旅人が根づいた故郷|富山が育んだ出会いの物語【新日本風土記】

故郷を作る旅人 BLOG
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旅人は、いつも通り過ぎるだけとは限りません。仕事を求めて訪れた人。戦火を逃れてたどり着いた人。新しい暮らしを求めて移り住んだ人。富山県西部には、そんな人々が運んできた技や文化、祈りが今も息づいています。

加賀藩の殿様に招かれた鋳物師たちは高岡のものづくりを支え、中央アジア生まれのチューリップは砺波の風景となりました。東京から疎開した版画家・棟方志功は福光で人生を変える出会いを経験し、世界遺産・五箇山では移住した親子が伝統の獅子舞を受け継いでいます。

もともとは旅人だった人々が、この土地に根を下ろし、やがて故郷の一部になっていく――。『新日本風土記「富山 旅人とつくる故郷」』は、富山県西部に息づく人と人との出会いをたどりながら、故郷とは何かを静かに問いかける物語です。

【放送日:2026年6月16日(火)20:00 -21:00・NHK-BS】
【放送日:2026年6月20日(土)14:45 -15:45・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年6月21日(日)6:00 -6:59・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年6月22日(月)17:00 -18:00・NHK-BS】

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加賀藩が招いた職人たち|高岡に根づいた鋳物の技

富山県西部を代表するものづくりの町・高岡。その名を全国に知らしめているのが、400年以上の歴史を持つ高岡銅器です。この鋳物文化の始まりは、加賀藩二代藩主・前田利長が高岡の町づくりを進めた江戸時代初期にさかのぼります。

利長は町の発展を願い、鋳物づくりに優れた職人たちを各地から呼び寄せました。彼らは新しい土地で暮らしを始め、鐘や仏具、鍋や釜など、人々の生活に欠かせない品々を作り続けました。

もともとは旅人だった職人たちですが、その技術はやがて高岡の風土に根づき、地域を代表する産業へと成長していきます。

時代が変わった今も、高岡では鋳物師たちの子孫や職人たちが銅の鋳造に挑み続けています。受け継がれているのは単なる技術だけではありません。新しい土地に根を下ろし、自分たちの居場所を築いてきた人々の歴史でもあります。高岡の鋳物文化は、まさに旅人と土地がともに育ててきた故郷の物語なのです。

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異国から届いた花が風景になる|砺波とチューリップの物語

春になると、色とりどりのチューリップが咲き誇る砺波平野。今では「チューリップのまち」として全国に知られていますが、この花はもともと富山で生まれたものではありません。

チューリップの原産地は中央アジア。遠い異国で生まれた花は、長い旅を経て日本へ渡り、やがて砺波の人々の手によって大切に育てられるようになりました。砺波平野は水はけの良い土壌と豊かな水に恵まれ、球根栽培に適した環境だったといわれています。

人々は試行錯誤を重ねながら栽培技術を磨き、少しずつチューリップを地域の産業として育てていきました。その結果、砺波は日本を代表するチューリップの産地となり、春になると多くの人が訪れる花の里となったのです。

考えてみれば不思議なことです。かつては異国からやって来た花だったチューリップが、今では誰もが「富山の風景」として思い浮かべる存在になっているのですから。

人だけではありません。花もまた、新しい土地に根を下ろし、その土地の文化や暮らしの一部になっていきます。砺波のチューリップは、異国から届いた旅人が故郷の宝になった物語なのです。

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棟方志功が見つけた心の故郷|福光で出会った祈り

世界的な版画家として知られる棟方志功。しかし、彼と富山県西部との縁は、戦争という時代の中で生まれました。太平洋戦争中、空襲が激しくなる東京を離れた棟方志功は、福光の地へ疎開します。それは故郷へ帰る旅ではなく、戦火から逃れるための移動でした。

ところが、福光での暮らしは棟方志功の人生を大きく変えることになります。この地で彼は、浄土真宗の信仰や地域の人々の暮らしに触れました。人々が大切に守り続けてきた祈りの世界に深く心を動かされ、その感動は後の創作活動にも大きな影響を与えたといわれています。

棟方志功にとって福光は、生まれ育った故郷ではありません。けれども、この土地で出会った人々や文化は、彼の心の中に深く根を下ろしました。

人生を変える出会いは、必ずしも生まれた場所で待っているとは限りません。福光での日々は、棟方志功にとって新たな故郷との出会いだったのかもしれません。

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世界遺産に暮らす選択|五箇山へ移住した父娘

合掌造りの集落が残る五箇山。世界遺産として知られるこの地には、今も昔ながらの暮らしや伝統文化が息づいています。そんな五箇山で暮らし始めた一組の父娘がいます。二人は生まれ育った土地を離れ、この山里へ移り住みました。

最初から獅子舞を受け継ぐためだったのか、それとも五箇山の暮らしそのものに惹かれたのか。きっかけはさまざまだったかもしれません。けれど、この土地で暮らすうちに、地域の人々とのつながりが生まれ、春の祭りで舞われる獅子舞を受け継ぐ存在となっていきます。

伝統文化は建物だけでは残りません。そこに暮らし、受け継ぐ人がいて初めて生き続けるものです。五箇山の獅子舞もまた、土地の人々だけでなく、新たにこの地へやって来た人たちの手によって守られています。

故郷とは、生まれた場所だけを指す言葉ではないのかもしれません。誰かと出会い、暮らしを重ね、季節の行事を受け継ぐうちに、その土地は少しずつ自分の居場所になっていきます。五箇山へ移住した父娘の姿は、故郷がつくられていく過程を静かに教えてくれているようです。

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旅人が残したもの|富山西部を支える技と文化

富山県西部を歩いていると、この土地に根付いたさまざまな文化や産業に出会います。高岡の鋳物。砺波のチューリップ。福光に残る棟方志功の足跡。そして五箇山の獅子舞。それらは今では地域を代表する存在として親しまれています。けれど、その始まりをたどると、多くは外からやって来た人や文化との出会いに行き着きます。

加賀藩に招かれた職人たち。遠い異国から渡ってきた花。戦火を逃れて福光へやって来た芸術家。山里に新しい暮らしを求めた移住者たち。彼らが残したものは、単なる技術や文化だけではありません。新しいものを受け入れ、自分たちの暮らしの中で育てていこうとした人々の姿勢そのものだったのかもしれません。

文化は突然生まれるものではなく、人と人との出会いの中で少しずつ育っていきます。富山西部に残る数々の技や文化は、旅人と土地の人々がともに作り上げてきた「生きた遺産」なのです。

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故郷はつくられていく|人が紡ぐ富山の物語

故郷とは、生まれた場所のことだけを指すのでしょうか? 富山県西部をめぐる今回の旅は、そんな問いを静かに投げかけてくれます。

高岡に根づいた鋳物の技。砺波を彩るチューリップ。福光で棟方志功が出会った祈り。そして五箇山で受け継がれる獅子舞。それらは最初からこの土地にあったものではありませんでした。旅人が運び、人々が受け入れ、長い時間をかけて育ててきたものです。

そして受け継がれてきた技や文化は、やがて地域の風景となり、人々の暮らしの一部となりました。故郷とは、与えられるものではなく、つくられていくものなのかもしれません。人が出会い、暮らし、働き、祈り、次の世代へ手渡していく。その積み重ねが、いつしか「故郷」と呼ばれる場所を形づくっていくのです。

富山西部に残る数々の技や文化は、過去の遺産であると同時に、今も生き続ける物語でもあります。旅人たちが残した足跡は消えていません。それは人々の暮らしの中に息づき、今日も新しい故郷を紡ぎ続けているのです。

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