奈良県葛城市の當麻寺に、春の訪れを告げる伝統行事「練供養(ねりくよう)」が受け継がれています。金色の面をつけ、きらびやかな装束をまとった菩薩たちが境内の橋をゆっくりと進む姿は、奈良時代の尼僧・中将姫が極楽浄土へ導かれたという伝説を今に伝えるものです。
千年以上にわたり、人々はこの行事に手を合わせ、亡き人への思いや極楽への願いを重ねてきました。菩薩役を務める地元の人々は稽古を重ね、その一歩一歩に祈りを込めて春の舞台へ向かいます。
今回の「新日本風土記」では、當麻寺の練供養と、その舞台となる竹内街道・横大路の美しい街並みをたどりながら、奈良に息づく祈りの風景を描きます。
【放送日:2026年6月30日(火)20:00 -21:00・NHK-BS】
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新日本風土記「奈良 菩薩が来た道」の舞台は當麻寺
今回の「新日本風土記『奈良 菩薩が来た道』」の舞台は、奈良県葛城市にある當麻寺です。
奈良盆地の西に位置する當麻寺は、飛鳥時代に創建されたと伝わる古刹で、浄土信仰の寺として千年以上にわたり人々の祈りを受け止めてきました。境内には東西二つの三重塔が並び立ち、奈良時代の面影を今に伝える貴重な景観が広がっています。
毎年春に営まれる「練供養」は、當麻寺を代表する伝統行事です。中将姫(ちゅうじょうひめ)が阿弥陀如来と二十五菩薩に迎えられ、極楽浄土へ導かれたという伝説をもとに、金色の面と華やかな装束をまとった菩薩たちが境内の橋をゆっくりと渡ります。その姿を前にすると、多くの参拝者が自然と手を合わせ、静かに祈りをささげます。
今回の番組では、練供養の華やかな舞台だけでなく、それを支える地元の人々の思いや、當麻寺のそばを通る竹内街道・横大路の風景にも目を向けます。奈良の春を彩る美しい景色とともに、千年受け継がれてきた祈りの物語が静かに描かれます。
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中将姫とは?極楽浄土へ導かれた奈良時代の尼僧
當麻寺に伝わる「練供養」を語るうえで欠かせないのが、中将姫(ちゅうじょうひめ)の伝説です。
中将姫は奈良時代の貴族の娘と伝えられ、幼い頃から仏の教えを深く信じる心を持っていました。さまざまな苦難を乗り越えた末に當麻寺で出家し、阿弥陀如来への信仰を生涯貫いたと伝えられています。
伝説では、中将姫が極楽浄土を願ってひたむきに祈り続けた結果、阿弥陀如来と二十五菩薩が現れ、中将姫を極楽浄土へ迎えたとされています。この美しい物語が、毎年春に行われる「練供養」の由来となりました。
もちろん、中将姫の生涯には伝説として語り継がれてきた部分も少なくありません。しかし、その物語は千年以上にわたり人々の信仰を支え、當麻寺を訪れる多くの人々の心に受け継がれてきました。
「練供養」は歴史を再現する行事というだけではなく、中将姫が願い続けた極楽浄土への祈りを、今を生きる人々もともに感じることのできる春の法会なのです。
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千年続く伝統行事「練供養」とは?
當麻寺で毎年春に営まれる「練供養」は、中将姫が阿弥陀如来と二十五菩薩に迎えられ、極楽浄土へ導かれたという伝説を再現する伝統行事です。千年以上にわたり受け継がれ、奈良に春の訪れを告げる風物詩として、多くの人々に親しまれてきました。
法要の日、境内には静かな緊張感が漂います。金色の面をつけ、色鮮やかな装束をまとった二十五菩薩が、極楽浄土へ続く橋に見立てられた「来迎橋(らいごうばし)」をゆっくりと渡る姿は、この世と極楽浄土を結ぶ光景を思わせます。その厳かで美しい行列に、参拝者は自然と手を合わせ、静かに見守ります。
練供養は、華やかな伝統行事であると同時に、人々が亡き人を思い、自らの心を見つめる祈りの時間でもあります。春のやわらかな光に包まれた當麻寺には、千年前から変わらない信仰の風景が今も息づいています。
今回の「新日本風土記」では、この幻想的な行事だけでなく、その舞台裏で支え続ける人々の姿にも光を当てます。千年続く祈りは、一人ひとりの思いによって受け継がれていることが、静かに描かれていきます。
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菩薩役を務める地元の人々「菩薩講」の思い
當麻寺の練供養を支えているのが、「菩薩講」と呼ばれる地元の人々です。毎年、菩薩役に選ばれた人たちは、きらびやかな装束に身を包み、金色の面を着けて橋を渡ります。しかし、その美しい姿の裏には、本番まで何度も重ねられる稽古があります。
歩く速さや姿勢、所作の一つひとつに意味があり、派手な演技ではなく、静かな祈りを表現することが求められます。見る人の心が自然と極楽浄土へ向かうよう、一歩一歩を丁寧に積み重ねていくのです。
千年以上続いてきた練供養は、お寺だけで守られてきた行事ではありません。地域に暮らす人々が受け継ぎ、その思いを次の世代へ伝えてきたからこそ、今日まで絶えることなく続いてきました。
春になると菩薩講の人々が橋を渡り、訪れた人々が静かに手を合わせる。その変わらない風景こそが、當麻寺に流れる祈りの時間を今も支え続けています。
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竹内街道・横大路に残る祈りの風景
當麻寺の門前を通る竹内街道・横大路は、日本最古の官道の一つとされ、古くから多くの人々が行き交ってきた歴史ある道です。飛鳥や奈良、大阪を結ぶこの街道には、旅人だけでなく、信仰を胸に當麻寺を目指した人々の足跡も刻まれてきました。
春になると、街道沿いにはやわらかな光が差し込み、歴史ある町並みが穏やかな表情を見せます。練供養の日には、當麻寺へ向かう人々の静かな足取りもまた、この風景の一部となります。
千年もの間、受け継がれてきた祈りは、お寺の境内だけにあるものではありません。竹内街道を歩く人々の心の中にも、町並みを見守る家々にも、そして春の風に揺れる木々の中にも、静かに息づいています。
今回の「新日本風土記」が描くのは、華やかな伝統行事だけではなく、その行事を育み、守り続けてきた奈良の風土そのものです。遠い昔から変わらず人々が歩き続けてきたこの道は、今日もまた、新しい春と新しい祈りを静かに迎えています。
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奈良の春に受け継がれる千年の祈り
奈良県葛城市の當麻寺に伝わる「練供養」は、中将姫の伝説を今に伝えるだけではなく、千年以上にわたり人々の祈りを受け継いできた大切な行事です。橋をゆっくりと渡る二十五菩薩、静かに手を合わせる参拝者、そしてその舞台を支える地域の人々。どれ一つ欠けても、この春の風景は生まれません。
竹内街道・横大路を吹き抜ける風は、昔も今も変わることなく人々を見守り、當麻寺には今年もまた新しい春が訪れます。時代が移り変わっても、祈る心は静かに受け継がれ、この土地の風景とともに息づいています。
「奈良 菩薩が来た道」が描くのは、壮大な歴史だけではありません。一人ひとりの祈りが積み重なり、千年という時間を越えて受け継がれてきた、人と風土の物語です。
當麻寺の橋を渡る菩薩たちの姿は、春のひとときだけの光景かもしれません。しかし、その祈りは行事が終わったあとも、この道を歩く人々の心の中で、これからも静かに生き続けていくのでしょう。