脂がのり、旨みがあふれる一匹。高知県・須崎の海で育てられる「須崎勘八」は、そのやわらかな口あたりと、上質な味わいで知られている。けれど、その美味しさは、ただ海に任せているだけで生まれるものではない。穏やかに見える海の中で、カンパチたちは、ある“天敵”と向き合っている。それは――サメ。
生け簀の外から忍び寄る影は、ときに命を奪い、ときに見えないストレスとなって、魚に影響を与える。それでも、守り続ける人がいる。70年の歴史を受け継ぎながら、10万匹以上のカンパチを育てる養殖漁師。そして、その美味しさをさらに引き出そうとする、“エステ”とも呼ばれる技。
これは――自然の厳しさと向き合いながら、一匹の魚に向き合い続ける人たちの物語である。
【放送日:2026年4月18日(土)9:30 -9:55・テレビ朝日】
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須崎勘八とは?上質な脂と旨みを生む養殖のまち
高知県・須崎市。太平洋に面したこのまちは、古くから豊かな海の恵みに支えられてきた。その中でも、野見湾は、波が穏やかで水質も安定した、養殖に適した海として知られている。
この場所で育てられているのが、「須崎勘八」。全国に先駆けておよそ70年前から養殖が始まり、いまでは地域を代表する味として、静かに評価を積み重ねてきた。
特徴としてよく語られるのは、やわらかく広がる旨みと、ほどよく感じる脂。けれど、その印象は、ただ濃いだけの味わいとは少し違う。口に含んだときに感じるのは、重さではなく、なめらかさ。あとに残るのは、しつこさではなく、静かに引いていく余韻。
それはきっと、育てられてきた環境と、長く積み重ねられてきた養殖の技術が、少しずつ形になったものなのだろう。地元では、わら焼きで提供されることも多い。表面を香ばしく焼き上げ、中の身のやわらかさを引き立てる。その一皿にも、この土地の“扱い方”が表れている。
須崎勘八は、派手に語られることは少ない。けれどその味わいには、この海と、このまちが積み重ねてきた時間が、静かに宿っている。
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サメが天敵!?養殖カンパチを襲う見えない脅威
穏やかに見える海の中にも、ときに、静かな緊張が走ることがある。
須崎勘八を育てる生け簀のまわりに、サメが現れる。それは特別な出来事ではなく、海にとっては、ごく自然なことなのかもしれない。
けれど、人の手で守られている場所にとっては、その存在は決して小さくない。網を破られ、中の魚が食べられてしまうこともある。ただ、本当に大きいのは、目に見える被害だけではない。
サメの気配を感じたカンパチたちは、落ち着きを失い、本来の動きや食欲を保てなくなる。そのわずかな変化が、やがて身質や味わいにも影響していく。
海の中では、“守られているはずの場所”にも、完全な安心はない。それでも、養殖を続ける人たちは、この環境と向き合い続けている。サメを排除するのではなく、どうすれば共存しながら守れるのか。その問いに、日々向き合いながら。
かつて大きな危機に直面し、廃業すら考えたという出来事もあった。それでも手を止めなかったのは、この海で育てるカンパチに、託しているものがあったからなのだろう。サメは、ただの脅威ではない。この海の厳しさそのものとして、そこに存在している。
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美味しさの秘密は“エステ”?魚の状態を整える技術
海の中で育てる魚にとって、日々の状態は、そのまま味わいへとつながっていく。だからこそ、養殖において大切なのは、単に大きく育てることだけではない。須崎勘八の美味しさを支えているのは、その“整え方”にある。
まず基本となるのは、生エサによる育成。魚本来の動きやリズムを崩さないように、自然に近いかたちで育てていくことで、無理のない身の質がつくられていく。そしてもうひとつ、「エステ」とも呼ばれる工程がある。それは、出荷に向けて魚の状態を整える、いわば“仕上げ”の時間。
水の流れや環境を調整しながら、余分な力みを抜き、魚のコンディションを整えていく。強くするのではなく、整える。その発想は、どこかやさしい。
この工程を経たカンパチは、身の締まりや色つやが変わり、味わいにも落ち着きが生まれるという。それは、ただ脂がのるということとは、少し違う方向の“良さ”なのかもしれない。
魚に余計な負担をかけず、その状態を見極めながら整えていく。その積み重ねが、一匹の味わいを静かに支えている。
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炎の競演へ|カンパチを進化させる料理人たちの挑戦
海の中で整えられてきた一匹は、最後に、火と向き合う。須崎の食堂で供される、わら焼き。一気に炎をまとわせることで、表面に香ばしさが生まれ、中のやわらかさが、より引き立つ。
強く焼くことで、むしろ“やさしさ”が際立つ。そのバランスは、素材を知っているからこそ生まれるものなのだろう。さらに、葉ニンニクのしゃぶしゃぶ。さっと湯にくぐらせることで、身の質感がほどけ、味わいがふわりと広がる。
ここでも、無理に手を加えすぎない。整えられてきた魚の状態を、そのまま料理へとつないでいく。そして、料理人の手によって、須崎勘八はさらに別のかたちへと進んでいく。チャウダーやアクアパッツァ。そして、新たに生まれる一皿。そこにあるのは、素材を変えるのではなく、可能性をひらくという発想。
海で育てられ、人の手で整えられ、最後に料理として仕上げられる。その流れの中で、カンパチは少しずつ表情を変えていく。炎は、主張するためのものではない。その内側にあるものを、静かに引き出すためにある。
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まとめ|守られ、整えられ、ひらかれていく一匹
須崎勘八の美味しさは、ただ海にあるわけではなかった。穏やかに見える海の中で、サメという存在と向き合いながら、守られてきた時間。その一匹一匹の状態を見つめ、無理をさせずに整えていく養殖の技術。“エステ”と呼ばれる工程の中で、魚は少しずつ、そのかたちを整えられていく。
そして最後に、料理人の手によって火が入る。強く変えるのではなく、もともと持っていたものを、静かに引き出すように。
守られ、整えられ、そして、ひらかれていく。その流れの中で、一匹のカンパチは、ようやく“味わい”になる。それは、ただ脂がのっているというだけではない。口にしたときに感じる、やわらかさや、ほどけるような余韻。その奥にあるものが、この魚の本当の魅力なのかもしれない。