織田信長が欲しがった香りは、なぜ千年経っても消えないの?|正倉院の秘宝「蘭奢待」を科学で解き明かす【フロンティア】

ガラスケースの中の蘭奢待 BLOG
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以前、上野にある国立博物館で開かれた正倉院の宝物を紹介する展覧会で、私は一本の不思議な木を見たことがあります。その名は、蘭奢待(らんじゃたい)。

奈良・正倉院に伝わる名香で、かつて織田信長や足利義政、明治天皇までもが、その一部を切り取ったという特別な香木です。ガラスケースの向こうにあるのは、確かに本物の蘭奢待。けれど、どうしても確かめられないものがありました。

「いったい、どんな香りがするのだろう?」

驚くことに、蘭奢待は千年以上の時を経た今も、香りを放っているといいます。では、なぜこれほど長い年月が経っても、その香りは消えずに残っているのでしょうか? そして、今の私たちが嗅ぐ香りは、信長が嗅いだ香りと同じなのでしょうか。

NHK『フロンティア』「蘭奢待(らんじゃたい) 天下無双の香りの謎」では、2024年から進められた大規模な科学調査に密着。香木の内部構造や香りの成分を分析し、長く謎に包まれてきた蘭奢待の正体に迫ります。

千年前の香りを、そのまま取り戻すことはできないかもしれません。それでも、一本の木に残された成分と、古い文献に記された香りの記憶を重ねれば、かつて天下人たちが心を奪われた香りに、少しだけ近づけるのではないでしょうか。今回は、千年の時を超えて残された「香りの記憶」を、科学と歴史の両方からたどってみたいと思います。

【放送日:2026年10月10日(土)16:00 -16:59・NHK-BSP4K】

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蘭奢待は、なぜただの木ではないの?

奈良・東大寺の正倉院に、千年以上もの間、大切に守られてきた一本の木があります。その名は「蘭奢待(らんじゃたい)」。正式な宝物名は「黄熟香(おうじゅくこう)」。蘭奢待という呼び名には、ちょっとした言葉遊びが隠されています。

「蘭」の中に「東」、「奢」の中に「大」、「待」の中に「寺」。三つの文字の中に、「東大寺」という名前が隠されているのです。これはちょっとした言葉遊びなのでしょう。香道の古文書の中でも蘭奢待は「東大寺」と呼ばれることがあります。

では、蘭奢待はいったい何の木なのでしょうか。今回の科学調査では、移動の際に蘭奢待から自然に剥がれ落ちた数ミリの小さな破片を正倉院の協力を得て、その細胞の内部構造などが詳しく調べられました。大型放射光施設「SPring-8(スプリングエイト)」による観察で見えてきたのは、樹脂で埋め尽くされた木の細胞でした。

さらに注目されたのが、木の内部にある「材内師部(ざいないしぶ)」という組織です。師部とは、植物が光合成でつくった養分などを運ぶ組織のこと。一般的な樹木では幹の外側の樹皮にありますが、蘭奢待には木材の内部にも存在していました。

こうした特徴から、研究者たちは蘭奢待がアクイラリア属の樹木に由来すると考えています。アクイラリア属は、中国南部やベトナム・東南アジアなどの温暖な地域に生育する樹木です。この木は、虫食いなどによる傷など何らかの刺激を受けると、傷ついた部分を守るように樹脂を蓄積することがあります。

長い時間をかけて樹脂が染み込んだ木材は、独特の芳香を持つ「沈香(じんこう)」になります。沈香という名前は、樹脂を多く含んだ木材が重くなり、水に沈むことに由来します。

しかし、アクイラリア属の木なら、どれでも沈香になるわけではありません。まして、蘭奢待のように大量の樹脂を蓄え、千年以上も香りを残す木となれば、極めて珍しい存在です。

もともとは、南の森に生えていた一本の木。それが傷つき、樹脂を蓄え、長い年月を経て、人々が「天下無双」とたたえる香木になったのです。蘭奢待の価値は、ただ古い木だからではありません。一本の木が生きてきた時間そのものが、香りとなって残されているのです。

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蘭奢待は、どこから日本へやって来たの?

蘭奢待の正体が、東南アジアなどに生育するアクイラリア属の樹木に由来すると考えられることはわかってきました。では、その木はいつ、どこで育ち、どうやって日本へ運ばれてきたのでしょうか。

実は、蘭奢待が日本へ渡ってきた時期や経路を明確に示す記録は、見つかっていません。東大寺の記録には、鎌倉時代になって「黄熟香(おうじゅくこう)」という名前が登場します。しかし、それ以前にどこにあったのかは、謎に包まれています。

そこで今回、研究者たちは蘭奢待の小さな破片を使って、年代を調べました。その結果、蘭奢待のもとになった木は、8世紀末から9世紀ごろ(786〜875年)に生きていたと推定されたのです。正倉院では、この結果を踏まえ、奈良時代末期から平安時代にかけて東大寺で行われた大きな行事などの際に、香木が納められた可能性を考えています。

一方、蘭奢待の故郷を探る手がかりとして、番組が訪ねたのがベトナムです。ベトナム北中部のハティン周辺では、川の中から沈香が見つかることがあるといいます。ただし、そのような香木に出会えるのは極めてまれ。数千本に一本ともいわれるほど、貴重なものなのだそうです。

現地では、蘭奢待ほど大きな香木になるには、もとの木が200〜300年ほど育っていたのではないか、という見方も紹介されました。さらに、蘭奢待の独特な形から、研究者たちは一本の木がたどった運命を推測しています。

もとの木は、何らかの原因で倒れたあと、長い間、腐りやすい環境に置かれていたのではないか。その際、枝などが支えとなって幹の一部が地面から浮き、腐らずに残った部分が、やがて誰かに発見されたのではないか。もちろん、これは科学調査で得られた手がかりをもとにした仮説であり、実際に何が起きたのかが確認されたわけではありません。

けれど、想像してみてください。遠い南の森で、何百年もの時間をかけて育った一本の木。やがて倒れ、雨や川の水にさらされながらも、樹脂を蓄えた部分だけが残る。その不思議な香りに気づいた誰かが木を拾い、幾人もの手を経て、海を越えて日本へ運ばれてきたのかもしれません。

蘭奢待は、千年以上もの間、正倉院で守られてきた宝物であると同時に、そこへたどり着くまでの長い旅の記憶を宿した木でもあるのです。

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天下人は、なぜ蘭奢待を切り取ったの?

蘭奢待には、ところどころに人の手で切り取られた跡が残されています。その中でも特に有名なのが、室町幕府8代将軍・足利義政、戦国武将・織田信長、そして明治天皇による切り取りです。それぞれの跡には、誰が切り取ったのかを示す紙の札が添えられています。

千年以上前の香木に、歴史上の人物が触れた痕跡が残っている。そう考えるだけでも、不思議な気持ちになります。なかでも有名なのが、1574年の織田信長による蘭奢待の切り取りです。

当時、正倉院の宝庫を開くには朝廷の許可が必要でした。信長も勅許を得て蘭奢待を切り取り、その一片を正親町天皇に献上しています。では、信長はなぜ、それほどまでして蘭奢待を手に入れたかったのでしょうか。

もちろん、天下無双と称えられた香りを、自分でも確かめてみたかったのかもしれません。香道では、香りを嗅ぐことを「聞く」といいます。

足利義政の時代には、優れた香木を選び、その香りを鑑賞する文化が発展しました。蘭奢待もまた、数ある名香の中で特別な位置を占めていました。

しかし、ここで少し別のことも考えてみたくなります。蘭奢待を切り取ることが許されるというのは、当時、どれほど特別なことだったのでしょうか?

ここからは、私たちの想像です。信長にとって蘭奢待は、ただ香りを楽しむためだけのものではなかったのかもしれません。

朝廷の許しを得て、歴代の権力者が憧れた香木を手にする。その行為自体が、「自分は、この特別な宝物を手にすることを認められた存在なのだ」と、周囲に示す意味を持っていたのではないでしょうか。

実際、信長による蘭奢待の切り取りについては、政治的な権威の表現として捉える歴史研究もあります。ただし、信長自身が何を考えていたのか、あんな人ですから(笑)すべてがわかっているわけではありません。権威を示したかったのか。それとも、ただ香りに魅せられたのか。あるいは、その両方だったのでしょうか?

私は以前、博物館で本物の蘭奢待を見たことはあります。もちろん、ガラスケース越しだったので、香りを確かめることはできませんでした。けれど、目の前にあるのに嗅ぐことのできない名香を見ていると、どうしても思ってしまうのです。

「ああ、どんな香りがするんだろう。一度でいいから嗅いでみたいなあ」

もしかしたら、信長もそんな気持ちだったのかもしれません。天下人も、私たち庶民も…。千年の香りを前にすると、同じ好奇心を抱くのだとしたら、なんだか少し親近感が湧いてきませんか?(笑)

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千年以上前の香りは、今も残っているの?

千年以上も前から大切に守られてきた蘭奢待。これほど長い年月が経てば、香りなどすっかり消えてしまっていても不思議ではありません。ところが、蘭奢待は今でも強い香りを放っているといいます。その香りの謎に挑んだのが、香料メーカー・高砂香料工業の調香師たちでした。

今回の科学調査では、正倉院に保管されていた蘭奢待の小さな脱落片を使用。貴重な宝物を新たに傷つけることなく、その香りの成分を詳しく調べました。

高砂香料の調香師・長澤徹哉さんは、蘭奢待の香りについて、千年以上も経っているとは思えないほど強く、さまざまな香りが美しく調和していると語ります。では、いったいどんな香りなのでしょうか?

長澤さんが感じ取ったのは、スパイスや木々、動物の革、桜餅、タバコの葉などを思わせる複雑な香りでした。なかでも印象的だったのが、杏仁豆腐のような甘い香りです。

そして香りの成分を分離して調べる「ガスクロマトグラフィー」という分析方法を使うと、300〜400もの成分のピークが現れました。その中から、アニス系の香りに関係する成分が複数検出されたのです。興味深いことに、香道の古い文献にも、蘭奢待について杏仁を思わせる香りの記述が残されているといいます。現代の調香師が感じた香りと、昔の人が言葉に残した香りが、千年の時を超えて重なったのです。

さらに、長澤さんが蘭奢待を特徴づける香りとして注目したのが、「ラブダナム」でした。今回の科学調査では、蘭奢待の香りを特徴づける重要な発見がありました。それが、ラブダナムを思わせる濃厚な甘い香りに関係する成分です。

ラブダナムは、地中海沿岸に生育するゴジアオイ類から得られる芳香原料で、ハチミツやシナモンを思わせる、深く甘い香りを持っています。番組では、ガスクロマトグラフィーによる蘭奢待とほかの沈香の分析結果を比較しています。

すると、蘭奢待ではラブダナムの香りに関係する成分のピークが明瞭に現れた一方、比較対象となった二つの沈香では、そのピークはごく小さなものでした。蘭奢待が「天下無双」と称えられてきた理由の一つは、この独特な甘い香りにあるのかもしれません。

杏仁を思わせる香りに、スパイスや木々、革のような香り。そして、ラブダナムを思わせる濃厚な甘さ。さまざまな香りが重なり合い、絶妙な調和を生み出していることが、科学の分析からも見えてきたのです。

ここで面白いのが、昔から伝わる香道の世界です。香道では、香りを「嗅ぐ」のではなく「聞く」と表現します。そして、香りの印象を「甘い」「辛い」「苦い」「酸っぱい」「鹹い(しおからい)」という五つの味、いわゆる「五味」にたとえて表現してきました。

たとえば、甘さは蜂蜜、辛さは香辛料、苦さは焼いた柑橘の皮、酸っぱさは梅干し、鹹さは海藻を焼いたときの磯の香り、といった具合です。もちろん、本当に舌で味わうわけではありません。複雑な香りを、誰かに伝えるための言葉なのです。ワインのソムリエも「濡れた猫の匂い」なんて言い方をしますよね(笑)

蘭奢待は、そうした五つの印象が美しく調和した、特別な香木だと評価されてきました。現代の科学は、そこに含まれる多くの香気成分を分離し、分析できるようになりました。一方、昔の人々は分析装置など持っていません。それでも、自分たちの鼻と感性を頼りに、香りの特徴を言葉に残していたのです。

科学が見つけた香りの成分と、古文書に残された香りの記憶。その二つを重ねることで、私たちはようやく、天下人たちを魅了した香りの輪郭に近づき始めたのかもしれません。

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科学で再現した香りは、信長が嗅いだ香りなの?

千年以上もの時を経た蘭奢待から、今もなお放たれる香り。その成分を詳しく調べた高砂香料の研究者や調香師たちは、分析結果と人間の嗅覚を組み合わせ、蘭奢待の香りをある程度、再現することに成功しました。

杏仁を思わせる甘い香り、スパイスや木々の香り、そしてラブダナムを思わせる濃厚な甘さ。かつて「天下無双」と称えられた香りの輪郭が、現代の科学によって少しずつ浮かび上がってきたのです。

けれど、ここで一つの疑問が生まれます。科学が再現した香りは、織田信長が450年以上前に嗅いだ香りと、本当に同じなのでしょうか? 蘭奢待が日本へ伝わってから、すでに千年以上の年月が流れています。その間、香りを生み出す成分の一部は、少しずつ空気中へ揮発していったと考えられます。

現在の蘭奢待に残された成分をどれほど精密に分析しても、すでに失われてしまった香りを、完全に知ることはできません。つまり、今回の研究によって再現されたのは、今の蘭奢待に残された香りを手がかりにした、現代の再現香なのです。

信長が香りを聞いたときには、今よりも強く感じられる成分があったのかもしれません。あるいは、今とは少し違う香りのバランスだったのかもしれません。その答えを確かめることは、残念ながらできないのです。

しかし、だからといって、今回の研究が過去の香りに近づけなかったわけではありません。香道の古い文献には、蘭奢待の香りを「杏仁」にたとえた記述が残されているといいます。そして今回、現代の調香師も杏仁を思わせる香りを感じ取り、科学的な分析からもアニス系の香りに関係する成分が見つかりました。

昔の人が言葉に残した香りと、現代の科学が見つけた香りが、同じ方向を指している。それは、千年の時間を隔てた私たちにとって、貴重な手がかりではないでしょうか。一方で、蘭奢待の香りは、今この瞬間にも少しずつ失われているのかもしれません。

だからこそ、今のうちに成分を調べ、香りを再現し、その記録を未来へ残しておくことには、大きな意味があります。

私は以前、博物館で本物の蘭奢待を見たことがあります。ガラスケースの向こうにある、黒っぽい一本の古い木。その木を前にして、どうしても確かめられなかったのが、香りでした。けれど今回、科学の力によって、その香りに近づく道が開かれたことを知りました。

いつか、再現された蘭奢待の香りを、自分でも聞いてみたい。そして、そのときにはきっと、こんなことを考えるのでしょう。

「織田信長も、この香りを聞いていたのかな?」

答えは、誰にもわかりません。それでも、千年以上前の一本の木が残した香りを通して、遠い時代を生きた人々の好奇心に触れられる。蘭奢待が本当に伝えてくれるのは、香りの成分だけではなく、その香りに心を動かされてきた人々の、千年にわたる記憶なのかもしれません。


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