山から熊が下りてきた。畑の作物を食べた。住宅地を歩き回った。人を襲う危険がある。そんなニュースを目にする機会が増えると、「危険な熊なら、罠で捕まえればいい」と思う人もいるかもしれません。
ところが、熊をめぐる「罠」の問題を調べてみると、そう単純ではないことが分かってきます。罠にかかった熊が、人里へ出てきた熊とは限らないからです。
シカやイノシシなどを捕獲するために仕掛けた罠に、目的とは違う動物がかかってしまうことがあります。「錯誤捕獲」です。そして、その中にはツキノワグマもいます。
長野県伊那地域で錯誤捕獲されたツキノワグマの食性を調べた研究では、多くの個体が農作物など人里由来の食べ物ではなく、山にある自然の食べ物を利用していたことが分かっています。つまり、山で普通に暮らしていた熊が、たまたま人間の仕掛けた罠にかかってしまうこともある。そんな可能性があるのです。
もちろん、人の命や暮らしを脅かす熊への対策は必要です。農作物を守ることも必要です。増えすぎたシカやイノシシを捕獲するため、罠が必要になる地域もあります。だからこそ、難しい。
捕まえなければならない動物がいる一方で、捕まえる必要のなかった動物まで、同じ罠にかかってしまう。しかも相手が熊なら、「間違えました。では逃がしましょう」と簡単にはいきません。捕獲された熊に近づくこと自体に危険があり、放獣するにも専門的な知識や技術が必要になります。
では、どうすればいいのでしょう。熊がかかりにくい罠をつくる。罠を仕掛ける場所や時期を工夫する。センサーなどを使って、捕獲されたことをすぐに知る。長野県では、こうした錯誤捕獲を減らすための取り組みも進められています。
『あさイチ』の中継は、長野県伊那市から「熊対策・捕獲用ワナ」を紹介します。熊による被害が問題になる今だからこそ、罠に求められるのは、「たくさん捕まえること」だけではないのかもしれません。
必要な動物を、必要なときに捕獲する。そして、捕まえる必要のない動物は、できるだけ捕まえない。そんな「選んで捕まえる」技術も、これからの熊対策には必要になっていくのでしょう。
そこで、少し立ち止まって考えてみます。罠にかかった熊は、本当に「悪い熊」なのでしょうか?人間の暮らしを守ることと、山で暮らしている熊を必要以上に捕まえないこと。その二つを両立させる方法を、「錯誤捕獲」という問題から考えてみましょう。
【放送日:2026年8月24日(月)8:15 -9:55・NHK-総合】
<広告の下に続きます>
熊が危ないなら、捕まえればいい?──増える出没と「罠」が必要になる理由
山の近くで暮らしていなくても、熊のニュースを目にすることが珍しくなくなりました。住宅地を歩く熊。畑の作物を食べる熊。道路を横切る熊。そして、ときには人が襲われる事故も起きています。そんなニュースを見ていると、「危険な熊なら、罠で捕まえればいい」と思うのは、ごく自然なことかもしれません。人の命を守ることが、何より優先されるからです。
熊が人里へ現れるのには理由がある
けれど、そもそも熊はなぜ人の暮らす場所へやって来るのでしょう。山の木の実など餌の状況。耕作放棄地や藪の増加。人里に放置された果樹や生ごみなど、熊を引き寄せる食べ物。そして、人間と熊の生活圏の境界が曖昧になっていること。
熊の出没には、一つではなくさまざまな要因が絡んでいます。熊にしてみれば、「人間の町へ行ってやろう」と思って山を下りてくるわけではありません。食べ物を探しているうちに人里へ近づき、そこで柿や農作物、生ごみなどを見つける。
そして一度、「ここへ来れば食べ物がある」と覚えてしまえば、再び人里へ現れる可能性もあります。そうなれば、人と熊が出会う危険は高まります。
それでも、捕まえなければならない熊はいる
人間と熊の距離を保つことが大切だとしても、すべてを「熊も生きているのだから」と見守るわけにはいきません。住宅地へ繰り返し現れる。人を恐れなくなる。農作物への被害を繰り返す。人身被害につながる危険性が高い。
そうした場合には、人の安全を守るため捕獲という選択が必要になります。罠は、そのための重要な道具の一つです。けれど山や農地に仕掛けられている罠は、熊を捕まえるためのものばかりではありません。
山には、熊以外を捕まえる罠もある
農林業の現場では、シカやイノシシによる被害も深刻な問題です。農作物を食べる。苗木や樹皮を傷つける。森林の植生に影響を与える。そうした被害を減らすため、箱罠やくくり罠などを使った捕獲が行われています。
つまり山には、熊を捕まえる罠だけではなく、シカやイノシシを捕まえるための罠もある。ここに、今回考えてみたい問題があります。
罠は「あなたはシカですね」と判断してくれない
人間は、「これはシカ用」「これはイノシシ用」と目的を決めて罠を仕掛けます。けれど、野生動物にそんな事情は分かりません。そして罠そのものも、人間のように相手を見て、「あなたは今回の対象ではないので、どうぞお通りください」とは言ってくれません。シカを捕まえるために仕掛けた罠へ、別の動物が近づくこともあります。
その動物が、ツキノワグマだったら?ここから話は、急に難しくなります。相手は大型の野生動物です。罠にかかった熊は興奮している可能性があり、近づくこと自体が危険です。「間違えて捕まえたから、扉を開けて逃がしてあげよう」というわけにはいきません。
捕獲する側にも危険が生まれます。つまり罠は、人間の暮らしを守るための道具である一方、捕まえるつもりのなかった動物まで捕まえてしまう可能性を持った道具でもあるのです。
「捕まえる」だけでは終わらない熊対策
熊による被害を防ぐ。シカやイノシシによる農林業被害も防ぐ。そのためには、必要な捕獲があります。けれど、本当に難しいのはここからです。捕獲数を増やせば、それだけで問題は解決するのでしょうか?
必要なのは、「何頭捕まえたか」ではなく、「捕まえる必要のある動物を捕まえられたか?」という視点なのかもしれません。
人間の暮らしへ繰り返し現れる熊。そして、山で普通に暮らしていた熊。同じツキノワグマでも、人間側から見た「捕獲する理由」は同じではありません。ところが罠は、ときとしてその違いを越えてしまいます。
シカやイノシシを捕まえるための罠に、熊がかかってしまう。それを、「錯誤捕獲」と呼びます。捕まえたかったのは、その熊ではなかった。
<広告の下に続きます>
捕まえたかったのは、その熊じゃない──シカやイノシシの罠で起きる「錯誤捕獲」
罠を仕掛ける。しばらくして確認すると、何かがかかっている。「シカが捕れた」と思って近づいてみたら――そこにいたのは、ツキノワグマだった。
捕まえたかった動物とは違う動物が、罠にかかってしまう。これを「錯誤捕獲」と呼びます。言葉だけを聞けば、「間違って捕まえちゃったのか」くらいに思えるかもしれません。けれど相手が熊となれば、話はそれほど簡単ではありません。
「間違えました」では済まない
シカやイノシシを捕獲するため、必要な許可を得て罠を仕掛けていた。ところが、そこへ熊がかかった。だからといって、「熊を捕まえる予定ではなかったけれど、このまま捕獲してしまおう」と自由に判断できるわけではありません。
長野県のツキノワグマ管理計画では、シカやイノシシなどを対象とした罠でツキノワグマが錯誤捕獲された場合、原則として放獣することとされています。もちろん、人の安全などからやむを得ず捕獲する必要がある場合には、必要な手続きを踏んだうえで対応することになります。つまり、罠にかかった熊=そのまま捕獲してよい熊ではないのです。
じゃあ、罠を開けて逃がせばいい?
ここで、もう一つ難しい問題が出てきます。「捕まえてはいけないのなら、逃がしてあげればいい」と、そう思いたくなります。でも、罠にかかっているのはツキノワグマです。しかも突然自由を奪われ、興奮している可能性があります。
そんな熊へ人間が近づき、罠を外す。想像しただけでも危険です。放獣には、専門的な知識や技術が必要になります。捕まった熊にも危険がある。そして、放す人間にも危険がある。錯誤捕獲とは、誰にとってもうれしくない捕獲なのです。
なぜ熊がシカやイノシシの罠にかかるのか?
そもそも、なぜ熊が別の動物を狙った罠へ入ってしまうのでしょう。熊には、「シカ用」「イノシシ用」という人間の都合は分かりません。餌に引き寄せられることもある。いつもの移動経路に罠が設置されていることもある。山の中を普通に歩いていた結果、くくり罠に足を取られることだってあります。
つまり錯誤捕獲は、熊が人里へ悪さをしに来た結果とは限らない。ここが、とても大切です。人間が野生動物を捕獲するため山へ置いた罠に、そこを生活圏としていた熊が偶然かかってしまう。人間から見れば「錯誤」でも、熊にとってみれば「いい迷惑」な話で、そこはいつもの山だったのかもしれません。
捕まえてから考えるのでは遅い
では、どうするのか。重要になるのが、そもそも熊を間違って捕まえないことです。長野県では、錯誤捕獲を減らすための対策として、箱罠に熊が脱出できる穴を設けることや、熊を誘引しやすい餌を避けること、罠を設置する場所や時期を工夫することなどを挙げています。
なぜ、そこまでするのでしょう? 熊を一頭放せば終わり、ではないからです。放獣する人にも危険が伴う。時間も人手も必要になる。そして何より、本来なら捕まえる必要のなかった熊を、人間自身が危険な状況へ追い込んでしまう。
だったら、「どう安全に放すか」だけではなく、「どうすれば最初から捕まえずに済むか?」を考えたほうがいい。ここで罠に求められる役割が少し変わってきます。たくさん捕まえる罠から、間違って捕まえない罠へ。
でも、その熊はどんな熊だった?
ここで、一つ気になることがあります。錯誤捕獲された熊たちは、それまでどんな暮らしをしていたのでしょう?人里へ繰り返し現れ、農作物を食べていた熊だったのか。それとも山の中で、普通に木の実などを食べて暮らしていた熊だったのか。
もし後者だったとしたら――。私たちがニュースなどから抱きがちな、「罠にかかった熊=人間の暮らしへ入り込んできた危険な熊」というイメージそのものを、少し考え直す必要があるかもしれません。
そして長野県伊那地域では、実際に錯誤捕獲されたツキノワグマについて、何を食べていたのかを調べた研究があります。そこから見えてきた熊たちの姿は、少し意外なものでした。
次は、この記事のタイトルにもした問いを正面から考えてみましょう。罠にかかった熊は、本当に「悪い熊」なのでしょうか?
<広告の下に続きます>
罠にかかった熊は、本当に「悪い熊」?──伊那の調査で見えた意外な食生活
罠にかかったツキノワグマ。その姿を見れば、「人里へ出てきて、農作物でも食べていた熊なのだろう」と思ってしまうかもしれません。ところが、本当にそうなのでしょうか? 長野県伊那市では、その疑問を確かめる興味深い研究が行われています。調べたのは、熊の体毛でした。
一本の毛には「何を食べていたか」が残っている
私たちの身体は、食べたものからつくられています。それは熊も同じです。そこで研究チームは、2018年から2021年に伊那市周辺で錯誤捕獲され、体毛を採取できたツキノワグマ延べ58個体について、炭素と窒素の「安定同位体比」を分析しました。
少し難しそうな言葉ですが、面白いのはここからです。熊の体毛には、成長していく過程で食べたものの特徴が記録されます。毛先には晩春ごろ。中央付近には夏。毛根側には秋。つまり一本の毛を調べることで、「この熊は、季節ごとに何を食べて暮らしていたのか」を推定できるのです。
まるで熊自身が、一本一本の毛に食事日記を書いていたようです。では、罠にかかった熊たちの「食事日記」には何が残っていたのでしょう。
58個体を調べて分かった、意外な数字
結果は、少し意外なものでした。調査した延べ58個体のうち、トウモロコシなど農作物への依存が高かったと考えられたのは、わずか4個体。割合にすると7%でした。これを「多い」と思うか「わずか」と思うかはちょっと置いておきましょう。
残る93%。その熊たちは、農作物など人間由来の食べ物に依存しておらず、山の食べ物を利用していたと考えられたのです。罠にかかった熊の9割以上が、人里の食べ物を常習的に食べていた熊ではなかった。この結果は、私たちが抱きがちな「捕まった熊」のイメージを少し変えます。
「捕まった」ことと「悪さをした」ことは同じではない
もちろん、この調査だけですべての錯誤捕獲された熊についてのすべてを語ることはできません。また、人里へ出て農作物を繰り返し食べる熊や、人身被害につながる危険性のある熊への対策が必要なことも変わりません。実際、長野県も夏は山の食べ物が少なくなり、熊による農業被害が起きやすくなると注意を呼びかけています。
けれど、伊那市の調査から少なくとも一つ分かることがあります。「罠にかかった」という事実と、「人里で被害を起こしていた」という事実は同じではない、ということです。
人里のトウモロコシを覚え、繰り返し食べに来ていた熊もいた。その一方で、山の植物などを食べながら暮らしていた熊もいた。その熊が、たまたま人間の仕掛けたシカやイノシシ用の罠に足を取られてしまった。そんなケースも少なくなかったと考えられます。
「悪い熊」という言葉を、一度置いてみる
ニュースでは、ときどき熊を「危険な熊」「問題のある熊」として見ることがあります。人間の安全を考えるなら、当然必要な視点です。でも熊そのものに、「今日は人里へ行って悪さをしよう」という善悪の判断があるわけではありません。
だからこの記事で使っている「悪い熊」という言葉にも、少し注意が必要です。これは熊の性格を表しているのではなく、人間の生活に被害を与える行動をしている熊なのかという、人間側から見た問いです。そして伊那の研究は、その問いに興味深い事実を示しました。錯誤捕獲された熊の多くは、少なくとも食生活を見る限り、人里の食べ物へ依存してはいなかったのです。
長野県の資料でも、この結果について、錯誤捕獲個体を一律に駆除した場合には被害を起こしていない個体まで多く駆除してしまう可能性があると指摘しています。
だったら、人間は何をすればいい?
ここで、最初の問題へ戻ってきます。シカやイノシシはやっぱり捕獲したい。農林業被害も減らしたい。人の命も守りたい。でも、山で普通に暮らしている熊まで捕まえたいわけではない。熊にとっても迷惑。捕獲する人間にとっても危険。まさに、「Lose-Lose」です。
だったら目指すべきは、もっと単純なのかもしれません。捕まえる必要のある動物だけを、できるだけ正確に捕まえる。それができれば、熊を危険な放獣作業へ追い込まずに済みます。捕獲する人の危険や負担も減らせます。そして、人間が必要としているシカやイノシシの捕獲は続けられる。
つまり、Lose-Loseを、少しでもWin-Winへ近づける。そのためには、罠そのものも変わらなければなりません。「たくさん捕れる罠」から、「間違えない罠」へ。
では、人間はそのために何をしているのでしょう。次は、熊が脱出できる箱罠の仕組みや、設置方法の工夫、そしてセンサーや通信技術まで。「捕る技術」から「間違えない技術」へ進み始めた罠を見てみましょう。
<広告の下に続きます>
「捕る技術」から「間違えない技術」へ──熊を錯誤捕獲しない罠はつくれる?
シカやイノシシを捕まえるために仕掛けた罠へ、ツキノワグマがかかってしまう。熊だって傷つくことがあります。放獣する人には危険が伴います。けれど、だからといって、「熊がかわいそうだから、罠をなくせばいい」とは簡単に言えません。シカやイノシシによる農林業被害に悩む地域では、捕獲そのものが必要だからです。
一方で、「罠にかかったのだから、その熊も捕獲してしまえばいい」とも単純には言えません。伊那地域の調査では、錯誤捕獲された熊の多くが、人為的な食物に依存していなかったことも分かっています。
では、どうすればいいのでしょう?人間と熊のどちらかを選ぶのではなく、そもそも「間違えて捕まえる」を減らす。そのための工夫が始まっています。
熊だけが出られる「出口」をつくる
たとえば、シカやイノシシを捕獲する箱罠。長野県は錯誤捕獲を防ぐ方法の一つとして、箱罠の天井部分に30cm程度の脱出口を設けることを挙げています。シカやイノシシは捕獲する。けれど熊が入ってしまった場合には、自力で脱出できる可能性を残しておく。つまり、罠に「出口」をつくるわけです。
捕獲するための道具なのに、捕まえてはいけない動物のためには逃げ道を用意する。一見すると矛盾しているようですが、これこそ「捕る数」だけを目的にしない罠なのでしょう。
「何を置くか」でも熊を遠ざける
構造だけではありません。罠に使う餌も重要です。果物など熊を誘引しやすいものを使えば、本来対象ではない熊まで近づいてくる可能性があります。そこで、対象とする動物や地域の状況に応じて餌を工夫する。さらに、熊の出没状況に合わせて罠を設置する場所や時期を見直すことも、錯誤捕獲を減らす方法になります。
ここで大切なのは、「罠を置いたら、あとは動物がかかるのを待つ」ではないということです。そこにどんな動物が暮らしているのか。今の季節には何が山にあるのか。熊はどこを移動しているのか。野生動物の暮らしを知ることまでが、捕獲技術の一部になってきます。
「捕まった」を早く知る技術
そして罠は、通信技術(I-O-T)とも結びつき始めています。伊那市では以前から、捕獲用の罠にセンサーを取り付け、作動すると無線通信によって知らせる仕組みの実証が行われてきました。
山に設置された罠を毎日一つひとつ見回る作業は、大きな負担になります。センサーが、「罠が作動しました」と知らせてくれれば、確認までの時間と手間を短くすることができます。これは捕獲する人の省力化だけではありません。錯誤捕獲が起きた場合にも、早く把握できる可能性があります。
ただし、ここは少し慎重に考える必要があります。センサーが教えてくれるのは基本的に、「”何か”が罠にかかった」ということ。それだけでは、その動物がシカなのか、イノシシなのか、熊なのかまでは分からない仕組みもあります。
ならば次に必要になるのは、「何がかかったのか」まで判断する技術なのかもしれません。カメラや画像認識などを組み合わせれば、将来の罠はもっと「選ぶ」ことができるようになる可能性があります。
罠は、たくさん捕れれば優秀なのか?
ここまで見てくると、「優れた罠」の意味そのものが変わってきます。以前なら、「何頭捕獲できたか」が重要だったかもしれません。もちろん捕獲数が必要な場面はあります。けれど錯誤捕獲という問題を考えれば、「捕まえなくていい動物を、何頭捕まえずに済んだか」もまた、罠の性能を測る一つの尺度になるのではないでしょうか。
たくさん捕る。それだけではない。必要な動物を捕る。必要のない動物は捕らない。そして間違って捕獲した場合には、できるだけ早く把握する。罠は、「捕る技術」から「間違えない技術」へ進み始めています。
熊の味方でも、人間の味方でもなく
熊による人身被害が起きれば、人の安全を守らなければなりません。農作物を荒らすシカやイノシシが増えれば、農家の暮らしも守らなければなりません。そして、山で普通に暮らしていた熊を、必要もないのに捕まえる理由もありません。どれか一つだけを見れば、答えは簡単に見えることがあります。
けれど実際の山では、それらが全部同時に起きています。だから熊対策に必要なのは、「人間か熊か」を選ぶことではないのでしょう。人の命を守る。農林業を守る。必要な捕獲はする。そして、必要のない捕獲はできるだけ減らす。その一つひとつを、同時に成立させる方法を探していく。
錯誤捕獲を減らす技術とは、そのための試みなのかもしれません。そして、ここまで「罠をどう改良するか」を考えてきました。
でも、もう一つ方法があります。そもそも、熊を罠にかけなくても済む場所をつくることはできないのでしょうか?人が暮らす場所。熊が暮らす場所。その境界をもう一度つくり直す。最後は罠から少し離れて、伊那市が進める「棲み分け」から、捕まえない熊対策について考えてみましょう。
<広告の下に続きます>
人と熊は、罠の外で暮らせるか──「捕まえない熊対策」というもう一つの答え
ここまで、熊をめぐる罠について考えてきました。シカやイノシシを捕獲するための罠に、ツキノワグマがかかってしまう「錯誤捕獲」。熊が脱出できる構造をつくる。餌や設置場所を工夫する。センサーを使って、罠が作動したことを早く知る。
「たくさん捕る」だけではなく、「捕まえる必要のない動物を、できるだけ捕まえない」。罠は、そんな方向へ進み始めています。けれど、ここでもう一度考えてみます。もっと根本的な方法はないのでしょうか。それは、そもそも熊を捕まえなくても済むようにすることです。
人と熊が出会わなければ、問題は起こりにくい
熊が山で暮らしている。人間は人里で暮らしている。そして、お互いの生活圏が大きく重ならない。それができれば、人と熊が出会う機会そのものを減らすことができます。もちろん、野生動物に、「ここから先は人間の町です」と看板を立てても分かってはくれません。
熊は動きます。食べ物も探します。だから必要なのは、地図に境界線を一本引くだけではなく、熊が人里へ入りにくく、人間も熊の生活圏へ不用意に入り込まない環境をつくることなのでしょう。
伊那市が始めた「ゾーニング」
伊那市では、人と熊との軋轢を減らすため、2024年度からツキノワグマ対策に「ゾーニング」の考え方を導入しています。地域を大きく、熊が本来生息する「主要生息地域」。人と熊の生活圏の間にある「緩衝帯地域」。そして人が暮らし、熊を排除する「排除地域」。というように分け、それぞれに応じた対策を行います。
大切なのは、どこに熊がいても同じ対応をするわけではないということです。山の奥に熊がいる。それ自体は、問題ではありません。そこは熊が暮らす場所だからです。一方、人が暮らす住宅地へ熊が入り込めば、人身被害につながる危険があります。だから、人間の生活圏では熊を排除する。
その間には、人と熊が突然出会うことを減らすための緩衝帯をつくる。「熊がいるか、いないか」ではなく、「熊がどこにいるのか」を考える対策です。
熊を人里へ「呼ばない」
そして、もう一つ重要なのが、人里を熊にとって魅力的な場所にしないことです。収穫されずに残った柿や栗。生ごみ。農作物。飼料。熊にとって食べ物になるものが人里にあれば、それが誘引物になります。一度、「人間のいるところへ行けば、おいしいものがある」と学習すれば、熊が再びやって来る可能性もあります。
だから、人里へ近づいた熊を捕まえるだけではなく、熊を呼び寄せる原因そのものを減らす。これも「捕まえない熊対策」です。
「共存」は、一緒に暮らすことではない
人と野生動物の「共存」という言葉を聞くと、同じ場所で仲良く暮らしている姿を想像するかもしれません。でも熊の場合、それは少し違うのでしょう。人間にとっても熊にとっても、出会わないほうがいい。
熊は熊の場所で暮らす。人は人の場所で暮らす。必要以上に近づかない。それもまた、共存の一つの形なのではないでしょうか。距離を置くことは、拒絶することとは違います。むしろ、お互いが安全に暮らすための距離を守ること。それが、人と熊の関係には必要なのかもしれません。
いちばんいい罠は、使わなくて済む罠かもしれない
熊による危険が迫れば、捕獲が必要になることがあります。シカやイノシシによる農林業被害を減らすための罠も必要です。だから、罠そのものをなくすことが答えではありません。必要な捕獲はする。錯誤捕獲はできるだけ減らす。そして、そのさらに手前で、そもそも捕獲しなくても済む状況を増やす。ここまでできれば、人間にも熊にも負担が少なくなります。
人は熊に襲われない。農作物への被害も減る。熊も人里へ来ず、山で暮らしている限り捕獲されない。私たちが探してきた「Win-Win」に、いちばん近い場所はここなのかもしれません。
罠を進歩させること。熊の生態を知ること。人里へ熊を誘引しないこと。そして、人と熊の生活圏をできるだけ分けること。どれか一つだけで解決する問題ではありません。それでも目指すところは、とても単純です。
人間は、人間の場所で。熊は、熊の場所で。お互いに、できるだけ出会わずに暮らす。罠にかかった熊を前にして、「この熊をどうする?」と考える前に、「どうすれば、この熊は罠にかからず山で暮らしていられたのだろう?」と考える。そこから始まる熊対策もあるのではないでしょうか。
罠にかかった熊は、本当に「悪い熊」なのか。その問いをたどっていくと、最後に見えてきたのは、熊をどう捕まえるかではなく、熊を捕まえなくても済む場所をどうつくるか。そんな、もう一つの答えでした。
<広告の下に続きます>
あとがき|「捕まえない」で守れる命もある
熊が人里に現れた。農作物を荒らした。住宅地を歩いている。人を襲う危険がある。そんなニュースを見れば、「危険な熊なら、捕まえればいい」と思うのは自然なことです。人の命と暮らしを守るためには、必要な捕獲があります。それが、今回の最初の問いでした。けれど罠について調べていくと、話はそれほど単純ではないことが分かってきます。
捕まえたかったのは、その熊だったのか
山や農地には、熊だけではなく、シカやイノシシなどを捕獲するための罠も仕掛けられています。そして、その罠にツキノワグマがかかってしまうことがあります。「錯誤捕獲」です。人間にとっては、捕まえる予定ではなかった熊。熊にしてみれば、そこはいつもの山だったのかもしれません。
しかし相手が熊だと、「間違えました」と簡単に罠から出すこともできない。放獣する人にも危険が伴います。熊にとっても、人間にお互いに迷惑なとっても困った状況です。そこで二つ目の問いが生まれました。「捕まえたかったのは、本当にその熊だったのか?」
罠にかかった熊は、本当に「悪い熊」なのか
さらに伊那地域で行われた研究では、錯誤捕獲されたツキノワグマの体毛から、何を食べていたのかが調べられました。調査対象となった延べ58個体のうち、人為的な食物への依存が高かったと推定されたのは4個体、7%でした。この7%を多いと見るのか、少ないと見るのか。それは、ここでは置いておきましょう。
大切なのは、残る個体の多くが、人間の食べ物に依存して暮らしていたわけではなかったということです。「罠にかかった」。その事実だけでは、「人里へ出て悪さをしていた熊だった」とは言えません。山で普通に暮らしていた熊が、人間の仕掛けた罠へ偶然かかった可能性もある。ここで三つ目の問いにたどり着きました。「罠にかかった熊は、本当に『悪い熊』なのか?」
ならば、罠のほうを賢くできないか
もちろん、「それなら罠を全部なくしてしまえばいい」とはいきません。シカやイノシシによる農林業被害もあります。人の安全を守るため、熊を捕獲しなければならない場合もあります。そこで必要になるのが、「たくさん捕る」だけではない罠です。
熊が脱出できる構造を設ける。熊を誘引しにくい餌を使う。設置場所や時期を工夫する。センサーや通信技術によって、罠が作動したことを早く知る。捕獲する技術から、「間違えない技術」へ。必要な動物を捕まえ、捕まえる必要のない動物はできるだけ捕まえない。四つ目の問いは、「人間の技術で、錯誤捕獲を減らせないか?」でした。
そして最後は、罠の外へ
でも、どれほど罠を賢くしても、それだけで人と熊の問題がなくなるわけではありません。
そこで最後に、私たちは罠そのものから離れてみました。熊を人里へ引き寄せる食べ物を減らす。人と熊の生活圏の間に緩衝帯をつくる。熊が暮らす場所と、人間が暮らす場所をできるだけ分ける。つまり、「熊をどう捕まえるか」の前に、「熊を捕まえなくて済む環境をどうつくるか」を考える。それが五つ目の問いでした。
近づかないことも、共存
人と熊との共存というと、同じ場所で仲良く暮らす姿を想像してしまうかもしれません。けれど野生の熊と人間なら、むしろ逆なのでしょう。熊は熊の場所で暮らす。人間は人間の場所で暮らす。お互いが不用意に近づかない。「出会わない」ことが、人と熊の双方を守る。
それもまた、共存なのではないでしょうか。熊による人身被害が起きれば、人を守らなければなりません。農林業を守るために、シカやイノシシの捕獲も必要です。
そして山で普通に暮らしている熊なら、わざわざ人間が捕まえる必要もありません。誰か一方の味方をするのではなく、必要な捕獲はする。必要のない捕獲は減らす。そして、できることなら捕獲そのものが必要にならない環境をつくる。その先に、人と熊の双方にとっての「Win-Win」があるのかもしれません。
『あさイチ』では、長野県伊那市から熊対策の捕獲用ワナが紹介されます。罠とは、本来「捕まえるための道具」です。けれど熊との関係を考えていくと、優れた罠とは、たくさん捕まえる罠だけではないことが見えてきました。捕まえるべき動物を捕まえる。捕まえる必要のない動物は捕まえない。そして、いつの日か――罠そのものを使わなくても済む場所を増やしていく。
罠にかかった熊は、本当に「悪い熊」なのでしょうか。その問いへの答えは、一頭一頭違うのでしょう。だからこそ私たち人間にできるのは、「捕まったから悪い熊」と決めることではなく、その熊を本当に捕まえる必要があったのかを考え続けること。
人里の灯りと、熊が暮らす森。その間に、お互いが安心して暮らせるだけの距離を取り戻す。もしかすると、それこそが熊をめぐる「罠」の問題を解く、いちばん遠回りで、いちばん近い道なのかもしれません。
湘南ひらつかITサポートセンターをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。