神奈川県、丹沢のふもとに広がるまち、秦野。
蛇口をひねれば当たり前に出てくる水。でもその水が、どこから来て、どんな時間を通ってここに届くのか――私たちは、ふだんあまり考えない。今回の「小さな旅」が訪ねたのは、そんな“水の物語”が、いまも静かに息づく場所だった。
市内およそ30カ所で湧き出す水。それを守ろうとする人たち。そして、その水に惹かれて生きる人たち。これは、ただの“きれいな水の話”ではない。人が、水とどう向き合ってきたのか――そのやさしい記憶のような旅である。
【放送日:2026年4月19日(日)8:00 -8:25・NHK-総合】
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なぜ秦野は「水のまち」なのか?
秦野のまちを歩いていると、ときどき、ふいに水の気配に出会う。道の脇に、ひっそりと佇む湧き水。誰かがそっとペットボトルに水を汲み、また静かに去っていく。それは観光地のような賑わいではなく、暮らしの中に溶け込んだ、当たり前の風景だ。

この水は、どこから来ているのだろう。その答えは、すぐ背後に広がる丹沢の山々にある。雨や雪として降った水は、長い時間をかけて土の中へとしみ込み、岩や砂の層をゆっくりと通り抜けながら、磨かれていく。
やがてそれは、澄んだ地下水となり、秦野のあちこちで、静かに湧き出す。市内には、およそ30カ所もの湧水地。それぞれが名前を持ち、人の手で大切に守られてきた場所でもある。
そしてもうひとつ、このまちを特別なものにしている理由がある。秦野市の水道は、そのすべてを地下水でまかなっているということ。蛇口をひねれば出てくる水が、すぐ近くの大地の中で育まれたものだという感覚。それは、どこか「借りている水」ではなく、この土地とともに生きている水、という実感に近い。
たとえば、すぐ隣の平塚では、丹沢湖の水が水道として届けられている。同じ神奈川でも、水は遠くから運ばれてくるものと、足元から湧き出してくるものに分かれる。その違いは、味だけではなく、水との距離の感じ方にも、静かに影響しているのかもしれない。
だからこそ、秦野では水は「使うもの」である前に、「守るもの」として語られる。豊かであることは、そのまま安心につながるわけではない。むしろ、豊かだからこそ、失ったときの重さを知っている。
このまちが「水まもる里」と呼ばれるのは、単に湧き水が多いからではない。その水と、どう向き合ってきたか――その静かな積み重ねが、この名前を支えている。
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「水は守るものだった」地下水をよみがえらせた16年
いま、当たり前のように飲める秦野の水。その裏側には、あまり語られることのない時間がある。
かつてこのまちでは、地下水が化学物質によって汚染されるという出来事があった。目に見えない水の変化は、気づいたときには、もう深く広がっている。安心して飲めるはずの水が、そうではなくなる――その事実は、静かに、でも確かに、暮らしの足元を揺らした。
そこから始まったのが、地下水を取り戻すための長い取り組みだった。汚染の原因を探り、広がりを抑え、少しずつ水を浄化していく。その道のりは、一度きれいにすれば終わるものではなく、見えない地下で起きている変化と向き合い続ける時間だった。そして――それは16年という歳月を必要とした。
16年。それは、ひとりの人の人生の中でも、決して短くはない時間だ。担当していた職員も、途中で世代が変わっていったかもしれない。それでも、手を止めなかったのは、「水は守るものだ」という思いが、このまちの中で共有されていたから。
水は、ただ与えられるものではない。失いかけたからこそ、その価値を知り、守るという意識が生まれる。秦野の水が、いまも澄んでいるのは、自然の恵みだけではなく、人の時間と、静かな意思が重なっているからだ。
だからこそ、このまちで語られる水は、どこかやわらかくて、どこか慎重だ。それはきっと――一度、手のひらからこぼれ落ちかけたものを、もう一度、そっと受け止めた記憶があるからなのだろう。
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水に惹かれて生きる|老舗豆腐店が移り住んだ理由とは?
水は、ただそこにあるだけではない。ときに人は、その水を求めて、暮らす場所そのものを選び直す。
秦野には、そんなふうにしてやってきた人たちがいる。そのひとつが、老舗の豆腐店だ。豆腐づくりにおいて、水は“脇役”ではない。大豆を浸し、すりつぶし、火を入れ、形にしていく――そのすべての工程に、水が寄り添っている。だからこそ、どんな水を使うかで、豆腐の味わいは静かに変わっていく。
丹沢山を潜り抜けてきた秦野の水は、やわらかく、やさしい。強く主張することはないけれど、素材の輪郭をそっと引き出すような、そんな水。その性質に惹かれて、この土地へと移り住む決断をした。それは単に、良い材料を求めたというよりも、“どんな水とともに生きるか”を選んだ、ということに近い。
水を選ぶことは、その土地の時間を引き受けることでもある。山に降った雨が、長い年月をかけて磨かれ、ここにたどり着く。その流れの先に、自分の仕事を重ねる。豆腐をつくるという営みは、どこかで、その大きな時間の続きにあるのかもしれない。
だから、このまちには、豆腐屋や蕎麦屋といった、水と深く関わる仕事の人たちが集まってくる。水が人を呼び、人がその水の価値を、また次へとつないでいく。
それは、派手な出来事ではないけれど、とても確かな“循環”だ。秦野の水は、ただ守られてきただけではなく――こうして、人の生き方を選ばせる力も持っている。
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湧き水とともにある日常|秦野に流れる静かな時間
秦野の水は、特別な場所にあるわけではない。むしろそれは、ごく当たり前の暮らしの中に、静かに溶け込んでいる。
朝、やかんに水をくみ、お茶を淹れる。料理の下ごしらえに使い、ふとしたときに、ひと口飲む。そのひとつひとつに、丹沢の山からやってきた時間が、そっと重なっている。
誰かが16年かけて守った水も、遠くからこのまちに惹かれてきた人の仕事も、いまでは特別なものとして語られることは少ない。ただ静かに、日常の中に溶けている。
たとえば――すぐ隣のまちでつくられたチョコレートが、秦野へ運ばれて、「カントリーマアム」になるように。不二家の秦野工場でつくられるそのお菓子にも、きっとこの土地の水が使われている。意識することは、ほとんどないけれど、口にしたときのやわらかさのどこかに、このまちの水が、静かに息づいているのかもしれない。
水は、主張しない。でも、たしかにそこにあって、人の暮らしを支えている。秦野の時間は、少しだけゆっくりだ。水を汲む人の背中も、豆腐をつくる手の動きも、どこか急いでいない。それはきっと、水の流れる速さに、暮らしを合わせているから。
湧き水とともにある日常。それは、何かを足すことではなく、すでにあるものを、静かに受け取るということ。このまちの水は、今日も変わらず、足元から湧き出している。そして人は、その水を使いながら、同時に、守り続けている。
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まとめ|水とともに生きるということ
秦野の水は、ただ“きれい”なだけではなかった。山から生まれ、長い時間をかけて磨かれ、人の手によって守られてきた水。そのすべてが重なって、いまのやさしい味わいになっている。
失いかけたからこそ、守ろうとしたこと。守り続けたからこそ、人が惹かれてきたこと。そして気がつけば、その水は、特別なものではなく、当たり前の日常の中に溶け込んでいる。
水は、語らない。けれどその静けさの中に、このまちが積み重ねてきた時間が、たしかにある。蛇口をひねるとき。お茶を口に含むとき。ほんの少しだけ、その水の“来た道”に思いを向けてみる。それだけで、いつもの一杯が、少しだけやさしく感じられるかもしれない。
秦野は、水を使うまちではなく、水とともに生きるまちだった。