昔は花粉症なんてなかった!?|なぜ豊かになった今「2人に1人」がアレルギーに悩むのか?【フロンティアで会いましょう!】

花粉症と「黒幕」 BLOG
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春になると、天気予報で当たり前のように聞くようになった「花粉情報」。「今日は非常に多くの花粉が飛ぶでしょう」なんて聞くと、それだけで目や鼻がムズムズしてきそうです。

でも、ふと思うことがあります。昔から、こんなに花粉症の人っていたっけ? もちろん、花粉症そのものが最近になって突然生まれたわけではありません。昔は今ほど知られていなかったり、アレルギーと診断されていなかったりした人もいたでしょう。それでも現在、日本では2人に1人が何らかのアレルギーに悩まされているともいわれています。

花粉症だけではありません。喘息、アトピー性皮膚炎、食物アレルギー――。「アレルギー」という言葉は、いつの間にか私たちの暮らしのすぐそばにあるものになりました。不思議なのは、その間に私たちの暮らしが昔より豊かで、清潔で、便利になってきたことです。

感染症から身を守り、住まいを快適にし、食べ物も豊富になった。人間にとって暮らしやすい世界をつくってきたはずなのに、なぜ私たちを守るはずの免疫は、花粉や食べ物のような、本来なら恐れる必要のないものにまで激しく反応するようになったのでしょう。

NHK『フロンティアで会いましょう!』が今回取り上げるのは、そんな「アレルギー」です。その増加の背景には、豊かさを求めて変えてきた私たちの生活環境が関係しているといいます。さらに近年では、ストレスとの関係や、アレルギーを引き起こす“黒幕”ともいえる細胞の存在まで明らかになってきました。

「昔は花粉症なんてなかった」――それは、ただ知らなかっただけなのでしょうか? それとも、この数十年の間に、私たちの暮らしと免疫の関係そのものが変わってしまったのでしょうか?

今回は、アレルギーが増えた理由をたどりながら、人間が暮らしやすくした世界は、免疫にとっても暮らしやすかったのか?そんな素朴な疑問から、私たちの体の中で起きている不思議をのぞいてみたいと思います。

【放送日:2026年8月31日(月)23:00 -23:30・NHK-総合】

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第一章 「昔は花粉症なんてなかった」は本当?~知らなかっただけでは説明できない変化

「子どものころは、花粉症なんて聞いた記憶がない」そんな人は、意外と多いのではないでしょうか。春になればマスクをして、目薬やティッシュを持ち歩き、天気予報では「今日の花粉飛散量」が伝えられる。今では当たり前になった光景ですが、昔からこんなにたくさんの人が花粉症に悩んでいたのでしょうか?

まず知っておきたいのは、花粉症という病気が最近になって突然生まれたわけではないということです。ただし、日本を代表する花粉症ともいえる「スギ花粉症」の歴史は、意外なほど新しいものでした。日本でスギ花粉症が初めて医学的に報告されたのは1964年。それどころか1960年代初頭まで、日本では花粉症そのものがほとんど存在しないと考えられていた時代もあったといいます。

では、昔の人には花粉症がなかったのでしょうか? そう簡単には言えません。当時はまだスギ花粉症という病気自体が知られておらず、くしゃみや鼻水、目のかゆみがあっても、それが「花粉によるアレルギー」だと診断されなかった人もいたはずです。

つまり、「昔は花粉症なんてなかった」ではなく、「昔は花粉症だと分からなかった人もいた」という面は確かにありそうです。ところが、それだけでは説明できない数字があります。全国の耳鼻咽喉科医とその家族を対象に同じ方法で行われてきた調査では、スギ花粉症の有病率は、

  • 1998年 16.2%
  • 2008年 26.5%
  • 2019年 38.8%

と大きく上昇しています。アレルギー性鼻炎全体でも、1998年の29.8%から2019年には49.2%になりました。調査対象に偏りがあるため、この数字をそのまま日本人全体の正確な有病率と考えることはできませんが、約20年間の変化を見る一つの重要な手がかりにはなります。

しかも、スギ花粉症の患者は1970年代以降、徐々に増えてきたことが報告されています。東京の調査でも、1980年代半ばと比べて1996年には有病率がおよそ2倍になっていました。どうやら、「花粉症という言葉が広まったから、患者が増えたように見えるだけ」ではなさそうなのです。

もちろん、診断技術の進歩や病気への認知度の上昇も数字には影響しているでしょう。けれど、それと同時に、実際にスギ花粉症に悩む人そのものも増えてきたと考えられています。

だとすると、ここで新しい疑問が生まれます。人間の体が、わずか数十年で突然別のものになったのでしょうか。私たちの遺伝子が、それほど急激に変わったとは考えにくい。それなのに、かつてはほとんど知られていなかったスギ花粉症が、今では春の風物詩と呼べそうなほど身近な存在になっています。

では、この数十年で大きく変わったものは何だったのでしょう。もしかすると変わったのは、私たちの体そのものではなく、私たちの体を取り巻く「暮らし」だったのかもしれません。

次は、今回のいちばん大きな「?」です。私たちは昔より豊かで、清潔で、快適に暮らせるようになったはずなのに、なぜアレルギーは増えていったのでしょうか。

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第二章 豊かになった暮らしが、なぜアレルギーを増やす?~変わったのは免疫より「環境」だった

ここ数十年で、私たちの暮らしは大きく変わりました。家の中は清潔になり、上下水道が整備され、食品の衛生管理も進み、感染症を防ぐためのワクチンや抗菌薬も普及しました。

さらに都市化が進み、土や動物、植物など自然と触れ合う機会も、かつてとは変わってきています。新型コロナウイルスの流行を経験してからは、「殺菌」「除菌」という言葉を以前にも増して意識するようになった人もいるでしょう。

そこで、こんな疑問が浮かびます。もしかして、私たちは清潔になりすぎたのでしょうか? アレルギーが増えた理由を考えるとき、よく登場するのが「衛生仮説」です。

その始まりは1989年。イギリスの研究者デービッド・ストラカンは、兄や姉が多い家庭で育った子どもほど花粉症になりにくい傾向があることを報告しました。幼いころに感染症などに触れる機会が多いことが、アレルギーを起こしにくくしているのではないか――。これが、のちに「衛生仮説」と呼ばれる考え方につながっていきます。

ところが研究が進むにつれて、この名前が少し誤解を招くことも分かってきました。「清潔だからアレルギーになる」という単純な話ではないのです。実際、家庭で掃除をしたり、手を洗ったりする一般的な衛生行動そのものが、アレルギー増加を説明するという十分な証拠はありません。

まして、「アレルギーにならないためには、もっと不潔に暮らせばいい」という話でもありません。衛生環境の改善は、私たちを多くの感染症から守ってきました。それを昔に戻す必要などないのです。

では、何が変わったのでしょう。現在注目されているのは、単なる「清潔さ」よりも、私たちが日常的に接する微生物の種類や多様性、そして体の中に暮らすマイクロバイオームとの関係です。

人間の免疫は、長い進化の歴史の中で、微生物の存在する環境で育ってきました。すべての微生物を敵として排除してきたわけではありません。皮膚や腸などに暮らす微生物や、自然環境の中にいるさまざまな微生物と接しながら、「これは攻撃する」「これは放っておく」という免疫の調節機能を身につけていくと考えられています。

特に幼少期の微生物との接触やマイクロバイオームが、免疫の成熟やアレルギーへのなりやすさと関係することが研究されています。

そのことを象徴するような研究があります。農場で育った子どもは、同じ農村地域でも農場で育っていない子どもより、アレルギー疾患やアレルギー感作が少ない傾向が繰り返し報告されています。家畜や土、植物などに囲まれた農場は、多様な微生物に触れる環境でもあります。

もちろん、「牛小屋で遊べば花粉症にならない!」なんて単純な話ではありません🤣 何がどのように免疫を育てているのか、その仕組みにはまだ分からない部分が残されています。だから近年では、「衛生仮説」よりも「オールドフレンズ仮説」「微生物欠乏仮説」「生物多様性仮説」といった考え方へ発展してきました。

問題は「清潔にしたこと」そのものではなく、都市化や食生活、抗菌薬の使用、自然との接触の変化など、現代的な暮らしによって、人間と微生物との古くからの付き合い方が変わってきたことなのではないか――というわけです。そう考えると、以前私たちが考えた、「人間は免疫を甘やかしすぎた?」という言葉も、少し違って見えてきます。

免疫が怠け者になったわけではありません。むしろ、免疫が育つ「教室」のほうを、人間が急速に変えてしまった。そう考えたほうが近いのかもしれません。

そして、その変化は「清潔さ」だけではありません。都市で暮らすこと。食べるものが変わること。自然との距離が変わること。体内の微生物が変わること。人間の遺伝子が数十年で大きく変わったわけではないのに、免疫が経験する世界は、この数十年で大きく変わりました。

人間にとっては、感染症の危険が減り、便利で快適になった世界。それは間違いなく、私たちが手に入れた「豊かさ」です。でも――。人間が暮らしやすくした世界は、免疫にとっても暮らしやすかったのでしょうか?その答えは、まだ一つに決まったわけではありません。

ただ、アレルギーの増加を考えるとき、私たちの体だけを見るのではなく、その体が暮らしている環境との関係を見る必要があることは、少しずつ見えてきています。

そして番組は、もう一つ意外な「環境」へ目を向けます。それは、家の外でも体の中でもありません。私たちが感じている「ストレス」です。心で感じているはずのストレスが、どうして花粉症や喘息などのアレルギーにまで関係するのでしょうか。

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第三章 ストレスでアレルギーが悪化するって本当?~心と免疫は別々じゃなかった

「ストレスをためると体によくない」
これは昔からよく聞く言葉です。眠れなくなったり、胃が痛くなったり、食欲がなくなったり――。でも、アレルギーまで?

花粉が飛んでくることと、仕事や人間関係でイライラすることには、何の関係もないように思えます。ところが近年の研究では、心理的なストレスが喘息やアトピー性皮膚炎など、さまざまなアレルギー疾患の症状を悪化させる可能性が指摘されています。

では、心で感じているはずのストレスが、どうやって免疫に伝わるのでしょう。実は私たちの体の中では、「心は心、神経は神経、免疫は免疫」と、それぞれが独立して働いているわけではありません。

強いストレスを感じると、脳ではその情報を受け取り、HPA軸(視床下部―下垂体―副腎系)や自律神経系などを通じて、体全体へストレスへの対応を指示します。すると、コルチゾールやカテコールアミンなどのホルモン、さらにさまざまな神経ペプチドが関わりながら、免疫の働きにも影響を与えます。

ここで面白い細胞が登場します。マスト細胞(肥満細胞)です。名前に「肥満」とありますが、太っているかどうかとは関係ありません🤣 ですがマスト細胞は皮膚や気道、腸など外界と接する場所に多く存在し、アレルギー反応では重要な役割を担っています。

花粉などのアレルゲンに反応すると、マスト細胞からヒスタミンなどが放出されます。その結果、くしゃみが出たり、鼻水が出たり、かゆくなったりする。ところが、このマスト細胞はアレルゲンからの情報だけを受け取っているわけではありません。

ストレスによって生じるCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)やサブスタンスPなどの神経系のシグナルも、マスト細胞を刺激して炎症反応に影響することが研究されています。つまり――、花粉とストレスは、体の中でまったく別々の話ではなかった。ということです。

ただし、ここは誤解したくありません。「ストレスがあるからアレルギーになった」と単純に言えるわけではありません。アレルギーの発症には遺伝的な要因、アレルゲンへの曝露、皮膚や粘膜のバリア機能、生活環境など、さまざまなものが関係します。

慢性的な心理ストレスだけでアレルギーを引き起こせるとは断定できない一方、もともとアレルギーになりやすい人の発症リスクや、すでにある症状の悪化に関係する可能性が研究されている――というのが、より正確な捉え方です。

さらに、この関係にはもう一つ厄介なところがあります。一方通行ではないのです。アレルギー性鼻炎になれば、鼻が詰まる。眠れない。集中できない。仕事や勉強にも影響する。アトピー性皮膚炎なら、かゆくて眠れないこともあります。すると、それ自体が新たなストレスになります。

近年の研究でも、アレルギー性鼻炎と睡眠障害、心理的な問題には複雑な双方向の関係があると考えられています。つまり、ストレス → アレルギー症状が悪化する → 眠れない・つらい → さらにストレスが増える → また症状に影響するという悪循環が生まれる可能性もあるのです。

ここまで見てくると、「ストレスは心の問題」という言葉そのものが少し違って見えてきます。私たちは便宜上、「心」「脳」「神経」「免疫」と別々の名前をつけています。でも、体の中にはそんな境界線は引かれていません。

脳が感じたことを神経やホルモンが伝え、その情報を免疫細胞が受け取り、今度は炎症によって生じた情報が神経へ返っていく。心と免疫は、ずっと話をしていたのです。そう考えると、アレルギーという病気も、単に「免疫が花粉を敵と間違えました」だけでは説明できないことが分かってきます。

暮らしている環境だけでなく、そこで私たちが何を感じ、どんな状態で生きているのかまで、体の中ではつながっているのかもしれません。そして――。ここまで何度も登場してきたマスト細胞。花粉からの刺激を受け、神経からのシグナルにも反応し、ヒスタミンなどを放出する。

でも番組概要には、さらに気になる言葉があります。「アレルギーを引き起こす黒幕ともいえる細胞」それはいったい、何者なのでしょうか?

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第四章 アレルギーを起こす「黒幕」の細胞とは?~守るはずの免疫が暴走する仕組み

アレルギーの“犯人”と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。花粉症ならスギ花粉。食物アレルギーなら卵や牛乳、小麦。一見すると、私たちを苦しめている犯人は「アレルゲン」のように見えます。

でも、ちょっと待ってください。花粉は、人間を攻撃するために飛んでいるわけではありません。卵も牛乳も、人間の体を傷つけようとしているわけではありません。本当の問題は、それらを見つけた私たちの免疫が「敵だ!」と判断して、大規模な攻撃を始めてしまうことです。

では、その攻撃命令を出しているのはいったい誰なのでしょう。ここで登場するのが、近年アレルギー研究で大きな注目を集めている細胞です。

2型自然リンパ球――ILC2。

ILC2は2010年、日本の茂呂和世さんらの研究グループによって「ナチュラルヘルパー細胞」として報告され、その後、世界で相次いで見つかった同じ仲間の細胞とともに「2型自然リンパ球(Group 2 innate lymphoid cell)」と呼ばれるようになりました。では、この細胞は何をしているのでしょう。

ここが面白いところです。アレルギーの仕組みというと、これまでは「特定の花粉などを覚えた免疫が、次に同じものが入ってきたときに反応する」という獲得免疫の仕組みが中心だと考えられてきました。ところがILC2は少し違います。

ILC2そのものは、花粉やダニといった特定のアレルゲンを直接認識する細胞ではありません。その代わり、皮膚や気道などの組織が刺激を受けたときに出すIL-25やIL-33などのシグナルに反応します。そして活性化すると、IL-5やIL-13といった「サイトカイン」と呼ばれる物質を大量に作り出します。

IL-5は好酸球を集め、IL-13は粘液の分泌などを促し、体の中に2型炎症と呼ばれる反応を起こします。つまりILC2は、「スギ花粉だ!攻撃しろ!」と花粉そのものを見分けているというより、「ここで何か異常が起きているぞ!防御態勢を強化しろ!」と周囲の危険信号を受け取って、炎症を増幅させる細胞なのです。

ここまで聞くと、「やっぱり黒幕じゃないか!逮捕だ!🤣」と言いたくなります。ところが――。ILC2は悪者として生まれた細胞ではありません。本来、ILC2は寄生虫などから私たちの体を守るためにも働きます。たとえば寄生虫が体内に侵入したとき、ILC2が作り出すIL-5やIL-13は、好酸球を集めたり、粘液を増やしたりして、侵入者を体外へ追い出す方向に働きます。

つまり、「侵入者を追い出す」という本来の仕事をしている。ところが現代では、その防御システムが花粉やダニなどに対しても強く作動してしまうことがあります。そう考えると、「黒幕」という言葉もちょっと違って見えてきます。

ILC2が悪意を持ってアレルギーを起こしているわけではありません。むしろ、守ろうとしているからこそ、守りすぎてしまう。そこにアレルギーの難しさがあります。

さらにILC2の興味深いところは、単に免疫系だけから命令を受けているわけではないことです。近年の研究では、ILC2はサイトカインだけでなく、脂質やホルモン、神経ペプチドなどの情報によっても調節されることが分かってきました。理化学研究所も、ILC2は抗原を直接認識するのではなく、こうしたさまざまなシグナルによって働きが変化する細胞だと説明しています。

あれ?神経ペプチド。さっきの第三章で、ストレスと神経と免疫がつながっているという話をしました。ここでまた、線が一本につながってきます。

外から入ってくる花粉、皮膚や粘膜が感じる刺激、神経から届く情報、そしてそれらを受け取って炎症を動かす免疫細胞。アレルギーとは、一つの「悪い細胞」が勝手に暴れて起きる病気というより、本来なら私たちを守るためにつくられた複数の仕組みが、互いに影響し合った結果として起きているのかもしれません。

だから“黒幕”を逮捕して事件解決――とは、残念ながらいかないようです🤣 そもそも、黒幕まで私たちを守るために存在していたのですから。

アレルギーの不思議は、ここにあります。なぜ、守るためにつくられた仕組みが、私たち自身を苦しめるほど働いてしまうのでしょう。そしてここまで来ると、最初の問いへ戻ってみたくなります。昔より清潔で、便利で、安全になった私たちの暮らし。そこで起きているアレルギーは、本当に「免疫が弱くなった」結果なのでしょうか。

それとも――、昔の環境で私たちを守ってきた免疫と、急速に変わった現代の暮らしとの間に、少しずつ“すれ違い”が生まれているのでしょうか。

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最終章 人間が暮らしやすくした世界は、免疫にも暮らしやすかった?~豊かさと体の「すれ違い」

ここまでアレルギーの“犯人”を追いかけてきました。
花粉が悪いのでしょうか。でも、花粉はただ植物が子孫を残すために飛んでいるだけです。では、ヒスタミンを放出するマスト細胞でしょうか。アレルギー反応を増幅させるILC2でしょうか。ところが、どちらも本来は私たちの体を守るために働いている免疫細胞でした。

捜査を進めれば進めるほど、不思議なことに気づきます。この事件には、「悪いやつ」が見つからないのです。むしろ問題は、私たちを守るためにつくられた仕組みが、現代の環境の中で必要以上に働いてしまうことにあるようです。

では、免疫がおかしくなってしまったのでしょうか。それも少し違うのかもしれません。人類が長い時間をかけて進化してきた環境には、今よりはるかに多くの微生物や寄生虫がいました。食べ物を介した感染症もあれば、傷口から病原体が入ることもある。

免疫にとって世界は、今よりずっと危険に満ちていました。だから私たちの体には、異物を見つけ、炎症を起こし、侵入者を追い出す強力な仕組みが備わっています。ところが、この100年ほどの間に私たちの暮らしは急速に変わりました。

上下水道が整い、食品は衛生的になり、感染症を予防するワクチンが生まれ、抗菌薬によって治療できる病気も増えました。家は気密性が高く快適になり、都市で暮らす人が増え、自然や動物、土壌などを通じて接する微生物の環境も変わりました。人間にとっては、間違いなく大きな進歩です。

では――。人間が暮らしやすくした世界は、免疫にとっても暮らしやすかったのでしょうか? ここまで見てきた研究から考えると、どうやら単純に「はい」とも「いいえ」とも言えません。現代の衛生的な暮らしそのものが悪いわけではありません。

一方で、都市化や食生活、自然との接触、腸内細菌をはじめとするマイクロバイオームなど、免疫を取り巻く環境が短期間で大きく変わったことが、アレルギー疾患の増加に関係している可能性が研究されています。

さらに私たちは、外側の環境だけで生きているわけではありません。仕事や人間関係、不安、睡眠不足などによって生まれるストレスも、神経やホルモンを通して免疫とつながっています。つまり、この数十年で変わったのは一つではなかったのです。

暮らす場所も、食べるものも、触れる微生物も、そして心にかかる負担も変わった。それに対して、人間の体をつくってきた進化の時間は、はるかにゆっくりです。

もしかするとアレルギーは、現代人の免疫が突然「弱くなった」から増えたのではなく、急速に変わった暮らしと、長い時間をかけてつくられてきた体との間に生まれた「すれ違い」として見ることもできるのかもしれません。

では、私たちはどうすればいいのでしょう。「昔の暮らしに戻ればいい」という話ではありません。アレルギーを防ぐために不潔に暮らしたり、感染症対策をやめたりする必要もありません。そして、アレルギーの予防を目的に、自己判断で乳幼児を土や動物、特定の食べ物などへ無理に触れさせればいいという話でもありません。

まず大切なのは、アレルギーを単純な一つの原因で説明しないことなのだと思います。花粉だけを悪者にしない。清潔な暮らしだけを悪者にしない。ストレスだけを悪者にしない。免疫細胞だけを悪者にしない。

研究が進むことで、それぞれがどうつながり、どこでバランスを崩すのかが少しずつ分かってきました。そして、その理解はすでに治療にも生かされています。

アレルギー性鼻炎では抗ヒスタミン薬などによって症状を抑える治療があり、アレルゲン免疫療法では、原因となるアレルゲンに対する免疫反応そのものを少しずつ変えていくことを目指します。重い喘息やアトピー性皮膚炎などでは、アレルギー性炎症に関わるIgEや特定のサイトカイン、その受容体などを狙う生物学的製剤も使われるようになっています。

つまり医学も、「免疫を全部止めてしまえ」とは考えていません。免疫は絶対に必要だからです。暴走している部分を見つけ、必要な働きは残しながら、過剰になった反応をできるだけ穏やかにする。

それはまるで、犯人を一人捕まえて事件を終わらせるのではなく、みんながうまく暮らせるように社会全体を整えていくことに似ています。極端なことばかりをせずバランスのいい生活をする。要するに”すべてはバランス”なのです。

アレルギー研究が目指しているのも、そんな未来なのかもしれません。私たちの体の中には、敵を見つける細胞がいる。危険を知らせる細胞がいる。炎症を起こす細胞がいる。そして、その炎症を抑え、暴走しないよう調節する仕組みもあります。誰か一人が悪いのではありません。みんな、本当は私たちを守ろうとしている。

ただ、私たちの暮らす世界があまりにも速く変わったために、ときどき連携がうまくいかなくなってしまう。そう考えると、アレルギーを見る目も少し変わります。

昔は花粉症なんてなかったの?――。そこから始まった今回の疑問。私たちは豊かになり、清潔になり、安全で便利な世界をつくってきました。その豊かさを否定する必要はありません。これから必要なのは、昔へ戻ることではなく、豊かになった世界の中で、私たちの体とうまく付き合っていく方法を見つけることなのでしょう。

人間にとって暮らしやすい世界をつくってきたのなら今度は少しだけ、免疫にとっても暮らしやすい世界を、一緒につくっていけばいい、ということなのでしょう


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