六甲の幻のいちごは「二郎(にろう)いちご」?【あさイチ】

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こんにちは鳥巣です。1/29のあさイチでは兵庫・六甲山の幻のいちごが中継されるようです。関東に住んでいると栃木の「とちおとめ」ばかりが有名ですが、最近では福岡の「あまおう」という品種も勢力を拡大してきました。つい最近、地元平塚のいちごを頂く機会があったのですが、品種は分かりませんでしたがとても甘い完熟いちごで、美味しくいただきました。そういえば兵庫の六甲でもいちご栽培が盛んなようなので、その歴史や品種などを調べてみました。また二郎地区では幻のいちごが栽培されているようです。

兵庫のいちごは明治時代から始まっていた?!

兵庫県では明治30年代に、大阪の玉造で行われていたいちごの苗を持ち帰ったのが始まりといわれています。戦前には作付面積が430hになって、全国1位の規模でした。しかし戦後の昭和27~28年頃にいちごの根腐れ病が蔓延したため、兵庫県農業試験場が耐病性の品種を育成するなど、苦労もあったようです。

昭和40年代からはハウス栽培が盛んになって、野菜栽培が盛んな神戸市西区などで「とよのか」という品種が作られていたそうです。いまでは神戸の気候風土にあった「さがほのか」を中心に栽培されているそうです。「さがほのか」はさがほのかは、身の大きな大果系の「大錦」と、味に優れた福岡の「とよのか(豊の香)」を掛け合わせた佐賀県オリジナル品種です。果皮はきれいな赤色、果肉は全体的に白く、多汁で甘味が強く酸味が少ないのが特徴なのだそうです。

今では全国各地でいちごの品種改良がおこなわれて、甘いいちごの品種がたくさん出ていますが、兵庫県でも明治時代からの歴史の中で、美味しくて病気に強いいちごの品種改良がおこなわれていたようです。

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六甲の幻のいちご「二郎(にろう)いちご」とは?

二郎いちごは大正時代に、兵庫県西宮市の旧鳴尾村で栽培されていた苗を持ち帰って試作したことが始まりといわれています。1950年代後半の最盛期には生産者が50人以上もいたそうですが、その後、だんだんと減少してしまいました。

それでもSNSなどで二郎いちごの名が知られるようになり、観光客が急増していて、今では毎年1万人以上がいちご狩りや直売所に訪れる人気ブランドのいちごになったそうです。

現在、「二郎いちご」が生産されているのは、神戸電鉄三田線「二郎駅」近くの二郎地区で、周辺にはいちご農家が点在し、県道15号線、通称「いちご街道」沿いは、シーズンになると「二郎いちご」を求める人で大賑わいだそうです。いちご狩りが11の農園で実施されていて予約困難なほどの人気ぶりで、直売所の多くも午前中で完売してしまうそうです。

「二郎いちご」は品種名ではなくブランド名なのだそうです。神戸市北区有野町の二郎地区内で約100年の歴史があるとのことで、”美味しさ”で売っているブランドなので、「二郎いちご」を名乗るには厳しい基準があるそうです。

「二郎いちご」を名乗るためにはまず、栽培開始から3年間は「二郎いちご」を名乗ることができません。3年後に、”いちご部会全員の承認”を得て、ようやく「二郎いちご」を名乗ることが許されるのだそうです。

厳格な基準を設けて栽培技術なども共有しながら、地区を挙げて美味しいいちごを作るというのが、二郎地区のやり方なのだそうです。こうして100年の伝統が守られてきたのですね。

二郎いちご(出典:HYO Go!ナビ)
二郎いちご(出典:HYO Go!ナビ)

現在、「二郎いちご」を栽培する農家は24軒だそうで、約100年に渡って、地元農家が世襲制で栽培し続けて来たそうです。しかし高齢化による栽培面積の縮小が進み、2014年に新規就農者の受け入れを開始したそうです。その結果、6人が新たに生産者に加わったのだそうです。

ヤマネコファーム

  • 兵庫県神戸市北区有野町二郎241
  • ※いちご狩りは完全予約制(予約はホームページにて受付)
  • URL:https://yamanekofarm.jp/

白木農園

二郎いちご狩り(完全予約制)

  • 今シーズンの開園期間:【前期(30分食べ放題)】2024年12月21日~2025年3月21日は土日祝のみ開園【後期(45分食べ放題)】2025年3月22日~6月上旬は毎日開園
  • 今シーズンの入園料:【前期(30分食べ放題)】大人2,500円、小学生1,800円、幼児1,500円、3歳未満は大人1人に付き1人無料(2人目からは1人につき500円)【後期(45分食べ放題)】大人2,300円、小学生1,600円、幼児1,300円、3歳未満は大人1名に付き1名無料(2人目からは1人につき500円)
  • 二郎いちご狩り専用サイト(神戸市園芸観光協会)https://kobe-kanko-engei.jp/ichigo/nirou/

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まとめ

兵庫のいちごは明治時代から始まっていた?!

兵庫県では明治30年代に、大阪の玉造で行われていたいちごの苗を持ち帰ったのが始まりといわれています。戦前には作付面積が430hになって、全国1位の規模でした。しかし戦後の昭和27~28年頃にいちごの根腐れ病が蔓延したため、兵庫県農業試験場が耐病性の品種を育成するなど、苦労もあったようです。

六甲の幻のいちご「二郎(にろう)いちご」とは?

二郎いちごは大正時代に、兵庫県西宮市の旧鳴尾村で栽培されていた苗を持ち帰って試作したことが始まりといわれています。今ではSNSなどで二郎いちごの名が知られるようになって観光客が急増していて、毎年1万人以上がいちご狩りや直売所に訪れる人気ブランドのいちごになったそうです。

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