北海道のほぼ中央に広がる富良野盆地。夏になれば、一面に咲くラベンダーや雄大な田園風景を目当てに、多くの人が訪れる北海道屈指の人気観光地です。しかし、この美しい景色は、初めからそこにあったわけではありません。
明治時代、この地に入植した開拓者たちを待っていたのは、「土三分、石七分」とも言われる荒れた大地でした。十勝岳の噴火と向き合い、ときにはヒグマが現れる厳しい自然の中で、人々は何度も困難に直面しながら、それでも鍬を置くことなく土地を耕し続けます。
やがて、その歩みは広大な田園を育み、火山と共に生きる知恵はラベンダー畑やワイナリーなど、今の富良野を象徴する風景へとつながっていきました。
今回の『小さな旅』が訪ねるのは、四季折々の美しい景色だけではありません。火山の恵みと脅威を受け入れながら、大地と向き合い続けてきた人々の暮らし。そして、世代を超えて受け継がれてきた「あきらめず耕す心」に触れる旅です。
この記事では、『小さな旅「あきらめず 耕して〜北海道 富良野盆地〜」』をもとに、美しい風景の向こうに息づく開拓の歴史と、富良野の人々が育んできた挑戦の物語をご紹介します。
【放送日:2026年7月5日(日)8:00 -8:25・NHK-総合】
【放送日:2026年7月10日(金)11:05 -11:30・NHK-総合】
【放送日:2026年7月11日(土)6:05 -6:30・NHK-BSP4K】
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富良野の開拓はどう始まった?~石だらけの大地に挑んだ人々~
北海道のほぼ中央に位置する富良野は、今では「北海道のへそ」として親しまれています。毎年夏には「北海へそ祭り」が開かれ、多くの人が笑顔で集う町として知られています。
けれど、この土地にはそれよりもずっと古い名前がありました。富良野の語源は、アイヌ語の「フラヌイ」。「硫黄の匂うところ」という意味があり、十勝岳の火山活動とともにある大地の特徴を表した言葉だと伝えられています。その名の通り、この地は決して穏やかな土地ではありませんでした。
明治時代、本州から移り住んだ開拓者たちを待っていたのは、「土三分、石七分」とも言われる石だらけの荒れた大地です。畑を作ろうにも、まずは鍬より先に石を取り除くことから始めなければなりませんでした。
さらに、十勝岳は今も活動を続ける活火山です。噴火の脅威と向き合い、ときにはヒグマが姿を現す厳しい自然の中で、人々は一歩ずつ土地を切り開いていきました。
それでも、彼らはあきらめませんでした。石を拾い、土を耕し、作物を育てる。その積み重ねが少しずつ大地を変え、やがて富良野盆地には広大な田園風景が広がっていきます。現在、多くの人が憧れるラベンダー畑や実り豊かな農地も、その始まりは、決して恵まれた土地ではありませんでした。
『小さな旅』は、そんな開拓の歴史を振り返りながら、美しい景色の向こうにある人々の歩みに静かに目を向けます。
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火山とともに生きる~ラベンダー畑に隠された知られざる歴史~
夏になると、一面を紫色に染める富良野のラベンダー畑。その美しい景色を前にすると、多くの人は「北海道らしい絶景だな」と足を止めます。しかし、その花畑には、火山とともに生きてきた人々の知恵が静かに息づいていました。
富良野盆地の東には、今も活動を続ける十勝岳があります。噴火は豊かな土壌をもたらす一方で、ときには火山灰や火砕流となって人々の暮らしを脅かしてきました。番組では、こうした自然と向き合う中で、水田をラベンダー畑へと転換した歴史が紹介されます。
田んぼは水をたたえる大切な農地ですが、火山災害の影響を受けやすい一面もあります。そのため、人々は土地の特性を見極めながら、新たな作物としてラベンダーを育てる道を選びました。
今では富良野を代表する景色となったラベンダー畑は、観光のためだけに生まれたものではありません。自然の脅威から目を背けるのではなく、その土地と向き合い、暮らしを守るために積み重ねられた工夫の結晶だったのです。だからこそ、風に揺れる紫色の花々は、ただ美しいだけではありません。
その景色の向こうには、火山と共に生きる覚悟と、「この土地で生きていく!」という開拓者たちの願いが、今も静かに咲き続けています。
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富良野の大地が育てたワイン~土地にこだわり続けた挑戦~
富良野を代表する魅力は、ラベンダー畑だけではありません。この土地で育てられたブドウから造られるワインも、多くの人に愛される富良野の名産です。番組では、日本一と評されるワイン造りに挑んだワイナリーの歩みが紹介されます。そこにあったのは、「良いワインを造りたい」という思いだけではありません。
「富良野のブドウで造りたい。」
というその土地への強いこだわりでした。
北海道は冬の寒さが厳しく、ブドウ栽培は決して簡単ではありません。それでも、この大地の個性を生かしたワインを造ろうと、土づくりから栽培方法まで試行錯誤を重ねてきました。その積み重ねが実を結び、富良野のワインは高い評価を受けるようになります。
ここにも、開拓者たちから受け継がれてきた「あきらめない心」が息づいていました。石だらけの土地を耕した先人たちのように、ワイン造りに携わる人々もまた、この土地の可能性を信じ続けたのです。
だから一杯のワインには、ブドウの香りだけではなく、富良野という土地で生きてきた人々の時間が溶け込んでいます。『小さな旅』が描いたのは、名産品としてのワインではありません。この土地だからこそ生まれる味を信じ、何年もかけて育て続けた人々の挑戦でした。
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観光地・富良野の今~開拓の歴史が育てた美しい風景~
かつて石だらけだった大地は、長い年月をかけて豊かな農地へと姿を変えました。夏になればラベンダーが紫色に咲き誇り、畑には小麦やジャガイモ、ビートなどの作物が育ちます。作物ごとに色や形が異なる畑が織りなす景色は、「パッチワークの丘」と呼ばれ、多くの人が富良野や美瑛を訪れる理由の一つになっています。
さらに、ドラマ『北の国から』の舞台として全国に知られるようになったことも、富良野の魅力を広く伝える大きなきっかけとなりました。今ではラベンダー畑やワイナリー、四季折々の田園風景を求めて、国内外から多くの観光客が訪れる北海道を代表する観光地へと成長しています。
その一方で、多くの人が訪れるようになったからこそ、新たな課題も生まれています。農地への立ち入りや違法駐車など、農業を営む人々の暮らしに影響を及ぼす問題も指摘されるようになりました。
私たちが「美しい」と感じる風景は、観光地として造られたものではありません。何代にもわたる人々が土地を耕し、作物を育て、暮らしを積み重ねてきた結果として生まれた風景です。
だからこそ、その景色を楽しむ私たちにも、畑は大切な仕事場であり、人々の生活の場であることを忘れずにいたいものです。富良野の美しさは、自然だけが生み出したものではありません。大地を信じ、耕し続けた人々の営みがあってこそ、今も多くの人を魅了する風景が広がっているのです。
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あきらめず耕し続けた心~富良野に受け継がれる開拓者の精神~
富良野を旅していると、目に飛び込んでくるのは、どこまでも続く畑や色鮮やかなラベンダー、そして四季折々に表情を変える雄大な景色です。けれど、その美しさは自然が偶然つくり出したものではありません。
石だらけだった大地を少しずつ耕し、十勝岳の噴火と向き合いながら暮らしを築いてきた人々。そして時代の変化に合わせて、新しい作物やワイン造りに挑戦し、この土地の可能性を信じ続けた人々。その一歩一歩の積み重ねが、今の富良野を育ててきました。
開拓とは、ただ荒れた土地を畑に変えることではありません。自然を受け入れ、その土地と向き合いながら、次の世代へ豊かな大地を手渡していく営みでもあります。だから富良野では、開拓者たちの精神は歴史の中だけに残っているのではなく、今も畑を耕し、花を育て、ブドウを実らせる人々の暮らしの中に静かに息づいています。
『小さな旅』が出会わせてくれたのは、ラベンダー畑でも、ワイナリーでもありません。その景色を育て続けてきた人々の「あきらめない心」でした。
旅が終わる頃、富良野の風景は少し違って見えてきます。広がる畑は、人々が未来を信じて耕き続けた時間そのもの。風に揺れるラベンダーは、自然と共に生きる知恵の象徴。そして一杯のワインには、この土地を信じ続けた挑戦の歳月が静かに息づいています。
この旅は美しい景色を見るだけの旅ではありませんでした。それは”美しい景色を育てた人の心に出会う旅”だったのです。富良野を訪れるときは、美しい景色だけでなく、その景色を育ててきた人々の歩みにも、そっと思いを寄せてみたくなります。