六月の朝。宮城県蔵王町では、夜の名残を残した空気の中に、若葉の匂いが漂っています。牧草地には朝露が光り、遠くから牛の声が聞こえる。そして顔を上げれば、新緑の向こうに蔵王連峰があります。町の人にとって、それはわざわざ見に行く風景ではないのでしょう。
朝、窓を開ければそこにある。畑へ向かうときにもある。学校へ行くときにもある。昨日もそこにあった山が、きょうもそこにある。けれど、その麓で暮らす人々の時間は、山とは違う速さで流れていきます。
かつて戦争が終わり、遠いパラオから日本へ引き揚げてきた人たちがいました。故郷を離れ、たどり着いた蔵王の麓で土地を拓き、牛を飼い、新しい暮らしを始めた人たちです。何十年もの月日が流れ、その仕事はいまを生きる家族へと受け継がれています。
一方、山道を歩く一人の女性がいます。山登りを始めたきっかけは、物忘れが始まった父を元気づけるためでした。父と一緒に歩いた道。どんな話をしたのでしょう。
「今日はいい天気だね」
「あそこまで行ったら休もうか」
そんな、あとになれば何を話したのかさえ思い出せないような会話だったのかもしれません。やがて父は亡くなりました。それでも娘は、山へ登り続けています。同じ道を歩けば、父と歩いた日の風景に出会うことがあるのでしょう。
人は忘れていきます。記憶は少しずつ曖昧になり、人もいつかはいなくなる。それでも、ある風景を見た瞬間に、もう忘れたと思っていた時間が突然よみがえることがあります。
山に記憶があるわけではありません。けれど山は、人間が記憶を置いていける場所なのかもしれません。そして蔵王の麓では、これからの時間も育っています。
牛のそばでのびのびと育ち、獣医師になることを夢見る中学生。その夢が叶うのかは、まだ誰にも分かりません。けれど、かつて何もない土地から牧場を始めた人たちの暮らしの先に、その夢が生まれたことだけは確かです。
過去から現在へ。父から娘へ。そして大人から子どもへ。人はこの山の麓で、記憶を手渡しながら生きてきました。NHK『小さな旅』「きょうも山がある ~宮城県 蔵王町~」は、そんな蔵王連峰の麓で暮らす人々を訪ねます。御釜でも、樹氷でもない。今回の旅で見つめたいのは、雄大な蔵王を背景に流れてきた、名もない人たちの時間です。
戦争によって故郷を離れた人。父との時間を胸に山を歩く人。牛とともに暮らす家族。そして、まだ見ぬ未来を夢見る子ども。それぞれの人生は違っていても、ふと顔を上げれば、同じ山があります。だから今回は、六月の蔵王をゆっくり歩きながら、そこに残された記憶を拾ってみたいと思います。
山は何も語りません。誰が来たのかも、誰が去ったのかも、きっと覚えてはいないでしょう。それでも人は山を見上げて、そこに自分の記憶を重ねます。だから、こんなふうに言ってもいいのかもしれません。
山は、忘れない。そして今日も――蔵王の麓から顔を上げれば、きょうも山があります。
【放送日:2026年8月14日(金)11:05 -11:30・NHK-総合】
【放送日:2026年8月15日(土)6:05 -6:30・NHK-総合】
【放送日:2026年8月17日(月)4:20 -4:45・NHK-総合】
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父と歩いた山を、きょうも歩く──記憶を預けた蔵王
六月。蔵王の山道には、新しい緑があふれています。足元には湿った土。木々の間を抜けてくる風には、まだ少しだけ冷たさが残っています。
その道を、一人の女性が歩いています。一歩。また一歩。彼女が山登りを始めたのは、自分のためではありませんでした。きっかけは、父でした。少しずつ物忘れが始まった父を元気づけたい。外へ連れ出して、一緒に何かをしてみたい。そうして父と娘は、山を歩き始めました。
忘れていく父と、新しい思い出をつくる娘
二人は、どんな話をしながら歩いたのでしょう。番組を見るまでは、私たちには分かりません。でもきっと、毎回人生について語り合っていたわけではないでしょう。
「疲れてない?」
「大丈夫」
「あそこまで行ったら休もうか」
「今日はよく見えるね」
そんな何でもない会話をしながら、一緒に歩いた日もあったのではないでしょうか。
山登りには、不思議な時間があります。向かい合って話すのではなく、同じ方向を見ながら歩く。言葉がなくても気まずくない。しばらく黙って歩いて、何かを見つけたときだけ話す。親子だからこそ、そんな距離が心地よいこともあります。物忘れが始まった父に、「忘れないで」と言い続けるのではなく、
今日、一緒に山へ行く。
今日、一緒に景色を見る。
今日、一緒に歩く。
忘れていくものを必死につなぎ止めるより、その日にできる新しい思い出を一つずつ作っていく。父と娘にとって、山登りはそんな時間だったのかもしれません。
父がいなくなっても、道は続いていた
やがて、父は亡くなりました。一緒に歩いていた人はいなくなった。けれど娘は、そのあとも山へ登り続けています。父と二人だった道を、今度は一人で歩く。同じ場所へ来れば、同じ景色があるでしょう。「ああ、ここで休んだな」そう思う場所があるかもしれません。
この木のあたりで何か話した。この坂では父が少し息を切らしていた。あの日は雲が多かった。そんな小さな記憶の断片が、風景をきっかけに突然戻ってくることがあります。
人間の記憶は不思議です。昨日の夕食さえ思い出せないことがあるのに、何十年も前の匂いや風景をきっかけに、忘れていた時間が鮮やかによみがえることがある。もしかすると、山を歩き続ける理由の一つも、そこにあるのでしょう。
山が覚えているわけではない
もちろん、蔵王の山が父と娘のことを覚えているわけではありません。山は何も語らない。「あの日、二人でここを歩きましたね」なんて教えてもくれません。それでも同じ道がある。同じ稜線が見える。六月になれば、また新しい緑が芽吹く。その変わらない風景に出会ったとき、人間のほうが思い出すのです。
だから山は、記憶そのものを保存する場所ではなく、人が記憶を取りに戻れる場所なのかもしれません。父が忘れていったものを、今度は娘が覚えている。そして娘の記憶の中では、二人はいまも同じ山道を歩いている。
きょうも、山へ行く
思い出というものは、特別な出来事だけでできているわけではありません。むしろあとになって心に残るのは、一緒に歩いたこと。一緒に食べたこと。くだらない話をしたこと。同じ景色を見たこと。そんな何でもない時間だったりします。だから彼女は、きょうも山へ登るのでしょう。
父に会うため、とまで言ってしまう必要はないのかもしれません。山が好きになったから。歩くことが好きになったから。そして、その好きになった山のどこかに、父と過ごした時間も一緒にあるから。
一歩。また一歩。六月の蔵王を歩いていく。振り返れば、歩いてきた道が見えます。その道のどこかを、かつて父と娘も歩きました。山は覚えていません。けれど、娘は覚えています。そしてその記憶を胸に、きょうも同じ山を歩いています。
山は、人が記憶を置いていける場所。そして、いつかその記憶を取りに戻れる場所なのかもしれません。
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海の向こうから蔵王へ──パラオ引き揚げ者がつくった新しい故郷
蔵王の山道から、麓へ下りてみます。緑の牧草地が広がり、その向こうでは牛たちが草を食んでいます。いまでは蔵王町の風景の一部となっている、のどかな牧場。けれど、この土地にはかつて、まったく違う風景を故郷としていた人たちがやってきました。
南洋・パラオです。青い海。珊瑚礁。一年を通して温暖な島々。そして、遠く離れた日本の蔵王。二つの風景を地図の上に並べてみても、簡単には結びつきません。その二つを結んだものは、戦争でした。
「帰ってきた」だけでは、暮らしは戻らなかった
パラオは第一次世界大戦後、日本の委任統治領となり、多くの日本人が移り住みました。しかし太平洋戦争が終わると、そこに暮らしていた日本人の多くは日本へ引き揚げることになります。「引き揚げ」という言葉だけを見ると、故郷の日本へ帰ってきたようにも聞こえます。
けれど、帰ってくれば以前の暮らしがそのまま待っていたわけではありません。住むところ。働く場所。明日からどうやって家族を養うのか。戦争が終わっても、一人ひとりの生活はそこからまた始めなければならなかったのです。そんな人々の一部が、新しい暮らしの場所として蔵王の麓へ入り、土地を拓いていきました。
海を見ていた人たちが、山を見て暮らし始める
初めて蔵王を見た日は、どんな日だったのでしょう。それは私たちには分かりません。だから、勝手に心の中を想像することはできません。ただ、一つだけ確かなことがあります。昨日までとは違う土地で、これから生きていかなければならなかったということです。
土を耕す。草を育てる。牛を飼う。家族が暮らせる場所をつくる。一日働いたからといって、すぐに故郷になるわけではありません。
次の日も働く。次の年も働く。そこで子どもが育つ。家族の出来事が一つずつ増えていく。そうして長い時間を重ねるうちに、最初は見知らぬ土地だった場所に、少しずつ自分たちの記憶が積み重なっていったのでしょう。
故郷は、生まれた場所だけなのだろうか
「故郷」という言葉は不思議です。生まれ育った場所を、私たちは故郷と呼びます。けれど人間は、ときに自分の意思とは関係なく、その場所を離れなければならないことがあります。そんなとき、新しい故郷をつくることはできるのでしょうか?
パラオから蔵王へやってきた人たちにとって、その答えがどんなものだったのかは、一人ひとり違ったはずです。パラオを懐かしく思い続けた人もいたでしょう。蔵王での暮らしを自分の人生として受け入れていった人もいたでしょう。その両方を心の中に持っていた人もいたかもしれません。
人間の記憶は、引っ越し荷物のように、「ここから先は新しい人生だから、古いものは置いていこう」とはできません。過去を抱えたまま、新しい記憶を重ねていく。それが、新しい土地で生きるということなのかもしれません。
開拓地が、誰かの「ふるさと」になるまで
そして年月が流れます。最初に土地を拓いた人たちの子どもが育つ。さらに、その次の世代が生まれる。その子どもたちにとって、蔵王はもう「移り住んできた土地」ではありません。
物心ついたころから山があった。牛がいた。家族が働いていた。友達がいた。学校があった。つまり、故郷です。ここに、開拓という営みのもう一つの意味が見える気がします。
土地を拓くというのは、畑や牧場をつくることだけではない。まだ存在しなかった、「誰かがいつか懐かしいと思う場所」をつくることでもあったのではないでしょうか。
パラオから引き揚げてきた人たちが、その未来まで想像していたのかは分かりません。ただ、彼らが始めた暮らしは途切れませんでした。牛を飼う仕事が受け継がれ、その土地で新しい世代が育っていった。そして何十年も経った今、この蔵王の麓から未来を見ている子どもたちがいます。
記憶は、土地から人へ受け渡されていく
第一章で歩いた山には、父と娘の記憶がありました。ここには、もっと長い家族と土地の記憶があります。でも、どちらも同じなのかもしれません。
山が覚えているわけではない。牧草地が覚えているわけでもない。人が覚えて、人が次の人へ伝えていく。その人がいなくなれば、すべてが失われてしまうこともあります。だからこそ、ときどき立ち止まって、「ここは、どうやってできた場所なんだろう」と振り返ることには意味があるのでしょう。
いま目の前にある牧場も、最初から牧場だったわけではありません。そこで牛を飼う家族にも、始まりの日がありました。遠い海の向こうからやってきた人たちが、新しい人生を始めた日です。
そして、その日から積み重ねられた暮らしは、いまも続いています。次は、歴史の中の「開拓者」ではなく、今日も牛とともに生きている家族のところへ行ってみましょう。かつて誰かが新しく始めた暮らしは、どんな姿で現在へ受け継がれているのでしょうか?
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牛と生きてきた──開拓地から受け継がれた家族の時間
朝が来ます。蔵王の麓に広がる牧場では、牛たちの一日も始まります。牛舎へ行く。牛の様子を見る。餌をやる。乳を搾る。昨日もした仕事の続きを、今日もする。そして明日の朝になれば、また同じ仕事が待っています。
ここで暮らす家族にとって、それは「戦後開拓の歴史を守る」という大げさなものではないのかもしれません。牛を飼うことが、暮らしだから。ただ、それだけなのかもしれません。けれど、その「当たり前」を少しだけ遡ってみると、遠い海へたどり着きます。パラオです。
「開拓地」は、いつまで開拓地なのだろう
戦後、パラオから引き揚げてきた人たちが、この蔵王の麓で新しい暮らしを始めました。最初の世代にとって、この土地は「やってきた場所」でした。見知らぬ土地へ入り、自分たちで暮らせる場所にしていく。そこには「開拓」という言葉がよく似合います。
でも、その人たちの子どもはどうでしょう。さらに、その孫は。生まれたときから、ここに家がある。物心ついたころから牛がいる。窓の向こうには蔵王がある。学校へ行き、友達と遊び、家へ帰れば家族が牛の世話をしている。
そんな人に、「ここは、あなたのおじいさんたちがパラオから引き揚げて開拓した土地なんですよ」と説明しても、「そうなんですけど……ここ、普通にうちです」くらいの感覚なのかもしれません。それでいいのでしょう。むしろ、それこそが開拓した人たちが残したものなのかもしれません。
「開拓地」と呼ばれていた場所が、いつしか誰かにとっての「うち」になる。歴史の中の土地が、暮らしの場所になる。
受け継ぐとは、昔と同じことをすることではない
家業を「受け継ぐ」という言葉にも、どこか特別な響きがあります。先祖の志を守る。伝統を次代へつなぐ。もちろん、そんな思いもあるでしょう。けれど毎日の暮らしは、もっと現実的です。
牛は待ってくれません。家族に何があった日でも、牛には餌が必要です。体調の悪い牛がいれば気にかけなければならない。新しい命が生まれる日もある。そして酪農を取り巻く環境も、祖父母の時代と同じではありません。
設備も変わる。飼育方法も変わる。経営のあり方も変わる。だから「受け継ぐ」とは、昔の暮らしをそのまま再現することではないのでしょう。残すために、変えていく。それでも朝になれば牛舎へ行く。その繰り返しだけは、世代を越えて続いてきました。
歴史は、いつか「普通の暮らし」になる
パラオから引き揚げてきたこと。蔵王の麓を開拓したこと。そこで酪農を始めたこと。最初の世代にとっては、一つひとつが人生を左右する大きな出来事だったでしょう。けれど世代を重ねると、それは少しずつ家族の昔話になっていきます。
そして、さらに時間が経てば、「そういえば、うちって昔……」と話すような家族の歴史になる。それは、忘れてしまったということとは少し違う気がします。特別だった出来事が、当たり前の暮らしになるところまで続いた。そう考えることもできるでしょう。
ブラジルやハワイなどへ渡った移住者の子孫も、世代を重ねれば、その土地で生まれ、その土地の学校へ通い、その土地を故郷として育っていきます。祖先には「移住した日」があった。でも子孫にはありません。生まれたときから、そこにいるからです。蔵王の麓でも、同じような時間が流れてきたのかもしれません。
牛が、過去と未来の間にいる
そして、この家族の物語には、ずっと牛がいます。開拓した世代が飼った牛。その子どもたちが世話をした牛。いま家族が育てている牛。もちろん同じ牛ではありません。命は生まれ、やがて去っていきます。それでも「牛と暮らす」という営みは続いてきました。
だから牛は、この土地では単なる家畜以上の存在なのかもしれません。家族の生活を支える存在であり、仕事そのものであり、世代と世代の間をつないできたもの。そして、その牛たちを見ながら育っている子どもがいます。
彼女にとっても、牛のいる風景は特別なものではないのでしょう。ずっとそこにあった日常です。けれど、その「当たり前」の中から、やがて一つの夢が生まれました。獣医師になりたい。かつてパラオから引き揚げてきた人たちが、蔵王の麓で牛を飼い始めた。
その何十年も先に、「牛の命を守る仕事がしたい」と夢見る子どもが現れることを、いったい誰が想像できたでしょう。未来とは、過去の人が計画した通りにやってくるものではありません。誰かが始めた暮らしの中から、次の世代が自分で新しい意味を見つけていく。だから受け継がれてきたのは、牧場だけではないのでしょう。
牛舎でもない。酪農という仕事だけでもない。この土地で、次の人生を始められるということ。それこそが、遠い海の向こうから蔵王へやってきた人たちが、知らず知らずのうちに未来へ残したものなのかもしれません。
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牛のそばで育った夢──獣医師を目指す中学生
蔵王の麓で、一人の中学生が暮らしています。彼女には、夢があります。獣医師になること。まだ中学生です。これから高校へ進み、もっとたくさんのものを見て、知らなかった世界に出会うでしょう。
もしかしたら夢は変わるかもしれません。それでも今、彼女が自分の未来を思い描いたとき、その先には動物たちがいます。なぜ獣医師だったのでしょう。その答えの一つは、彼女が育ってきた風景の中にあるのかもしれません。
生まれたときから、そこに牛がいた
蔵王の麓では、酪農とともに暮らしてきた家族がいます。けれど、そこで育つ子どもにとって「酪農のある風景」は、わざわざ説明されるものではないでしょう。
牛がいる。牧草地がある。大人たちが働いている。遠くには蔵王がある。それが、生まれたときから知っている世界です。都会で育った子どもが電車やビルを珍しいと思わないように、彼女にとって牛のいる暮らしもまた、日常なのかもしれません。
でも、毎日そばにいるからこそ見えるものがあります。牛にも一頭一頭、違いがある。元気な日がある。調子の悪い日もある。そして、生まれる命がある。動物は言葉で、「今日はここが痛い」とは教えてくれません。
だから人間が見る。触れる。いつもと違うところに気づく。そんな大人たちの姿も、彼女は身近で見てきたのでしょう。そして、いつしか思った。獣医師になりたい。夢は突然、空から降ってきたのではなく、毎日の暮らしの中から芽を出したのかもしれません。
大人には「仕事」、子どもには「未来」
同じ牛を見ていても、見えているものは違います。酪農を営む大人にとって、牛は生活をともにする大切な存在であると同時に、仕事でもあります。朝になれば世話をする。暑い日も、寒い日もある。楽しいことばかりではありません。
けれど、そのそばで育つ子どもは、同じ風景の中に別のものを見つけることがあります。自分の未来です。牛を育てる人になる。牛乳や食べ物に関わる仕事をする。あるいは、牛の命を診る人になる。
親や祖父母がつくってきた暮らしを、そのまま受け継がなくてもいい。そこから何を受け取り、どちらへ歩いていくのかは、その子自身が決めればいい。それが世代が変わるということなのでしょう。
過去を背負わなくても、未来へつながっている
ここまで私たちは、蔵王の麓に残された時間を辿ってきました。海の向こう、パラオから引き揚げてきた人たち。土地を拓き、牛を飼い始めた人たち。その暮らしを続けてきた家族。でも、この中学生にその歴史を背負わせる必要はありません。
「先祖が苦労したのだから、あなたも守らなければならない」そんなふうに言われたら、未来はずいぶん窮屈になってしまいます。歴史を受け継ぐというのは、過去と同じ人生を生きることではないのでしょう。
むしろ、過去の人たちがつくった場所から、自分だけの未来へ歩き出せること。それもまた、受け継ぐということなのかもしれません。
彼女がいつか本当に獣医師になるのかは、まだ分かりません。違う夢を見つけるかもしれない。蔵王を離れるかもしれない。それでいい。大切なのは、いま彼女がこの土地で、「こんな大人になりたい」と思える未来を見つけたことです。
誰も知らなかった未来が、ここにいる
少しだけ時間を巻き戻してみます。戦争が終わり、パラオから引き揚げてきた人たちが蔵王へやってきたころ。土地を拓き、これからどう生きていくのかを考えていた人たちに、「何十年も先、この土地で育った中学生が獣医師を夢見るようになりますよ」と伝えても、きっと想像できなかったでしょう。
当たり前です。未来とは、そういうものです。最初から完成図があるわけではありません。誰かが一日を生きる。次の日も生きる。家族ができる。子どもが育つ。次の世代がまた、自分の人生を始める。その繰り返しのずっと先に、過去の誰も想像していなかった未来が生まれます。いま、この中学生がそこにいます。
山の麓から、どこへでも行けばいい
いつか彼女は、蔵王を離れるかもしれません。獣医師になるためには、知らない町で学ぶこともあるでしょう。もっと広い世界を知れば、違う人生を選びたくなることだってあるかもしれません。でも、どこへ行っても一つだけ変わらないものがあります。彼女の物語が始まった場所です。
牛のそばで育ったこと。蔵王を見ながら大きくなったこと。そこで初めて、自分の未来を思い描いたこと。故郷とは、人を縛りつける場所ではなく、「ここから始まった」と、いつか振り返ることのできる場所なのかもしれません。そして今日も彼女が顔を上げれば、蔵王があります。
山は何も言いません。「獣医師になれ」とも言わない。「ここへ戻ってこい」とも言わない。ただ、そこにある。だからこそ彼女は、そこから自由に未来へ歩いていけるのでしょう。
父と歩いた娘には、思い出すための山がありました。パラオから来た人々には、新しい暮らしを始める山がありました。酪農を続ける家族には、毎日の暮らしの向こうにある山があります。そして一人の中学生にとっては――これから始まる人生の後ろに、蔵王があります。
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山は、忘れない。──人が去っても、きょうも山がある
夕暮れが近づくと、蔵王の山肌に落ちる光も少しずつ柔らかくなっていきます。牧場では、一日の仕事が続いています。牛たちはいつものように草を食み、町では人々が家へ帰っていく。そして、その向こうに蔵王があります。
朝からずっと、同じ場所にありました。この町で暮らす人にとっては、あまりにも当たり前の風景なのかもしれません。毎日見ているから、わざわざ立ち止まって眺めることもない。それでも、人生を振り返ったとき。いつも自分の後ろにあった風景に気づくことがあります。
父と歩いた日にも、山があった
物忘れが始まった父を元気づけようと、娘は一緒に山を歩き始めました。何を話したのか。どこで笑ったのか。どこで立ち止まったのか。時間が経てば、その一つひとつは少しずつ曖昧になっていくかもしれません。
父は亡くなりました。それでも娘は、山を歩き続けています。同じ道を歩き、同じ稜線を眺める。すると、ときどき父と歩いた時間が戻ってくる。山が覚えていたわけではありません。娘の中に、父との時間が残っていたのです。山はただ、その記憶へ帰る道を、ずっとそこに残してくれていました。
遠い海から来た人たちにも、山があった
戦争が終わり、パラオから引き揚げてきた人たちがいました。海に囲まれた南の島から、蔵王の麓へ。そこで土地を拓き、牛を飼い、新しい暮らしを始めました。最初は見知らぬ土地だった場所で、毎日を重ねる。子どもが育つ。その子どもにも、また子どもが生まれる。やがて「開拓地」は、誰かにとっての、「うち」になりました。
そして、そこで生まれた世代にとって、蔵王は最初から故郷の山でした。かつて遠い海を越えてきた人たちがつくった場所を、今では誰かが、「帰ってきた」と言うようになったのです。
牛のいる暮らしにも、山があった
朝になれば牛舎へ行く。牛の様子を見る。餌をやる。乳を搾る。そんな日々が、何十年も続いてきました。開拓者の大きな物語は、いつしか家族の普通の暮らしになっていきました。でも、それは歴史が消えたということではないのでしょう。
特別だったことが、特別ではなくなるまで続いた。それほど長く、人がこの土地で暮らしてきたということです。昨日も牛の世話をした。今日もする。明日もきっとする。そして牛舎を出て顔を上げれば、そこにはいつもの山があります。
これから歩き始める子の後ろにも、山がある
そして、この町で育つ一人の中学生は、獣医師になることを夢見ています。その夢が叶うのかは、まだ分かりません。いつか蔵王を離れるかもしれない。違う夢を見つけるかもしれない。それでもいい。山は「ここにいなさい」とは言いません。「この仕事を継ぎなさい」とも言いません。ただ、黙ってそこにあります。
そして彼女がいつか迷ったとき。自分はどこから来たのだろうと思ったとき。振り返れば、心の中に一つの風景があるでしょう。自分の後ろには、いつも蔵王があった。それだけで、人は少し強くなれるのかもしれません。山が背中を押してくれたのか。そうではなかったのか。きっと、どちらでもいいのでしょう。
「あの山を見ながら、自分はここまで育った」そう思える場所がある。それは、未来へ歩いていく人にとって、小さな自信になるような気がします。
山は、忘れない。
山に記憶はありません。父と娘が歩いたことも。遠いパラオから人々がやってきたことも。ここで牛を育ててきた家族のことも。獣医師を夢見る少女のことも。蔵王は、何一つ覚えてはいないでしょう。それでも人は、山を見て思い出します。あの人と歩いた。ここで暮らした。ここで育った。ここから自分の人生が始まった。
だから人は、ときどき山に、自分の記憶を重ねるのでしょう。そして、山が何も言わずそこにあり続けてくれるからこそ、安心して前を向けるのかもしれません。
人は変わります。人は去ります。新しい人が生まれます。夢も変わります。記憶だって、いつか薄れていきます。それでも六月になれば、蔵王にはまた新しい緑が芽吹きます。明日の朝も、誰かが窓を開けるでしょう。そして何気なく、いつもの山を見る。特別なことではありません。だからこそ、それでいい。
山は、忘れない。そう思いたくなるほど、人はこの山にたくさんの記憶を預けてきました。そして今日も――何も語らず、何も求めず、きょうも山はそこにあるのです。