北海道の広い大地に憧れて、いつか自然豊かな町で暮らしてみたい。そんな夢を抱いたことがある人も、いるのではないでしょうか。でも、旅先として訪れるのと、そこで暮らしていくのとでは、話が違います。
仕事はどうするのか。冬の厳しい寒さに慣れることができるのか。そして何より、昔からその土地に暮らしている人たちの中に、自分たちの居場所を見つけられるのか。移住した人は、いつまで「よそ者」なのでしょう?
北海道・足寄町に移り住んだ座間ゆかりさんと夫の宏太さんは、かつての足寄駅を模したバス待合所で、自家焙煎コーヒーの店「珈琲座間屋」を始めました。鉄道が姿を消した町に、コーヒーの香りが漂い、人々が集まる場所が生まれたのです。
そして二人は、店を通じて町の人たちと交流するうちに、地域の伝統にも関わるようになります。その一つが、北海道・十勝地方にゆかりの深い「ばん馬」の繁殖でした。
コーヒー店を開くために移住した夫婦が、なぜ馬を育てることになったのでしょう。そもそも、新しい土地で暮らすというのは、住所を変えることだけなのでしょうか。テレビ朝日『人生の楽園』で紹介される座間夫妻の物語をきっかけに、「新しい故郷」はどうやって生まれるのかを考えてみたいと思います。
【放送日:2026年10月10日(土)18:00 -18:56・テレビ朝日】
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移住者は、いつまで「よそ者」なの?
北海道の足寄町と聞いて、松山千春さんの故郷を思い浮かべる人もいるでしょう。果てしなく広がる空と大地。北海道らしい雄大な自然に囲まれた町です。でも、そんな風景に憧れることと、実際にそこで暮らすことは、同じではありません。
買い物や通院には車は欠かせません。冬には厳しい寒さや雪への備えも必要です。都会では当たり前だった便利さが、そこにはないこともあるでしょう。そして、もう一つ…。
「自分たちは、この町に受け入れてもらえるのだろうか?」
新しい土地への移住には、そんな不安もあるのではないでしょうか。人口の少ない町では、昔からの知り合いや家族同士のつながりが、暮らしの大切な支えになっていることがあります。
そこへ、何の縁もなかった人が突然やってくる。もちろん、移住者を温かく迎えてくれる地域もたくさんあります。それでも、引っ越したその日から、長年暮らしてきた人たちと同じ関係を築けるわけではありません。
札幌で研究関係の仕事をしていた座間ゆかりさんと、夫の宏太さん。自然豊かな場所で暮らしたいと考えた二人は、休日のたびに北海道各地を訪ね、移住先を探していました。そして、偶然立ち寄った足寄町で、「ここだ!」と感じたのです。その理由は、景色の美しさだけではありませんでした。
足寄町では、すでに移住してきた人たちが、酪農や新しい事業に取り組み、活躍していたのです。それは二人にとって、心強い光景だったのではないでしょうか。
知らない土地で新しい暮らしを始めることは、簡単ではありません。けれど、先に移住した人たちが、その町で仕事を見つけ、人とのつながりを築いている。その姿を見れば、「自分たちにも、ここで暮らしていけるかもしれない」と思えそうです。
さらに、二人の思いを知った地元の人たちも、親身になって応援してくれました。移住先を決めるうえで大切なのは、自然の豊かさや住まいの条件だけではないのでしょう。「ここなら、自分たちの居場所をつくれるかもしれない」そう感じられることが、最後の一歩を踏み出す力になるのかもしれません。
ただ、移住したからといって、すぐに町の一員になれるわけではありません。これからどんな仕事をして、どうやって暮らしていくのか。その現実的な問題が、二人を待っていました。
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仕事を辞めて田舎へ移住したら、何をして暮らすの?
自然豊かな町に移住したい。そう思っても、実際に移住を考え始めると、真っ先に突き当たる問題があります。
「そこで、何をして食べていくの?」
旅行なら、宿泊費と交通費を用意すれば、憧れの風景を楽しむことができます。でも、移住となれば話は別です。家賃や食費、光熱費、車の維持費。冬の北海道なら、暖房費も欠かせません。どんなに自然が美しくても、毎月の生活費は必要なのです。
札幌で研究関係の仕事をしていた座間ゆかりさんと、夫の宏太さん。ゆかりさんは大学の工学部を卒業し、研究補助の仕事を経て、遺伝子解析会社の主任として働いていました。宏太さんも農学博士の肩書を持つ、研究の世界に関わってきた人です。
そんな二人が、人口の少ない足寄町へ移住する。札幌なら、これまでの経験を生かせる仕事を探すこともできるかもしれません。でも、足寄町に同じような仕事があるとは限りません。近隣の大きな町まで通勤するにしても、膨大な通勤距離や時間、冬の道路事情を考えなければならないでしょう。
町の人たちは、移住を温かく応援してくれるかもしれません。けれど、歓迎してもらえることと、生活費を稼げることは別の話です。では、二人はどうしたのでしょうか。実は、ゆかりさんと宏太さんには、夫婦共通の楽しみがありました。
コーヒーです。二人は無類のコーヒー好きで、自宅で豆を焙煎するほどのこだわりを持っていました。しかも、ただ飲むだけではありません。研究に携わってきた二人らしく、豆の焙煎を追究していたのです。
コーヒー豆は、焙煎の仕方によって香りや味わいが変わります。温度や時間、豆の状態を見極めながら、自分たちの求める味に近づけていく。その過程には、研究の仕事と通じる面があったのかもしれません。
そして二人は、足寄町で自家焙煎コーヒーの店を開こうと考えます。ちょうどそのころ、かつての足寄駅があったバス待合所では、食堂が撤退し、空いた場所がありました。二人はそこを借りられることになり、2022年、「珈琲座間屋」をオープンさせたのです。
もちろん、好きなことを仕事にすれば、必ずうまくいくわけではありません。人口の少ない町で、どれだけのお客さんが来てくれるのか。売り上げは安定するのか。店を続けていけるのか。勤め人で給料をもらっていたころとは違う不安も、生まれたことでしょう。
それでも、二人には自分たちで追究してきたコーヒーがあり、店を開く場所があり、応援してくれる町の人たちがいました。「仕事がある町へ移住する」のではなく、「移住した町で、自分たちの仕事をつくる」。二人が選んだのは、そんな生き方だったのです。
そして、その仕事場になったのは、かつて鉄道の駅があった場所でした。列車が来なくなった町の駅に、今度はコーヒーの香りが漂い始めます。そこには、単に新しい店ができたというだけではない意味があったのかもしれません。
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鉄道がなくなった駅は、もう役割を終えたの?
北海道・足寄町には、かつて鉄道が走っていました。町の中心にあった足寄駅には、列車を待つ人が集まり、学校や仕事へ向かう人、遠くから訪ねてくる人、誰かを見送る人たちの姿があったことでしょう。けれど、2006年、足寄町を通っていた「ふるさと銀河線」は廃止されました。
列車が来なくなった駅。それは、町の人たちにとって、単に交通手段が一つなくなるということだけではなかったのかもしれません。駅には、さまざまな思い出が積み重なっているからです。そして現在、足寄町の中心には、昔の駅舎を模したバスの待合所があります。
ここには町営コミュニティバスの「あしバス」や11路線ものスクールバス、都市間バスなどがやってきます。座間ゆかりさんと宏太さんが「珈琲座間屋」を開いたのは、その待合所の一角でした。鉄道はなくなったけれど、人が集まる場所としての役割は、まだ残っていたのです。
バスの待合所には、さまざまな人がやってきます。学校へ通う学生もいれば、病院や買い物に向かう人もいるでしょう。車を運転しない人にとって、バスは大切な移動手段の一つです。そんな場所に、新しくコーヒー店ができた。
バスを待っている間に、ふとコーヒーの香りに気づく人がいるかもしれません。「こんなところに、お店ができたんだ」家に帰って、家族や知り合いに話す人もいるでしょう。最初は店に入らなくても、何度か前を通るうちに、ちょっと立ち寄ってみたくなるかもしれません。
もちろん、実際にどんな人たちが、どのように店を利用しているのかは分かりません。でも、バスを利用する人の目に自然と触れる場所であることは、新しく商売を始める二人にとって、大きな意味があったのではないでしょうか。
それは町にとっても、嬉しい変化だったかもしれません。食堂が撤退して寂しくなった場所に、新しい店ができる。町の人がコーヒーを飲みながら過ごせる場所が増える。そこで顔見知りに会ったり、初めて会う人と言葉を交わしたりすることもあるでしょう。
駅は、列車に乗るためだけの場所だったのでしょうか。誰かと待ち合わせをする場所。出発する人を見送り、帰ってきた人を迎える場所。そして、思いがけず人と人が出会う場所。鉄道がなくなっても、そんな役割まで消えてしまうわけではありません。
かつての駅の面影を残す待合所に、今度はコーヒーの香りが漂い始めた。それは、駅の記憶を大切にしながら、新しい役割を与えることでもあったのかもしれません。そして、もう一つ。この場所で店を始めたことは、移住してきた座間夫妻にとっても、特別な意味を持つようになります。
コーヒーを通じて町の人たちと出会い、少しずつ交流を深めていった二人。やがて、そのつながりは、コーヒー店とはまったく違う世界へと広がっていきました。それが、北海道・十勝地方にゆかりの深い「ばん馬」の繁殖だったのです。
珈琲座間屋
- 北海道足寄郡足寄町北1条1丁目 3番地1
- TEL:不明
- 営業時間:11:00~18:00
- 定休日:不定休
- URL:https://www.instagram.com/coffee_zamaya/
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コーヒー店の夫婦が、なぜばん馬を育てるの?
北海道・足寄町のバス待合所で、自家焙煎コーヒーの店を始めた座間ゆかりさんと宏太さん。二人が新しい土地で見つけた仕事は、コーヒー店の経営でした。ところが、町の人たちと交流を深めるうちに、思いがけないことに挑戦するようになります。それが、「ばん馬」の繁殖です。
コーヒー店の夫婦が、なぜ馬を育てることになったのでしょう? そもそも、ばん馬とはどんな馬なのでしょうか。北海道・十勝地方で行われる「ばんえい競馬」では、大きな馬が重い鉄製のそりを引き、二つの障害がある直線コースを進みます。
一般的な競馬のように、軽やかに駆け抜ける競走とは、ずいぶん様子が違います。ばんえい競馬で活躍するのは、農耕馬などとして使われてきた大型の馬の血統を受け継ぐ、力強い馬たちです。かつて北海道の開拓や農作業を支えてきた馬の歴史とも、深いつながりがあります。
ただ、ばんえい競馬が盛んな十勝地方に移住したからといって、誰もが馬の繁殖に関わるわけではありません。馬を飼うには、場所も設備も必要です。毎日の世話はもちろん、健康管理や繁殖についての知識も欠かせないでしょう。
コーヒー店を営みながら取り組むには、相当な覚悟が必要なはずです。では、なぜ二人はそこまで踏み込んだのでしょうか。一つの手がかりは、宏太さんの経歴にあるのかもしれません。宏太さんは農学博士です。具体的にどんな研究をしてきたのかは分かりませんが、農学を専門的に学び、研究してきた経験があります。
生き物の成長や環境を観察し、時間をかけて結果を確かめる。そうした研究の姿勢は、馬を育てることにも通じる部分があるのではないでしょうか。もちろん、農学博士だからといって、馬の繁殖に詳しいとは限りません。専門的な知識だけでなく、実際に馬を育ててきた人たちから学ぶことも、たくさんあるはずです。
そして、もう一つの手がかりが、町の人々との交流です。座間夫妻は、足寄町に移住してすぐに馬を育て始めたわけではありません。まず、コーヒー店を開きました。そこで町の人たちと出会い、交流を深めていったのです。そのつながりの中で、地域の伝統や、馬を育てる人たちの思いに触れる機会も生まれたのかもしれません。
最初は、自分たちが暮らすために選んだ町だった。でも、そこで暮らすうちに、町の人たちが大切にしてきたものも、自分たちにとって大切になっていった。もしそうだとしたら、ばん馬の繁殖への挑戦は、単に新しい趣味や仕事が増えたという話ではないのでしょう。
地域の文化を受け継ぐ人たちの輪に、自分たちも加わろうとすること。そこには、移住したばかりのころとは違う、足寄町との関わり方が見えてきます。
もっとも、移住者が地域の伝統を守らなければ、町の一員になれないわけではありません。大切なのは、何をしたかという実績だけではなく、その土地の人たちと、どんな関係を育んできたかということなのかもしれません。
コーヒーを通じて始まった交流が、やがてばん馬を育てる挑戦へと広がっていく。それは、座間夫妻にとって足寄町が、ただ「移り住んだ場所」ではなくなってきたことを物語っているようにも思えます。
では、そんな二人にとって、足寄町はもう根を張った「故郷」なのでしょうか。そもそも、故郷とは、生まれ育った場所だけを指す言葉なのでしょうか。
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新しい故郷は、自分で選ぶもの? それとも、つくっていくもの?
北海道・足寄町に移住し、自家焙煎コーヒーの店「珈琲座間屋」を始めた座間ゆかりさんと宏太さん。二人が最初に求めていたのは、自然豊かな場所で暮らすことでした。
札幌で仕事をしていたころ、休日のたびに北海道各地を訪ね、移住先を探していた二人。そして、移住者たちが活躍し、地元の人たちも温かく応援してくれる足寄町に出会いました。でも、移住先を決めたことと、そこが自分たちの故郷になることは、同じなのでしょうか?
故郷とは、そもそも何なのでしょう? 生まれ育った場所。子どものころの思い出が残る場所。懐かしい人たちが暮らしている場所。そう考えれば、札幌出身のゆかりさんと、千葉県出身の宏太さんにとって、足寄町は生まれ故郷ではありません。二人は、この町を自分たちで選んだのです。
そして、選んだだけでは終わりませんでした。かつての足寄駅を模したバス待合所に、コーヒー店を開きました。鉄道がなくなったあとも、人々が行き交うその場所に、新しいコーヒーの香りが漂い始めたのです。店を訪れる人と話し、顔を覚え、少しずつ知り合いが増えていく。
最初は「新しく来た人」だった二人も、やがて「バス停のコーヒー屋さん」として知られるようになったのかもしれません。そして、町の人たちとの交流は、ばん馬の繁殖という思いがけない挑戦にまで広がっていきました。移住する前には、想像もしていなかった暮らしだったのではないでしょうか。
ここで、最初の問いに戻ってみたいと思います。
移住者は、いつから「よそ者」ではなくなるのでしょう?
一年住んだら? 十年暮らしたら? 町の人たちと同じ仕事をするようになったら?それとも、地域の伝統を守る活動に参加したら? でも、きっと、そんな明確な境界線はないのでしょう。
長く住んでいても、なかなか馴染めないことがあるかもしれません。反対に、移住して間もないころから、親しく付き合える人ができることもあるでしょう。そして、町の一員になるために、特別な貢献をしなければならないわけでもありません。
ただ、そこで暮らし、働き、挨拶を交わし、困ったときには助け合う。そんな当たり前の日々の積み重ねが、少しずつ人と人との距離を縮めていくのではないでしょうか。
足寄町は、歌手の松山千春さんの故郷としても知られています。故郷を離れても、その町の名前を語り続ける人がいる。一方で、別の土地からやってきて、その町に新しい暮らしを築いていく人もいる。生まれ育った故郷と、自分で選んだ故郷。そのどちらにも、人を結びつける思い出や出会いがあるのでしょう。
座間夫妻が足寄町を選んだのは、自然の豊かさと、人々の温かさに惹かれたからでした。でも、コーヒー店を開き、町の人たちと出会い、ばん馬を育てるようになった今、二人にとっての足寄町は、移住を決めたころとは少し違って見えているのかもしれません。
新しい故郷は、地図の上から選ぶことはできても、それだけでは生まれない。そこで出会った人たちと、一緒に暮らしていく時間の中で、少しずつ育っていくものなのではないでしょうか? そしていつの日か町の人が、「アイツも足寄人になったなぁ」と言われる日が来るのかもしれません。
かつて列車が発着していた足寄の駅。今はその面影を残すバス待合所に、コーヒーの香りが漂っています。そこには、昔からこの町に暮らす人も、新しくやってきた人も、同じように立ち寄ることができます。
「よそ者」ではなくなる瞬間は、案外、そんな何気ない一杯のコーヒーの中にあるのかもしれません。
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