく山|六郷満山が今に伝えるもの
六郷満山には、1300年もの間、人々が守り続けてきた祈りの風景があります。
神と仏を分けることなく敬い、山や自然に畏敬の念を抱きながら暮らしてきた人々。その信仰は特別なものではなく、日々の暮らしの中に自然と息づいていました。
約60年にわたり祈りの風景を見つめてきた写真家のまなざしも、各家庭で大切に受け継がれるおこぼさまへの信仰も、その根底には自然や人とのつながりを大切にする心があります。
時代が変わり、暮らしの形が変化しても、人は祈りの中に心のよりどころを見いだしてきました。六郷満山に残る風景は、私たちにそのことを静かに語りかけているようです。
山に神と仏を重ねてきた人々の思い。その祈りは今もなお国東半島の山々に息づき、訪れる人をやさしく包み込んでいます。