潮が引くとき、神の島は語り出す|世界遺産となった宮島44年後の再訪【よみがえる新日本紀行】

フェリーから厳島神社を見つめる女性 BLOG
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干潮の厳島神社を歩いた日のことを、いまも覚えている。海が引き、鳥居の足元まで近づけたあの時間。神の島は、思っていたよりも静かで、どこか人の暮らしに近い場所だった。

昭和56年に放送された「新日本紀行」は、そんな宮島を記録している。鹿の世話人、厳島神社の神職、しゃもじや盆を作る木工職人。聖域として敬われてきた島の営みを、当時の映像が映し出した。

それから44年。宮島は世界遺産となり、観光客は過去最多を記録する島へと変わった。だが、ろくろを回す音や木の香りは、いまも確かに受け継がれている。

よみがえる新日本紀行「宮島」。神の島は、いま何を語るのだろうか。

【放送日:2026年2月24日(火)15:30 -16:19・NHK-BSP4K】

昭和56年の宮島――神の島に生きる人々

昭和56年に放送された「新日本紀行」は、宮島を“観光地”としてではなく、“神の島に生きる人々の営み”として映し出していた。

鹿の世話をする人。厳島神社で祈りを捧げる神職。しゃもじや盆を削り出す木工の職人。島は古くから聖域として敬われてきたが、そこには確かな生活があった。潮の満ち引きとともに時間が流れ、ろくろの回転音や木を削る音が、静かな日常を刻んでいた。

神の島であることと、暮らしの島であること。その二つは、昭和の宮島ではごく自然に重なっていた。観光客が訪れる場所でありながら、島の中心にあったのは人の手の仕事だった。しゃもじや宮島細工は土産物であると同時に、島の文化そのものでもあった。

昭和56年の映像は、そんな宮島の“息遣い”を残している。

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44年後の再訪――世界遺産となった宮島はどう変わったのか?

昭和56年の放送から44年。宮島は大きな肩書きを得た。
1996年、厳島神社は世界文化遺産に登録され、いまや国内外から多くの観光客が訪れる島となった。年間の来島者数は過去最多を記録し、その姿はかつての“有名な神社”という枠を超えている。

世界遺産となったことで、宮島は「日本の聖域」から「世界の遺産」へと位置づけを変えた。フェリー乗り場の賑わい、参道の人波、多言語が飛び交う風景。島の表情は確かに変わっている。けれども、変わったのは肩書きだけだろうか。

潮は、いまも満ちては引く。鳥居は、変わらず海に立ち続ける。鹿は、人のそばで静かに草を食む。外から見た宮島は大きく変わったように見える。しかし、島の奥にある時間の流れは、驚くほどゆるやかだ。

世界遺産という名を得たことで、守るべきものがより明確になったともいえる。それは建築物だけではない。島で受け継がれてきた技や祈りもまた、宮島の一部だからだ。44年後の再訪は、変化を確かめる旅であると同時に、変わらないものを見つめ直す時間でもある。

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宮島細工の現在――ろくろがつなぐ神の島の技

世界遺産となり、観光客が増えても、宮島の手仕事は止まらない。ろくろを回し、木を削り、盆や器を形づくる宮島細工。その音は、昭和の映像と同じように、いまも島のどこかで響いている。

番組が再訪したのは、技を受け継ぐ職人たちの姿だ。単に製品を作るのではない。道具の作り方から教え、木の癖を読み、刃の当て方を体で覚えさせる。技術は言葉だけでは伝わらない。時間を共有することで、はじめて継承される。

若い世代は、伝統を守るだけでは終わらない。宮島細工の技を生かしながら、現代の暮らしに合う新しい製品づくりにも挑戦しているという。

守ることは、止まることではない。受け継ぐことは、繰り返すことでもない。ろくろは回り続ける。その円運動は、44年という時間をつなぎ、神の島の息吹を未来へと送っている。

宮島細工は土産物以上のものだ。それは、この島が聖域であると同時に、生活の場でもあることを示す証しでもある。

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潮が満ちても引いても――変わらない宮島の時間

宮島の時間は、潮とともにある。
満ちれば海に浮かぶ厳島神社は、神の領域として静かにたたずむ。引けば鳥居の足元まで歩くことができ、人の気配が近づく。聖域と日常が、潮の満ち引きによって行き来する島。それが宮島だ。

海の神域に対して、山にもまた祈りの時間が流れている。弥山の山頂近くにある霊火堂には、「不消霊火」と呼ばれる火が今も守られている。弘法大師が灯したと伝えられるその火は、代々の人の手によって絶やすことなく受け継がれてきた。その火は、広島平和記念公園の「平和の灯」にも分火されたという。

祈りの火は、島を越え、時代を越え、別の祈りへとつながっていった。もちろん、火は自然に燃え続けるわけではない。人が守り、世代を超えて引き継いできたからこそ、1200年という時間が積み重なった。

潮も、火も、木も…宮島にあるものはすべて、「守られてきた時間」の象徴なのかもしれない。44年前の映像に映った島の姿と、世界遺産となった現在の風景。表情は変わっても、祈りをつなごうとする人の営みは変わらない。

干潮の厳島神社を歩いた日の記憶を思い出す。あのとき見ていたのは、ただの観光名所ではなかったのだと、いまならわかる。宮島は、満ちても引いても、語り続ける。神の島の時間は、今日も静かに積み重なっている。

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