「とりあえずビール!」は、いつまで日本人の合言葉だった?|変わりゆく乾杯から考える日本人とビール【新日本風土記】

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仕事が終わり、職場のみんなで居酒屋へ。席に着くと、誰かが言います。

「とりあえず、全員ビールでいいよね?」

すると間もなく人数分のジョッキが並び、「それでは、お疲れさまでした。乾杯!」――そんな光景を、かつて日本の居酒屋ではよく見かけました。

もちろん、本当にビールが飲みたかった人もいたでしょう。けれど中には、「本当は別のものが飲みたいんだけど……まあ、最初の一杯くらいビールでいっか」そんな人もいたのかもしれません。

考えてみれば、「とりあえずビール」とは不思議な言葉です。「ビールが飲みたい!」ではなく、なぜか「とりあえず」。そこにはビールのおいしさだけではなく、同じジョッキを手にして、みんなで一斉に乾杯するという、日本の宴会文化も重なっていたのでしょうか?

『新日本風土記』が今回たどるのは、日本人とビールの物語です。日本で本格的なビール醸造が始まった明治初期。それは文明開化を象徴するような特別な飲み物でした。やがて北海道では原料となる大麦が育てられ、ビールは私たちの暮らしの中へ。

そして今では、小さな醸造所が個性豊かなクラフトビールを造り、岩手県遠野では若い世代がホップ作りに情熱を注いでいます。

一方、居酒屋を見渡せば、最初の一杯からハイボール、レモンサワー、ノンアルコール、ソフトドリンクと、みんなが違うものを手にして乾杯する光景も、もう珍しくありません。

では――。「とりあえずビール!」は、いつまで日本人の合言葉だったのでしょう? ビールの歴史をたどってみると、見えてくるのは飲み物の流行だけではないのかもしれません。今回は一杯のビールから、「みんな同じ」だった日本人の乾杯が、どのように変わってきたのかを考えてみたいと思います。

【放送日:2026年9月6日(日)13:00 -14:00・NHK-BS】

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日本人は、いつからビールを飲むようになった?

今では居酒屋に入れば、当たり前のようにメニューに並んでいるビール。けれど、もちろん日本人が昔からビールを飲んでいたわけではありません。日本でビールが本格的に造られるようになったのは、文明開化に沸いた明治初期のことでした。その舞台となったのが、海外へ開かれた港町・横浜です。

1869(明治2)年、横浜山手に日本最初とされるビール醸造所「ジャパン・ヨコハマ・ブルワリー」が開設されました。さらに翌1870年には、ノルウェー出身のアメリカ人、ウィリアム・コープランドが「スプリングバレー・ブルワリー」を開設。

当時の横浜には外国人居留地があり、海外から持ち込まれたビールも飲まれていました。しかし輸入品は、長い船旅によって品質が落ちやすいうえ、輸送費もかかる高価な飲み物。そこで、「だったら日本で造ろう」とビール醸造が始まっていったのです。

とはいえ、当時の日本人にとってビールは、今のような身近な飲み物ではありません。文明開化とともに入ってきた、西洋の新しい文化を感じさせる特別な飲み物でした。1870年代には牛鍋屋の品書きにも「ビイル」が登場するようになりますが、庶民にとってはまだ高価な存在だったといいます。

そんなビールを、日本で本格的に造ろうと動き出した場所のひとつが北海道でした。1876(明治9)年、明治政府の開拓使は札幌に官営の「開拓使麦酒醸造所」を設立。北海道では原料となる大麦も栽培され、開拓とともにビール産業が育っていくことになります。

でも、ちょっと不思議です。日本酒や焼酎を飲んできた日本人にとって、ビールは外国からやってきた、炭酸があって、しかも苦い飲み物。初めて口にした人の中には、「なんだ、この苦い酒は……?」と思った人だっていたのではないでしょうか。

それなのにやがてビールは日本に定着し、やがて居酒屋では、「とりあえずビール!」と言われるほどの存在になっていきます。外国からやってきた珍しい飲み物は、いつから「みんなが最初に飲むもの」になったのでしょう。その理由を考えると、ビールのおいしさだけではなく、日本人の「乾杯の仕方」も見えてきそうです。

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なぜ最初の一杯は「とりあえずビール」だった?

居酒屋に入り、席に着く。まだメニューもろくに開いていないのに、「とりあえず、生で!」かつての宴会では、そんな注文をよく耳にしました。

でも、考えてみれば不思議です。日本酒でも焼酎でもいい。後にはウイスキーやサワーなど、選べるお酒はいくらでもありました。それなのに、なぜ最初の一杯だけはビールだったのでしょう?

実は、みんなでグラスを掲げて一斉に「乾杯!」する現在のような習慣そのものが、日本古来のものではありません。幕末から明治にかけて西洋から入ってきた習慣で、明治後半になると一般にも広がっていったとされています。そして西洋由来の習慣だったこともあり、当初の乾杯にはビールなどの洋酒がよく使われました。

さらに日本では、乾杯が単に杯を掲げる行為ではなく、いつしか「宴会を始める合図」として定着していきます。そう考えると、ビールはとても都合のいい飲み物でした。多くの居酒屋に置かれていて、メニューをじっくり眺めなくても注文できる。

「人数分、生ビール!」と頼めば、全員の前に同じようなジョッキが並びます。あとは、「それでは皆さん、乾杯!」これで宴会を始められます。

「とりあえずビール」という言葉がよく使われるようになった1980年代ごろまでは、みんなでビールを飲むことに安心感があり、会社やサークルなどへの帰属意識を高める面もあったという酒文化研究所の分析もあります。

つまり、「とりあえずビール」は単に、「日本人はビールが大好きだったから」だけでは説明できないのかもしれません。もちろん、本当に最初の一杯を楽しみにしていた人もいたでしょう。喉が渇いた仕事終わりに、冷たいビールをグッと飲む。「この一杯のために働いてるんだよ!」そんな人だって、たくさんいたはずです。

でも一方で、「本当は別のお酒がいいけど、最初くらいはみんなに合わせておこう」という人もいたのではないでしょうか。誰かに「ビールを飲め」と命令されたわけではない。それでも、上司も先輩も同僚も同じジョッキを持っている席で、自分だけ違うものを注文するのは、なんとなく言い出しにくい。

そんな小さな同調圧力も、「とりあえず」の中には含まれていたのかもしれません。だから、この言葉はとてもよくできています。

「ビールが飲みたい!」ではなく、「とりあえずビール」。

好きかどうかを決める前に、まずはみんなで同じものを持って乾杯する。ビールはいつしか、お酒の一種類というだけではなく、宴会という場に参加するための共通言語にもなっていったのでしょう。

でも、そこでまた一つ疑問が残ります。そもそもビールは、決して分かりやすく飲みやすい味ではありません。初めて飲んだとき、「苦っ! これのどこがおいしいの?」と思った人も少なくないはずです。それなのに、いつの間にか、「やっぱり最初の一杯はビールだよね」と思うようになる。私たちはいったい、いつ、ビールの「おいしさ」を覚えたのでしょう?

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ビールの「おいしさ」は、いつ覚えた?

初めてビールを飲んだ日のことを、覚えていますか? グラスを口に運んで、一口。「苦っ! これのどこがおいしいの?」そんな感想を持った人も、少なくないのではないでしょうか。それもそのはず。ビールにはホップに由来する独特の苦味があり、さらに炭酸、香り、アルコール、麦芽由来の成分などが重なって、あの複雑な味わいを作っています。

そもそも苦味は、甘味のように「分かりやすくおいしい」と感じやすい味ではありません。それなのに、最初は、「こんなの飲めない」と思っていた人が、何年かすると、「やっぱり仕事終わりのビールはうまい!」と言っている。いったい、いつ何が起きたのでしょう?

実は味の好みは、生まれたときからすべて決まっているわけではありません。しかし本来、人間は”苦み”を”毒物の存在の可能性を知らせる手がかり”として認識する習性があります。だから基本的に”苦み”を避けるのが生き物としては自然です。

しかし苦味のある飲料を繰り返し味わう実験では、わずか7日間の反復でも、その飲料に対する好ましさが高まったという研究があります。つまり、最初は苦手だった味でも、経験を重ねることで受け止め方が変わることがあるのです。だとすれば、ビールも同じなのかもしれません。

最初はただの「苦い飲み物」。それが何度か口にするうちに、ホップの香りが分かるようになる。炭酸の刺激を心地よく感じる。苦味の向こうにある麦の味わいを楽しめるようになる。少しずつ、「ビールのおいしさ」を覚えていく。お酒ではありませんがコーヒーでも同じような経験があるのではないでしょうか?

でも、ビールのおいしさは舌の上だけで作られるものでもなさそうです。暑い夏の日。仕事を終えた夕方。冷えたジョッキ。隣には枝豆。そして、「お疲れさま! 乾杯!」そんな場面を何度も経験するうちに、ビールの味そのものと、楽しかった時間や解放感まで結びついていったのかもしれません。条件反射でしょうか?(笑)

実際、ビールのおいしさを表す言葉には、単純な「苦い」「甘い」だけではなく、のどごし、キレ、コク、泡立ち、後味など、さまざまな感覚が含まれています。だから、本当に喉が渇いたときの一杯が、「うまい!」と感じられるのも不思議ではないのでしょう。

以前、仕事で知り合ったドイツ人に、こんなことを聞いたことがあります。「ビールの本場はドイツだから、日本のビールなんておいしくないんじゃないですか?」すると返ってきた答えは、意外なものでした。「僕は日本のビールが世界で一番うまいと思う。何といっても冷えているからね!」

しかも一番好きなのは、日本のスーパードライなのだとか。もちろん、これは一人のドイツ人の好みにすぎません。けれど、「おいしい」とは何なのかを考えるには、なかなか面白い答えです。

ビールのおいしさは、国や伝統だけで決まるわけではない。苦味だけでもない。温度や炭酸、香り、喉の渇き、料理、そして誰とどんな時間に飲んだのか。そんなものまで含めて、私たちは「ビールはうまい」と感じているのかもしれません。

そして今、その「おいしい」の選び方にも変化が起きています。かつては、「みんな、とりあえずビール!」だったものが、「私は、このビールを飲んでみたい」へ。その変化を象徴するもののひとつが、各地で造られるクラフトビールなのではないでしょうか。

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「みんな同じビール」から「私の一杯」へ?

「とりあえずビール!」
その一言で、同じ銘柄のビールが人数分運ばれてくる。そんな乾杯が当たり前だった時代から、日本人とビールの関係も少しずつ変わってきました。その変化を象徴するもののひとつが、各地で造られるクラフトビールです。

日本では1994年の酒税法改正によって、ビール製造免許に必要な最低製造数量が年間2000キロリットルから60キロリットルへと大幅に引き下げられました。これをきっかけに各地に小さな醸造所が誕生。当時は「地ビール」と呼ばれた個性豊かなビールが造られるようになります。

大手メーカーが全国へ同じ品質のビールを届ける一方、小さな醸造所だからこそ造れるビールもある。使う麦芽やホップを変える。香りや苦味を変える。その土地ならではの素材を加える。すると同じ「ビール」という名前でも、色も香りも味わいも違った一杯が生まれます。

今回の『新日本風土記』にも、そんな個性豊かなビールを造る小さな醸造所が登場します。そして、ビールの個性を生み出す重要な材料のひとつがホップです。

番組が訪ねる岩手県遠野市は、日本有数のホップ産地。遠野では1963年からホップの契約栽培が始まり、現在もホップ栽培を未来へ残そうと、生産者や行政、企業などが連携した取り組みが続けられています。番組には、そんな遠野でホップ作りに人生をかける若者も登場します。

かつて北海道の開拓者たちが大麦を育て、日本にビールという新しい文化を根づかせていった。そして150年ほどが過ぎた今、今度は若い世代がホップを育て、これからのビールをつくろうとしている。そう考えると、なんだか面白いものがあります。

ビールを飲む人が減った。若者がビールから離れた。そんな言葉だけでは、今のビール文化を説明できないのかもしれません。実際、私も少し前まで、ビールをそれほど好んで飲むことはありませんでした。ジョッキ一杯を飲めば、それだけでお腹いっぱい。

ところが一昨年ごろ、小さなグラスでクラフトビールを一杯だけ飲んでみたことがあります。すると、いつも知っているビールとは少し印象が違いました。「これなら一杯くらい飲んでもいいかな」と思ったのです。

もちろん、クラフトビールなら誰にでも飲みやすいわけではありません。苦味の強いものもあれば、香りに大きな個性を持つものもあります。でも、その違いを選べることそのものが、新しいビールの楽しみ方なのでしょう。

昔なら、「何飲む?」「とりあえずビール!」だったものが、今は、「どんなビールを飲む?」になっている。番組では京都で「夢のビール」を目指す人々も登場します。みんなが同じ一杯を飲むためのビールから、造り手が「こんなビールを造りたい」と考え、飲み手が「私はこれを飲んでみたい」と選ぶビールへ。

もしかすると今起きているのは、単純な「ビール離れ」ではなく、「みんなのビール」から「私の一杯」への変化なのかもしれません。そう考えると、「とりあえずビール!」という言葉が以前ほど聞かれなくなったとしても、それだけでビール文化が衰えたとは言えなさそうです。

むしろ、みんなが同じものを飲まなくなった先で――ビールは初めて、「自分で選ぶ飲み物」になろうとしているのかもしれません。

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「とりあえずビール!」は、いつまで日本人の合言葉だった?

「とりあえず、ビール!」
その一言で人数分のジョッキが運ばれてきて、みんなでグラスを掲げて、「乾杯!」そんな光景を懐かしく思う人もいるでしょう。仕事が終わった解放感。冷たいビール。枝豆や焼き鳥。少し酔っぱらった上司や同僚との、たわいもない話。

「とりあえずビール」は、ある時代の日本人にとって、単なる注文の言葉ではなく、仕事から宴会へ切り替わる合図でもあったのかもしれません。だから、それをすべて「古い悪習だった」と片づけてしまうのも違うのでしょう。

同じジョッキを持って乾杯することで、「今日も一日、お疲れさま」という気持ちを共有する。そこには確かに、みんなで同じものを飲むからこその楽しさもありました。

けれど、その輪の中には、「本当は別のものが飲みたいんだけどな……」と思いながら、とりあえずビールを手にしていた人もいたのかもしれません。誰かに命令されたわけではない。それでも、みんなが同じものを持っていると、自分だけ違うものを選ぶのは少し勇気がいる。そんな時代もありました。

そして今、乾杯の風景は少しずつ変わっています。ビールを飲む人。ハイボールを選ぶ人。レモンサワーが好きな人。ノンアルコールを楽しむ人。そして、お酒そのものを飲まない人。手にしているものが違っていても、「乾杯!」はできます。

一方で、ビールそのものも変わり始めています。全国どこでも同じ味を楽しめるビールだけではなく、小さな醸造所が造るクラフトビールが生まれ、遠野では若い世代がホップを育て、京都では自分たちが思い描く「夢のビール」を追いかける人たちがいる。

もしかすると今の若い世代は、ビールを嫌いになったのではなく、「みんなが飲むから」という理由だけでは、ビールを選ばなくなったのかもしれません。

飲みたければ飲む。飲みたくなければ飲まない。そして飲むなら、自分がおいしいと思える一杯を探してみる。そう考えると、「とりあえずビール!」という合言葉が以前ほど聞こえなくなったとしても、ビールの物語が終わるわけではありません。

むしろ、「みんなが同じビールを飲む時代」から、「一人ひとりが好きな一杯を選ぶ時代」へ。日本人とビールの新しい物語が、始まっているのでしょう。

私自身、これまでビールをそれほど好んで飲んできませんでした。でも、今回ビールのことを調べながら、「たまにはビールを飲んでみてもいいかな」と思い始めています。

大きなジョッキを一気に飲むのではなく、小さなグラスでクラフトビールを少しずつ。苦味の強いもの、香りの華やかなもの、軽やかなもの。そんな中から、「あ、これは好きかも」と思える一杯を探してみる。それも、これからのビールとの付き合い方なのかもしれません。

かつての乾杯は、「とりあえずビール!」だった。これからは、もっと自由に――「とりあえず、好きなもの!」それぞれ違うグラスを手にして、それでも最後は一緒に、乾杯!


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