果物には、旬がある。春にはイチゴ、夏にはスイカ、秋にはブドウや梨。その季節が来るのを楽しみに待つことも、果物のおいしさの一つだ。ところが、静岡県袋井市には、一年中収穫されるメロンがあるという。その名も「クラウンメロン」。
美しい網目模様と、とろけるような果肉で知られる、高級マスクメロンだ。しかも驚くことに、一本の木で育てる実は、たった一個。せっかく実ったメロンを摘み取り、選び抜いた一玉だけに栄養を集中させるという。なんとも贅沢な育て方ではないだろうか。
けれども、もっと不思議なのは、そのメロンを一年中つくり続けていることだ。夏だけでなく、冬にも、お正月にも、春のお祝いの季節にも…。ガラス温室の中では、季節に合わせた工夫を重ねながら、メロンが大切に育てられている。
どうして、そこまでして一年中メロンをつくるのだろう。高級メロンは、お祝いの席や、大切な人への贈り物にも選ばれる。贈り物をしたい日は、夏だけとは限らない。もしかすると、そんな人々の願いも、一年中メロンを届ける理由の一つなのかもしれない。
けれども、袋井とメロンの付き合いは、思っていたよりずっと古い。この地域で温室メロンの栽培が始まったのは、大正時代のこと。それからおよそ100年。生産者たちは、温室の環境を整え、栽培技術を磨き、一玉の品質を追い求めてきた。
果物の旬を待つのではなく、一年中おいしい果物を届ける。そんな営みが、どのようにして袋井の特産品を育ててきたのだろう。NHK『あさイチ』の静岡県袋井市からの中継「一年中おいしいメロン」をきっかけに、クラウンメロンの歴史と栽培の秘密を訪ねてみたい。
一本の木に、たった一個のメロン。その一玉には、遠州の人々が積み重ねてきた、長い時間と工夫が詰まっている。
【放送日:2026年10月21日(水)8:15 -9:55・NHK-総合】
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メロンの旬は、いつなの?
「メロンの旬は、いつ?」
そう聞かれたら、夏と答える人が多いのではないだろうか。北海道の夕張メロンや富良野メロン。そして、全国有数のメロン産地として知られる茨城県。初夏になると、青果店やスーパーの店頭には、色とりどりのメロンが並び始める。メロンは、夏の訪れを感じさせる果物の一つだ。
ところが、静岡県袋井市には、そんな季節の常識を少し覆してしまうメロンがある。「クラウンメロン」だ。夏だけではない。秋にも、冬にも、春にも収穫される。いったい、どうして一年中メロンをつくることができるのだろう。
旬がないのではなく、旬をつくっている?
メロンは、暖かさと日光を好む植物だ。露地栽培では気温や日照の影響を受けるため、収穫できる季節が限られる。北海道や茨城県などでは、土地の気候に合わせて栽培時期を工夫し、初夏から夏にかけて多くのメロンが出荷される。
ところが、袋井市を中心とした静岡県西部では、ガラス温室を使ってメロンを育てている。ガラスは太陽の光を通しやすく、温室の中には、メロンが育つための環境を整える設備がある。寒い冬には暖房を使い、暑い夏には換気や冷却によって温度を調節する。
湿度や水やりにも、細かな注意を払う。つまり、季節に合わせてメロンを育てるだけではなく、メロンが育ちやすい環境を、人の手で整えているのだ。とはいえ、温室を暖めれば、それだけで一年中収穫できるわけではない。そこには、もう一つ大切な工夫がある。
温室ごとに、違う季節が流れている
メロンの木は、一年中同じ実をつけ続けるわけではない。種をまき、苗を育て、花を咲かせ、実を大きくして収穫する。その一連の栽培には、およそ100日かかるという。そこで生産者たちは、温室ごとに苗を植える時期をずらしている。
ある温室では、植えられたばかりの苗が育っている。別の温室では、黄色い花が咲いている。その隣では、小さなメロンが膨らみ始めている。そして、さらに別の温室では、網目模様の美しいメロンが収穫を待っている。一つの温室で収穫が終わっても、別の温室では次のメロンが育っている。
こうして収穫の時期をつなぐことで、一年を通してメロンを出荷できるのだ。一本の木が一年中実をつけるのではなく、いくつもの温室が収穫のバトンをつないでいる。そう考えると、「一年中おいしいメロン」という言葉の意味が、少し違って見えてくる。
夏のメロンと、冬のメロンは同じなの?
けれども、もう一つ疑問が残る。温室の温度を調節できるとしても、夏と冬では日差しの強さも、昼の長さも違う。それなのに、同じようにおいしいメロンができるのだろうか。実は、クラウンメロンでは、季節に合わせた品種選びも行われている。
メロンと一口に言っても、品種によって暑さや寒さへの適応、育ち方などに違いがある。生産者たちは、季節に合った品種を選び、温室の環境や水やりを調整しながら育てている。冬には冬の難しさがあり、夏には夏の難しさがある。一年中出荷できるということは、一年中同じ育て方をしているという意味ではないのだ。
むしろ、季節が変わるたびに、育て方も変えている。旬をなくしたのではなく、季節ごとにおいしいメロンを育てる方法を見つけてきた。そう言ったほうが、袋井のメロンづくりには似合うのかもしれない。
それでも、なぜ一年中つくるのだろう
ここまでくれば、一年中メロンを収穫できる仕組みは、少し見えてきた。けれども、技術があることと、その技術を使おうと思った理由は、別の話だ。
温室を暖めるにも、冷やすにも、設備と費用が必要になる。毎日、温度や湿度を見守り、水を与え、一本一本の木を育てなければならない。そこまでして、なぜ一年中メロンを届けようとするのだろう? その答えを探すには、時計の針を少し戻す必要がありそうだ。
袋井の人々が温室でメロンを育て始めたのは、今からおよそ100年前。まだ現在のような設備も、栽培技術もなかった大正時代のことだった。次は、この土地でメロンづくりを始めた人々の物語をたどってみたい。
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なぜ袋井で、メロンを育て始めたの?
今では高級メロンの産地として知られる静岡県袋井市。けれども、100年以上前の人々にとって、メロンは今ほど身近な果物ではなかった。ましてや、ガラス張りの温室を建てて育てるとなれば、相当な手間も費用もかかったはずだ。それなのに、なぜ袋井の人々はメロンを育て始めたのだろう。その物語は、大正時代にさかのぼる。
大正10年、三人が始めた小さな温室
1921年(大正10年)頃。現在の袋井市堀越で、塚本菊太郎、永井虎三、村松捨三郎という三人が、共同で温室栽培を始めた。当時の日本では、温室で果物や野菜を育てる技術が、少しずつ広まり始めていた。しかし、今のようにコンピューターが温度を調節してくれるわけではない。温室を建てること自体が、新しい農業への挑戦だった。
当時の温室について、興味深い話が残っている。地元の大工が、小さなガラス温室をつくったというのだ。しかも、その屋根には工夫があった。南側の屋根を広く、北側を狭くする。太陽の光を少しでも多く取り込むためだった。
現在も静岡の温室メロン栽培で使われている、南側の屋根が大きな「スリークォータ型温室」につながる考え方だ。機械に頼れない時代、人々はまず、太陽の光をどう取り込むかを考えたのである。

なぜ、遠州の土地だったのだろう
袋井市を含む静岡県西部の遠州地方は、比較的温暖で、日照時間にも恵まれている。メロンは、成長するためにたくさんの光を必要とする植物だ。日差しの豊かな土地は、温室メロンを育てるうえで大きな強みになる。ただし、気候がよいだけで産地が生まれるわけではない。
全国には、ほかにも日当たりのよい土地がある。大切なのは、その土地の条件を生かそうとする人がいたことだ。ガラス温室を建て、栽培を試し、うまくいかなければ方法を変える。そうした試行錯誤を重ねる人々がいたからこそ、袋井に温室栽培が根づいていったのだろう。
最初から、メロン一筋だったわけではない
ここで、少し意外なことがある。大正時代に温室栽培が始まった頃、温室で育てられていたのは、メロンだけではなかった。ナスやキュウリ、カボチャ、ブドウなど、さまざまな作物が試されていた。新しい設備を使って、どんな作物が育てられるのか。農家の人々は、可能性を探っていたのだ。
やがて、温室で育てる作物の中心は、キュウリやメロンへと移っていく。そして、袋井を含む地域では、メロンの品質を高める技術が磨かれていった。つまり、最初から「日本を代表する高級メロンの産地をつくろう」という完成された計画があったわけではない。さまざまな挑戦の中から、メロンがこの土地の大切な作物になっていったのである。
「クラウンメロン」は、後から生まれた名前
今では、王冠のマークで知られるクラウンメロン。けれども、大正時代からこの名前があったわけではない。その後、戦争や戦後の混乱を乗り越え、高度経済成長期には温室栽培が広がっていった。1964年(昭和39年)には、現在のクラウンメロン支所の前身となる組織が発足。
この頃から、出荷するメロンに王冠のマークを貼るようになったという。三人が始めた小さな温室から、およそ40年。袋井のメロンは、地域で育てる農産物から、全国へ届けるブランドへと歩み始めていた。
100年かけて育てたのは、メロンだけではない
袋井で温室栽培が始まった理由を、一つの言葉で説明するのは難しい。温暖な気候があった。豊かな日差しがあった。新しい栽培方法に挑戦する人々がいた。そして、そこで得た経験を次の世代へ伝えていく営みがあった。大正時代の小さなガラス温室は、現在のような一年中の安定出荷を実現するまで、長い時間をかけて進化してきた。
袋井の人々が100年かけて育ててきたのは、メロンだけではない。おいしいメロンを育てるための、知恵と技術そのものだった。では、その技術は、一本の木から収穫するメロンの数にまで、どのようなこだわりを生んだのだろう。次は、クラウンメロンの代名詞ともいえる「一木一果」の秘密を見ていきたい。
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どうして一本の木に、一玉だけなの?
畑で野菜や果物を育てるなら、たくさん実ってくれたほうがうれしい。一本の木に、二個、三個。できることなら、もっとたくさん。それが農業の当たり前のようにも思える。ところが、静岡県袋井市のクラウンメロンは、その常識とは少し違っている。
一本の木から収穫するメロンは、たった一個。「一木一果(いちぼくいっか)」と呼ばれる栽培方法だ。せっかく実ったメロンを、どうして一個だけにしてしまうのだろう。
三つ実らせて、一つを選ぶ
クラウンメロンの栽培では、まず花を咲かせ、受粉させて実をつける。そして、育ち始めた複数の小さな実の中から、形や育ち具合のよいものを選び、最終的に一玉だけを残す。選ばれなかった実は、まだ小さなうちに摘み取られる。いわゆる”摘果”だ。なんだか、もったいないような気もする。
けれども、そこには理由がある。植物が葉でつくる糖などの養分には限りがある。実をいくつも育てれば、その養分は複数の果実に分配される。一方、一つだけを残せば、葉でつくられた養分を、その一玉の成長に重点的に使うことができる。大きさだけでなく、甘さや果肉の質を追求するための方法なのだ。
もちろん、一個にすれば必ずおいしくなるというわけではない。日照や温度、水分、葉の状態など、さまざまな条件がそろって初めて、品質のよいメロンが育つ。一木一果は、そのための大切な工夫の一つなのである。
メロン一玉を育てるのに、葉っぱが必要?
ここで忘れてはいけないのが、メロンの葉だ。甘い果実にばかり目が向いてしまうけれど、糖をつくる主役は、光合成を行う葉である。太陽の光を受けた葉は、光合成によって糖をつくる。その糖が植物の中を運ばれ、成長中のメロンにも蓄えられていく。だからこそ、生産者は実だけでなく、葉や茎の状態にも気を配る。
葉が元気でなければ、立派な果実は育たない。一玉のメロンをおいしくするために、一本の木全体を育てているのだ。そう考えると、「一木一果」という言葉の意味が、少し深く感じられる。
甘ければ、それでいいの?
けれども、クラウンメロンが目指しているのは、単に糖度の高い果実だけではない。果肉のなめらかさ。口に入れたときの香り。果汁の豊かさ。そして、形や網目模様の美しさ。一玉のメロンには、いくつもの品質が求められる。
そのため、生産者は果実が育つ途中でも、温度や水分を細かく調節していく。水をたくさん与えればよいわけでも、減らせばよいわけでもない。果実の成長段階や、その日の天候に合わせた判断が必要になる。同じように見える温室の中でも、一本一本の木の状態は少しずつ違う。栽培には、数字や設備だけでは補えない観察と経験が欠かせないのだ。
一個しか採らないのは、贅沢なのだろうか
一本の木から、たった一個。収穫量だけを考えれば、ずいぶん贅沢な方法に思える。しかし、生産者にとっては、その一個を確かな品質に育てることが仕事になる。一玉に多くの手間と時間をかけるからこそ、クラウンメロンは高級な贈答品としても知られるようになった。
もっとも、値段が高いことと、おいしいと感じることは同じではない。甘さの好みも、香りの好みも、人それぞれだ。それでも、一玉を選び抜き、その成長を見守り続けるという栽培方法には、袋井の生産者たちが積み重ねてきた考え方が表れている。
たくさん実らせることより、一つの実をどこまでよく育てられるか。それが、クラウンメロンの一木一果なのだろう。そして、選び抜かれた一玉には、もう一つの見どころがある。表面を覆う、細かく美しい網目模様だ。あの模様は、いったい誰が、どうやって描いたのだろう。次は、メロンの表面に刻まれた不思議な模様の秘密を見ていきたい。
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あの網目模様は、どうやってできるの?
メロンと聞いて、真っ先に思い浮かべるものは何だろう。甘い香り。柔らかな果肉。そして、丸い果実の表面を覆う、細かな網目模様。高級マスクメロンのクラウンメロンでは、この網目の美しさも品質を見極める大切な要素になっている。
ところが、あの網目模様の正体を知ると、少し驚くかもしれない。実は、メロンの表面にできた「傷」がもとになっているのだ。
網目は、メロンの「かさぶた」だった?
小さなメロンが成長するとき、果肉も果皮も大きくなっていく。けれども、果実の内側が膨らむ速さに、外側の皮が追いつかなくなる時期がある。すると、果皮の表面に細かな亀裂が生じる。人間の皮膚に傷ができるように、メロンの表面にもひびが入るのだ。
もちろん、メロンはそのまま傷口を開けておくわけではない。亀裂が生じた部分には、それをふさぐようにコルク質の組織が形成される。これが盛り上がり、網目模様として残る。つまり、私たちが美しいと感じている模様は、メロンが成長し、ひび割れた表面を修復してきた跡なのである。
網目にも、できる順番がある
面白いことに、網目模様は果実の表面に一度に現れるわけではない。クラウンメロンの生産者による説明では、まず果実のお尻の部分、次にヘタの近くにひびが入り、縦方向、横方向へと広がっていくという。果実は、ただ風船のように均等に膨らんでいるわけではない。
縦に伸びる成長と、横に大きくなる成長を重ねながら、少しずつ形を整えていく。その過程で生じた亀裂が修復され、網目は次第に細かくなっていく。私たちが店頭で見るメロンの模様は、収穫の直前に突然できたものではない。小さな果実だった頃から、長い時間をかけて刻まれてきたものなのだ。
きれいな網目は、どうすればできるの?
それなら、果実をどんどん大きくすれば、立派な網目ができるのだろうか。実は、そう単純な話ではない。果実が急激に膨らみすぎると、表皮に大きな亀裂が生じてしまうことがある。反対に、果実の成長が十分でなければ、期待するような網目にならないこともある。
大切なのは、果実の成長と、表面の修復がうまく進むことだ。そのために生産者は、温室の温度や湿度、水やりの量とタイミングに細心の注意を払う。クラウンメロンでは、栽培する土を地面から切り離した「隔離ベッド栽培」が行われている。
根が自由に地下へ伸びて水を吸い上げるのではなく、限られた土の中で育てることで、水や肥料を細かく調節できるようにしているのだ。水は、少なすぎても多すぎてもいけない。季節や天候、果実の育ち具合に合わせて、ちょうどよい状態を探り続ける。あの整った網目模様は、メロン自身の成長だけでなく、生産者が日々重ねてきた判断の結果でもある。
美しいのは、傷がないからではなかった
高級な果物というと宮崎マンゴーのような、傷一つない、つるりとした表面を想像するかもしれない。けれども、クラウンメロンは違う。むしろ、細かく均一な網目が、果実の美しさをつくっている。しかも、その網目は、もともと表皮にできた亀裂から生まれたものだ。
傷ができ、それを修復しながら、果実は大きくなっていく。そう考えると、あの模様が少し愛おしく見えてこないだろうか。メロンの美しさは、傷がなかったことではなく、傷を修復しながら育ったことにあった。一本の木から選ばれた、たった一玉。その表面には、およそ100日間の成長の記録が刻まれている。
しかし網目が細かく盛り上がっているからといって、必ずしも「今が食べ頃」とは言えない。クラウンメロンなら、購入時に示される食べ頃の目安を参考にするほうが確かなのだそうだ。
では、そこまで手間をかけて育てたメロンを、袋井の人々はなぜ一年中届けようとしてきたのだろう。最後は、温室の外へ目を向けてみたい。メロンを育てる人と、受け取る人。その間にある「ごちそう」の意味を考えてみよう。
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なぜ、一年中メロンを届けたいの?
春にはイチゴ、夏にはスイカ、秋にはブドウや梨。果物には旬があり、その季節が訪れるのを楽しみに待つ。それが、私たちにとって当たり前のことだった。
けれども、静岡県袋井市のクラウンメロンは違う。春も、夏も、秋も、冬も。一年中、温室の中で大切に育てられ、全国へと出荷されている。どうして、そこまでして一年中メロンを届けようとするのだろう。
贈り物に、旬はあるのだろうか
誰かの誕生日は、一年中やってくる。結婚や出産のお祝いも、退院のお祝いも、季節を選んではくれない。病気のお見舞いに行く日だって、夏とは限らない。そんなときでも、少し特別な果物を贈りたいと思う人がいる。クラウンメロンは、そうした贈答品としても親しまれてきた。
実際、袋井市の資料によれば、クラウンメロンの大半は贈答品として都市部へ出荷されているという。もちろん、お見舞いやお祝いの需要だけが、通年栽培を始めた理由だとは言えない。けれども、一年中贈り物として選ばれる果物なら、一年中届けられることには大きな意味がある。
果物には旬があっても、誰かを思う気持ちには旬がない。袋井のメロンづくりを見ていると、そんなことを考えたくなる。
「いつでも買える」を支える人々
しかし、一年中届けられるというのは、簡単なことではない。冬には温室を暖め、夏には暑さを和らげる。季節に合った品種を選び、苗を植える時期をずらす。一本の木から一玉だけを選び、毎日その成長を見守る。網目模様が整うように水分を調節し、収穫した後には厳しい検査を受ける。
私たちが店頭で目にする一玉のメロンの向こうには、そんな長い仕事の積み重ねがある。しかも、出荷先は地元だけではない。東京や大阪をはじめ、全国の市場へ届けられ、百貨店や果物店、ホテルなどで扱われてきた。
いつでも買えること。いつ買っても、一定の品質を期待できること。それは、温室があるだけでは実現できない。育てる人、検査する人、運ぶ人、販売する人。多くの人々がつないでいるからこそ、袋井のメロンは一年中、誰かのもとへ届くのだ。
高級メロンは、誰のためのもの?
一本の木に、たった一個。およそ100日間、大切に育てられるクラウンメロン。手間がかかる分、決して気軽な値段の果物ではない。だからこそ、特別な日の贈り物として選ばれることも多いのだろう。けれども、高級な果物だからといって、その価値が値段だけで決まるわけではない。
誰かの誕生日を祝うために。お世話になった人へ、感謝を伝えるために。元気になってほしい人を、励ますために。一玉のメロンが、言葉の代わりになることもある。そして、そのメロンを育てた人はきっと、贈る人にも、受け取る人にも会わないだろう。
それでも、見知らぬ誰かが喜んでくれることを願いながら、一玉を育てている。高級メロンの向こうにあるのは、そんな人と人とのつながりなのかもしれない。
100年前の温室から、今日の食卓へ
袋井で温室栽培が始まったのは、大正10年頃。三人の先駆者が小さな温室を建てたことから、地域のメロンづくりは歩み始めた。当時の人々が、今のような通年出荷や全国的なブランドを思い描いていたかどうかはわからない。
それでも、試行錯誤は次の世代へと受け継がれていった。温室を改良する。品種を育てる。一玉の品質を高める。そして、安定して届ける仕組みをつくる。そうした努力が、100年以上の時間をかけて、袋井のクラウンメロンを育ててきた。
メロンに旬がないのではない。季節の違いを受け止めながら、一年中おいしいメロンを育てる方法を、人々が見つけてきたのだ。そして、その先には、メロンを待っている誰かがいる。
果物には旬がある。けれども、誰かに「おめでとう」や「ありがとう」を伝えたい日は、一年中ある。袋井のメロンが一年中届けられる理由を考えていたら、最後に見えてきたのは、果物の話だけではなかった。
一本の木に、たった一玉。その一玉には、100年を超える栽培の歴史と、誰かを思う気持ちが重なっている。今日も袋井の温室では、次の誰かに届くメロンが、静かに育っている。
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