金目鯛と聞いて、まず思い浮かべるのは何でしょう。ふっくらとした身に、甘辛い煮汁がしみ込んだ金目鯛の煮付け。あるいは、脂の甘みをそのまま味わう刺身でしょうか?
鮮やかな赤い姿から「深海のルビー」とも呼ばれる金目鯛。なかでも伊豆・稲取で水揚げされる「稲取キンメ」は、「稲取といえば金目鯛」といわれるほど、この町を代表する味になっています。テレビ朝日『食彩の王国』では、そんな稲取の金目鯛を追います。
午前2時、まだ暗い海へ船を出し、水深数百メートルの海へ仕掛けを落とす漁師たち。頼りにするのは、一本のテグスを通して指先へ伝わってくる、わずかな感覚です。
網で一度にすくい上げるのではなく、一尾一尾を傷つけないように丁寧に釣り上げる。そうして水揚げされた鮮やかな金目鯛は、刺身や煮付けだけでなく、寿司、釜飯、中華、イタリアン、そしてフレンチへと姿を変えてきました。
ところが――。かつての稲取では、競り場が真っ赤になるほど金目鯛が水揚げされたといいます。それが今、昔のようには釣れなくなっている。では、稲取の金目鯛はどこへ行ったのでしょう?
獲り続けたことで減ったのでしょうか。黒潮や水温など、海の環境が変わったのでしょうか。それとも、金目鯛が食べる小魚やエビ、オキアミなどの「食卓」が変わり、魚たち自身が別の場所へ動いているのでしょうか。
おそらく、その答えは一つではありません。私たちからは見えない水深数百メートルの海では、いくつもの変化が重なり合っているはずです。ならば今回は、漁師が深海へ垂らす一本の釣り糸を、私たちも一緒にたどってみましょう。
その先にいる金目鯛から、黒潮へ。餌となる生き物へ。そして、「稲取といえば金目鯛」とこれからも言い続けられる未来へ。“深海のルビー”を食べ続けるために、私たちにできることは何なのでしょうか。
【放送日:2026年9月19日(土)9:30 -9:55・テレビ朝日】
<広告の下に続きます>
なぜ「稲取といえば金目鯛」になった?
伊豆を旅していると、「金目鯛」という文字をよく見かけます。煮付け、刺身、寿司、干物。旅館の夕食にも、土産物店にも金目鯛が並びます。なかでも東伊豆の稲取は、「稲取といえば金目鯛」といわれるほど、金目鯛と結びつきの深い町です。
では、稲取の海にだけ特別な金目鯛が暮らしているのでしょうか。そういうわけではありません。金目鯛は関東沿岸から伊豆諸島周辺など広い海域で漁獲され、神奈川県や千葉県などにも金目鯛漁があります。それでも「稲取キンメ」が一つのブランドになった背景には、どこで獲れたかだけではなく、どう獲り、どう港へ届けてきたかがあります。
稲取で受け継がれてきたのが、「立て縄」と呼ばれる釣り漁です。長い縄にいくつもの針を付け、水深数百メートルの海へ沈める。網で大量の魚をまとめて獲るのとは違い、針に掛かった金目鯛を釣り上げるため、魚体が傷つきにくく、金目鯛らしい鮮やかな赤色を保ちやすいとされています。
さらに稲取の漁は、伊豆近海の漁場へ出て、その日のうちに港へ戻る日帰り操業が特徴です。釣り上げた魚を鮮度の高いうちに水揚げし、出荷する。つまり「稲取キンメ」という名前の後ろには、漁場+釣り方+鮮度という積み重ねがあるのです。
でも、それだけなら「質のいい魚」で終わっていたのかもしれません。金目鯛は長いあいだ、稲取の人たちの暮らしにも入り込んできました。正月や祭り、祝い事などのハレの日には金目鯛の姿煮が食卓を飾る。番組に登場する「げんなり寿司」のような郷土の味も生まれました。
そして伊豆の観光が発展すると、旅館で提供される金目鯛料理を楽しみに訪れる人も増えていきます。漁師が獲る魚が、町の料理になり、観光の味になり、やがて町の名前と結びついていった。
ブランドとは、単に「高く売れる魚」という意味ではないのでしょう。そこに暮らす人たちが長い時間をかけて、「これは、私たちの町の魚だ!」と思える存在になったとき、初めて「稲取キンメ」になったのかもしれません。だからこそ、昔のように金目鯛が釣れなくなっているという話は、単なる漁獲量の問題では済みません。町の食文化にも、観光にも、そして「稲取らしさ」にも関わってきます。では、その大切な一尾を、漁師たちはどうやって深海から釣り上げているのでしょう。
番組で金目鯛漁師の内山雄斗さんと父・直久さんが港を出るのは、まだ夜も明けない午前2時ごろ。向かう先は、私たちが普段見ることのできない水深数百メートルの世界です。一本の縄の先にいる魚を、どうやって海の上から感じ取るのでしょうか?
<広告の下に続きます>
水深数百mから、どうやって一尾を釣り上げる?
午前2時ごろ。観光客が眠っている稲取の町をあとにして、金目鯛漁師の内山雄斗さんは、父・直久さんと海へ出ます。目指すのは、水深数百メートルの深い海。そこで行われるのが、稲取に受け継がれてきた「立て縄釣り」です。
「一本釣り」と聞くと、一本の竿に一本の針を付けて、一匹ずつ魚を釣る姿を思い浮かべるかもしれません。でも、稲取の金目鯛漁は少し違います。一本の長い縄に複数の針を付け、それを深い海へ垂直に近い形で沈めていきます。
仕掛けが届くのは、およそ水深200~600メートルにもなる世界。太陽の光がほとんど届かない海の中にいる金目鯛へ向けて、海の上から細い縄を下ろしていくのです。そして番組で印象的なのが、内山さんが頼りにしている「指先の感覚」です。
何百メートルも下にある針に魚が掛かった、そのわずかな変化を指に掛けたみち糸から感じ取る。考えてみれば、不思議な漁です。私たちは深海を見ることができません。そこに金目鯛が何匹いるのかも、どちらへ泳いでいるのかも、餌を追っているのかも見えない。
それでも漁師は、海面から伸びる一本の縄を通して、見えない海の様子を読み取ろうとします。しかも金目鯛は、釣り上げればそれで終わりではありません。深い場所から魚を引き上げ、できるだけ傷を付けずに扱い、その日のうちに稲取へ持ち帰る。
網で大量に漁獲する方法とは違い、一度に獲れる量には限りがあります。しかし、魚体を傷つけにくいからこそ、鮮やかな赤い姿と鮮度を保ちやすい。たくさん獲ることより、一尾の価値を高める。そんな漁のあり方も、「稲取キンメ」というブランドを支えてきました。
そして、もう一つ大切なのが獲りすぎないための工夫です。静岡県ではキンメダイ資源を守るため、漁業者による自主的な資源管理が続けられています。稲取でも、小型魚を再放流したり、針や縄の数、操業時間などに制限を設けたりする取り組みが行われてきました。
それには理由があります。金目鯛は、すぐに大きくなる魚ではありません。成長は比較的ゆっくりで、成熟するまでにも数年かかり、20年以上生きる個体もいると考えられています。だから、小さな魚まで次々と獲ってしまえば、翌年になれば元通り――とはいきません。
今日釣り上げる一尾と、何年も先の漁がつながっている魚なのです。ところが。そうやって資源を守りながら漁を続けてきた稲取でも、昔のようには金目鯛が釣れなくなっているといいます。かつては競り場が真っ赤になるほど水揚げされた金目鯛。それが減ったのだとすれば、獲りすぎたからなのでしょうか? それとも――。
金目鯛そのものが減ったのではなく、稲取の釣り糸が届く海から、どこかへ動いたのでしょうか。一本の縄の先にいるはずだった魚に、何が起きているのか。次は、その見えない深海をもう少しのぞいてみましょう。
<広告の下に続きます>
稲取の金目鯛は、どこへ行った?
かつての稲取では、競り場が真っ赤になるほど金目鯛が水揚げされたといいます。ところが今、その光景は変わりました。昔ほど金目鯛が釣れなくなっている。
そう聞くと、私たちはすぐに、「海水温が上がったから?」「地球温暖化の影響では?」と考えてしまいます。もちろん、それも検討すべき可能性の一つでしょう。でも、ここで一度立ち止まってみたいと思います。本当に「金目鯛そのもの」が減っているのでしょうか。
水産研究・教育機構による最新の資源評価を見ると、太平洋の金目鯛全体の資源量は、近年むしろ回復傾向を示しています。つまり、「稲取で昔ほど釣れない」ことと、「太平洋全体から金目鯛が減っている」ことは、同じではありません。
では、稲取の金目鯛はどこへ行ったのでしょう。まず考えられるのは、長年にわたる漁獲の影響です。金目鯛は成長の遅い魚です。1歳で約19cm、4歳で約28cm、10歳になってようやく39cmほど。産卵を始めるのも4~5歳ごろで、20年以上生きる個体も確認されています。
一年で世代が入れ替わる魚とは違い、一度資源が減れば、回復にも長い時間が必要になります。だからこそ稲取を含む静岡県の漁業者は、小さな金目鯛を再放流したり、針や縄の数、操業時間を制限したりして、資源を残す取り組みを続けてきました。
しかし、釣れなくなる理由は「魚の数」だけとも限りません。静岡県の資料を見ると、稲取では近年、黒潮などの海洋環境の変化に加えて、針に掛かった金目鯛がサメやイルカ、バラムツに食べられてしまう「食害」も問題になっています。
さらに、漁業者そのものも減っています。船の数が減る。海へ出る回数が変わる。一尾を釣り上げる前に、別の生き物に食べられる。これらもすべて、港へ運ばれる金目鯛の漁獲量を変える要因になります。
そして、もう一つ考えてみたいのが、金目鯛の「居場所」そのものが変わっている可能性です。標識を付けて放流する調査では、伊豆東岸沖の金目鯛の多くはこの海域にとどまる一方、一部は伊豆諸島南部から高知県沖、さらには南西諸島沖まで大きく移動することが分かっています。金目鯛は、そのすべてがずっと同じ場所にいる魚ではないのです。
海流が変われば…。水温の分布が変われば…。あるいは、餌になる小魚やエビ、オキアミなどの居場所が変われば…。金目鯛にとって「居心地のいい海」も変わるかもしれません。
ただし、ここから先は慎重に考える必要があります。
「黒潮が変わったから金目鯛がいなくなった」
「海水温が上がったから別の場所へ移動した」
と、現時点で一つの原因に決めることはできません。
漁獲の影響。次の世代がどれだけ育っているのか。黒潮などの海況。水温。餌となる生物の分布。魚群そのものの移動。サメやイルカなどによる食害。そして、漁師や漁船の減少。そのいくつかが重なった結果として、「昔ほど稲取で釣れない」という現象が起きている可能性もあるのです。
海の変化には、たった一人の「犯人」がいるとは限りません。だから「稲取の金目鯛は、どこへ行った?」という問いにも、今のところ一つの答えはありません。でも、分からないからこそ、もう少し深く潜ってみたいと思います。
金目鯛が暮らすのは、水深数百メートルの世界。私たちが天気予報で目にする「海面水温」より、はるかに深い場所です。それなのに、黒潮はその深さとも無関係ではありません。さらに金目鯛は、小魚やエビ、オキアミなどを食べて生きています。
もし金目鯛だけを見るのではなく、その先にある金目鯛たちの食卓まで含めて海を見てみたら――。一本の釣り糸の先で起きている変化が、少し違って見えてくるかもしれません。
<広告の下に続きます>
一本の釣り糸の先で、海に何が起きている?
稲取の漁師が金目鯛を狙って仕掛けを落とすのは、水深数百メートルの海です。そこまで深ければ、地上の気温や海面水温の変化とは、あまり関係がないようにも思えます。ところが、海は「海面」「水深100メートル」「水深500メートル」と、階段のように分かれているわけではありません。
水は動き、生き物も動きます。そして伊豆の海を考えるうえで無視できないのが、すぐ沖を流れる黒潮です。黒潮というと、天気予報で見る「暖かい海水の帯」を思い浮かべます。しかし黒潮は、海面だけを薄く流れているわけではありません。厚みを持った巨大な海流で、その構造や変化は数百メートル、さらに深いところまで及びます。
だから、金目鯛が暮らす深さも黒潮と無関係ではありません。ただし、ここでも注意が必要です。「海面水温が上がったから、水深500メートルも同じように暖かくなった」という意味ではありません。海の中には水温の異なる水の層があり、その構造は季節や海流によって変化します。
つまり金目鯛にとって重要なのは、単純に「海が何度になったか」だけではなく、どんな水が、どの深さを、どの方向へ流れているのかなのかもしれません。
そして、もう一つ忘れてはいけないものがあります。金目鯛だって、お腹がすきます。金目鯛は肉食性の魚で、ハダカイワシなどの中深層性魚類、イカ類、エビ類、オキアミ類などを食べています。つまり金目鯛にとって「いい海」とは、水温が快適なだけではありません。
そこへ行けば、ちゃんとご飯が食べられること。
これも大切な条件です。では、その金目鯛の「食卓」が動いたらどうなるでしょう? 海流や水温構造が変わる。栄養塩の運ばれ方が変わる。植物プランクトンや動物プランクトンの分布が変わる。それを食べるオキアミや小魚などの分布も変わる。すると、それらを食べる金目鯛にとっても、いつもの場所にとどまり続ける理由が変わるかもしれません。
もちろん、「餌が移動したから稲取の金目鯛も移動した」と確認されたわけではありません。これは、金目鯛の食性と海の仕組みから考えられる一つの仮説です。でも、「海水温が上がったから魚が減った」という一本線より、実際の海はこちらに近いのではないでしょうか。
海の生き物は、もっと複雑につながっています。さらに気になるのが、次の世代です。最新の資源評価では、太平洋の金目鯛の親魚量は近年回復傾向にあります。ところが、若い魚が新しく資源へ加わる「加入量」は近年低い水準にあり、その推定にも不確実性が残されています。
つまり、大人の金目鯛がいることと、その子どもたちが十分に育つことは別の問題なのです。卵が産まれる。仔魚になる。小さな魚として成長する。やがて深い海で暮らす大人になる。その途中には、水温、海流、餌、捕食者など、いくつもの条件があります。もしそのどこかが変われば、影響が私たちの釣る金目鯛として現れるのは、何年も後かもしれません。
そう考えると、「稲取で金目鯛が昔ほど釣れなくなった」という一つの現象の向こう側に、いくつもの可能性が見えてきます。
過去の漁獲の影響かもしれない。黒潮などの海況が関係しているかもしれない。餌となる生き物の分布が変わったのかもしれない。次の世代が十分に育っていないのかもしれない。あるいは、それらが少しずつ重なっているのかもしれません。
私たちには、水深数百メートルの海を直接見ることはなかなかできません。でも稲取の漁師は、今日もそこへ一本の縄を下ろします。その縄の先に魚がいる…、いない…。去年まで釣れた場所で釣れない。別の場所では釣れる。そんな一つ一つの変化は、もしかすると、私たちからは見えない海の変化を知らせる小さなサインなのかもしれません。
一本の釣り糸は、金目鯛を釣り上げるためだけのものではない。海面にいる私たちと、見えない深海をつないでいる糸でもあるのです。だから、「金目鯛はどこへ行った?」という問いに、今すぐ一つの答えを出す必要はないのかもしれません。
大切なのは、分からないことを一つの原因で片づけることではなく、海で起きている変化を一つずつ見つけ、つないでいくこと。その先でようやく、「では、これからも稲取で金目鯛を獲り、食べ続けるために何ができる?」という次の問いが見えてきます。
<広告の下に続きます>
「稲取といえば金目鯛」を、未来にも残せる?
ここまで、一本の釣り糸をたどって、ずいぶん深いところまで来ました。昔ほど稲取で金目鯛が釣れなくなった背景には、漁獲の影響があるかもしれない。黒潮など海況の変化が関係しているかもしれない。餌となる生き物の分布や、次の世代が育つ環境が変わっているのかもしれない。そして、そのいくつかが同時に起きている可能性もあります。まだ、すべての答えが見つかったわけではありません。
でも、原因が一つに決まらなければ、何もできないわけではありません。稲取の漁師たちは、小さな金目鯛を再放流し、針や縄の数、操業時間などを自主的に制限しながら、資源を残す取り組みを続けてきました。研究者は、海にどれくらい金目鯛がいるのか、親魚はどれくらいいるのか、次の世代がどれだけ加わっているのかを調べ続けています。海洋研究では、黒潮や水温など、魚たちが暮らす海そのものの変化も観測されています。
そして、もう一人。料理人にもできることがあるのかもしれません。番組では、日本フレンチの巨匠・三國清三シェフがプロデュースした「ミクニ 伊豆高原」で、佐々木章太シェフが稲取キンメの新しい料理に挑戦します。
金目鯛をホタテと合わせ、その旨味を生かしたムースへ。さらに伊豆名産のトサカノリを使い、塩釜焼きに仕立てます。煮付けでもない。刺身でもない。それでも、食べているのは間違いなく伊豆の金目鯛です。
ミクニ伊豆高原
- 静岡県伊東市八幡野1172−2
- TEL:0557-54-3920
- 営業時間:11:00~14:00、16:30~18:00
- 定休日:水曜
- URL:https://mikuni-izukogen.jp/
ここで少し不思議なことに気づきます。「稲取の伝統を守る」と聞くと、昔と同じ料理を、昔と同じように作り続けることを想像しがちです。でも、本当にそうでしょうか。金目鯛を取り巻く海が変わる。漁業も変わる。町も、そこを訪れる人も変わる。ならば料理だって、新しくなっていいのかもしれません。
大切なのは、一尾の金目鯛を「高級魚だから」と消費することではなく、その一尾から、どれだけの価値を受け取れるか? 煮付けにして、ふっくらとした身を味わう。刺身にして、脂の甘みを楽しむ。寿司や釜飯にする。中華にも、イタリアンにも、フレンチにもする。骨や頭からは、また別の旨味を引き出せるでしょう。
たくさん獲れることだけが、海の豊かさではない。一尾を大切に獲り、一尾を大切に料理し、一尾を大切に味わう。それも、これからの豊かな海との付き合い方なのかもしれません。そして食べる私たちにも、できることがあります。何も、金目鯛を食べるのをやめるという話ではありません。
むしろ、おいしく食べたい。できれば煮付けも食べたいし、刺身も食べたい。フレンチのムースだって、ちょっと食べてみたい。これからも食べたいから、その魚がどこから来たのかを少しだけ知る。
どうやって獲られたのか。海で何が起きているのか。漁師たちは何を守ろうとしているのか。それを知った一皿は、知らずに食べる一皿とは、少し違って見えるのではないでしょうか。
「稲取といえば金目鯛」。その言葉が10年後も、50年後も聞かれるために必要なのは、一つの完璧な答えではないのでしょう。漁師が考える。研究者が調べる。料理人が新しい魅力を引き出す。そして私たちは、その背景を知って、おいしく食べる。みんなで少しずつ、「この先も食べられる方法」を探していく。
午前2時。稲取の港から出た船の上で、一本の縄が暗い海へ降りていきます。その先にいる一尾の金目鯛は、今日の食卓につながっているだけではありません。これから先の稲取の海にも、つながっています。
「稲取の金目鯛は、どこへ行った?」その答えを探すことは、もしかすると、「これから、金目鯛とどう生きていく?」を考えることなのかもしれません。
湘南ひらつかITサポートセンターをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。
