アワビが見えるようになる日|能登・新人海女が潜る「深い青」の世界【Dearにっぽん】

能登の海女漁 BLOG
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海の底に潜れば、アワビはすぐに見つかる。……と思っていたら、どうやらそうではないようです。岩に張りついたアワビは、色も形も周囲の景色に溶け込んでいます。慣れない人が見れば、そこにあるのは岩、岩、海藻、また岩。

ところが海を知る人には、「この窪みにはいそうだな」「この岩肌は怪しいな」と、アワビのいる場所が少しずつ見えてくるといいます。

不思議なのは、一度見つけられるようになると、「あ、ここにも」「あっちにも」と、それまで見えなかったアワビが、次々と目に入るようになること。アワビが突然増えたわけではありません。変わったのは、海を見る人のほうなのかもしれません。

NHK『Dearにっぽん』「きのうより深い青へ 〜能登 新人海女の夏〜」の舞台は、石川県輪島市。能登の海では、400年以上にわたって海女漁が受け継がれてきました。その海へ潜るのが、24歳の新人海女・加川杏奈さんです。

能登半島地震で被災し、家族と仮設住宅で暮らしながら、先輩海女たちから素潜りの技を学んでいます。この夏、杏奈さんが挑むのは、ベテランでも獲るのが難しいというアワビ。けれど、海女になるために覚えるのは、アワビの獲り方だけなのでしょうか?

どこにいるのかを読んで見つける目。潮や海の様子を読む力。海の恵みをいただきながら、次の海へ残していく知恵。長い時間をかけて海女たちが身につけてきたものは、教科書を読んだだけでは受け継げないものばかりです。

そして杏奈さん自身も、震災を経験した能登で、新しい一歩を踏み出そうとしています。そこで、私たちは、ちょっと気になりました。毎日、同じ海に潜っているのに、ベテラン海女には何が見えているのでしょう?

昨日はただの岩に見えていたものが、今日はアワビに見える。昨日は分からなかった海の表情が、今日は少し分かる。そんな小さな積み重ねの先に、「海女になる」ということがあるのかもしれません。今回は一人の新人海女と一緒に、能登の「深い青」へ、少しずつ潜ってみたいと思います。

【放送日:2026年9月27日(日)8:25 -8:50・NHK-総合】
【放送日:2026年10月1日(木)1:50 -2:16・NHK-総合】

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海女になるって、「潜れる」ようになることなの?

能登の海へ、身一つで潜っていく。そう聞くと、海女になるためにまず必要なのは、「どれだけ深く潜れるか」「どれだけ長く息を止めていられるか」そんな身体能力のように思えます。もちろん、それも大切なのでしょう。海の中では息ができません。

水面から海底へ潜り、獲物を探し、手を伸ばし、そして自分の息が続くうちに水面へ戻ってくる。スキューバダイビングのように空気を背負っているわけではない海女漁では、ひと潜りごとに使える時間が限られています。

新人海女の加川杏奈さんも、先輩の海女たちから教わりながら、そんな海へ何度も潜っていきます。でも、海女の仕事を見ていると、どうやら「長く潜れればいい」というほど単純ではなさそうです。

海面から見れば、同じように広がっている青い海。けれど海底には、岩があり、海藻が揺れ、潮が流れています。その中から獲物を探さなければなりません。しかも、海は毎日同じではありません。

昨日と今日では、潮も波も海の中の様子も違う。つまり海女になるということは、自分の身体を海に慣らしていくだけではなく、少しずつ海のほうを知っていくことでもあるのでしょう。

どこへ潜るのか。どこを見るのか。いつ浮上するのか。そして、今日はどんな海なのか。ベテランの海女たちは、長い経験の中で、そんな判断を積み重ねてきたはずです。

考えてみれば、不思議です。杏奈さんとベテランの海女が潜っているのは、同じ能登の海。見えている岩も、揺れている海藻も同じです。それなのに、二人には同じ海が見えているのでしょうか?

海女になるとは、ただ深く潜れるようになることではなく、昨日まで見えなかった海が、少しずつ見えるようになること。そんなことなのかもしれません。そして、その違いがいちばんよく分かるのが、今回、杏奈さんが挑むアワビ漁です。ところが、このアワビ。ちゃんとそこにいるのに――なかなか見えないのです。

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そこにいるのに、どうしてアワビが見えないの?

海底まで潜れるようになったら、次は獲物を探します。杏奈さんがこの夏に挑むのは、アワビ。ところが、このアワビ。海底まで潜れば、すぐに見つけられる――というものではありません。岩に張りついたアワビは、殻の色も表面の質感も周囲の岩によく似ています。

慣れない目で海底を見ても、岩。海藻。また岩。「アワビなんて、どこにいるの?」となってしまいます。ところが、同じ場所を見ているベテランの海女には、ちゃんとアワビが見えている。これって、ちょっと不思議です。

以前、私がダイビングのガイドさんに、「どうしてアワビをすぐ見つけられるの?」と聞いたことがあります。返ってきた答えは、「だって、岩とは違う物体なんだから分かるでしょ」……いや、その違いが分からないから聞いているんですけど…🤣

ところが何度も海へ潜り、一匹のアワビを見つけられるようになると、本当に不思議なことが起こります。「あ、ここにもいる」「あっちにもいる」それまで岩しか見えなかった海底に、急にアワビが現れ始めるのです。もちろん、アワビが突然増えたわけではありません。変わったのは、見る人のほうです。

ただ「アワビ」という形を覚えただけではないのでしょう。海底の地形や岩の窪み、海藻の生え方。「あそこならいそうだな」「この岩の感じは怪しいな」と経験を重ねるうちに、アワビそのものを探す前に、アワビがいそうな場所へ目が向くようになるのだと思います。

もちろんレジャーダイビングでアワビを獲ることは密漁になってしまうため厳しく禁止されています。違反すれば警察沙汰になって悪質な場合は逮捕されることもあります。

私も海の中でベラやハゼ、スズメダイの幼魚を探すときには、魚を一匹ずつ探しているわけではありません。「この辺にいそうだな」とまず環境を見て、当たりをつける。すると、それまで見えなかった小さな魚が、ふっと視界に入ってきます。

ベテランの海女たちが見ているのも、単なる「アワビの形」ではなく、そんなアワビのいる海なのかもしれません。

海女になるということは、潜る身体をつくることだけではない。海のどこを見ればいいのかを覚え、昨日までただの岩にしか見えなかったものの中から、少しずつ違いを見つけられるようになること。それが、「海女の目」を育てるということなのでしょう。

だから、「アワビが見えるようになる日」は、きっと小さくても大切な一日です。昨日までとは、同じ海が少し違って見えるようになった日なのですから。

けれど――。アワビが見えるようになったら、見つけたものをたくさん獲れば、一人前の海女なのでしょうか。どうやら、海女から受け継ぐものは、それだけでもなさそうです。次に考えてみたいのは、「獲れる」と「獲っていい」は、同じなの? ということです。

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「獲れる」と「獲っていい」は、同じなの?

ようやくアワビが見えるようになった。「あそこにもいる!」「こっちにもいる!」新人海女にとっては、きっと嬉しい瞬間でしょう。見つけられなかったものを自分の目で見つけ、潜って、手を伸ばす。しかもアワビは、ただ見つければ終わりではありません。

少しでも危険を感じると、強い力で岩に張りついてしまいます。そうなる前にタイミングを見て道具を差し込み、岩から剥がす。どこにいるのかを見つける「目」と、逃さず獲る「技」。その両方があって、ようやく一匹のアワビを手にすることができます。

でも――。ここで、私たちはもう一つ気になりました。見つけたアワビは、全部獲っていいのでしょうか?
海の生き物は、無限にいるわけではありません。たくさん獲れば、その分だけ減っていく。小さなアワビが育つには時間が必要ですし、アワビが食べる海藻が少なくなれば、そこに暮らせるアワビも影響を受けます。

今日たくさん獲れたとしても、来年も、10年後も同じように獲れるとは限りません。だから、海から恵みをいただいて暮らし続けるには、「どうすれば獲れるか」だけではなく、「どこまで獲るのか」、「いつまで獲り続けられるのか」を考える必要があります。ここにも、ベテランの海女たちから受け継ぐものがあるのでしょう。

海の様子を見る。獲物の大きさを見る。そして、次の漁へつながる海を考える。具体的な決まりだけではなく、長いあいだ同じ海へ潜り続けることで身につけてきた感覚もあるのかもしれません。

海女漁は、海に勝って獲物を手に入れる仕事ではありません。海の中で生きているものをいただき、それを仕事にして、自分たちも暮らしていく。だからこそ、獲る技術と、残す知恵。その二つは、切り離せないのでしょう。

考えてみれば、400年以上も海女漁が続いてきたということは、ただ「昔から同じ獲り方をしてきた」というだけではありません。海が変わり、人が変わり、時代が変わっても、その海と付き合いながら漁を続けてきたということです。

だとしたら――。杏奈さんが先輩の海女たちから受け継ごうとしている「伝統」とは、いったい何なのでしょう。昔と同じ道具を使うこと? 昔と同じ方法で潜ること? それとも、もっと目には見えないものなのでしょうか。

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400年の伝統って、何を受け継いできたの?

「400年以上続く伝統の海女漁」。そう聞くと、私たちはつい、昔から変わらないものを想像します。昔と同じように海へ潜る。昔から使われてきた道具を使う。昔と同じ方法でアワビを獲る。

もちろん、そうした技や道具を残していくことも、伝統を受け継ぐ大切な一部なのでしょう。でも、ここまで杏奈さんと一緒に海へ潜ってくると、それだけではないように思えてきます。

アワビがいそうな場所を見つける。潮や海の様子を読む。限られた息の中で、潜る場所や時間を判断する。獲れるアワビを獲る。そして、ときには獲れるものを獲らずに残す。こうしたものの中には、文章にして渡すことが難しい知恵がたくさんあります。

「ここを見ればいい」と教えてもらっても、最初は見えない。「今日はいつもと海が違う」と言われても、何が違うのか分からない。それでも先輩と同じ海へ潜り、見て、失敗して、また潜る。昨日は分からなかったことが、今日は少し分かる。昨日はただの岩だったものが、今日はアワビに見える。

そうやって少しずつ、自分の身体の中に海の記憶を増やしていく。もしかすると、400年以上受け継がれてきたものとは、完成された「正解」ではなく、この海をどう見るのか。この海から何をいただくのか。そして、この海へ何を残すのか。という、海との付き合い方なのかもしれません。

だから伝統は、博物館にしまっておくだけでは残りません。誰かが今日もその技を使い、海へ潜り、そこからまた次の人へ渡していく。ベテラン海女が見ている海を、新人海女が少しずつ見られるようになっていく。その瞬間にも、400年という時間はつながっているのでしょう。

そして今、その続きを受け取ろうとしているのが、24歳の杏奈さんです。けれど彼女が暮らしている能登は、震災前とまったく同じ能登ではありません。杏奈さん自身も被災し、家族と仮設住宅で暮らしながら、新人海女として海へ潜っています。

だとしたら、伝統を受け継ぐということは、昔と同じ場所へ戻ることなのでしょうか。それとも――。変わってしまった場所で、それでも新しい明日を始めることなのでしょうか。最後にもう一度、杏奈さんの「今」へ戻ってみたいと思います。

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復興って、「元に戻る」ことなの?

地震で壊れた建物が建て直される。道路が直る。港に船が戻り、店が開き、人々の暮らしが戻ってくる。そうした光景を見ると、私たちは「復興」という言葉を使います。けれど、どこまで戻ったら、「復興した」と言えるのでしょう。

家が建て直されたとき? 以前と同じ仕事ができるようになったとき? 仮設住宅を出られたとき? その答えは、きっと一つではありません。加川杏奈さんも能登半島地震で被災し、今も家族と仮設住宅で暮らしています。暮らしがすべて震災前と同じになったわけではありません。

それでも杏奈さんは、この能登で新しい一歩を踏み出しました。それが、海女になることでした。ここで、ちょっと不思議なことに気づきます。杏奈さんが目指しているのはきっと、単純に「震災前の自分へ戻ること」ではありません。震災を経験したあとの能登で、それまでとは違う自分になろうとしているのです。

先輩の海女たちと海へ出る。息をこらえて潜る。昨日は見つけられなかったアワビを探す。うまくいかなくても、また海へ向かう。そんな一日一日の積み重ねは、「元に戻る」という言葉だけでは、どうもうまく表せません。

もちろん、だからといって震災で失われたものや、今も続いている暮らしの大変さがなくなるわけではありません。新しい一歩を踏み出したから、過去の出来事がきれいに終わるわけでもないでしょう。それでも人は、変わってしまった場所で、次の暮らしを始めることができます。

もしかすると復興には、失ったものを取り戻していく時間と、これまでになかったものをつくっていく時間。その両方があるのかもしれません。

杏奈さんが受け継ごうとしているのは、400年以上続いてきた海女の技。けれど、それを受け取る杏奈さん自身は、これからの能登を生きていく24歳です。昔へ戻るために、伝統を受け継ぐのではない。昔から渡されてきたものを手にして、まだ見たことのない明日へ進んでいく。そんな受け継ぎ方だって、あるのでしょう。

そして今日も、杏奈さんは海へ潜ります。昨日まで見えなかったアワビが、今日は見えるかもしれない。昨日より少しだけ、海のことが分かるかもしれない。明日のことまで、全部見えている必要はないのでしょう。今日見えるようになったものを一つずつ増やしながら、また次の海へ潜っていく。

番組タイトルの、「きのうより深い青へ」という言葉は、そんな杏奈さんの一日一日にも重なって見えます。アワビが見えるようになる日。それは、一人の新人海女が、昨日とは少し違う海を見るようになった日。そしてもしかすると――自分がこれから生きていく能登が、ほんの少し見え始める日なのかもしれません。


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