40年生きた巨大氷山は、どうやって消える?|A23a「最期の旅」を水中から追う【フロンティア】

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1986年、南極大陸から一つの巨大な氷山が切り離されました。その名は「A23a」。面積は東京都をはるかに超えるほど巨大で、誕生して間もなく海底に引っかかり、そのまま30年以上も南極の海にとどまり続けます。ところが2020年ごろ、長い眠りから目覚めるように海底を離れ、A23aは北へ向かって動き始めました。

海流に運ばれ、ときには海底地形が生み出す巨大な渦につかまって同じ場所を回り続け、やがてペンギンやアザラシが暮らすサウスジョージア島へ。そして、暖かい海へ進むにつれて、40年近く生きてきた巨大氷山にも「最期」が近づいていきます。

でも――これほど巨大な氷山は、いったいどうやって消えていくのでしょう? 氷なのだから、暖かい海へ行けば融ける。そう考えれば簡単なようですが、映画「タイタニック」でも語られたように、氷山の大部分は私たちから見えない海の中にあります。

そして水中カメラマンら6人の調査隊は帆船でA23aへ接近し、その水面下へ。そこで見つけたのは「貝がら模様」の氷、そして氷の中から聞こえてくる不思議な音でした。それらは、巨大氷山が海の中で融け、形を変えていく仕組みと深く関わっていたのです。

調査隊がその水中世界を見つめていたころ、A23aの旅はまだ続いていました。けれど、私たちはその少し先の未来を知っています。その後A23aはサウスジョージア島沖を離れ、暖かい海へ流されながら巨大な破片を次々と切り離し、2026年には40年近く続いた旅の終わりを迎えました。

もしかすると調査隊が水中で見ていたものは、巨大氷山の「最期の始まり」だったのかもしれません。今回は『フロンティア』から、南極生まれの超巨大氷山A23aとともに海の中へ潜り、40年生きた巨大氷山が、どうやって消えていくのか――その「最期の旅」を追いかけてみましょう。

【放送日:2026年9月1日(火)21:50 -22:50・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年9月4日(金)14:00 -15:00・NHK-BSP4K】

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第一章 40年生きた巨大氷山は、どこから来た?~1986年に始まったA23aの旅

南極の海に浮かぶ、巨大な白い大地。その正体が、今回の主人公「A23a」です。番組で紹介された大きさは、東京都のおよそ1.7倍。もはや「大きな氷の塊」というより、海の上を漂う一つの島のようにも見えます。

ところで巨大な氷山と聞いて、昔の記憶がよみがえった人もいるかもしれません。1970年代には、南極の巨大氷山を船などで乾燥地帯まで曳航し、融かして水資源として利用できないか――そんな壮大な構想が世界で真剣に検討されたことがありました。1977年にはアメリカで「氷山利用」をテーマにした国際会議まで開かれ、南極の氷を中東などへ運ぶ方法が議論されています。子ども向けの科学雑誌でも紹介されそうな、なんとも夢のある話です。

もちろん、今回のA23aがそのとき話題になった氷山だったわけではありません。A23aが南極大陸から切り離されたのは、それより後の1986年だからです。A23aは南極のフィルヒナー棚氷から分離しました。もともとはおよそ4,000平方キロメートルにも及ぶ巨大氷山でした。

ところが――生まれた巨大氷山が、そのまま大海原へ旅立ったわけではありません。A23aは分離して間もなくウェッデル海の海底に引っかかり、動けなくなってしまいます。そのまま、実に30年以上。海流に乗って世界の海を旅するどころか、ほとんど同じ場所に居続けたのです。

氷山というと、海の上をゆっくり漂っていくものだと思っていました。でも東京都より大きなA23aともなれば、水面下にも巨大な身体があります。その一部が海底に接触すれば、海流が押したくらいでは簡単には動けません。

そんなA23aに転機が訪れたのが、2020年ごろでした。長い間とどまっていた海底から離れ、少しずつ動き始めたのです。そして2023年には南極半島の先端を越えて北へ向かい、本格的な漂流が始まります。ところが、ここからも思い通りには進みません。

2024年には海底の山を越える海流によって生じる「テイラー柱」と呼ばれる現象につかまり、巨大なA23aが同じ海域を何か月もぐるぐる回り続けるという、なんとも不思議な状態になりました。そしてようやくそこから抜け出すと、A23aはさらに北へ。

その先にあったのが、ペンギンやアザラシなど多くの野生動物が暮らすサウスジョージア島でした。1986年に生まれ、30年以上も立ち止まり、ようやく始まった長い旅。けれど、暖かい海へ向かって進むことは、氷山にとって「自由」になることだけを意味してはいません。それは同時に、A23aの「最期の旅」の始まりでもあったのです。

では、東京都よりも大きな巨大氷山は、いったいどこから、どのように融けていくのでしょう。その答えを探すには、海の上から眺めているだけでは分かりません。次はA23aの、私たちからは見えない水面下へ潜ってみましょう。

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第二章 巨大氷山は、海の中でどう融けている?~「貝がら模様」と不思議な音

人工衛星からなら、A23aがどこにいて、どれくらいの大きさで、どこに亀裂が入っているのかまで観測できます。実際、JAXAも「しずく」や「だいち2号」「だいち4号」を使ってA23aを追跡してきました。けれど――人工衛星からは、どうしても見えない場所があります。それが、水面下です。

氷山は海の上に見えている部分だけで浮かんでいるわけではありません。氷と海水の密度の違いから、一般に氷山の大部分は水面下にあります。つまり、東京都のおよそ1.7倍という巨大なA23aにも、私たちからは見えない「もう一つの世界」が海の中に広がっているのです。

そこで番組では、水中カメラマンら6人の調査隊が帆船でA23aへ向かい、その水面下を直接調べる世界初の調査に挑みました。巨大氷山へ近づくだけでも簡単ではありません。水面からそびえる氷の壁からは氷が崩れ落ち、水中ではどこまで氷が張り出しているのかも分からない。

実際にA23aを間近で撮影した映像制作者は、その姿を「壁」のようだったと振り返っています。水中撮影に適した氷の張り出しを見つけても、時間を置いて戻ってみると、すでに消えていたこともあったといいます。

巨大な氷山は、止まって見えても、その形を刻々と変えている。そして水中へ潜った調査隊が目にしたのが、番組で紹介される「貝がら模様の氷」でした。

滑らかな一枚の壁ではありません。氷の表面には、貝がらをいくつも重ねたような不思議な凹凸が刻まれていました。どうして、こんな模様ができるのでしょう。その答えに関わっているのが、氷山と接している海水の動きと融解です。

貝がら模様の氷の水面部分(出典:CNN)
貝がら模様の氷の水面部分(出典:CNN)

氷に触れた海水は冷やされ、氷が融ければ淡水が加わります。すると周囲の水の密度が変わり、水が動く。さらに海流もあるため、氷山の水面下では水が複雑に流れながら、氷の表面を均一ではなく場所ごとに違った速さで融かしていきます。その積み重ねによって、氷の壁に独特の凹凸が刻まれていくのです。

そして、もう一つ。調査隊は水中で、不思議な音も聞きました。静かな氷の世界だと思っていたのに、A23aは音を出していたのです。氷の内部に閉じ込められていた空気、融解によって生まれる気泡、氷が割れたり動いたりするときの音――。巨大氷山の水中は、決して「無音の世界」ではありません。

むしろその音もまた、いま目の前で氷が変化していることを知らせる手がかりになります。考えてみれば不思議です。人工衛星から見れば、A23aは巨大な一枚の白い大地です。でも水中へ潜ってみると、表面を海水に削られ、不思議な模様を刻まれ、音を立てながら、少しずつ姿を変えている。

私たちが「氷山が融ける」と聞いて想像するのは、コップに入れた氷がだんだん小さくなるような姿かもしれません。南極観測船がウエイトの代わりに持ち帰った南極の氷でオンザロックを作ったこともありましたが、氷の中に溶け込んでいる太古の空気が弾けるプチプチという音を聞いたことがあります。けれどA23aの水面下で起きていたのは、もっと複雑な現象でした。

しかも、融けて海へ出ていくのは淡水だけではありません。氷の中に閉じ込められていた物質も海へ放たれ、それが周囲の環境や生き物たちに影響を与える可能性があります。実際、調査隊がA23aの周囲で目にしたのは、氷だけではありませんでした。

そこには、思っていた以上に多くの生命が集まっていたのです。次は、巨大氷山のまわりにできる「漂流する世界」をのぞいてみましょう。

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第三章 融ける氷山のまわりで、なぜ生命が育つ?~巨大な氷は「漂流する世界」

巨大氷山A23aの水中へ潜った調査隊が出会ったのは、不思議な形をした氷だけではありませんでした。その周囲には、さまざまな生き物たちの姿がありました。ペンギンやアザラシ。そして私たちの目には見えない、小さな植物プランクトンや微生物たち。

一見すると、巨大な氷山の周囲は冷たく、生き物にとって厳しい世界のように思えます。ところが氷山は、ただ海に浮かんでいるだけではありません。融けながら、周囲の海そのものを変えているのです。

A23aは、南極大陸に降り積もった雪が長い時間をかけて固まり、棚氷となったものから生まれました。その氷の中には淡水だけでなく、長い年月の間に取り込まれた微細な粒子なども含まれています。氷山が融ければ、それらも海へ放出されます。

南極海では、植物プランクトンの成長に欠かせない「鉄」が不足している海域があります。そこで氷山から供給される鉄などの物質が、植物プランクトンの成長を助ける可能性があることが、これまでの研究から分かってきました。巨大氷山の通過したあとに、クロロフィル濃度の高い海域が長く続くことを衛星から確認した研究もあります。

植物プランクトンが増えれば、それを食べる生き物がやって来る。その生き物を、さらに大きな生き物が食べる。やがて、その食物連鎖の先には魚やペンギン、アザラシなどもいます。そう考えると巨大氷山は、ただ海を漂っている「氷の塊」ではなく、生命と一緒に移動する「漂流する世界」のようにも見えてきます。

しかも氷山が海へ与えるものは、栄養物質だけではありません。融ければ大量の淡水が海へ流れ込みます。淡水は塩分を含んだ海水より密度が小さいため、すぐに海全体へ均一に混ざるとは限りません。海流や風などの条件によっては、低塩分の水が表面近くに広がり、海水の層のつくられ方や混ざり方を変えることがあります。

つまり一つの巨大氷山が通過するだけで、塩分が変わる。水の密度が変わる。海の混ざり方が変わる。物質が供給される。そして生き物にも影響する。氷山の周囲には、氷山そのものとは別の小さな環境がつくられていくのです。

ただし――ここで一つ、気をつけなければならないことがあります。「巨大氷山が融ければ、必ず海が豊かになる」わけではありません。2026年に発表されたA23a周辺の観測研究では、調査時点で、氷山から融け出した栄養物質によって植物プランクトンの生産が明確に増えたという証拠は確認されませんでした。

一方、別の巨大氷山A76aでは、その影響が確認されています。研究者たちは、氷山が海の生態系へ及ぼす影響は、その氷山の性質だけではなく、海流や水温、もともとの栄養状態などによっても大きく変わると考えています。

巨大だから、必ず大きな恵みをもたらす。そんな単純な話ではないようです。だからこそ、A23aは興味深い研究対象なのでしょう。どこから来て、何を含み、どの海を通り、どんな速さで融けていくのか。その違いによって、氷山の周囲につくられる「世界」も変わっていく。そしてA23aがこれから向かおうとしていた先には、さらに大きな生命の世界がありました。

サウスジョージア島。そこは、膨大な数のペンギンやアザラシなどが暮らす、南大西洋でも有数の野生生物の楽園です。そんな場所へ、東京都よりも大きな氷山が近づいていました。氷山が生命を育むことがあるのなら、歓迎すべきことなのでしょうか。

ところが――巨大すぎる氷山は、ときに生命を脅かす存在にもなります。A23aがサウスジョージア島へ近づくにつれ、研究者たちはその行方を注意深く見守ることになりました。

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第四章 サウスジョージア島にぶつかったら、どうなる?~野生生物の楽園へ迫った巨大な壁

A23aの進路の先にあったのが、南大西洋に浮かぶサウスジョージア島です。人がほとんど暮らしていないこの島とその周辺には、キングペンギンをはじめとするペンギンや、オットセイ、ゾウアザラシ、アホウドリなど、膨大な数の野生動物が暮らしています。周囲の海には南極オキアミや魚が豊富で、それを求めてクジラたちもやって来ます。
まさに、南大西洋の「野生生物の楽園」です。そんな島へ――東京都よりも大きな氷山が近づいてきました。

人工衛星から見れば、巨大な白い壁が島へ向かって少しずつ迫ってくるようにも見えます。もしA23aが島のすぐ近くで座礁したら、いったい何が起こるのでしょう。

「巨大氷山が島へ衝突する」と聞けば、氷の塊が陸地へ激突してペンギンたちを押しつぶしてしまうような光景を想像するかもしれません。でも研究者たちが心配していたのは、少し違うことでした。ペンギンやアザラシの多くは、島で子育てをしながら海へ餌を取りに出かけます。

もしその途中に巨大氷山が居座れば、いつもの餌場まで真っすぐ行けなくなる可能性があります。氷山を大きく迂回しなければならなくなれば、それだけ余計なエネルギーと時間が必要になります。親が十分な餌を持ち帰れなければ、島で待っているヒナや子どもたちにも影響しかねません。

実際、巨大氷山によって海へのアクセスを妨げられ、ペンギンの繁殖に影響が出た例は過去にもあります。A23aについても、そうした事態が起きる可能性が心配されていたのです。生命を育むかもしれない氷山が、今度は生命の邪魔をするかもしれない。第三章で見てきた巨大氷山のもう一つの顔です。

しかもA23aは、こちらの都合で進路を変えてくれるわけではありません。どこへ行くのかを決めるのは、海流や風、そして海底の地形です。研究者たちは人工衛星から、その行方を見守りました。そして2025年2月末――。A23aの動きが、突然止まります。

ついにサウスジョージア島へ衝突したのでしょうか。ところが、そうではありませんでした。A23aが引っかかったのは島そのものではなく、島からおよそ90km離れた沖合の浅い大陸棚でした。2025年3月1日ごろから、巨大氷山はそこでほとんど動かなくなったのです。

また座礁――。1986年に南極大陸から分離した直後、30年以上も海底に引っかかっていたA23a。40年近くたって、今度はサウスジョージア島の沖合で再び海底につかまってしまったのです。結果として、研究者が懸念していたようなサウスジョージア島の野生動物への大きな影響は、この時点では予想されにくくなりました。

英国南極観測局(BAS)も、A23aがこの位置にとどまるなら、島の野生動物へ大きな影響を与えるとは考えていないとしています。「野生生物の楽園へ巨大氷山が迫る!」という映画なら、ここでエンドロールが流れてもよさそうです。島への衝突は避けられた。ペンギンたちもひと安心。めでたし、めでたし――。

……ところが。A23aの物語は、まだ終わっていませんでした。むしろここから、本当の「最期」が始まります。サウスジョージア島までやって来たA23aは、すでに南極の故郷から2,000km以上も北へ進んでいました。

そこは巨大氷山にとって、暖かい海です。波が氷の縁を削り、海水が水面下を融かし、巨大な身体には少しずつ亀裂が広がっていきます。NASAも2025年5月には、サウスジョージア沖でA23aの縁が崩れ、脆くなり始めている様子を衛星から捉えていました。

そして2025年5月末。30年以上の座礁から解放されたときと同じように、A23aは再び海底から離れました。巨大氷山は、サウスジョージア島を回り込むようにして再び動き始めます。けれど――もう、1986年に生まれたころのA23aではありません。暖かい海へ進みながら、その巨大な身体から次々と氷を切り離していきます。

40年近く続いた旅の、最後の区間。ここから私たちは、番組が追いかけていた時間を少しだけ追い越します。世界最大級の巨大氷山A23aは、いったいどうやって「A23aではなくなっていった」のでしょう。次は、その「最期」を追ってみましょう。

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最終章 40年生きた巨大氷山は、どうやって消えた?~A23a「最期の旅」

サウスジョージア島への衝突を免れたA23aは、2025年5月末、沖合の浅い海底から再び離れました。しかし、そこから始まったのは新しい旅というより、40年近く続いた旅の「最終章」でした。

南極から2,000km以上も北へやって来たA23aを待っていたのは、故郷よりも暖かい海です。水面下では海水が氷を融かし、海面では波が縁を削る。夏の日差しを受けた表面にも融解水がたまり、巨大な身体には少しずつ亀裂が広がっていきました。

そして2025年の夏。人工衛星が捉えたA23aの姿が、大きく変わり始めます。巨大な氷の塊が本体から次々と離れ、A23aはいくつもの氷山へと分かれていったのです。2025年7月には大きな破片が分離し、A23aの面積は急速に縮小していきました。

氷山は、コップの中の氷のように、ただ均等に小さくなって消えていくわけではありません。水面下から融かされる。波に削られる。亀裂が入る。その亀裂へ融解水が流れ込む。そして、自分自身の重さに耐えられなくなった部分が大きな塊となって離れていく。

融けながら、割れる。割れながら、また融ける。それを繰り返しながら、一つだった巨大氷山は、少しずつ「A23aではなくなっていった」のです。2026年1月、NASAの人工衛星が捉えたA23aの表面は、青く染まっていました。それは氷そのものが青く変色したのではありません。表面に大量の融解水がたまっていたのです。

水は氷の亀裂へ入り込みます。そして亀裂の中にたまった水の重さが、さらに氷を割る力になることがあります。NASAは、このころにはA23aが完全に崩壊するまで長くはないとみていました。そして2026年3月末。かつて数千平方キロメートルあったA23aの本体は、わずか約170平方キロメートルにまで縮小していました。周囲には、かつて自分の一部だった無数の小さな氷山が浮かんでいます。

1986年。南極大陸の棚氷から、一つの巨大氷山が生まれました。ところが、すぐに海底に引っかかってしまいます。それから30年以上。A23aは、ほとんど同じ場所にいました。ようやく海底を離れて旅を始めたと思えば、今度は巨大な海の渦につかまり、同じ場所を何か月も回り続けました。

そこから抜け出して北へ進めば、野生生物の楽園・サウスジョージア島が待っていました。島へ衝突するのかと世界が見守るなか、今度はその沖合で再び座礁。そして再び自由になったときには――A23aには自身に残された時間が、もうわずかだったのです。

なんとも不思議な40年です。長い時間、ほとんど動かなかった氷山が、最後の数年間で2,000km以上を旅し、海の中から融かされ、巨大な身体をいくつにも分けながら消えていきました。

では、40年生きた巨大氷山は、どうやって消えたのでしょう。その答えは、「融けたから」だけではありませんでした。海水に削られ、波に削られ、表面に水をため、亀裂を広げ、巨大な身体をいくつもの氷山へ分けながら――最後には「A23a」という一つの巨大氷山ではなくなっていったのです。

そして、ここで一つ思い出すことがあります。番組の調査隊がA23aの水中へ潜ったとき、彼らが見つめていたのは「貝がら模様」の氷や、不思議な音でした。そのころA23aは、まだ世界最大級の巨大氷山として海に浮かんでいました。でも、その少し先の未来から振り返ってみれば――あの水中で起きていたことは、A23aの「最期の始まり」だったのかもしれません。

そして氷山が消えても、そこにあった水まで消えるわけではありません。南極に雪として降り、長い時間を氷として過ごした水は、融ければ再び海の一部になります。その淡水が海をどう変えたのか。氷とともに運ばれた物質が、生き物たちにどんな影響を与えたのか。A23aが海に残したもののすべてが分かるのは、まだずっと先なのかもしれません。

だから、この物語には本当の意味での「完結」は、まだありません。ただ、一つの巨大氷山としてのA23aの旅は終わりました。1986年、南極で生まれた氷山は、40年近い時間をかけて海を旅し、最後には無数の氷と水になって――海へ還っていったのです。

≪後日談≫
NASAのPACE衛星が2026年1月25日、崩壊していくA23aの後方にクロロフィルの濃いプルームを観測している。クロロフィルは植物プランクトン量の指標になるため、A23aが融けて崩れていく過程で、周囲で植物プランクトンの増殖を促した可能性が示されている。ただし、調査船がそれ以前に採取した試料では、融解水による生物地球化学的な影響はまだ小さかったという結果もあり、「巨大氷山が生命を増やした」と単純に断定する段階ではない。


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