海の森を作るのは誰か?──ラッコとケルプ、モントレー湾の復活劇|地球ドラマチック

ジャイアントケルプの森 BLOG
海の森はすべてバランスで成り立っている。
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海の中に、森がある。アメリカ西海岸、カリフォルニア州モントレー湾。冷たい太平洋の海中にそびえ立つ巨大海藻ケルプは、高さ30メートルにも達する“海の森”をつくり出す。

その森で、ラッコが浮かんでいる。お腹の上に石を置き、貝やウニを割る。ときには海藻に体を巻きつけ、波に揺られながら眠る。可愛らしい姿の裏で、彼らはある重要な役割を担っている。だがいま、その森が消えかけている。

海水温の上昇。ウニの大増殖。食い尽くされるケルプ。ラッコが減れば、ウニが増える。ウニが増えれば、森が消える。だが、ラッコだけでは森は戻らない。森は、関係でできている。

ラッコとケルプ。ウニと海流。そして、人間。海の森を作るのは誰か? その問いは、モントレー湾だけの物語ではない。

【放送日:2026年2月28日(土)19:00 -19:45・NHK-Eテレ】

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海の森とは何か?──ジャイアントケルプの世界

海の中に、森がある。ジャイアントケルプ。学名 Macrocystis pyrifera。褐藻の一種で、条件が整えば一日に数十センチも伸びる。世界でもっとも成長の速い海藻のひとつだ。海底からまっすぐ伸び、水面に達すると横に広がる。その姿はまるで、幹と枝と葉を持つ巨木のよう。

太陽の光は、ケルプの葉を通して緑色に揺らぐ。その森には、魚が群れ、アザラシが潜り、無数の無脊椎動物が暮らす。

森は構造だ。ケルプが三次元の空間をつくり、生き物に“住処”を与える。陸の森が酸素を生み、気候を調整するように、海の森もまた、炭素を吸収し、海洋生態系を支えている。

だが、この森は永遠ではない。光が足りなければ育たない。水温が高すぎても弱る。そして――食べられる。ケルプは、ウニの大好物だ。森は、成長と捕食のあいだで揺れている。そこにラッコがいる。物語は、森だけでは完結しない。

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ラッコというキーストーン──ウニを食べる小さな守り手

ラッコは可愛い。お腹の上で石を使い、ウニや貝を割る。海藻に体を巻きつけ、波に揺られて眠る。だが、その存在は“癒やし”以上の意味を持つ。

ラッコはウニを食べる。それも大量に。1日に体重の20〜30%もの餌を必要とし、その中心にあるのがウニや貝類だ。ウニはケルプを食べる。つまり、

ラッコがいる
→ ウニが抑えられる
→ ケルプが育つ
→ 森が維持される

これが「キーストーン種」という概念。建築でいう楔(くさび)。それを抜くと、構造が崩れる。ラッコが減った場所では、ウニが爆発的に増え、海底は“ウニ砂漠”になる。ウニ砂漠とは、

ケルプが減る
→ ウニが“飢える”
→ でもすぐには減らない
→ 海底に張りついて、残りの藻類を食べ尽くす
→ さらに森が消える

これを「ウニ砂漠(urchin barren)」という。

逆に、ラッコが戻ったエリアでは、ケルプが復活する例も報告されている。だがここで忘れてはいけない。ラッコはヒーローではない。森がなければ、彼らも安定して暮らせない。ラッコは森を作るが、森にも守られている。ウニは悪者ではない。ケルプも弱者ではない。すべては、捕食と成長の揺らぎの中にある。

海の森は、ラッコだけでも、ウニだけでも、ケルプだけでも成り立たない。すべてはバランス。またこの言葉に戻る。

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消えゆく森──温暖化とウニ砂漠

海の森は、静かに消える。カリフォルニア沿岸では近年、ジャイアントケルプが大幅に減少した。背景には、海水温の上昇があるとされる。温暖化により、ケルプに適した冷たい栄養豊富な海水の供給が減る。

だが、それだけではない。2010年代半ば、海の異常高温現象(いわゆる“marine heatwave”)が発生した。その影響で、ウニを捕食するヒトデ類が激減した。

捕食者が減る
→ ウニが増える
→ ケルプが食べ尽くされる

これもウニ砂漠。海底は岩とウニだけになる。

だが、ここで重要なのは、ウニはただ増えただけではない、という点。ウニは“飢えても生き延びる”。ケルプがなくなると、栄養の乏しい状態でじっと耐え、新芽が出ればすぐに食べる。つまり、一度森が崩れると、戻りにくい。これを「レジームシフト」と呼ぶこともある。生態系が別の安定状態へ移行する現象だ。

森の海から、ウニ砂漠の海へ。戻すには、単に水温が下がるだけでは足りない。ラッコが戻る。人がウニを除去する。複数の力が必要になる。

温暖化は背景だ。だが単独犯ではない。海の森は、一つの原因で崩れるのではなく、いくつもの小さなズレが重なって崩れる。それは、伊豆半島でも、モントレー湾でも同じだ。

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人は森を取り戻せるか?──モントレー湾の挑戦

ケルプの森は、自然の構造だ。だが崩れたとき、人はただ見ているしかないのだろうか? モントレー湾では、科学者と市民が動き始めている。

世界的に知られる**Monterey Bay Aquarium(モントレー水族館)**は、ラッコの保護・研究でも中心的存在だ。ラッコの行動を追跡し、食性や生息域を分析し、森との関係を可視化する。

一方で、ウニの除去プロジェクトも進められている。ダイバーが海に入り、過剰に増えたウニを取り除く。地道な作業だ。海は広い。人の手は小さい。だが、ある海域では、ウニを減らしたことでケルプが再生した例もある。

ラッコの再導入も議論されている。ただし、単純ではない。漁業との摩擦。生息域の問題。海洋環境の変化。人は“外部の修理屋”ではない。すでに生態系の一部だ。森を壊したのも人間の活動なら、森を戻す努力もまた人間。

ここで重要なのは、ヒーローになることではない。設計をやり直すことだ。ラッコを守る。ウニを管理する。海水温を抑えるために温暖化対策を進める。どれも単独では足りない。森は、関係の網でできている。人間も、その網の中にいる。

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海の森を作るのは誰か?──バランスという設計図

ラッコは森を作る。だが、ラッコだけでは足りない。ケルプは森を育てる。だが、ケルプだけでは守れない。ウニは森を食べる。だが、ウニがいなければ海は単純化する。温暖化は背景にある。海流も、栄養も、捕食者も、すべてが絡み合う。海の森は、単一の力で立っているわけではない。それは、バランスの上にある構造だ。

医療もそうだ。身体は無数の調整で保たれている。ひとつの値を動かせば、別の何かが揺れる。自然も同じ。モントレー湾では、ラッコを守る人がいる。ウニを除去するダイバーがいる。温暖化を止めようとする科学者がいる。一人でできることは小さい。だが、何もしなければ、バランスは戻らない。

海の森を作るのは誰か。ラッコか。ケルプか。人か。その問いは、答えを一つに絞らない。森は関係でできている。そしてその関係の中に、私たちもいる。できることから、コツコツと。それが、設計図を描き直すということなのかもしれない。

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