冬の港町に、湯気が立つ。
宮城県・気仙沼。三陸の海に面したこの町は、冬になると格別の表情を見せる。脂ののったメカジキ。ふっくらと育った牡蠣。どちらも今が旬だ。だが、気仙沼の冬の味は、ただ「うまい」で終わらない。東日本大震災から15年。港は再び活気を取り戻しつつある。
沖を回遊するメカジキと、山の栄養を受けて湾内で育つ牡蠣。動く魚と、育てる貝。海と山が重なり合い、人の手が加わり、ようやく食卓に届く。
番組では、天野ひろゆきさんと塚原愛アナウンサーが現地へ。冬の恵みに込められた思いを味わう。15年目の気仙沼で、いま、何が育っているのか…。
【放送日:2026年3月1日(日)11:30 -11:53・NHK-総合】
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気仙沼という港町──15年の時間とは?
三陸の海に面した港町、気仙沼。複雑に入り組んだリアス式海岸は、豊かな漁場を生み出してきた。沖を回遊する魚も、湾内で育つ牡蠣も、この地形があってこそだ。
だが、2011年3月11日。その海が町を襲った。津波は港をのみ込み、漁船も市場も流された。町は大火に包まれ何日間も燃え続けた。あれから15年。
岸壁は整備され、新しい施設も建ち、港には再び船が並ぶ。しかし、時間は単純に“元通り”にはしない。失われたものもある。新しく生まれたものもある。漁業の形も変わった。担い手の世代も移りつつある。そして、近年は山林火災という別の試練もあった。
山は海を育てる。森が傷つけば、海にも影響は及ぶ。気仙沼は、ただ復興した港ではない。試練のたびに形を変えながら、それでも海と向き合い続ける町だ。
沖を行くメカジキも、湾内で育つ牡蠣も、この15年という時間を背負っている。冬の恵みは、自然だけでなく、人の積み重ねでもある。
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水揚げ日本一のメカジキ──動く魚の力
気仙沼は、メカジキの水揚げ量日本一を誇る港だ。三陸沖を回遊するメカジキは、秋から冬にかけて脂がのる。長い吻(ふん)を持ち、外洋を高速で泳ぐその姿は、まさに“動く魚”。定置網ではなく、延縄(はえなわ)漁で一本ずつ釣り上げる。そのため身質が良く、鮮度も保たれやすい。
メカジキは大きい。体長は3メートルを超えることもある。だが身は繊細だ。赤身と白身の中間のような色合い。脂が入ると、ねっとりと甘みが広がる。刺身でも、炙りでも、ステーキのように焼いてもいい。
冬の気仙沼では、この魚が主役になる。面白いのは、メカジキが“回遊魚”だということ。特定の場所にとどまらない。広い海を動き続ける。それでも、冬になると気仙沼に戻ってくる。海流、地形、漁の技術。すべてが重なって、日本一になる。
牡蠣が“育つ味”なら、メカジキは“動く味”。港町の冬は、この対照でできている。
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山と海をつなぐ牡蠣──森の栄養が育てる味
気仙沼湾は、三陸らしい入り組んだ地形を持つ。外海の荒波を和らげ、穏やかな水面をつくる。その湾内で育つのが、牡蠣だ。牡蠣は“動かない”。自ら泳がず、海中に浮かぶいかだやロープに付着し、水中のプランクトンをろ過して生きる。
だが、その味は動いている。山に降った雨が、川を下って海へ流れ込む。森の落ち葉は分解され、栄養塩となって海へ届く。その栄養が植物プランクトンを育て、牡蠣はそれを食べて大きくなる。だから牡蠣は、「森は海の恋人」とも言われる関係の中にある。
震災で養殖施設は大きな被害を受けた。いかだは流され、浜は姿を変えた。それでも、漁師たちは戻った。海を整え、いかだを組み直し、種苗を入れ、また待つ。
そして近年は、山林火災という別の試練もあった。森が傷つけば、海への栄養の流れも変わるかもしれない。牡蠣は、海だけで育つわけではない。山と海のあいだで、静かに時間を吸い込んで育つ。
メカジキが“動く力”なら、牡蠣は“受け止める力”。気仙沼の冬の味は、この対照でできている。
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食べるということ──復興を味わうとは何か?
スタジオを飛び出し、気仙沼でメカジキを頬張る天野さん。牡蠣を口に運ぶ塚原アナウンサー。「うまいッ!」という言葉は、番組の決まり文句だ。けれど今回、その一言には少しだけ重みがある。メカジキは沖を回遊し、牡蠣は湾内で育つ。どちらも、震災を越え、再び港に並ぶようになった。
漁師が海に出る。養殖いかだを組み直す。市場が動く。店が開く。その積み重ねの先に、一皿がある。食べるということは、単に味を確かめることではない。その土地の時間を、少しだけ分けてもらうことだ。テレビ番組が現地を訪れる意味も、そこにあるのかもしれない。
「うまいッ!」と言葉にすることは、海の仕事を肯定することでもある。復興は、派手な式典だけで進むわけではない。日常が続くこと。港に魚が並ぶこと。牡蠣が育つこと。それを味わい、伝えること。15年目の冬、気仙沼の海は、静かに次の季節へ向かっている。
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冬の恵みに込められたもの──15年後の海
港に並ぶメカジキも、焼いて殻を開けば湯気を立てる牡蠣も、海そのものがくれた恵みだ。けれど、その陰には人の営みがある。沖へ出る漁師。いかだを組み、潮を読む養殖家。市場で魚をさばき、店で一皿に仕立てる料理人。
海は自然だが、漁業は文化だ。東日本大震災から15年。港の風景は変わり、設備も新しくなった。だが変わらないものもある。冬の朝の冷たい空気。水揚げを待つ岸壁の緊張。海と向き合う人の姿。
気仙沼の漁業は、ただ“戻る”ことを目指してきたわけではない。次の世代へ続けること。そのために形を変え、学び、守り、挑戦している。
メカジキも牡蠣も、今年の冬だけの味ではない。それは、15年の積み重ねの味であり、これから先へ手渡される味でもある。「うまいッ!」と声が上がる。その一言の向こうに、港町の時間がある。冬の恵みは、自然と人のあいだで育まれる。気仙沼の海は、今日も静かに動いている。