宇宙って、「ある」のが当たり前なの?|ニュートリノからたどる「なぜ私たちはここにいる?」【フロンティア】

まどかを通り抜けるニュートリノ BLOG
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ちょっと、自分の手を見てみてください。指がある。手のひらがある。その手で触れている机もある。スマートフォンもある。窓の外には街があり、その向こうには地球があり、夜になれば空には星が見える。そんなの、当たり前ですよね。「だって、そこにあるんだから。」

ところが――。宇宙の歴史をずっと昔までさかのぼっていくと、この「ある」ということ自体が、どうやら当たり前ではなかったらしいのです。

ここで考えたいのは、「そもそも、なぜ宇宙が誕生したの?」という問いではありません。そこまで行くと、時間とは何か、空間とは何か、ビッグバンの「前」とは何なのか……。私たちも宇宙空間で迷子になりそうです(笑)。

今回は、宇宙が誕生したそのあとのお話です。初期の宇宙では、「物質」と、それに対応する「反物質」がほぼ同じだけ生まれたと考えられています。

物質と反物質が出会うと、元の粒子としては残りません。だったら――。どうして今、宇宙にはこんなにも物質が残っているのでしょう。

太陽がある。地球がある。そして何より、私たちがここにいる。
その謎を解く手がかりの一つとして、科学者たちが追い続けている、とても不思議な粒子があります。

ニュートリノ。

名前なら聞いたことがある、という人も多いかもしれません。日本では小柴昌俊さん、そして梶田隆章さんのノーベル物理学賞につながった研究でも知られ、岐阜県の山の地下にある巨大な観測装置「スーパーカミオカンデ」とともに有名になりました。

でも――。「ニュートリノって、何?」

そう聞かれると、急に困りませんか?実はニュートリノは、太陽の中で起きている核融合反応の過程などでも生まれています。太陽から地球まで飛んできて、今この瞬間にも大量のニュートリノが私たちの身体を通り抜けています。なのに、私たちは何も感じません。

ニュートリノは、物質とほとんど反応せず、何でもすり抜けてしまうからです。だったら、そんなもの――どうやって見つけるの? 科学者たちは日本の山の地下に巨大な水槽をつくり、南極では広大な氷そのものを使って、めったに残らないニュートリノの痕跡を探しています。

なぜ、そこまでして捕まえたいのでしょう。それは、この「何でもすり抜ける」という厄介な性質が、逆に、これまで光では見ることのできなかった宇宙を知るための、新しい「メッセンジャー」になる可能性を持っているからです。

そもそも、「反物質」の「反」って、何に反対しているのでしょう? SFの世界の話?この宇宙とは正反対の、もう一つの宇宙? どこかの星にいる自分そっくりだけど正反対の自分? いいえ、反物質は私たちが暮らすこの世界にも実際に存在しています。

そして物質と反物質の違いをたどっていくと、最初の疑問へ戻ってきます。「どうして物質は残ったの?」そして――。「どうして私たちは、ここにいるの?」

今回は、宇宙から届く小さな「メッセンジャー」、ニュートリノを追いかけながら、遠い宇宙の果てから、最後には自分自身へと戻ってくる旅をしてみたいと思います。

【放送日:2026年9月22日(火)21:51 -22:50・NHK-BSP4K】

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ニュートリノって、そもそも何なの?

「ニュートリノ」
名前だけなら、聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。日本では、小柴昌俊さん、そして梶田隆章さんのノーベル物理学賞につながった研究でも知られるようになりました。岐阜県の山の地下にある巨大な観測装置「スーパーカミオカンデ」の映像を、ニュースなどで見たことがある人もいるでしょう。

壁一面に並んだ、たくさんの丸いセンサー。巨大な水槽。なんだかものすごい研究をしているらしい。でも――。

「ところで、ニュートリノって何?」

そう聞かれると、急に答えられなくなります。「ものすごく小さな粒子……だったかな?」「宇宙から飛んでくるんだっけ?」「とにかくノーベル賞を取った、すごいやつ?」私たちの知識も、そのあたりで止まっていました。そこで、まずは難しい話を抜きにして、ニュートリノがどこにいるのかを見てみましょう。

たとえば――太陽です。
太陽の中心では、水素の核融合反応によって膨大なエネルギーが生み出されています。私たちのところまで届く光や熱も、そのエネルギーによるものです。でも、太陽から地球へやってくるのは、光だけではありません。核融合へとつながる反応の過程では、ニュートリノという、とても小さな粒子も大量に生まれています。

生まれたニュートリノは太陽の内部を抜け、宇宙空間を飛び、地球までやってくる。そして――今、この瞬間にも私たちの身体を通り抜けています。もちろん、「痛っ! いまニュートリノが通った!」なんてことにはなりません(笑)。何も感じません。なぜならニュートリノは、物質とほとんど反応しないからです。

身体も通り抜ける。建物も通り抜ける。地面の中にも入っていく。多くのニュートリノにとっては、地球という巨大な惑星さえ、通り抜けられるほどです。

なんともつかみどころのない粒子です。だから「幽霊粒子」などと呼ばれることもあります。ここまでなら、ニュートリノについて覚えることは一つだけでいいのかもしれません。ニュートリノとは、太陽などさまざまな場所で生まれ、物質をほとんどすり抜けてしまう、とても小さな粒子。

ところが――。ここで素朴な疑問が出てきます。そんなに何でもすり抜けてしまうのなら、そもそも、どうやってニュートリノが「いる」と分かったのでしょう?

目では見えない。触ることもできない。身体を通っても気づかない。地球まで通り抜けてしまう。これでは、捕まえようとして網を広げても、全部、網をすり抜けていくようなものです。

それでも科学者たちは、なんとかニュートリノが残す、ごくわずかな痕跡を捉えようとしてきました。そのためにつくられたものの一つが――あの、山の地下にある巨大な水槽です。そして南極では、人間はさらに途方もないことを始めました。1立方キロメートルもの氷を、観測装置として使ってしまったのです。

なぜ、そこまで巨大にする必要があるのでしょう。次は、「何でもすり抜ける粒子」を人間がどうやって捕まえようとしているのか、その仕組みを見てみましょう。

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何でもすり抜けるのに、どうやって捕まえるの?

ニュートリノは、私たちの身体も、建物も、地球さえも、ほとんどすり抜けてしまう。だったら――。どうやって、そんなものを捕まえるのでしょう。もちろん、ニュートリノを小さな容器の中に閉じ込めて、「はい、捕まえました!」とカブトムシのように取り出せるわけではありません(笑)

科学者たちが探しているのは、ニュートリノそのものというより、ニュートリノが、ごくまれに残す「痕跡」です。ほとんど何にも反応しないニュートリノですが、「絶対に何にも反応しない」わけではありません。ものすごくまれに、物質と反応することがあります。

だったら――。その、ごくまれな一回を待てばいい。とはいえ、相手はとにかく反応してくれません。そこで人間が考えた方法は、なんとも大胆でした。待ち受ける場所を、とてつもなく大きくする。

その代表的な観測装置が、岐阜県飛騨市の山の地下にある「スーパーカミオカンデ」です。巨大なタンクの中にあるのは、約5万トンもの水。その壁には、わずかな光を捉えるためのセンサーがずらりと並んでいます。

スーパーカミオカンデ(出典:nippon.com)
スーパーカミオカンデ(出典:nippon.com)

ニュートリノのほとんどは、その大量の水さえ何事もなかったように通り抜けてしまいます。ところが、ごくまれに水の中の物質と反応する。すると、その反応によって生まれた粒子が水中を高速で進み、「チェレンコフ光」と呼ばれる微かな光を生じることがあります。

……急に難しい名前が出てきました(笑)。でも、ここでは名前まで覚えなくても大丈夫。大切なのは、ニュートリノそのものを直接見ているわけではないということです。

ニュートリノが水の中でごくまれに反応し、そこで生じた微かな光の痕跡を見ている。たとえるなら――。姿の見えない誰かが雪原を歩いたあとに足跡だけが残っていて、「あ、ここを誰かが通ったんだ!」と気づくようなものかもしれません。

そして、その「雪原」をもっともっと大きくしてしまったような観測装置が、南極にもあります。IceCube(アイスキューブ)ニュートリノ観測所。こちらでは巨大なタンクをつくるのではなく、南極の氷そのものを利用します。

観測に使われる範囲は、およそ1立方キロメートル。氷の中の深いところへ多数の光センサーを設置し、ニュートリノがごくまれに反応したときに生じる光を捉えます。1立方キロメートル。数字だけ聞いても、ちょっと大きさが想像できません。

でも、ここまで巨大な仕掛けが必要になる理由は、とても単純です。ニュートリノが、あまりにも捕まらないから…。だったら待ち受ける場所を巨大にして、反応してくれる可能性を少しでも高くする。なんとも気の長い観測です。

でも、ここでもう一つ疑問が出てきます。そこまで苦労してニュートリノの痕跡を見つけたとして――それで、宇宙の何が分かるのでしょう?

微かな光の出方を詳しく調べると、ニュートリノがどちらから飛んできたのか、どれくらいのエネルギーを持っていたのか、といった情報を推定することができます。つまり科学者たちは、ニュートリノを「捕まえて眺めている」のではありません。ニュートリノが残した痕跡から、「この粒子は、どこから、どんな状態でやってきたのだろう」と、その旅を逆にたどっているのです。

だとしたら――。宇宙の彼方から飛んできたニュートリノの「旅」を逆にたどれば、その出発点で何が起きていたのかも分かるのでしょうか?ここで、ニュートリノの「何でもすり抜けてしまう」という困った性質が、まったく違って見えてきます。

捕まえにくいほど、すり抜ける。でも――。すり抜けられるからこそ、遠い宇宙から情報を運んでこられる。次は、人類が長いあいだ宇宙を見るために使ってきた「光」と比べながら、ニュートリノで宇宙を「見る」とはどういうことなのか。そこへ進んでみましょう!

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ニュートリノで、宇宙を「見る」ってどういうこと?

夜空を見上げてみます。月がある。星がある。もし望遠鏡があれば、肉眼では見えなかった暗い星や、月のクレーターまで見えてくるかもしれません。人類が望遠鏡を使って本格的に宇宙を観察するようになったのは、17世紀初めのこと。1609年、ガリレオ・ガリレイは自作した望遠鏡を夜空へ向けました。

月の表面には凹凸がある。木星のまわりには衛星がある。肉眼だけで見ていた宇宙とは、まったく違う世界がそこにありました。それから400年以上。望遠鏡は、とてつもない進化を遂げました。大きな望遠鏡を高い山の上につくり、ついには地球の大気の外、宇宙空間にまで送り出す。

そして人間の目に見える光だけでなく、電波、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線など、さまざまな波長の電磁波を使って宇宙を調べるようになりました。観測方法は大きく進歩しました。それでも基本的な考え方はガリレオの時代と同じです。

宇宙から届いた「光」を読む。遠い星や銀河からやってきた光を集めて、
「どこにあるのか」
「どんな物質があるのか」
「どんな現象が起きているのか」
と読み解いてきたのです。

ところが――。宇宙から私たちのところへやってくる「メッセンジャー」は、光だけではありません。ここで再び登場するのが、ニュートリノです。前に見たように、ニュートリノは物質とほとんど反応しません。身体も通り抜ける。地球さえ通り抜ける。捕まえる側からすれば、これほど困った相手もありません。

でも、宇宙を見る側に立った瞬間、その短所が長所に変わります。途中にある物質を、すり抜けることができる。光は、宇宙で起きたすべての出来事を、そのまま私たちのところまで届けてくれるわけではありません。途中で物質に吸収されたり、散乱されたりすることがあります。そもそも光が外へ出てきにくい場所もあります。

でもニュートリノなら、そうした場所からも飛び出し、途中の物質をすり抜けながら、はるかな地球までやってくることができます。つまり――。光では届かなかった宇宙からの「便り」を、ニュートリノが運んできてくれるかもしれない。これが、「ニュートリノで宇宙を見る」ということです。

もちろん、ニュートリノを目で見るわけではありません。前に見たように、巨大な水や氷の中でニュートリノがごくまれに残す光の痕跡を捉え、そこから飛んできた方向やエネルギーなどを推定する。そして、その旅を逆にたどっていく。

「このニュートリノは、宇宙のどこからやってきたのだろう?」

その先に、これまで光だけでは十分に見えなかった宇宙の姿があるかもしれないのです。考えてみれば、人類はずっと宇宙から届く「便り」を読んできました。

最初は、自分の目で見える光。やがて望遠鏡。そして電波や赤外線、X線、ガンマ線。現在では、ニュートリノや重力波という、光とはまったく異なるメッセンジャーまで使って宇宙を調べています。

宇宙を見るための「目」が、一つ増えた。そんなふうに考えると、少し分かりやすいかもしれません。しかもニュートリノの「目」は、光とは違うものを見ることができます。だから科学者たちは、捕まえるだけでも大変なニュートリノを、南極の氷の中まで使って追いかけているのです。

なるほど。これなら番組タイトルにある、ニュートリノが開く「深宇宙」の扉という言葉も、少し分かってきた気がします。でも――。ここで話は終わりません。ニュートリノは、遠い宇宙を見るための便利な「道具」であるだけではないのです。

科学者たちは、ニュートリノそのものについても調べています。すると、このつかみどころのない小さな粒子には、さらに不思議な性質があることが分かってきました。

実はニュートリノには――3つの種類があります。しかも、この3つ。飛んでいる途中で、どうやら「入れ替わる」らしいのです。
……。
また、ややこしい話が始まりそうです(笑)。次は難しい名前をいったん横へ置いて、「ニュートリノ3兄弟」くらいのつもりで、その不思議な変身を見てみましょう。

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ニュートリノ3兄弟って、途中で入れ替わるの?🤣

ニュートリノを使えば、光だけでは見えなかった宇宙を調べることができる。だったら、もっとたくさん捕まえて、もっと遠い宇宙を見てみよう――。…と、そのまま進みたくなるところですが…。

科学者たちは、もう一つ気になることを調べていました。宇宙を見るための「メッセンジャー」である、ニュートリノ自身です。そもそも、この不思議な粒子はいったい何者なのでしょう?

実はニュートリノには、一種類だけではなく、3つの種類があります。名前は、電子ニュートリノ。ミューニュートリノ。タウニュートリノ。いきなり覚えにくい名前が3つも出てきました(笑)。そこで私たちは勝手に、「ニュートリノ3兄弟」と呼ぶことにしましょう。

もちろん、本当に兄弟なわけではありません。科学では、この3種類を「フレーバー」と呼んでいます。ところが、この3兄弟。それぞれ自分の名前を持っているのだから、「長男は長男、次男は次男、三男は三男」……かと思ったら、そう単純ではありません。ニュートリノは飛んでいる途中で、観測される種類が変化することがあるのです。

ウルトラマンがM78星雲から地球にやって来る途中で「ウルトラセブン」に変身していた!? わけではないでしょうが、これを「ニュートリノ振動」と呼びます。また難しそうな名前が出てきましたが、起きていることのイメージだけなら、「長男、行ってきます!」と出発したはずなのに――。遠く離れたところで調べてみたら、「ただいま。三男です」みたいなことです。

いやいや。途中で何があったの?🤣 もちろん、本当に3人の粒子が着替えたり、長男が三男へ変身したりしているわけではありません。けれど、ある種類として生まれたニュートリノを遠く離れた場所で観測すると、別の種類として見つかることがある。

この不思議な現象を確かめるうえで、大きな役割を果たしたのが、日本の「スーパーカミオカンデ」でした。宇宙から地球の大気へ飛び込んでくる粒子によって生まれるニュートリノを詳しく調べると、地球の反対側から長い距離を飛んできたものと、比較的短い距離を飛んできたものとでは、観測されるミューニュートリノの割合に違いがありました。

途中で、別の種類へ変わっているのではないか。このニュートリノ振動の発見は、ニュートリノには質量があることを示しました。そして、この研究を率いた梶田隆章さんは、2015年にノーベル物理学賞を受賞します。

ここまで来ると、ニュートリノ3兄弟そのものが、かなり面白い研究対象に見えてきます。でも科学者たちは、さらに一歩進みました。「3兄弟が途中で入れ替わることは分かった」だったら――。その入れ替わり方に、何か秘密はないのだろうか?

そこで、もう一人――ではなく、もう一組の登場人物が現れます。実はニュートリノには、それぞれに対応する、「反ニュートリノ」という粒子も存在するのです。……。「反」って、何?

ニュートリノだけでも十分に不思議だったのに、今度は「反ニュートリノ」です(笑)。でも、この「反」という言葉こそ、今回の物語を、「遠い宇宙をどう見るのか」という話から、「なぜ私たちはここにいるのか」という問いへつなぐ、大切な扉になります。

そもそも「反ニュートリノ」の「反」とは、何に反対しているのでしょう。そして、ニュートリノと反ニュートリノの3兄弟は、本当にまったく同じように「入れ替わる」のでしょうか。ここから、話は宇宙の始まりへと近づいていきます。

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そもそも「反」って、何に反対してるの?

ニュートリノには、「反ニュートリノ」という相方がいる。そう聞いて、まず引っかかるのが――。「反」って、何? 反対、反転、正反対…。そんな言葉を連想すると、なんだかSF映画のような世界を想像してしまいます。

私たちの宇宙とはすべてが逆になった「反宇宙」があって、そこには「反地球」があり、「反人間」が暮らしている…。…という話ではありません(笑)。反物質は、SFの中だけに登場するものではなく、実際に存在します。

たとえば、私たちの身の回りにある物質をつくる粒子の一つに「電子」があります。電子にはマイナスの電気があります。ところが自然界には、電子と同じ質量を持ちながら、プラスの電気を持つ「陽電子」という粒子も存在します。これが電子の反粒子です。

しかも陽電子は、研究室の中だけに存在する珍品というわけではありません。がん検診などの医療現場で使われている「PET」という検査にも、この陽電子が利用されています。そう考えると、「反物質」という言葉から受けるSFっぽさが、少し薄れてきませんか。

でも、ここからが不思議です。粒子と、それに対応する反粒子が出会うと、元の粒子としては残りません。たとえば電子と陽電子なら、両者は「対消滅」して、そのエネルギーは光子などへと変わります。

ここで気をつけたいのは、「プラスとマイナスだから、足したらゼロになって何もなくなる」という意味ではないこと。「何もない」になるのではなく、もとの電子と陽電子という姿ではなくなるのです。

卑近な例を持ち出せば、薪を燃やしてみる。すると薪は空気中の酸素と反応して熱を出し、その後には”灰”が残ります。もっともそういうことではないのですが仮に例えてみるなら、薪は燃えて熱になり、元の薪はなくなって灰になった、そういうことです。

だから「反物質」の「反」は、何もかもが正反対の、もう一つの世界という意味ではありません。物質をつくる粒子には、それぞれ対応する「反粒子」がある。まずは、それくらいのイメージで十分でしょう。

ところが――。この話を宇宙の歴史のずっと初めまで戻してみると、とんでもない疑問が出てきます。ビッグバン直後の初期の宇宙では、物質と反物質がほぼ同じように生まれたと考えられています。もし両者がまったく同じように存在し、出会えば対消滅していったのなら――。どうして今、これほどたくさんの物質が残っているのでしょう。

星がある。地球がある。机がある。自分の手がある。そして何より――。私たち自身が、ここにいる。「物質が残った証拠は?」そう聞かれたら、いちばん身近な証拠は、自分自身なのかもしれません。

……だって、私たちがここにいますから…。

では、なぜ物質は残ったのでしょう。どこかで、物質と反物質のあいだに、ほんのわずかな「違い」があったのでしょうか。ここでようやく、先ほど登場したニュートリノと反ニュートリノへ戻ってきます。

ニュートリノ3兄弟は、飛んでいる途中で別の種類として観測されることがありました。では――。反ニュートリノ3兄弟も、まったく同じように入れ替わるのでしょうか?

もしニュートリノと反ニュートリノで、その振る舞いに違いがあるとしたら…、物質と反物質は、完全な鏡写しではないのかもしれない。こうした違いを探る研究は、物質と反物質の間にある「非対称性」を理解する手がかりの一つになると期待されています。そして、それはさらに大きな謎へとつながっていきます。

なぜ、物質のある宇宙になったのか?

ただし、ここで、「ニュートリノと反ニュートリノの違いが分かれば、なぜ私たちが存在するのか全部解決!」……というほど、宇宙は親切ではありません(笑)。

ニュートリノの研究だけで、この大問題に答えが出るわけではありません。それでも、物質と反物質のわずかな違いを探していくことは、この謎へ近づくための重要な手がかりになるかもしれない。

考えてみれば、不思議な旅です。最初に追いかけていたのは、私たちの身体さえ何事もなかったように通り抜けてしまう、小さな粒子でした。それを捕まえようと、山の地下に巨大な水槽をつくった。南極では、巨大な氷そのものを観測装置にした。そこから遠い宇宙を見ようとした。

ところがニュートリノそのものを追いかけていくと、いつの間にか問いは、「宇宙は、なぜ今のような姿になったの?」へ変わっていました。

そして最後にたどり着くのは、遠い宇宙の果てではありません。自分の手です。いま、そこにある手。それをつくっている物質。その物質が残ったからこそ、私たちはここにいる。

だから今回の問いを、もう一度だけ。
宇宙って、「ある」のが当たり前なの?
少なくとも、「物質のある宇宙」が当たり前にできあがったわけではなさそうです。

その理由を探る小さな手がかりの一つが――。今この瞬間にも、何事もなかったように私たちの身体を通り抜けているのかもしれません。ニュートリノ。見つけにくいからこそ、見えない宇宙を見ることができる。

そして、その小さな粒子を追いかけた先で、人類はとうとう、「なぜ私たちは、ここにいるの?」という問いにまで手を伸ばそうとしているのです。


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