白いご飯が、どーんと200g。その真ん中に乗っているのは――ほんのひとかけらの鮭。わずか5g。「えっ、鮭これだけ!?🤣」思わずそう言いたくなるこのご飯が、秋田県大仙市で話題になっている「げきからぼだっこ飯」です。
「ぼだっこ」とは、秋田で昔から食べられてきた塩ざけのこと。なかでも昔ながらのものは、ひと口かじれば思わず白いご飯が欲しくなるほど、強烈にしょっぱい。だから、鮭が5gしかないのではありません。5gもあれば、ご飯200gを食べられてしまうのです。
でも、ここでちょっと不思議に思います。これほど塩辛い鮭が生まれたのは、冷蔵庫も冷凍庫もなかった時代。魚をできるだけ長く保存するため、たっぷりの塩を使うことには、ちゃんと意味がありました。
ところが今は、冷蔵庫があります。冷凍もできます。むしろ健康のためには「減塩」がすすめられる時代です。だったら、こんなにしょっぱい鮭は、とっくに食卓から消えていてもおかしくないはず。
それなのに――。昔ながらの強烈な塩辛さをそのまま生かした「げきからぼだっこ飯」が、今度はSNSで注目されるようになりました。2026年9月29日のNHK「あさイチ」では、秋田県大仙市から、この「バズる塩ざけ!ぼだっこ」が中継で紹介されます。
秋田には、他にも「いぶりがっこ」のように、厳しい冬を越すための保存の知恵から生まれ、今ではその香りや味そのものが愛されている食べ物があります。
食べ物を守るためにつけた、強い塩味。冬を越すために生まれた、保存食。保存する必要が薄れた今も、どうして私たちは「保存食の味」を食べ続けているのでしょう?そして、冷蔵庫のない時代からやってきた味が、なぜSNSの時代になって、もう一度「おもしろい」「食べてみたい」と見つけてもらえたのでしょう。
今回は、白いご飯の上にちょこんと乗った5gのぼだっこから、秋田の保存食と「しょっぱい味」が歩いてきた時間をたどってみたいと思います。
【放送日:2026年9月29日(火)8:15 -9:55・NHK-総合】
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そもそも、どうして「ぼだっこ」はこんなにしょっぱいの?
「ぼだっこ」を初めて食べた人は、きっと驚くと思います。
「塩っぱっ!!」
普段食べている塩ざけのつもりで大きくひと口食べたら、思わず白いご飯へ箸を伸ばしたくなる。それもそのはず。秋田県大仙市で話題になっている「げきからぼだっこ飯」に使われているぼだっこは、塩分濃度がおよそ10%。さらに塩辛いものでは15%ほどにもなるといいます。
「ぼだっこ」は塩漬けしたサケの牡丹色に因んで「ぼた+っこ(秋田方面の愛称・接尾語)」という説や、塩漬けにした鮭の身が牡丹肉(イノシシ肉)に似ているからなど諸説あるようですが、はっきりしたことはわかりません。
JA秋田おばこ しゅしゅえっとまるしぇ
- 秋田県大仙市花館常保寺106−1
- TEL:0187-73-5194
- 営業時間:9:00~17:00
- 定休日:なし
- URL:http://www.chouchoumaru.com/
普通にスーパーで売っている塩ざけ(甘口)の平均塩分濃度は約2〜3%、ものによっては3%未満といいますからかなりのしょっぱさです。では、どうして昔の人は、鮭をここまで塩辛くしたのでしょう?答えをたどっていくと、まだ冷蔵庫も冷凍庫もなかった時代の暮らしへ行き着きます。
魚は、そのままでは長く置いておくことができません。そこで昔から使われてきたのが「塩」でした。塩を使うと、食品中で微生物が利用できる水分を減らすことができ、腐敗を起こす微生物が増殖しにくくなります。北海道で作られている新巻きサケも同じ原理です。
つまり、ぼだっこの強烈なしょっぱさは、最初から「白いご飯をたくさん食べるため」に生まれたわけではありません。魚を、できるだけ長く食べられるようにするため。そのために必要だった味だったのでしょう。
考えてみれば、日本各地には似た知恵があります。梅が採れれば塩に漬ける。野菜が採れれば漬物にする。魚が獲れれば塩をして、干す。伊豆などで作られてきた塩気の強いサンマなどの干物も、土地や製法こそ違いますが、「傷みやすい魚をどうやって長く食べるか」という問いから生まれた保存の知恵という点では、ぼだっこと通じるものがあります。
そして雪深い秋田には、もうひとつ有名な保存食があります。「いぶりがっこ」です。大根を干すだけではありません。煙でいぶして乾燥させ、さらに米ぬかや塩などに漬ける。いわば、干す。いぶす。漬ける。保存の知恵を重ねたような食べ物です。
冷蔵庫のなかった時代、人は目の前にある食べ物を少しでも先の季節まで残そうと、塩を使い、乾燥させ、いぶし、漬けてきました。ぼだっこの「しょっぱさ」も、そんな暮らしの中から生まれたものだったのでしょう。
ところが――ここからが面白いところです。食べ物を保存することだけが目的なら、長く保存できればそれでいいはず。なのに私たちは、梅干しの酸っぱさや、いぶりがっこの燻製香、塩ざけの強い塩気まで、「この味がおいしい」と思うようになりました。
ぼだっこにいたっては、ほんのひとかけらあれば、白いご飯をどんどん食べられてしまいます。保存するためにつけたはずの塩味が、いつの間にかご飯をおいしくする味になっている。では――「しょっぱい!」のに、どうしてご飯が止まらなくなるのでしょう?次は、白飯200gの真ん中にちょこんと乗った、たった5gのぼだっこを見てみましょう。
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「しょっぱい!」のに、どうしてご飯が止まらなくなるの?
白いご飯200g。その真ん中に、ちょこんと乗った「ぼだっこ」は、わずか5g。写真だけを見ると、「鮭、少なすぎない!?🤣」と思ってしまいます。でも、これにはちゃんと理由があります。大仙市で販売されている「げきからぼだっこ飯」に使われるぼだっこは、とにかく塩辛い。
普通の塩ざけのように一切れをおかずにするのではなく、ほんの少しひとかけら口に入れては、ご飯を食べる。また少しだけぼだっこをかじって、ご飯を食べる。そうやって食べていくと、たった5gのぼだっこでも、200gのご飯を食べられてしまうといいます。

考えてみれば、私たちの食卓には昔から、こんな食べ方がたくさんあります。梅干しを、ひとかけら。漬物を、ひと切れ。塩昆布を、ほんの少し。そして、白いご飯をたっぷり。どれも、おかずそのものを大量に食べるというより、強い塩気や酸味を少しずつ口にしながら、主食であるご飯を食べるという組み合わせです。
では、どうして塩辛いものと白いご飯は、こんなにも相性がいいのでしょう?
理由のひとつは、とても単純です。あまり味のついていない白いご飯と、強烈に塩辛いぼだっこを一緒に口へ入れれば、塩味はご飯によって和らぎます。
ぼだっこだけでは、「しょっぱっ!!💦」なのに、ご飯と合わせれば、「……もうひと口🍚」になる。しかも、ご飯にはほのかな甘みがあります。噛むほどに感じる米の甘みと、ぼだっこの強い塩気。
その対照的な味が交互にやってくるからこそ、少量のぼだっこでご飯を何口も食べるという食べ方が成立するのでしょう。塩辛いつまみが日本酒に合うのとよく似ています。
でも、ここで不思議なことが起きています。前の章で見たように、ぼだっこの強い塩気は、もともと魚を長く保存するために必要だったものです。つまり昔の人は、「ご飯をおいしく食べるために、鮭をこんなに塩辛くしよう!」と思って始めたわけではなかったはずです。
ところが、その鮭を毎日のように白いご飯と一緒に食べているうちに、「このくらいしょっぱいほうが、ご飯に合う」「少しあれば、ご飯がたくさん食べられる」そんな食べ方そのものが、暮らしの中へ根づいていった。保存するための塩味が、いつの間にか「ご飯をおいしく食べる味」に変わっていったのです。
これは、ぼだっこだけの話ではないのかもしれません。先日訪ねた横手の麹や味噌も、冬を越すための知恵から生まれ、それがやがて「いつもの味」になっていきました。
そして秋田には、まだあります。大根を干し、煙でいぶし、漬け込んだ「いぶりがっこ」。かつては食べ物を冬まで残すために必要だった煙の香りや独特の歯ごたえを、今では私たちは、「この香りがいい」「このポリポリがおいしい」と言って楽しんでいます。刻んでポテトサラダに入れてまで――。……もう冬を越すためじゃありません🤣
では、秋田の保存食はいつから、「長く食べられるから食べるもの」から、「この味だから食べたいもの」へ変わったのでしょう? 次は、ぼだっこの強烈な塩気から少し離れて、秋田に残る保存食そのものを見てみましょう。
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秋田の保存食は、どうして「保存」以上の味になったの?
ぼだっこの強烈な塩辛さは、魚を長く保存するために生まれました。でも秋田の食卓を見渡してみると、食べ物を冬まで残すために工夫されたのは、魚だけではありません。その代表が、「いぶりがっこ」です。
秋田の冬は、雪が多く、気温も低い。大根を沢庵などの漬物にするために干そうとしても、雪の季節には屋外で十分に乾燥させることが難しい。そこで人々は、大根を家の中につるし、囲炉裏の煙でいぶしながら乾燥させました。
それを米ぬかや塩などに漬け込み、冬のあいだも食べられる漬物にしたのが、いぶりがっこの始まりとされています。考えてみると、なかなかすごい食べ物です。干す。いぶす。そして、漬ける。まるで、「保存食のフルコース」です。
けれど現代の私たちは、いぶりがっこを食べながら、「よし、これで冬を越せるぞ!」とは考えません。むしろ、「この燻製の香りがいい」「このポリポリした歯ごたえがおいしい」と感じています。
刻んだいぶりがっこをポテトサラダに混ぜれば、やわらかなジャガイモの中にポリポリとした食感が加わり、燻製の香りと塩気がアクセントになります。もうそこにあるのは、単なる保存のための大根ではありません。保存するために生まれた香りや食感そのものを、私たちは「おいしさ」として楽しんでいるのです。
ぼだっこも、よく似ています。魚を傷みにくくするために、たっぷり使われた塩。最初は保存のために必要だったその塩気が、白いご飯と一緒に何度も食べられているうちに、「このしょっぱさが、ぼだっこの味」になっていった。昨日「あさイチ」で訪ねた横手の発酵食にも、同じようなことがありました。
寒い土地で発酵させるために工夫してきた麹や味噌づくりが、やがてその土地ならではの甘さや「いつもの味」につながっていく。いぶりがっこなら、煙の香り。ぼだっこなら、強烈な塩気。味噌なら、麹がつくる甘みやうまみ。
厳しい冬を越すために生まれた工夫が、いつの間にか「秋田のおいしさ」になっていったのです。もしかすると、人間は不思議なことをする生き物なのかもしれません。
最初は、「こうしないと保存できない」から始めたことなのに、何年も、何十年も、何世代も食べ続けているうちに、「こうじゃないと、おいしくない」へ変えてしまう。必要だったものを、好きなものにしてしまうのです。
けれど――。今の秋田には冷蔵庫があります。冷凍庫もあります。魚を昔ほど塩辛くしなくても、大根を囲炉裏の煙でいぶさなくても、食べ物を保存できる時代になりました。そもそも秋田にだって囲炉裏にある家なんて少なくなったはずです。
それどころか、健康を考えれば現代では「減塩」がすすめられています。だったら今度こそ、ぼだっこのような昔ながらの強烈な塩味は、少しずつ消えていってもおかしくありません。それなのに――どうして「激しょっぱい味」は、今も残っているのでしょう? 次は、保存の必要が薄れた現代にも残った「ぼだっこの味」を追いかけてみましょう。
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減塩の時代に、どうして「激しょっぱい味」が残ったの?
ここまで見てきたように、ぼだっこの強烈な塩辛さには、ちゃんと理由がありました。冷蔵庫も冷凍庫もなかった時代。傷みやすい魚を少しでも長く食べるためには、たっぷりの塩を使うことに意味があったのです。
でも、今は違います。どこの家庭にも冷蔵庫があり、冷凍保存もできます。魚を昔ほど塩辛くしなくても、長く保存できるようになりました。それどころか、今の秋田では「塩を減らすこと」が大きな課題になっています。
秋田県の調査では、20歳以上の1日当たり食塩摂取量は、1996年には13.9gでした。それが2022年には10.1gまで減少しています。長い時間をかけて、秋田の食卓も少しずつ「減塩」へ向かってきたことが分かります。それでも県が掲げる目標にはまだ届いておらず、秋田県は現在も県民運動として減塩を進めています。
食塩の摂りすぎは高血圧の原因となり、脳血管疾患や心疾患などのリスクにもつながります。秋田県も、食塩摂取量を減らすことを重要な健康課題のひとつに位置づけています。
だったら――。塩分10%を超えるような昔ながらの「ぼだっこ」は、真っ先に姿を消してもおかしくなさそうです。もう保存のために、それほど大量の塩を使う必要はない。健康のためにも、塩は少ないほうがいい。それなのに、「やっぱり、ぼだっこはこのくらいしょっぱくないとね」という味が残っている。
どうしてなのでしょう? もしかすると、私たちが食べているのは「塩」だけではないからかもしれません。小さなぼだっこを、ほんの少しかじる。すぐに白いご飯を口いっぱいに頬張る。「しょっぱいなあ」と思いながら、またほんの少しだけ鮭を食べる。それは、何年も、何十年も繰り返されてきた、その土地ならではの食べ方でもあります。
塩分を減らせば、鮭としては食べやすくなるでしょう。けれど、塩辛さまで大きく変われば、「おいしい。でも、昔食べたぼだっことは違う」と感じる人もいるかもしれません。科学的に見れば、長期間の塩漬けの間に変質したアミノ酸の味が含まれているのかもしれません。
でもかつて塩は、鮭そのものを長く保存するために使われました。ところが冷蔵庫がその役目を引き受けるようになったあとも、塩辛さだけは消えなかった。なぜなら、その味にはいつの間にか、家で食べた白いご飯や、冬の食卓や、家族と囲んだ食事の記憶まで重なっていたからなのかもしれません。
つまり――昔、塩は「鮭」を保存した。そして今、その塩辛さは、「この土地で食べてきた味」を保存している。もちろん、昔と同じ量の塩を毎日のように摂る必要はありません。健康のために減塩することと、昔ながらの味を文化として残すことは、必ずしも同じ問題ではないのでしょう。
たくさん食べるのではなく、ほんの少しを味わう。そう考えると、白いご飯200gの上に乗った「ぼだっこ5g」という姿も、少し違って見えてきます。あの小さな5gには、冷蔵庫のなかった時代の保存の知恵と、「やっぱり、この味でないとね」という人々の記憶が共存して、一緒に残っているのかもしれません。
ところが今、その昔ながらの味を見つけたのは、地元の人たちだけではありませんでした。SNSに現れた、白いご飯200gに、鮭たった5g。そのあまりにも極端な姿を見て、今度はこの味を知らなかった人たちまで、「なにこれ!? 食べてみたい!🤣」と振り向き始めたのです。では――冷蔵庫のない時代の味「ぼだっこ」は、なぜ今になってバズったのでしょう?
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冷蔵庫のない時代の味「ぼだっこ」は、なぜ今バズるの?
白いご飯200g。その真ん中に、ちょこんと乗った鮭が5g。「げきからぼだっこ飯」の写真を初めて見た人なら、やっぱりこう思うのではないでしょうか。
「鮭、ちっさ!!🤣」
お弁当のおかずとして考えれば、どう見てもアンバランスです。
ところが、ここまで「ぼだっこ」の物語をたどってくると、この5gが少し違って見えてきます。鮭が少ないのではありません。これだけ塩辛いから、5gでいいのです。ほんの少しかじって、ご飯を食べる。また少しかじって、ご飯を食べる。ぼだっこを知る人にとっては、それほど不思議な食べ方ではなかったのでしょう。
ところが、その文化を知らない人がSNSで写真だけを見れば、「なんでこんなに鮭が小さいの!?」となる。もしかすると、ぼだっこが今になって注目された理由のひとつは、ここにあるのかもしれません。
新しいものをつくったからではなく、昔からあったものが、今の人には新しく見えた。冷蔵庫のなかった時代には、魚を長く保存するために必要だった強烈な塩辛さ。その塩辛さに慣れた人たちは、ほんの少しの鮭でたくさんのご飯を食べるようになった。
その食べ方まで含めて何世代も受け継がれてきた結果、現代の私たちの前に、「ご飯200g+ぼだっこ5g」という、なんとも不思議な姿が現れました。
昔の人がSNSで「バズる」ことを狙って、鮭をこんなに塩辛くしたわけではありません。もちろん、「100年後には、鮭を小さくすると映(バ)えるぞ!」なんて考えたはずもありません🤣 ただ、魚をできるだけ長く食べたかった。そのために塩を使った。その味をご飯と一緒に食べ続けた。
やがて「このしょっぱさがおいしい」という土地の味になった。そして保存する必要が薄れた時代になっても、その味だけは残った。
ところがSNSという窓を通して外の人が見た瞬間、「何これ!?」になったのです。考えてみれば、SNSで突然注目されるものには、そんなところがあります。その土地の人にとっては当たり前。作っている人にとっても、別に珍しくない。けれど、初めて見る人にとっては妙に面白い。
「当たり前」と「変なの!」の境目に、バズるものが隠れている。ぼだっこも、そんな食べ物だったのかもしれません。しかも面白いのは、ぼだっこが時代に合わせて「新しくなった」から注目されたわけではないことです。
むしろ逆です。”減塩”が叫ばれる世の中に昔ながらの極端なしょっぱさが残っていたからこそ、今の時代には新しく見えた。「とりあえずまだ減塩には遠い世代」の若者に、冷蔵庫のない時代の味が、冷蔵庫のある時代を生き延びて、スマートフォンの画面の中で再発見された。なんだか不思議な旅です。
この記事の最初に、私たちはこう問いかけました。保存する必要が薄れた今も、どうして「保存食の味」は残っているのだろう?
ぼだっこを見ていると、その答えが少しだけ見えてきます。保存するためにつけられた塩味が、ご飯をおいしく食べる味になり、何度も食べるうちに「いつもの味」になり、やがて「この味でないとね」という土地の記憶になった。
だから、保存する必要がなくなっても、味まで捨てる必要はなかったのでしょう。そして今度は、その古い味を知らない世代が、「こんなの見たことない!」と見つけてくれた。
昔、塩は鮭を保存しました。その塩辛さは、やがて土地の味を保存しました。そして今――SNSが、その保存されてきた味を、もう一度外の世界へ運び始めています。
白いご飯200gの上に乗った、たった5gのぼだっこ。あの小さなひとかけらには、冷蔵庫のなかった時代からSNSの時代まで続いてきた、長い時間が詰まっているのかもしれません。
そして明日の「あさイチ」で、その5gを見た誰かがまた、「鮭、ちっさ!!🤣」と笑う。それもきっと、昔ながらの味が次の時代へ残っていく、新しい入口なのでしょう。
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