なぜ“お遍路の宿”を始めたのか?|人生の楽園・高知東洋町【民宿まるたや】夫婦の静かな決断

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長い道のりを歩いてきた人に、そっと寄り添う場所がある。高知県東洋町。四国八十八ヶ所を巡るお遍路道の途中に、ひとつの小さな宿が生まれた。

迎えるのは、長年ホテルで働いてきた夫婦。たくさんの“おもてなし”を経験してきたふたりが選んだのは、ひとりひとりの旅に静かに寄り添う生き方だった。歩き続ける人のために、灯りをともす。そんな宿の物語を、少しだけ覗いてみたい。

【放送日:2026年4月18日(土)18:00 -18:30・テレビ朝日】

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なぜお遍路の宿を?夫婦が選んだ“次の人生”

長い時間をかけて積み重ねてきたものを、手放すという選択は、簡単なことではない。
北野直人さんと多紀代さんは、ホテルチェーンで長年働き、ともに支配人まで務めてきた。多くの人を迎え、送り出し、“おもてなし”の最前線に立ち続けてきたふたりだ。けれどその一方で、2年に一度の転勤という生活は、どこかに根を下ろすことを難しくしていた。

「どこかに落ち着いて、のんびり暮らしたい」その思いは、特別なきっかけがあったわけではなく、日々の積み重ねの中で、静かに形になっていったのかもしれない。多紀代さん56歳、直人さん58歳。ふたりは早期退職という道を選び、それまでの生活に区切りをつける。

鳥取での暮らしを離れ、新しい場所を探して瀬戸内へ。いくつもの土地を見て回る中で、最初にたどり着いたのは香川県だった。それは、何かを「始める」ためというより、まずは自分たちの時間を取り戻すための一歩だったのかもしれない。

長年、人のために尽くしてきたふたりが、ようやく自分たちの暮らしに向き合う。けれどその静かな時間の中で、もう一度、誰かに寄り添う道へとつながっていくことになる。そのきっかけが、四国を巡る“お遍路”との出会いだった。

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お遍路との出会いが変えたものとは?

香川県での暮らしを始めてから、ふたりの目に留まったのは、思っていた以上に多くの“お遍路さん”の姿だった。白い装束に身を包み、それぞれの歩幅で、静かに道を進んでいく人たち。どこから来て、どこへ向かうのか。何を思いながら歩いているのか。そのひとりひとりの背景は見えないまま、ただ淡々と続いていくその姿が、どこか心に残った。

やがてふたりは、自分たちもその道をたどってみることにする。車で巡る、四国八十八ヶ所の旅だった。そこで出会ったのは、観光とは少し違う、静かな時間だった。全国各地から訪れる人たちは、それぞれに異なる理由を胸に抱えている。

祈りのために。区切りをつけるために。あるいは、ただ歩くことで何かを見つけるために。言葉を交わさなくても伝わってくるものがあった。それは、旅の“目的”ではなく、その人がここに来るまでに歩いてきた時間の重さだったのかもしれない。

そのとき、ふたりの中に生まれたのは、特別な決意というよりも、ごく自然な感情だった。「この人たちに、何かできることはないだろうか」長年の仕事の中で培ってきた“おもてなし”は、決して形だけのものではなかった。

目の前の人の状態に気づき、必要な距離で寄り添うこと。その感覚が、この巡礼の道の中で、静かに重なっていく。お遍路という旅のそばで、誰かの時間に寄り添うこと。それが、ふたりにとっての次の人生の輪郭を、少しずつ形づくっていった。

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難所の途中にある“オアシス”という役割

四国八十八ヶ所の中でも、23番札所・薬王寺から24番札所・最御崎寺までの道のりは、ひとつの大きな区切りとされている。およそ75キロ。山を越え、海沿いを歩き、ただ距離を進むだけではない、体力も気力も試される道だ。

その中間に位置するのが、高知県東洋町。歩き続けてきた人にとって、ちょうど身体の限界と向き合う頃にたどり着く場所でもある。“民宿まるたや”は、そんな道の途中に、静かに灯りをともしている。派手な看板も特別な設備もない。けれど、扉を開けたときに感じるのは、どこかほっとするような空気だった。

それは、ただ「休める場所」という意味ではない。歩いてきた時間をいったんほどいて、また次の一歩へと向かうための、心と身体の両方を預けられる場所。

お遍路という旅は、誰かと競うものでも、ゴールを急ぐものでもない。だからこそ、途中にある“オアシス”の存在が、その人の歩み方をそっと支えている。そしてそれは、用意されたサービスの形ではなく、そこにいる人の気配や、言葉の温度によって生まれていくものなのかもしれない。

直人さんと多紀代さんがつくろうとしているのは、まさにそんな場所だった。ただ泊まるだけではなく、少しだけ呼吸を整えられる場所。歩いてきた理由を、もう一度思い出せる場所。この宿があることで、また一歩、前に進める人がいる。そう思えることが、ふたりにとっての“役割”になっていったのかもしれない。

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“おもてなしのプロ”が大切にすること

長年、ホテルで働いてきたふたりにとって、“おもてなし”は特別なものではなく、日々の中で磨かれてきた感覚だった。快適に過ごしてもらうために、先回りして整えること。不便を感じさせないこと。そして、誰にとっても心地よい時間をつくること。それは、多くの人を迎える場所として、とても大切な役割だった。

けれど、“民宿まるたや”で向き合うのは、少し違う時間を歩いてきた人たちだ。長い道のりを経て、それぞれの思いを胸に、この場所へたどり着く。疲れを抱えたまま、言葉にしきれない何かを持ったまま、静かに部屋に入っていく人もいる。そんなときに必要なのは、決められたサービスではなく、その人の状態に気づくことだった。

声をかけるか、そっとしておくか。話を聞くか、あえて触れないか。その“間合い”は、マニュアルでは測れない。長年の経験の中で培ってきた感覚が、ここではより繊細なかたちで生きている。それは、何かを与えるというよりも、その人が自分の時間を取り戻すための余白を守ること。

必要以上に踏み込まず、でも決して離れすぎない。そんな距離で寄り添うことが、ふたりにとっての“おもてなし”になっていった。派手さはない。けれど、ふとしたときに思い出されるような、静かなぬくもりがそこにはある。

この宿で過ごした時間が、また歩き出す力になるとしたら——それこそが、ふたりが大切にしていることなのかもしれない。

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地域とともに生きる宿

お遍路さんが訪れるのは、“民宿まるたや”という一軒の宿だ。けれど実際には、その人たちは東洋町という土地に足を踏み入れている。長い道のりの途中で、ひとつの場所に迎えられるということ。それは、宿だけではなく、その土地に流れる時間や、人の気配に触れることでもある。

“まるたや”がある建物は、かつて旅館として使われていた場所だった。前の持ち主の思いを受け継ぎ、屋号もそのまま残したのは、この場所に積み重なってきた時間を、大切にしたいという気持ちからだ。新しく始めるのではなく、ここにあったものを、もう一度灯す。その選択は、地域との関係の中でも、静かに意味を持っていく。

宿の再開を喜ぶ声。ふたりの挑戦を見守るまなざし。何気ない会話や、ささやかな支え。そうしたつながりの中で、“まるたや”は少しずつ、この土地の一部になっていく。お遍路さんにとっては、一夜を過ごす場所かもしれない。けれどその一夜の中には、この土地で生きている人たちの時間が、確かに流れている。

それに触れることで、また一歩を踏み出す力が生まれるのだとしたら——この宿は、ただ人を迎える場所ではなく、人と土地とを、そっとつなぐ場所なのかもしれない。

民宿まるたや

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まとめ|歩く人と、迎える人のあいだにある灯り

長い道を歩いていると、どこかで立ち止まりたくなる瞬間がある。それは、体が疲れたときかもしれないし、心が少しだけ重くなったときかもしれない。

“民宿まるたや”は、そんな時間の途中に、静かに寄り添う場所だった。長年、人を迎えてきたふたりが選んだのは、誰にでも同じように接することではなく、目の前のひとりに、そっと向き合うこと。そのやさしさは、言葉にならなくても、きっとどこかで伝わっていく。

そしてまた、歩き出す。宿を出ていくその背中を、追いかけることも、引き止めることもなく、ただ静かに見送る。けれどその人の中には、ほんの少しのぬくもりが残っている。

歩く人と、迎える人。そのあいだにあるのは、大きなものではないのかもしれない。それでも確かに、次の一歩を支える“灯り”が、そこにはある。

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