「まだ大丈夫!」
年を重ねても、自分で買い物へ行ける。自分でお金を管理できる。病院にも一人で行ける。だから、まだ大丈夫。けれど――その「大丈夫」は、誰が決めるのでしょう。
本人は「ちゃんとできている」と思っていても、周りから見れば、同じものを何度も買っていたり、支払いを忘れていたり、以前なら簡単にできたことにずいぶん時間がかかっていたりする。
車の運転でも、よく似た話を聞きます。「俺はまだ大丈夫」そう思っている本人と、「もう危ないからやめてほしい」と思っている家族。もしかすると老いるということの難しさは、**「できなくなること」だけではなく、「できなくなったことに、自分では気づけなくなること」**にもあるのかもしれません。
そして、もう一つ難しいことがあります。たとえ自分で「そろそろ誰かに頼ったほうがいい」と気づいたとしても、そのとき頼れる人がそばにいるとは限りません。結婚していても、いつかパートナーに先立たれるかもしれない。
子どもがいても、遠くで暮らしているかもしれない。きょうだいや友人だって、自分と一緒に年を取っていきます。「おひとりさま」とは、ずっと独身だった人だけを指す言葉ではないのでしょう。長く生きていれば、誰にでも訪れるかもしれない人生の一場面です。
NHK『Dearにっぽん』「おひとりさま3人組 〜青森 “新しい家族”のかたち〜」に登場するのは、そんな“おひとりさま”の高齢者を支える青森市のNPOです。つくったのは、同級生の女性3人組。きっかけは、とても切実な言葉でした。
「あすはわが身」
お墓参りの手伝いから、日々のちょっとした困りごと、そして最期の看取りまで…。血のつながった家族ではない3人が、これまでなら「家族がすること」と考えられてきたことに寄り添っています。
考えてみれば、人は自分一人で生きることはできても、自分一人で人生を終えることはできません。自分が亡くなったあと、自分で部屋を片づけることはできない。公共料金や契約を解約することもできない。自分で自分を火葬することもできません。
そのずっと前から、身体が思うように動かなくなったり、自分の意思をうまく伝えられなくなったりすれば、誰かの手を借りなければならないことは少しずつ増えていきます。だからこそ、元気なうちに準備しておけばいい。そう言うのは簡単です。
けれど――「まだ大丈夫」と思っているうちは、その必要をなかなか感じない。そして、本当に大丈夫ではなくなったときには、自分で準備することさえ難しくなっているかもしれない。
「まだ大丈夫」は、いつまで大丈夫なのでしょう。
そして、いつか一人では大丈夫ではなくなったとき、私たちは誰に「助けて」と言えばいいのでしょう。その人は、本当に血のつながった「家族」でなければならないのでしょうか。
青森で出会った3人の女性と、“おひとりさま”たちの暮らしをたどりながら、今回は少しだけ、自分の人生の先にも目を向けてみたいと思います。
「新しい家族」って、いったい何なのでしょう。そして――私たちの「まだ大丈夫」は、いつまで大丈夫なのでしょう。
【放送日:2026年10月4日(日)8:25 -8:50・NHK-総合】
【放送日:2026年10月8日(木)1:25 -1:52・NHK-総合】
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第一章 「まだ大丈夫」は、誰が決めるの?
「まだ大丈夫」
年を重ねると、この言葉を口にする機会が少しずつ増えていくのかもしれません。まだ一人で買い物へ行ける。まだ料理もできる。まだお金の管理もできる。まだ車だって運転できる。だから――まだ大丈夫。
けれど、ここで少し不思議なことがあります。その「大丈夫」は、いったい誰が決めるのでしょう。本人でしょうか。それとも、家族でしょうか。医師でしょうか。あるいは、いつもそばで暮らしを見ている誰かでしょうか。
若いころなら、コップを手に取るのにいちいち考えたりはしません。手を伸ばす。つかむ。口元へ運ぶ。時にはちゃんと見なくたってそれくらいのことはできます。そんな動作を、私たちはほとんど無意識に繰り返しています。
ところが年齢を重ねると、その「無意識」が少しずつ当てにならなくなることがあります。手を伸ばしたつもりが、そばにあったものにぶつかる。何でもなかった段差で、つまずく。いつもと同じようにやったつもりなのに、なぜか失敗する。
一つひとつは、ほんの小さなことです。だからこそ、「たまたまだよ」「歳を取れば、これくらいあるさ」と済ませることもできます。実際、それで済むことだってたくさんあるでしょう。
難しいのは、ここからです。ほんの少しだったはずのことで転んで手をつく。捻挫する。骨折する…。でもできなくなったことに自分で気づければ、やり方を変えることができます。ゆっくり歩く。いったん立ち止まる。誰かに頼む。車を運転する機会を少しずつ減らして、いつか免許がなくても暮らせる生活へ移っていく。
つまり、「できなくなってきた」と気づくことができれば、「できなくても大丈夫」な暮らしを準備することができます。ところが老いには、もっと厄介なところがあります。本人は、「ちゃんとできている」と思っている。そこには自分の「小さなプライド」があるのかもしれません。
けれど周囲から見ると、「いやいや、もう以前のようにはできていない」ということが起こり得ます。運転をめぐって、「俺はまだ大丈夫だ」という本人と、「もう運転をやめてほしい」という家族の意見がぶつかるのは、その分かりやすい例なのかもしれません。
そして、ここに「まだ大丈夫」という言葉の怖さがあります。昨日までできていたことが、今日突然すべてできなくなるとは限りません。100だったものが、ある日突然0になるのではなく、100が98になり、95になり、90になり――。少しずつ変わっていく。
毎日その身体で暮らしている本人だからこそ、その小さな変化には気づきにくいこともあるでしょう。だとしたら、「大丈夫」と「大丈夫ではない」の境界線は、どこにあるのでしょう。そして、その線を越えたことを、本人自身が気づけるとは限りません。
ここで話は、単なる老化の話ではなくなってきます。お金の管理が難しくなったら、誰が代わりに管理するのでしょう。病院へ一人で行けなくなったら、誰が付き添うのでしょう。大切な契約の内容を理解することが難しくなったら、誰と相談すればいいのでしょう。
そして、「自分はこうしたい」という意思そのものを、うまく伝えられなくなったら――。誰が、その人の「大丈夫」を考えるのでしょう。もちろん、「だから元気なうちに終活しましょう」と言ってしまうことはできます。
エンディングノートを書きましょう。財産を整理しましょう。お墓を決めておきましょう。けれど、それだけで本当に解決するのでしょうか? そもそも本人は、「まだ大丈夫」と思っているからこそ、準備を先延ばしにしてしまうのかもしれません。
そして「もう大丈夫ではない」と気づいたときには、以前のように自分一人で準備することが難しくなっているかもしれない。だから、この問題は少し意地悪です。準備できるころには、必要性を感じにくい。必要になったころには、準備する力を失っているかもしれない。
NHK『Dearにっぽん』「おひとりさま3人組 〜青森 “新しい家族”のかたち〜」に登場する3人の女性は、そんな老いを遠くから眺めている人たちではありません。彼女たちがNPOを始めたきっかけになった言葉は、
「あすはわが身」
でした。今日、誰かを支えている自分も、いつか支えられる側になる。そのことを知っている人たちです。もしかすると「まだ大丈夫?」と問いかけてくれる誰かがいることも、老いていくためには必要なのかもしれません。
けれど――。その「誰か」は、いつまでもそばにいてくれるのでしょうか。配偶者も、きょうだいも、友人も毎年、自分と同じように年を取っていきます。
自分が少しずつできなくなっていくのと同じ時間の中で、頼れる人もまた、少しずついなくなっていく。だとしたら、「おひとりさま」とは、本当に一人暮らしの人だけの話なのでしょうか。次はそこから考えてみたいと思います。
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第二章 “おひとりさま”になるのは、一人暮らしの人だけなの?
「でも、私は大丈夫」
ここまで読んで、そう思った人もいるかもしれません。一人暮らしではない。結婚している。子どももいる。きょうだいもいる。友人だっている。だから、自分は「おひとりさま」ではない。
確かに、今はそうかもしれません。けれど――。夫婦のどちらかは、いつか先に亡くなります。離婚することだってあります。子どもがいたとしても、同じ町で暮らしているとは限りません。仕事や結婚をきっかけに、何百キロも離れた土地で暮らしているかもしれない。
きょうだいや昔からの友人が近くにいたとしても、その人たちも自分と同じように年を重ねていきます。昨日まで車を出してくれていた友人が、先に運転免許を返納するかもしれない。何でも相談できたきょうだいが、病気になるかもしれない。そして、ずっと隣にいたパートナーが、ある日いなくなることだってあります。
そう考えると、「おひとりさま」という言葉は、少し違って見えてきます。独身であることでも、一人暮らしであることでもない。必要なときに、自分の代わりに動いてくれる人がいない。あるいは、その人はいるけれど、簡単には頼めない。そんな状態もまた、「おひとりさま」なのかもしれません。
たとえば、東京で暮らす80代の母親に、大阪で働く50代の息子がいたとします。戸籍を見れば、もちろん家族です。でも、「病院へ連れていってほしい」「電球を替えてほしい」「役所から届いたこの書類を見てほしい」そんな日常の困りごとが起きるたびに、息子が仕事を休んで何百キロも移動できるでしょうか?
さらに息子が結婚していれば、パートナーにも親がいるでしょう。自分たちの仕事があります。子どもがいれば、子育てもあります。つまり、「子どもがいる」ことと、「自分の老後を担ってくれる人がいる」ことは、同じではありません。
それは子どもが親を大切にしているかどうかという話でもないでしょう。一人の子ども、あるいは一組の夫婦に、自分たちの生活も、子育ても、仕事も、双方の親の暮らしも、介護も、病院への付き添いも、財産管理も、そして最期の後始末まで、全部背負ってもらう。
それを「家族だから」という一言だけで当然のことにするほうが、今は難しくなっているのかもしれません。そして、もう一つ見落としやすいことがあります。年を取ると減っていくのは、自分にできることだけではありません。頼れる人も、一緒に減っていくことがあります。
若いころなら、「困ったら兄貴に頼もう」「友達に車を出してもらおう」「妻に任せればいい」と言えたかもしれません。けれど、その兄も年を取ります。友達も年を取ります。妻も夫も年を取ります。老いは、一人だけに訪れるものではないからです。
自分が80歳なら、学生時代の友人もだいたい80歳。自分が85歳なら、兄や姉はもっと高齢になっているでしょう。だから人生の後半には、不思議なことが起こります。助けが必要になるほど、助けを頼める人も少なくなっていく。
そこで青森市の3人の女性が口にした、「あすはわが身」という言葉が、もう一度違った重さを持ってきます。彼女たちは、“身寄りのないかわいそうな高齢者”という、自分たちとは別の誰かを助けようとしたのではありません。
自分たち自身もいずれ同じところへ行くかもしれない。そう感じた同級生3人が、11年前にNPOを立ち上げました。この「あすはわが身」という言葉は、考えてみると少し怖い言葉です。
今日まで夫婦二人だった人が、明日は一人になるかもしれない。今日まで頼れた人に、明日は頼れなくなるかもしれない。そして今日まで誰かを支えていた人自身が、いつか支えられる側になる。「支える人」と「支えられる人」の間には、くっきりした境界線があるわけではないのです。
だから、「おひとりさま」という言葉を、「結婚しなかった人の話」「子どものいない人の話」「身寄りのない人の話」として遠ざけてしまうと、この問題の本当の姿を見失ってしまうのかもしれません。
結婚していても。子どもがいても。きょうだいがいても。友人がたくさんいても。人生のどこかで、誰かの手を借りなければ暮らせないのに、その手がすぐそばにはない日がやってくる可能性があります。
だったら――。「おひとりさま」とは、人の属性ではなく、人生の途中で誰にでも訪れるかもしれない“状態”なのではないでしょうか。そう考えると、この番組は急に他人事ではなくなります。「オレは違う」「ワタシには家族がいるから大丈夫」そう思っていた人も、少しだけ立ち止まってしまう。
そして、ここで次の問題が待っています。一人になること自体が、悪いわけではありません。一人で気楽に暮らすことだってできます。自分の好きなものを食べて、自分の好きな時間に眠って、自分らしく暮らせばいい。
けれど人生の終盤には、どうしても一人ではできないことがあります。病院へ行く。施設へ入る。お金を管理する。契約を終わらせる。残った家を片づける。そして、自分が亡くなったあとのこと…。
どれだけ「一人で生きる」と決めても――自分がいなくなったあとの後始末だけは、自分ではできません。では、それを誰に頼めばいいのでしょう。次は、“おひとりさま”という言葉の向こう側にある、もっと具体的な現実を見てみたいと思います。
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第三章 人は、ひとりで“人生の後始末”までできるの?
人は毎日、少しずつ年を取ります。当たり前のことなのに、その変化を毎日感じるのは難しいものです。昨日まで10キロ歩けた人が、今日突然100メートルしか歩けなくなるわけではありません。持てていた荷物が、ある朝突然、持ち上がらなくなるとも限りません。
ほんの少し歩く速度が遅くなる。階段で手すりにつかまるようになる。重いものを持つのを避けるようになる。細かな文字を読むのが億劫になる。複雑な書類を前にすると、「これは、あとでいいや」と思うようになる。一つひとつは小さな変化です。
それでも身体は、本人が意識しているかどうかとは関係なく、少しずつ変わっていきます。だから老後に誰かの手を借りるのは、寝たきりになってから始まる話ではありません。
高いところの電球を替える。重い荷物を運ぶ。墓参りへ行く。病院へ付き添ってもらう。役所から届いた書類を一緒に読む。そんな、ごく普通の暮らしの中から始まります。
『Dearにっぽん』に登場する青森市のNPOにも、そうした身近な困りごとが日々飛び込んできます。番組概要にある「お墓参りの手伝い」は、その象徴なのかもしれません。墓参りに行けなくても、今日の暮らしに困るわけではありません。行かなければいい、と考えることだってできます。
それでも、「行きたい」と思う人がいる。自分一人では難しくなった「行きたい」を、誰かの手を借りることでかなえる。高齢者を支えるというのは、命を維持するために必要なことだけを代わりにすることではないのでしょう。
その人が最後まで、「こうしたい」と思うことを支えることでもあるのかもしれません。けれど、人生の終わりへ近づいていくと、「やらなくてもいいこと」だけでは済まなくなります。
入院する。介護施設へ入る。お金を管理する。税金を払う。住んでいる家をどうするか決める。そして、亡くなれば――。葬儀や火葬を手配する人が必要です。賃貸住宅なら部屋を明け渡さなければなりません。持ち家なら、その家をどうするのかという問題が残ります。
家具も、食器も、衣類も残ります。電気、ガス、水道、電話、インターネット。銀行口座や保険、クレジットカード。本人にとって昨日まで「暮らし」だったものが、その人がいなくなったあとには、誰かが一つずつ整理しなければならないものになります。
ここに、人生の最期について考えるときの、とても単純で、どうすることもできない事実があります。人は、自分が死んだあとの後始末を、自分ですることはできません。どれほど自立して生きてきた人でも同じです。
自分で死亡後の手続きをすることはできない。自分で自分の部屋を空にすることもできない。自分で契約を解約することもできない。自分で自分を火葬場へ運ぶこともできません。
だから、「俺は誰にも迷惑をかけない」と言い切ることは、本当はとても難しいのかもしれません。それは、その人が無責任だからではありません。人間の人生そのものが、最後には誰かの手を必要とするようにできているからです。
だったら、「元気なうちに全部整理しておけばいい」のでしょうか。もちろん、できる準備はしておいたほうがいいでしょう。けれど、家を空っぽにして暮らすことはできません。明日も生きるのなら、冷蔵庫も布団も必要です。電気も水道も必要です。銀行口座も、場合によってはクレジットカードも必要でしょう。
つまり、生きるために必要なものが、そのまま死後に誰かが片づけるものになります。これは「終活をしたか、しなかったか」だけでは解決できない問題です。
そして、さらに難しいのは、亡くなったあとのことだけではありません。その前に、身体や認知機能が衰えて、自分一人では手続きを進められなくなることがあります。本人の意思を尊重する。それは、とても大切なことです。
けれど、本人が意思を伝えられなくなったら?そのとき誰が、お金を管理するのでしょう。誰が住む場所を探すのでしょう。誰が必要な契約を結ぶのでしょう。そして、誰がその人の「こうしたかった」を知っているのでしょう。
エンディングノートに書いておけばいい。そう思うかもしれません。でも、ノートは病院へ付き添ってくれません。ノートは荷物を処分場へ運んでくれません。ノートは電話をかけて契約を解約してくれません。書き残された意思を、現実の行動に変える人が必要です。
結局、人生の後始末で最後に残る問題は、「何をしてほしいか」だけではなく、「それを、誰にしてもらうのか」なのです。これまで、その「誰か」を私たちは当たり前のように「家族」と呼んできました。配偶者。子ども。きょうだい。親族。
けれど第二章で見てきたように、その家族が近くにいるとは限りません。そもそも家族がいない人だっています。では――。血のつながった家族がいない人は、自分の人生の最後を誰に託せばいいのでしょう。
青森の3人は、その問いに制度や言葉だけで答えようとはしていません。お墓参りを手伝い、日々の困りごとに寄り添い、そして最期の看取りまで支える。戸籍を見れば、家族ではない人たちです。それなのに、人生の最後にはそばにいる。
だったら、ここで私たちはもう一度、もっと根本的なことを考えなければならないのかもしれません。家族じゃない人に、自分の“最期”を頼んでもいいのでしょうか。そして――そもそも「家族」って、何なのでしょう?
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第四章 家族じゃない人に、“最期”を頼んでもいいの?
「ご家族ですか?」「ご家族の方にお願いします」
病院でも、介護施設でも、役所でも…。人生のさまざまな場面で、私たちはこの言葉を耳にします。では、その「ご家族」とは誰なのでしょう?
夫や妻。子ども。きょうだい。親戚。これまでの社会では、そのどこかに「頼める人がいる」ことを、どこか当然のように考えてきたのかもしれません。けれど、家族の姿はずいぶん変わりました。親と子と孫が同じ家で暮らし、誰かが病気になれば家族の誰かが世話をする。そんなサザエさんのような暮らしだけが、日本の家族ではなくなっています。
親と子が離れた町で暮らす。夫婦だけで暮らす。一人で暮らす。結婚しない。離婚する。再婚する。血縁ではない人と暮らす。家族の形が変わっても、人が年を取り、病気になり、誰かの手を必要とし、いつか亡くなることは変わりません。
つまり――家族の形は変わったのに、「家族がやってくれるはずだった仕事」は残っている。ここに、今の「おひとりさま」が抱える難しさがあるのかもしれません。青森市で“おひとりさま”の高齢者を支えているのは、同級生の女性3人が立ち上げたNPOです。
彼女たちのもとには、年を重ねることで難しくなった、さまざまな困りごとが持ち込まれます。お墓参りの手伝いから、最期の看取りまで。そこまで寄り添う姿が描かれます。考えてみれば、不思議です。戸籍を見れば、「ご家族」ではありません。血もつながっていません。
それでも、「お墓へ行きたい」という願いを聞いてくれる。困ったときに来てくれる。そして人生の最後にも、そばにいる。一方で、血のつながった家族が何百キロも離れた場所に暮らしていることもあります。どちらが「本当の家族」なのか。そんな順位をつけることに、あまり意味はないのでしょう。
それよりも考えてみたいのは、家族という言葉に、私たちはいったい何を求めてきたのか。ということです。血のつながりでしょうか。同じ名字でしょうか。同じ戸籍でしょうか。一緒に暮らした年月でしょうか。それとも――。「困ったときには、あなたのところへ行くよ」と言ってくれる人がいることでしょうか。
もちろん、NPOの支援者をそのまま「家族」と呼べば問題が解決するわけではありません。むしろ、そこは慎重に考える必要があります。財産を管理すること。契約を結ぶこと。医療について意思を確認すること。亡くなったあとの手続きをすること。
人生の最後には、善意だけでは引き受けられないこともたくさんあります。だから必要なのは、家族の代わりになる誰か一人を探すことではないのかもしれません。これまで「家族」という一つの箱に詰め込んできた役割を、いったん外へ出してみる。
日々の暮らしを助ける人。介護をする人。医療を支える人。財産や契約について支える人。亡くなったあとの手続きを担う人。そして――ただ、そばにいる人。それぞれが少しずつ担えば、一人の子どもや一人の配偶者が、すべてを背負わなくてもいいのかもしれません。
そう考えると、「新しい家族」は、昔の家族を別の誰かに置き換えることではないように見えてきます。むしろ、これまで一つの家族に集中していた「支える」という役割を、血縁を越えて分け合うこと。そこに、新しさがあるのかもしれません。そして、この3人がNPOを始めた理由をもう一度思い出します。
「あすはわが身」
この言葉があるから、彼女たちは単純な「支援する人」ではありません。今日、誰かのお墓参りを手伝っている人が、いつか自分のお墓参りを誰かに頼む日が来るかもしれない。今日、誰かの最期に寄り添っている人も、いつか自分の最期を迎えます。
支える人と、支えられる人は、別々の人ではない。時間がたてば、その立場は入れ替わります。だったら「新しい家族」とは、「助けてあげる人」と「助けてもらう人」を固定した関係でもないのでしょう。
できるときには、誰かを支える。できなくなったら、誰かに支えてもらう。そして「もう自分ではできない」と言えることを、恥ずかしいことにしない。そんな関係を、血縁の外にもつくっていく。それが、この3人が始めたことなのかもしれません。
けれど――。ここで一つ、避けて通れないことがあります。3人もまた、年を取ります。「あすはわが身」という言葉は、比喩ではありません。いつか3人自身が、「まだ大丈夫?」と問いかけられる側になる日が来るでしょう。では、そのとき。この3人を支えるのは、誰なのでしょう。
一人の善意に頼らない。家族だけにも頼らない。そして、支援する人だけにも頼らない。そんな仕組みをつくらなければ、「新しい家族」もいつか続かなくなってしまいます。
だから、この物語の最後に考えたいのは、「誰が私を助けてくれるの?」だけではありません。もう一つ。「私がまだ大丈夫なうちに、誰かとどんな関係をつくっておけるの?」という問いです。最初に抱いた、「まだ大丈夫」は、いつまで大丈夫?という問いに、そろそろ戻ってみたいと思います。
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最終章 「まだ大丈夫」なうちに、誰とつながっておけばいいの?
では、どうすればいいのでしょう。
元気なうちにエンディングノートを書いておく。財産を整理しておく。お墓をどうするか決めておく。頼れる人を見つけておく。どれも、きっと無駄なことではありません。けれど、それを今回の物語の「答え」にしてしまうと、大切なものを取りこぼしてしまうような気がします。
なぜなら――、人は、自分の老いや死を、いつから現実として考えられるのでしょう。20歳のとき。30歳のとき。50歳になったとき。70歳になったとき。その答えは、人によって違うでしょう。頭では分かっているつもりです。人は必ず年を取る。そして、いつか必ず死ぬ。
これまで死ななかった人は一人もいません。それなのに、自分自身の死だけは、どこか遠くに感じてしまいます。明日も目が覚める。来月も同じ家で暮らしている。来年も同じように歩いている。そんな「いつもの明日」が続くことを、私たちはどこかで前提にして生きています。それは悪いことではないのでしょう。
毎朝、「私はいつ死ぬのだろう」と考え続けながら暮らすのも、少し息苦しい。生きている人には、生きるほうを見る時間も必要です。だから元気で生きている人に、「死ぬ前にちゃんと準備しておきましょう」と言うだけなら簡単です。難しいのは、その準備をしようと思えるころが、いつやって来るのかわからないこと。
そして、そのころまで自分に十分な時間と判断する力が残っているのかも、わかりません。ここでも、最初の問いに戻ってきます。
「まだ大丈夫」は、いつまで大丈夫なのでしょう。
もしかすると、この問いに正確な答えはないのかもしれません。今日まで一人でできたことが、明日できなくなるかもしれない。昨日まで頼れた人が、明日はいなくなるかもしれない。そして、自分自身がその変化に気づけないことだってあります。
だったら、「まだ大丈夫」なうちにできることは何なのでしょう。誰か一人の名前を決めて、「この人に全部頼もう」とすることなのでしょうか。それも違うような気がします。
一人の配偶者に全部を任せる。一人の子どもに全部を任せる。一人のきょうだいに全部を任せる。それでは結局、これまで「家族」という言葉の中に押し込めてきたものを、別の誰か一人へ押しつけるだけになってしまいます。
青森の3人が見せてくれるのは、もう少し違う関係なのかもしれません。今日、自分にできることがあるなら、誰かの手伝いをする。いつか自分にできないことが増えたら、今度は誰かに頼る。その相手は、血のつながった家族かもしれません。
友人かもしれません。近所の人かもしれません。介護や医療に携わる人かもしれません。NPOの人かもしれません。まだ出会っていない誰かかもしれません。
一人の「家族」に全部を託すのではなく、いくつもの小さなつながりの中で、少しずつ支えてもらう。それなら「新しい家族」とは、新しい家族制度の名前ではないのでしょう。困ったときに、「ちょっとお願いしてもいい?」と言える関係。
そして言われた側も、「今度は私がお願いするかもしれないから」と思える関係。青森の3人がNPOを始めたときの、「あすはわが身」という言葉には、そんな意味も含まれているように思えます。かつて昭和の時代にはまだそんな雰囲気が少しだけ残っていたような気もします。
けれど、ここで、「だから地域でつながりましょう」と結論づけるのも、少し違います。つながりたくても、つながれない人がいます。すでに頼れる人を失ってしまった人もいます。人づきあいが苦手な人だっています。そして何より、今まさに困っている人に、「もっと早く準備しておけばよかったのに」と言っても、何の助けにもなりません。
だから必要なのは、個人に「ちゃんと準備しておきなさい」と求めることだけではなく、準備できなかった人も、頼れる家族を失った人も、それでも最後まで暮らしていける仕組みなのだと思います。
青森の3人がしていることは、その答えそのものではないのかもしれません。この3人だって年を取ります。いつまでも誰かを支え続けられるわけではありません。それでも、「家族がいないなら仕方がない」ではなく、「家族じゃなくても、できることがあるんじゃない?」と動き始めた。そこに、この物語の大切なものがあるような気がします。
考えてみれば、人生の初めも一人ではありませんでした。誰かに抱き上げてもらい、食べさせてもらい、歩くのを手伝ってもらって少しずつ、一人でできることが増えていきました。そして人生の後半では、今度は少しずつ、一人では難しいことが増えていきます。それは、自立に失敗したということではありません。
人の一生とは、もともと誰かの手を借りながら続いていくものなのかもしれません。「まだ大丈夫」そう言える今日があるのなら、無理に死ぬ準備を始めなくてもいいのかもしれません。でも、ときどき立ち止まって、「大丈夫じゃなくなったとき、私は誰に『お願い』と言うのだろう」と考えてみる。
そしてもう一つ。「誰かに『お願い』と言われたとき、自分には何ができるだろう」と考えてみる。その二つを、ときどき思い出すだけでもいいのかもしれません。今まで「お願い」と言ってくるのは決まって「家族」でした。時にはその「お願い!」すらないこともしばしばです。でも「仕方ないから」やっています。
「まだ大丈夫」は、いつまで大丈夫なのか。結局、その答えはわかりません。だからこそ――。「まだ大丈夫」と言える今日を、ひとりだけのものにしない。青森の“おひとりさま3人組”が見せてくれた「新しい家族」のかたちは、そんなところから始まっているのかもしれません。
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