「すい臓は、どこにある臓器ですか?」
そう聞かれて、すぐに答えられる人は、どれくらいいるでしょうか? 心臓なら胸、胃ならお腹。けれど、すい臓となると、名前は知っていても、その場所や働きは意外と思い浮かばないものです。実は、すい臓は胃の後ろ、お腹の奥深くに隠れるように存在しています。
そして、この目立たない臓器が注目されるのは、糖尿病やすい臓がんといった病気の話題に触れたときかもしれません。とりわけ、すい臓がんは早期発見が難しく、ほかの多くのがんと比べても生存率が低いことで知られています。
なぜ、もっと早く見つけられなかったのでしょうか? その疑問をたどっていくと、すい臓が体の奥に隠れているという位置だけでなく、症状の現れ方や、がんそのものの性質にも行き着きます。
ところが、すい臓の不思議は、病気の話だけでは終わりません。食べ物を消化するための膵液をつくり、インスリンなどのホルモンによって血糖を調節する。私たちが毎日当たり前のように食べ、考え、活動できるのも、この臓器の働きと無関係ではないのです。
さらに、エネルギーを大量に必要とするヒトの脳と、すい臓の働きには、進化の歴史を考えるうえでも興味深いつながりがあるといいます。これほど大切な仕事をしているのに、普段はほとんど存在を意識されないすい臓。
NHK『ヒューマニエンス』「すい臓 寡黙なるヒト進化の同伴者」を手がかりに、その知られざる働きと、病気の発見を難しくする理由、そして人類の進化との関係を探ってみましょう。
【放送日:2026年10月30日(金)22:00 -22:59・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年11月6日(金)12:00 -12:59・NHK-BSP4K】
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すい臓とは、そもそもどんな臓器なの?──胃の裏に隠れた、小さな働き者の正体
「すい臓はどこにありますか?」
そう聞かれて、すぐに自分のお腹のどこかを指させる人は、案外少ないのではないでしょうか? そもそも「膵臓」って漢字で書けますか? 心臓は胸の中で鼓動を刻み、胃は食べ過ぎれば重たくなる。肝臓だって、お酒を飲みすぎた翌日には、なんとなく気になる存在です。
ところが、すい臓には、そうしたわかりやすい存在感がありません。実際、すい臓は胃の後ろ側、お腹のかなり奥深いところにあります。大人のすい臓は長さ15〜20センチほど。細長い形をしていて、右側の「頭部」は十二指腸に囲まれ、左側の「尾部」は脾臓の近くまで伸びています。(「脾臓:ひぞう」も難しいですけどね💦)
胃の裏に隠れるような位置にあるため、体の表面から触れることはできません。けれど、目立たないことと、重要でないことは、まったく別の話です。
一つの臓器なのに、二つの顔がある
すい臓には、大きく分けて二つの仕事があります。一つは、食べ物を消化するための「膵液」をつくること。膵液には、炭水化物、脂肪、タンパク質を分解する消化酵素などが含まれています。食事をすると、すい臓から十二指腸へ膵液が送り出され、食べ物の消化を助けるのです。
もう一つは、血液中の糖の量、つまり血糖値を調節すること。すい臓の中には「ランゲルハンス島」と呼ばれる小さな細胞の集まりが点在しています。そこでつくられるインスリンは、血糖値を下げる方向に働くホルモンです。
反対に、同じすい臓でつくられるグルカゴンは、血糖値を上げる方向に働きます。食べ物を分解する消化液を送り出しながら、体内のエネルギーの使い方まで調節している。つまり、すい臓は一つの臓器の中に、消化器官とホルモン分泌器官という、性質の異なる二つの役割を持っているのです。
すい臓は、昔から知られていたの?
番組の紹介文には、約250年前に杉田玄白(すぎた げんぱく)と前野良沢(まえの りょうたく)らによって『解体新書』が刊行されるまで、日本ではすい臓の存在が知られていなかった、という興味深い説明があります。1774年に刊行された『解体新書』は、西洋の解剖学を日本に紹介した重要な書物です。
ただし、それ以前の日本人がすい臓という組織をまったく目にしたことがなかった、という意味ではないでしょう。臓器としての位置や形、働きを、現代の解剖学のように体系的に理解する機会が限られていた、と考えるほうが自然です。
そもそも、すい臓が消化液を分泌することや、血糖の調節に関わっていることが科学的に明らかになったのは、さらに後の時代のことでした。私たちが何千年も生きるために使ってきた臓器なのに、その仕事の正体を知ったのは、つい最近のことなのです。
見えないところで、毎日働いている
すい臓は、心臓のように音を立てません。胃のように空腹や満腹を直接知らせてくれるわけでもありません。それでも、朝食を食べたときも、仕事に集中しているときも、眠っている間も、体の状態に応じて働き続けています。
その働きが乱れて初めて、私たちはすい臓という臓器の存在を強く意識することがあるのかもしれません。こんなに大切なのに、なぜこれほど存在感が薄いのでしょう。その答えの一つは、すい臓が普段、私たちに意識させることなく仕事をこなしているからなのかもしれません。
では、この目立たない臓器は、なぜ「消化」と「血糖調節」という、まったく違う二つの仕事を引き受けているのでしょうか?
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すい臓は、なぜ二つの違う仕事をしているの?──膵液とインスリン、「世界最小の島」が守る生命のバランス
私たちが食事をすると、胃や腸が働き始めます。けれど、その裏側では、すい臓も忙しく仕事をしています。しかも、その仕事は一つではありません。食べ物を分解すること。そして、食べ物から得た栄養を、身体がどう利用するか調節すること。すい臓は、この二つの役割を一つの臓器で引き受けているのです。
膵液は、食べ物を分解するための消化液
すい臓の大部分を占めるのは、消化液をつくる組織です。ここでは、炭水化物を分解するアミラーゼ、脂肪を分解するリパーゼ、タンパク質を分解する酵素などがつくられています。これらを含む膵液は、膵管という管を通って十二指腸へ送られます。
さらに膵液には、胃から送られてきた酸性の内容物を中和するための重炭酸イオンも含まれています。つまり、すい臓は食べ物を細かく分解するだけでなく、小腸で消化が進みやすい環境も整えているのです。このように、分泌物を管を通して送り出す仕組みを「外分泌」と呼びます。
「世界最小の島」は、すい臓の中にあった
一方、すい臓には、消化液とはまったく違うものをつくる細胞もあります。それが「ランゲルハンス島」です。名前に「島」とついていますが、もちろん南の海に浮かぶ島ではありません。すい臓の中に点在する、小さな細胞の集まりです。
ドイツの研究者パウル・ランゲルハンスが、1869年にこの細胞群を発見したことに由来する名前です。しかも驚くことに、ランゲルハンス島が占めるのは、すい臓全体のわずか1〜2%ほど。すい臓の大部分が消化液をつくっているのに対して、ごく小さな細胞の集まりが、全身のエネルギー利用に関わるホルモンを分泌しているのです。
この島には、いくつかの種類の細胞が存在します。代表的なのは、インスリンを分泌するβ細胞と、グルカゴンを分泌するα細胞です。食後に血糖値が上がると、インスリンの分泌が増え、筋肉や脂肪組織へのブドウ糖の取り込み、肝臓でのエネルギー貯蔵などを促します。
反対に、空腹時など血糖値が下がる場面では、グルカゴンが肝臓に働きかけ、血液中へブドウ糖を供給する方向に作用します。血糖値を下げるインスリンと、上げるグルカゴン。二つのホルモンが状況に応じて働くことで、私たちの身体はエネルギーの供給を保っているのです。
こうしてホルモンを血液中に放出する仕組みを「内分泌」と呼びます。重度の糖尿病患者の人がインスリンを注射する必要があるのは膵臓のインスリンを作る能力が低下していることが原因であることもあります。
なぜ、消化と血糖調節が同じ臓器にあるの?
考えてみれば、不思議な組み合わせです。一方では、食べ物を分解するために消化液を腸へ送り出す。もう一方では、食べ物から得られた栄養を身体がどう利用するか、血液を通じて調節する。でも、この二つは無関係ではありません。
食べ物を消化して栄養を取り込むことと、その栄養を必要な場所で利用したり、蓄えたりすることは、生命を維持するうえで連続した営みだからです。実際、すい臓の外分泌と内分泌は、それぞれ独立した細胞が担いながらも、互いに影響し合う仕組みを持っています。
ただし、なぜ進化の過程でこの二つの機能が一つの臓器にまとまったのかについては、「効率がよかったから」と単純に言い切れるわけではありません。すい臓の成り立ちには、発生や進化の長い歴史が関わっています。
五臓六腑(ごぞうろっぷ)に「すい臓」がないのはなぜ?
ところで、昔から日本には酒を飲んだ時などに「五臓六腑にしみわたる」という言い回しがあります。仕事を終えたあと、冷たい一杯を飲みながら、年配の人がそんな言葉を口にしたことがある人もいるかもしれません。
けれど、五臓六腑を数えてみると、そこに「すい臓」という名前は出てきません。五臓とは、肝・心・脾・肺・腎のこと。では、昔の人はすい臓の働きをまったく知らなかったのでしょうか?
ここで注目したいのが「脾(ひ)」です。 東洋医学でいう「脾」は、現代医学の脾臓という臓器だけを意味するものではありません。飲食物から栄養を取り出し、それを身体に行き渡らせるといった働きを含む、より広い機能的な概念なのです。
そのため、現代医学でいう消化器系や、すい臓の一部の働きと重なるところがあります。ただし、昔の人がランゲルハンス島やインスリンの存在を理解していたという意味ではありません。身体を臓器の形から捉えるのか、それとも働きのまとまりから捉えるのか。その違いが、五臓六腑という言葉にも表れているのかもしれません。
さて、すい臓の中には、消化液をつくる広大な組織と、血糖を調節する小さな島が共存していました。これほど重要な働きをしている臓器なのに、異変が起きたとき、私たちはなぜ気づきにくいのでしょう。次は、すい臓がんの早期発見を難しくしている理由を考えてみましょう。
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すい臓がんは、なぜ早く見つけるのが難しいの?──症状が出にくい臓器と、早期発見を阻む三つの壁
「どうして、もっと早く見つけられなかったのだろう?」
すい臓がんという病名を聞いたとき、本人や家族が抱く疑問の一つではないでしょうか。胃がんには胃カメラ、大腸がんには便潜血検査や大腸カメラがあります。では、すい臓がんにも、早い段階で見つける方法はないのでしょうか。実は、すい臓がんの早期発見が難しいのには、いくつもの理由が重なっています。
第一の壁──小さいうちは症状がほとんど出ない
すい臓は、胃の後ろ側、お腹の奥深くにある臓器です。そのため、がんができても、初期には自覚症状がほとんどないことがあります。進行すると、腹痛、背中や腰の痛み、食欲不振、体重減少などが現れることがあります。
また、がんが胆汁の通り道を圧迫すると、皮膚や白目が黄色くなる「黄疸」が起きることもあります。しかし、これらはすい臓がんだけに特有の症状ではありません。食欲がない、少し痩せた、背中が痛い。そんな変化だけで、すぐにすい臓がんを疑うのは難しいでしょう。
症状がないから安心とも言い切れず、症状があるからすい臓がんとも限らない。この難しさが、早期発見を阻む第一の壁なのです。
第二の壁──通常の検査だけでは見つけにくい
すい臓は胃や大腸と違って、一般的な内視鏡検査で直接その内部を観察できる臓器ではありません。腹部超音波検査では、胃や腸のガス、体格などによって、すい臓の一部が見えにくい場合があります。
血液検査には「CA19-9」などの腫瘍マーカーがありますが、早期のすい臓がんでは数値が上がらないこともあります。反対に、がん以外の病気で高くなる場合もあるため、数値だけで診断することはできません。すい臓がんが疑われる場合には、造影CTやMRI、超音波内視鏡などを組み合わせて詳しく調べます。
近年は、がんそのものが小さくても、膵管が広がっている、すい臓の一部が萎縮しているといった間接的な変化から、異常を見つける研究や診断技術も進んでいます。
ただし、現在の日本には、胃がんや大腸がんのように、一般の人を対象として国が推奨するすい臓がん検診はありません。検査技術が存在することと、誰もが定期的に受ければ早期発見できることは、同じではないのです。
第三の壁──見つかったときには、周囲に広がっていることがある
すい臓の周囲には、重要な血管や十二指腸などの臓器が集まっています。さらに、一般的なすい臓がんの多くは、膵液の通り道である膵管に由来するがんで、比較的小さい段階から周囲へ広がったり、転移したりすることがあります。
そのため、がんが見つかっても、すでに手術で完全に取り除くことが難しい状態になっている場合があるのです。すい臓がんの生存率が、ほかの多くのがんと比べて低い背景には、こうした発見の難しさと、がんそのものの性質があります。
ただし、生存率は多くの患者さんの経過をまとめた統計です。個々の人の見通しは、がんの進行度や治療方法、治療への反応などによって異なります。手術が可能な場合には、手術と薬物療法を組み合わせる治療が行われます。また、手術が難しい場合でも、薬物療法などによって病気を抑え、症状を和らげるための治療が行われています。
糖尿病の変化が、すい臓からのサインになることも
ここで、前の章で紹介したインスリンの話につながります。すい臓がんでは、糖尿病が新たに発症したり、それまで安定していた血糖値が急に悪化したりすることがあります。そのため、特に原因がはっきりしない血糖値の急な変化は、すい臓を詳しく調べるきっかけになる場合があります。
もちろん、糖尿病になった人の多くが、すい臓がんを患っているわけではありません。糖尿病そのものは珍しい病気ではなく、血糖値が悪化する理由もさまざまです。大切なのは、糖尿病とすい臓がんを短絡的に結びつけることではなく、急な変化があったときに医師と相談することです。
「もっと早く気づけばよかった」とは限らない
すい臓がんの早期発見が難しいのは、本人が身体の変化に鈍感だったからでも、家族が注意していなかったからでもありません。症状が現れにくいこと、一般的な検査で見つけにくいこと、そしてがん自体の性質。いくつもの壁が重なっているのです。
もちろん、原因のわからない体重減少や腹痛、黄疸、急な血糖値の悪化などがあれば、早めに医療機関で相談することが大切です。けれど、すべての人が自分の力で早期発見できるわけではありません。見つけにくい病気だからこそ、患者さんや家族の注意だけに頼らず、医学の進歩によって発見の機会を増やしていく必要があるのでしょう。
そして、すい臓がんと糖尿病の関係を知ると、あらためて一つの疑問が浮かびます。血糖を調節するインスリンは、私たちの身体にとって、なぜそれほど重要なのでしょうか? 次は、すい臓の働きと、ヒトの脳の進化との意外な関係を考えてみましょう。
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すい臓は、ヒトの脳の進化をどう支えてきたの?──インスリンとブドウ糖、巨大な脳を養うエネルギーの秘密
人間の脳は、ずいぶん燃費の悪い臓器です。体重に占める割合はわずか2%ほどなのに、安静にしている成人では、身体全体が使うエネルギーの約20%を消費するといわれています。考え事をしているときだけではありません。眠っている間も、ぼんやり景色を眺めているときも、脳は絶えず活動しています。
では、人類は進化の過程で、これほど大量のエネルギーを必要とする脳を、どうやって養えるようになったのでしょうか。その問いを考えるとき、胃の裏に隠れたすい臓の働きが浮かび上がってきます。
大きな脳を持つには、大量のエネルギーが必要だった
人類の祖先は、長い進化の歴史の中で脳を大きくしてきました。初期の人類と現代人を比べると、脳の大きさはおよそ3倍になったと考えられています。大きな脳は、複雑な環境に対応し、道具を使い、仲間と協力するうえで大きな力になりました。
けれど、脳が大きくなれば、それだけ維持するためのエネルギーも必要になります。特に脳が主な燃料として利用するのが、血液中のブドウ糖です。食べ物が十分にあるときだけ脳を働かせ、空腹になったら止める、というわけにはいきません。そこで重要になるのが、血糖値を一定の範囲に保つ仕組みです。
インスリンは、脳にブドウ糖を運ぶホルモンなの?
ここで少し意外なことがあります。インスリンは血糖値を下げるホルモンですが、脳がブドウ糖を取り込むために、必ずしもインスリンを必要とするわけではないんです。脳の主要なブドウ糖取り込みには、筋肉や脂肪組織とは異なる仕組みがあるのです。
では、すい臓は脳のエネルギー供給に関係していないのでしょうか。もちろん、そんなことはありません。食事によって血糖値が上がれば、すい臓からインスリンが分泌され、筋肉や脂肪組織へのブドウ糖の取り込みや、肝臓でのエネルギー貯蔵を促します。
一方、空腹時にはインスリンの分泌が減り、グルカゴンなどの働きによって、肝臓から血液中へブドウ糖が供給されます。こうした調節があるからこそ、食事と食事の間にも、脳を含む全身の組織がエネルギーを利用し続けられるのです。つまり、すい臓は脳に燃料を直接送り込むというよりも、身体全体のエネルギーの出入りを調節することで、脳が働き続けられる環境を支えているのです。
子どもの脳は、大人以上にエネルギーを必要とする
さらに興味深いのは、成長期の脳です。人間の子どもの脳は、身体の大きさに比べて、非常に多くのエネルギーを使います。2014年に発表された研究では、幼児期の脳によるブドウ糖の利用量が、安静時の全身のエネルギー消費に相当する量の約3分の2に達する時期があると報告されました。
研究者たちは、子どもの脳が大量のエネルギーを必要とすることと、人間の身体の成長がほかの霊長類に比べてゆっくり進むこととの関係にも注目しています。脳を育てることには、それほど大きなエネルギー上の負担があるのです。
そして、その負担を支えるには、十分な食料を得ることだけでなく、取り込んだ栄養を身体の中で適切に利用する仕組みも必要になります。
すい臓だけで、脳は大きくなったわけではない
ただし、ここで注意したいことがあります。すい臓がインスリンを分泌するようになったから、ヒトの脳が大きくなった。そんな単純な因果関係が証明されているわけではありません。インスリンによる血糖調節は、ヒトが登場するよりはるか以前から、他の動物にも存在していた仕組みです。
人類の脳の進化には、食生活の変化、調理による栄養の利用しやすさ、身体全体の代謝、成長の仕方など、さまざまな要因が関わってきたと考えられています。その中で、すい臓の血糖調節機能も、脳の大きなエネルギー需要を支える仕組みの一部として働いてきたのでしょう。
さらに近年の研究では、脳そのものが自律神経を通じて、すい臓のインスリン分泌を調節していることも明らかになっています。すい臓が脳を支えるだけではなく、脳もまたすい臓の働きに関わっている。二つの臓器は、一方通行ではない関係で結ばれているのです。
寡黙な臓器は、人類の進化を見守ってきた
人類の進化を語るとき、私たちは大きくなった脳や、道具を使う手、二本足で歩く身体に目を向けがちです。けれど、その変化を支えるには、食べ物を消化し、栄養を吸収し、エネルギーを必要な場所へ行き渡らせる仕組みが欠かせませんでした。
すい臓は、そんな生命の営みを、身体の奥深くから支え続けてきた臓器の一つなのです。進化の主役として注目されることはなくても、主役が生きていくための条件を整えてきた。そう考えると、この番組がすい臓を「寡黙なるヒト進化の同伴者」と呼んだ意味が、少し見えてくる気がします。
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私たちは、なぜすい臓の大切さを忘れてしまうの?──身体の奥で働き続ける、寡黙な臓器への感謝
朝、目を覚ます。朝食を食べ、仕事をして、誰かと話し、考え事をする。夜になれば食事を楽しみ、やがて眠りにつく。そんな何でもない一日の間にも、すい臓は休むことなく働いています。
食べ物が十二指腸へ送られれば、消化を助ける膵液を分泌する。食事によって血糖値が上がれば、インスリンを分泌して、身体がブドウ糖を利用したり蓄えたりできるようにする。空腹になれば、インスリンの分泌を抑え、グルカゴンなどの働きによって、必要なエネルギーが血液中に供給されるよう調節する。
そして、こうした仕組みは、私たちの脳が絶えず活動するための条件にもなっています。考えてみれば、ずいぶん多くの仕事を引き受けているものです。
何も感じないことが、当たり前を支えている
心臓には鼓動があります。肺には呼吸があります。胃には空腹や満腹の感覚があります。けれど、すい臓が膵液を分泌していることも、ランゲルハンス島からインスリンが放出されていることも、私たちは普段ほとんど感じません。
それは、すい臓が働いていないからではありません。むしろ、身体の状態に合わせて、その働きが自動的に調節されているからこそ、私たちは意識せずに日常生活を送れるのでしょう。私たちがすい臓の存在を忘れていられるのは、すい臓が黙々と仕事をしてくれているから。そう考えると、「存在感が薄い」という言葉も、少し違って聞こえてきます。
病気になって初めて気づくこと
一方で、すい臓の働きが損なわれると、私たちの生活は大きな影響を受けます。インスリンの分泌が不足すれば、血糖値を適切に保つことが難しくなります。膵液の分泌が不足すれば、食べ物の消化や栄養の吸収に支障が生じることがあります。そして、すい臓がんのように、症状が現れにくく、早期発見が難しい病気もあります。
だからといって、毎日のように病気を心配しながら暮らす必要はないでしょう。大切なのは、すい臓がんの症状を一つ覚えるたびに不安になることではなく、身体にいつもと違う変化が続いたとき、その変化を軽く扱わないことです。
原因のわからない体重減少、続く腹痛や背中の痛み、黄疸、血糖値の急な悪化などがあれば、医療機関で相談する。もちろん、そうした症状が必ずすい臓の病気を意味するわけではありません。また、すい臓がんには、誰もが受ければ確実に早期発見できる検査があるわけでもありません。
だからこそ、病気になった人に「もっと早く気づけばよかったのに」と言うのではなく、医学の進歩によって発見と治療の可能性が広がっていくことを願いたいのです。
すい臓を大切にすることは、身体全体を大切にすること
では、私たちは日々の暮らしの中で、すい臓のために何ができるのでしょうか? 特別な健康法を探す必要はありません。喫煙を避けること、過度の飲酒を控えること、適度に身体を動かすこと、栄養の偏りに気を配ること。こうした習慣は、すい臓だけでなく、心臓や肝臓、血管など、身体全体の健康を守ることにもつながります。
ただし、健康に気を配っていても、すべての病気を防げるわけではありません。病気になることを、本人の生活習慣だけで説明することもできないのです。すい臓を大切にするとは、何か一つの臓器だけを特別扱いすることではなく、身体の中で多くの臓器が支え合っていることを知ることなのかもしれません。
寡黙な同伴者は、今日も働いている
私たちは、人類の進化を語るとき、大きくなった脳や、器用に動く手に注目します。けれど、その脳が働き続けるためには、食べ物から栄養を取り出し、血糖を調節し、全身にエネルギーを行き渡らせる仕組みが欠かせませんでした。
すい臓は、そんな生命の営みを、長い進化の歴史の中で支えてきた臓器の一つです。目立つこともなく、自分の存在を主張することもなく…。それでも、私たちが食べ、考え、笑い、眠るために、今日も身体の奥で働いている。
今度、食事を楽しむとき、あるいは何かに夢中になって考えているとき、ほんの一瞬だけでも、お腹の奥にある小さな臓器のことを思い出してみませんか?
私たちが当たり前だと思っている毎日は、見えないところで働く、たくさんの命の仕組みに支えられている。すい臓という寡黙な同伴者は、そんな大切なことを、静かに教えてくれているのかもしれません。
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