“いつか自分の店を”|山里で始まった釣りめし食堂の夢・兵庫県多可町【人生の楽園】

ひろちゃん食堂 BLOG
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兵庫県多可町の山あいに、海の幸を楽しめる小さな食堂がある。看板に並ぶのは、海鮮丼、サワラの炙り、サバ寿司――。まるで港町のような料理だが、店があるのは、日本海から遠く離れた静かな山里だ。店を営むのは、足立政樹さんと博子さん夫妻。釣り歴50年の政樹さんが自ら海へ通い、釣り上げた魚を料理している。

実は政樹さんには、若い頃から心の奥にしまっていた夢があった。
「いつか、自分の店を持ちたい」
しかし現実は忙しく、夢は“いつか”のまま時を重ねていく。そんな政樹さんの人生を動かしたのが、釣りを通じて出会った博子さんだった。

休日に海へ出かけ、釣った魚をふたりで料理し、近所の人たちに振る舞う。その時間の積み重ねが、やがて“食堂を開く”という新しい夢へ変わっていった。

山里に生まれた、小さな釣りめし食堂。「人生の楽園」が見つめるのは、海を愛する夫婦がたどり着いた、もうひとつの人生のかたちでだった。

【放送日:2026年5月9日(土)18:00 -18:30・テレビ朝日】

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なぜ山里で海鮮なのか?|多可町に生まれた“釣りめし食堂”

兵庫県多可町は、山に囲まれた静かな町だ。杉林。川の流れ。田畑の広がる里山の風景。そんな場所で、新鮮な海の幸を味わえる食堂が人気を集めている。少し不思議な取り合わせにも思えるが、その理由は、とてもシンプルだ。

店主の足立政樹さんが、筋金入りの“釣り好き”だからである。小学生の頃から父親と海へ通い、釣った魚を家でさばく。そんな時間の中で、自然と釣りも料理も身についていった。そして大人になった今も、休日になると日本海へ向かう。

山里に暮らしながら、海へ通い続ける人生。だからこの店には、ただ“魚料理を出す”だけではない空気がある。
「今日はこんな魚が釣れた」
「海がきれいやった」
「脂がよう乗っとる」
そんな会話ごと、お客さんに味わってもらいたいのかもしれない。

真鯛の漬け丼。サワラの炙り。肉厚のサバ寿司。山の中なのに、どこか海辺の食堂のような匂いが漂う。――なぜ山里で海鮮なのか。その答えはきっと、“好きなものを誰かと分け合いたい”という、政樹さんのまっすぐな気持ちの中にあるのだろう。

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“いつか自分の店を”|心の奥に残っていた夢

若い頃の政樹さんには、ぼんやりと思い描いていた夢があった。
「いつか、自分の店を持ちたい」
けれど、その夢は、すぐに現実になるものではなかった。高校卒業後に就職したのは、テレホンカードを製造する会社。当時は、街の公衆電話にも行列ができる時代だった。

記念テレホンカードを集める人も多く、財布や引き出しの奥から、“○○開通記念”なんてカードが今でも出てくる人もいるかもしれない。けれど時代は変わっていく。携帯電話が広まり、公衆電話を使う人は少なくなっていった。会社の経営も厳しくなり、政樹さんは退職を経験する。その後、運送会社へ再就職。

忙しく働きながらも、休日には海へ通い続けた。釣りだけは、ずっと変わらなかった。海へ向かう時間。魚を追いかける時間。釣った魚を料理する時間。そうした積み重ねの中で、“いつか店をやりたい”という思いは、消えることなく、心の奥に残り続けていたのだろう。

夢を諦めたわけではない。ただ、人生の途中で、そっとしまい込んでいただけだった。――そしてその夢は、新しい出会いによって、再び動き始めることになる。

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海へ通って出会ったふたり|釣りデートがつないだ人生

人生の楽園に登場する人たちは、どこか共通している。若い頃に抱いていた夢。忙しさの中で、しまい込んでいた気持ち。そして人生の後半で、「このままでいいのだろうか」と立ち止まる瞬間。

政樹さんにとって、その時間を動かしたのが、博子さんとの出会いだった。博子さんもまた、人生の中でたくさんの時間を懸命に生きてきた。結婚、子育て、そしてシングルマザーとしての日々。介護福祉士として働きながら、3人の子どもたちを育て上げた。そんなふたりを結びつけたのが、“釣り”だった。

休日になると、日本海へ向かう。海を見ながら過ごす時間。釣った魚を一緒に料理する時間。「今日は何が釣れるかな」と笑い合う時間。特別なことではない。けれど、そうした何気ない時間の積み重ねが、ふたりの人生を少しずつ近づけていった。

そして、釣った魚を近所の人たちに振る舞ううちに、周囲から「お店をやったら?」という声がかかるようになる。好きなことを、誰かと分け合う。その楽しさが、しまい込んでいた夢を、もう一度動かし始めたのだろう。――海へ通う時間は、いつの間にか、ふたりの未来への航海へ誘う道になっていた。

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山里で味わう海の幸|釣り歴50年が生む魚料理

『おうちごはん ひろちゃん食堂』の魅力は、やはり“魚の美味しさ”にある。けれどそれは、高級魚を並べるという意味ではない。長年、海へ通い続けてきた政樹さんだからこそ分かる、“いちばん美味しい食べ方”があるのだ。

今の季節の自慢は、真鯛の漬け丼。春は真鯛の季節だ。釣り上げた魚を丁寧に仕込み、旨味を引き出していく。さらに、お客さんの目の前で炙るサワラ御膳や、肉厚のサバ寿司も人気だという。

山里にいながら、まるで港町の食堂に来たような気分になる。しかもそこには、ただ“美味しい料理”を食べるだけではない時間が流れている。
「今日は波が高うてなぁ」
「このサワラ、脂ええ感じやろ」
そんな会話を交わしながら、海の話を聞く。きっと政樹さんにとって料理とは、“話を聞いてもらうためのお礼”なのかもしれない。

釣りのこと。海のこと。今日の魚のこと。好きなものを誰かと分け合う。その時間そのものが、この店のいちばんのごちそうなのだろう。――釣り歴50年。海へ通い続けてきた時間は、山里の小さな食堂に、やさしい海の匂いを運んでいる。

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“店やったら?”が背中を押した|地域とつながる食堂

政樹さんと博子さんは、もともと“店を始めよう”と決めていたわけではなかった。休日に海へ行き、釣った魚を料理して、近所の人たちに振る舞う。そんな時間を楽しんでいただけだった。けれど、その料理を食べた人たちは、自然とこう言うようになる。
「これ、美味しいなぁ」
「店やったらええのに」
その言葉は、長いあいだ心の奥にしまっていた夢を、少しずつ動かしていった。

もちろん、簡単な挑戦ではない。空き物件を購入し、夫婦で少しずつリフォーム。政樹さんは、20年近く勤めた運送会社を辞め、厨房に立つ決意をする。けれどそこには、“不安”だけではない空気があった。
「やってみたらええやん」
「応援しとるで」
地域の人たちが、自然とふたりの背中を押してくれたのだ。

そして2024年、『おうちごはん ひろちゃん食堂』はオープンした。今では地元の人だけでなく、ツーリング途中のバイカーたちも立ち寄る人気店になっている。山の道を走ってきた先で、新鮮な魚料理を味わう。そんな“ちょっと意外な楽しさ”も、この店の魅力なのだろう。

――“店やったら?”そのひと言はきっと、ふたりの人生をもう一度動かした、小さな追い風だったのかもしれない。

おうちごはん ひろちゃん食堂

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人生は、好きなことで温かくなる|夫婦が見つけた“楽園”

山の中の小さな食堂には、今日も笑い声が響いている。炙った魚の香り。湯気の立つあら汁。「美味しかったよ」と帰っていく人たちの表情。そこには、特別に豪華なものがあるわけではない。けれど、“好きなこと”を大切にしながら生きる温かさが、店いっぱいに流れている。

若い頃に抱いていた夢。忙しさの中で、そっとしまい込んでいた気持ち。それでも人生は、ある日もう一度、動き出すことがある。海へ通い続けた時間。ふたりで料理を作った時間。「店をやったら?」と笑ってくれた人たち。そのすべてが重なって、『おうちごはん ひろちゃん食堂』は生まれた。

好きな魚を釣り、その美味しさを誰かと分け合う。ただそれだけのことなのに、なぜか人は、そういう場所に心を惹かれる。きっとそこには、“幸せに生きること”のヒントがあるからなのだろう。――人生は、好きなことで温かくなる。山里で海の幸をふるまう夫婦の姿は、これからも多くの人に、やさしい時間を届けていくのかもしれない。

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