北海道・小清水町。オホーツク海と涛沸湖(とうふつこ)に抱かれたこの町には、長い冬があります。冬になると湖には白鳥たちが羽を休め、辺り一面は雪と氷に包まれます。
流氷が接岸することもあるオホーツクの冬は、本州の人が想像する以上に厳しく、春の訪れは決して早くありません。けれど、その長い冬があるからこそ、人々は春を待ちわびます。
シラカバの森では樹液が流れ始め、畑では山わさびの収穫が始まる。そして手織りを楽しむ人たちは、春を思わせる色を糸に込めていきます。今回の「小さな旅」の舞台は、北海道・小清水町。雪解けの大地に芽吹く命と、春の訪れに心を寄せながら暮らす人々を訪ねます。
厳しい冬の先にあるからこそ、春はこんなにもあたたかい――。オホーツクの風景の中で見つけた、小さな幸せの物語です。
【放送日:2026年5月31日(日)8:00 -8:25・NHK-総合】
【放送日:2026年6月5日(金)11:05 -11:30・NHK-総合】
【放送日:2026年6月6日(土)6:05 -6:30・NHK-BSP4K】
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シラカバの森に春が来た!子どもたちが味わう“命のしずく”
北海道・小清水町の春は、桜の開花から始まるわけではありません。長い冬の雪が少しずつ解け、大地が目を覚まし始める頃、シラカバの森では静かな変化が起こります。それがシラカバ樹液の採取です。
シラカバは春先になると、根から吸い上げた水分を幹の中へ送り始めます。冬の間じっと耐えていた木々が、新しい葉を芽吹かせる準備を始めるのです。
幹に小さな穴を開けると、透明な樹液がぽたり、ぽたりと落ちてきます。まるで森そのものが目覚め、静かに息を吹き返しているようです。この樹液は早春のわずかな期間しか採ることができません。だからこそ、地元の人たちにとっては春の訪れを知らせる特別な贈り物でもあります。
番組では、子どもたちがシラカバ樹液を試飲する様子が紹介されます。ほんのり甘く、どこかやさしい味。それはジュースのような強い甘さではありません。雪解け水と森の命が溶け合ったような、自然そのものの味です。
小清水町では、春は突然やってくるのではありません。まず森が目を覚ます。そして木々の中を命の水が流れ始める。その小さな変化を感じながら、人々は長い冬の終わりを知るのです。知床連山を遠くに望むオホーツクの大地では、春は今日もゆっくりと歩いています。
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畑が目覚める季節――小清水名物“山わさび”の収穫が始まる
シラカバの森に春が訪れる頃、小清水町の畑でも待ちに待った季節が始まります。それが山わさびの収穫です。山わさびは「西洋わさび」とも呼ばれ、日本で一般的な本わさびとは別の植物です。白く太い根をすりおろすと、鼻に抜けるような強い辛みが広がります。
北海道では古くから親しまれてきた味で、ローストビーフやステーキに添えたり、ご飯のお供として楽しんだりと、暮らしの中に深く根付いています。
長い冬の間、畑は雪の下で静かに春を待っています。けれど雪が解け始めると、大地の中では少しずつ命が動き出します。農家の人たちは、その小さな変化を誰よりも早く感じ取ります。山わさびの収穫は、単に作物を掘り出す作業ではありません。
「今年も春が来たな」
そんな実感を手にする瞬間でもあるのです。
オホーツクの春は決して急ぎません。雪が解け、土が顔を出し、畑が目を覚ます。その一歩一歩を確かめるように、農家の人たちは大地と向き合っています。
森ではシラカバが命の水を流し始め、畑では山わさびが収穫の時を迎える。小清水町の春は、こうして少しずつ大地の中から広がっていくのです。
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白鳥が去り、花が目覚める――涛沸湖と原生花園の春
小清水町の春は、森や畑だけではありません。オホーツク海と寄り添うように広がる涛沸湖(とうふつこ)にも、季節の移ろいが静かに訪れます。冬の間、この湖にはたくさんの白鳥たちが羽を休めています。遠くシベリアなどから渡ってきた白鳥たちにとって、涛沸湖は長い旅の途中で過ごす大切な場所です。
けれど春になると、その姿は少しずつ減っていきます。北へ帰る季節がやって来るからです。静かだった湖面に風が渡り、白鳥たちは再び空へ舞い上がる。その光景は、まるで冬そのものが北へ帰っていくようにも見えます。そして白鳥たちを見送る頃、大地では別の命が目を覚まし始めます。
涛沸湖とオホーツク海を隔てる砂州には、小清水原生花園があります。夏になると色とりどりの花々で知られる場所ですが、春はその準備の季節です。
まだ一面が花畑になる前。雪解けの土の中で、小さな芽たちが静かに顔を出そうとしています。人はつい、花が咲いた瞬間を「春」と呼びます。けれど本当は、そのずっと前から春は始まっています。
白鳥が旅立つこと。雪が解けること。芽吹きが始まること。それらすべてが重なり合って、少しずつ季節は動いていくのです。
知床連山を遠くに望むオホーツクの大地では、今日も春がゆっくりと歩いています。白鳥が去った空の下で、今度は花たちが出番を待っているのです。
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糸に春を織り込む――手織りバッグに込めた友への想い
小清水町で出会った春は、森や畑だけにあるわけではありません。人の心の中にも、静かに芽吹いていました。手織りを楽しむグループで出会った女性。彼女が織っていたのは、病気と向き合う友人へ贈るバッグでした。
春をイメージした色合い。やさしい風を思わせる模様。一本一本の糸に、友人を思う気持ちが込められていきます。
手織りは決して効率の良い作業ではありません。糸を選び、色を考え、少しずつ織り進める。時間も手間もかかります。けれど、その時間こそが大切なのかもしれません。
「元気になってほしい」
「春を感じてほしい」
そんな思いを重ねながら織り上げられた布には、既製品にはない温もりがあります。
小清水町の春はゆっくりやって来ます。森の木々が目を覚ますように。畑の作物が芽吹くように。人の心もまた、少しずつ春へ向かっていくのです。
シラカバの樹液。山わさびの収穫。白鳥たちの旅立ち。そして友を思いながら織られる一つのバッグ。どれも大きな出来事ではありません。けれど、その小さな営みの中にこそ、この町の春の温かさがありました。
春とは、季節が変わることだけではないのかもしれません。誰かを思う気持ちが、そっと誰かのもとへ届くこと。その瞬間にもまた、春は訪れるのです。
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長い冬のその先へ――知床を望む町に芽吹く小さな幸せ
北海道・小清水町の春は、華やかに始まるわけではありません。雪が解ける。樹液が流れる。畑が目を覚ます。白鳥が北へ帰る。そんな小さな変化が少しずつ積み重なりながら、季節はゆっくりと動いていきます。
シラカバの森では、子どもたちが命のしずくを味わいました。畑では山わさびの収穫が始まりました。涛沸湖では白鳥たちが旅立ち、原生花園では新しい命が芽吹こうとしていました。
そして手織りの工房では、友を思う気持ちが一本一本の糸に織り込まれていました。どれも決して大きな出来事ではありません。けれど、そのひとつひとつが、この町の春を形づくっています。
長い冬を知っているからこそ、春の訪れがうれしい。厳しい寒さを経験しているからこそ、誰かを思う温かさが心に沁みる。小清水町で出会った人たちの暮らしからは、そんなことを教えられるような気がします。
知床連山を遠くに望むオホーツクの大地。その足元では今日も新しい命が芽吹き、人々は変わらない日常を大切に積み重ねています。
春とは、劇的な変化ではないのかもしれません。昨日より少し雪が減ったこと。森に水が流れ始めたこと。誰かを思う気持ちが形になったこと。そんな小さな幸せに気づけた時、人の心にも春は訪れるのでしょう。
長い冬のその先で見つけたのは、特別な奇跡ではありませんでした。それでも確かにそこには、知床を望む町に芽吹いた、小さくて温かな幸せがありました。
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まとめ|春は、少しずつ町の中に帰ってくる
北海道・小清水町で出会った春は、決して華やかなものではありませんでした。
シラカバの森に流れ始めた樹液。畑から掘り出される山わさび。北へ帰る白鳥たち。友を思いながら織られる手織りのバッグ。どれも小さな出来事です。けれど、そのひとつひとつが重なり合いながら、長い冬を越えた町に春を運んでいました。
オホーツクの春はゆっくりです。雪が解けても、すぐに花が咲くわけではありません。森が目を覚まし、大地が動き始め、渡り鳥が旅立ち、ようやく季節が少しずつ色づいていきます。だからこそ、この土地の人たちは春を待つ時間の尊さを知っているのかもしれません。
私たちはつい、満開の花や華やかな景色に目を向けてしまいます。けれど本当の春は、その少し前から始まっています。雪解けの音。森を流れる命の水。誰かを思うやさしい気持ち。そんな小さな変化の中に、春は静かに息づいているのです。
知床連山を遠くに望む小清水町。その大地には今日も新しい命が芽吹き、人々は変わらない暮らしを重ねています。長い冬のその先で見つけたのは、特別な奇跡ではありませんでした。けれど、それだからこそ心に残る。
春はある日突然やってくるのではなく、少しずつ町の中に帰ってくる――。そんな当たり前で、かけがえのない幸せを教えてくれる、小さな旅でした。