冷蔵庫の扉を開ければ、そこにある赤いケチャップ。オムライスにかけたり、ナポリタンを作ったり。子どものころから慣れ親しんだその味を、私たちはいつの間にか「ケチャップとはこういうもの」だと思うようになりました。けれど、もし何十年も前に姿を消したケチャップが、今の食卓によみがえったとしたら?
明治の港町・横浜で生まれた「清水屋ケチャップ」。濃厚なトマトの味わいと香辛料の香りで親しまれながら、昭和には製造が途絶えてしまった幻の逸品です。その復活の鍵を握っていたのは、「ズク」と呼ばれる謎の香辛料でした。テレビ朝日『食彩の王国』が紹介するのは、失われた味を追いかけた人々の物語。
でも、ここで一つ、気になることがあります。そもそも「昔の味」って、何だったのでしょう? 同じレシピで作れば、同じ味になるのでしょうか。それとも、私たちが懐かしいと思う味は、舌だけでなく、記憶の中にも残っているのでしょうか。一本のケチャップを手がかりに、変わっていく味と、変わらずに残したいものについて考えてみます。
【放送日:2026年10月10日(土)9:30 -9:55・テレビ朝日】
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日本初ともいわれるケチャップは、なぜ横浜で生まれたの?
オムライスにナポリタン、ハンバーグ。今ではすっかり日本の食卓になじんでいるトマトケチャップですが、もともとは海外から伝わった調味料です。
では、日本でケチャップが作られるようになったのは、いつごろのことだったのでしょう? その歴史をたどると、明治時代の港町・横浜に行き着きます。1859年に開港した横浜には、外国人居留地が設けられ、西洋の食文化も流れ込んできました。外国人向けの野菜づくりも広がり、それまで日本ではなじみの薄かったトマトも栽培されるようになります。
そんな時代に、自ら育てたトマトを使ってケチャップを作ったのが、横浜の農家・清水與助でした。その名を冠した「清水屋ケチャップ」は、日本初の国産トマトケチャップともいわれています。
でも、ここで一つ、気になることがあります。なぜ、わざわざ日本で作ろうとしたのでしょう? 外国から伝わった調味料なら、輸入したものを使うという方法もあったはずです。もちろん、清水與助が何を考えて製造を始めたのか、その詳しい動機までは分かりません。
けれど、自分の畑で育てたトマトを、ただの農産物として出荷するのではなく、調味料に加工する。そこには、外国から入ってきた食文化を、日本の土地で育てていこうとする営みが見えてきます。そして、清水屋ケチャップには、濃厚なトマトの味わいに加え、香辛料を生かした独特の風味がありました。
海外から伝わったケチャップが、横浜で作られ、横浜ならではの味になっていく。最初は外国の味だったものが、いつしかその土地の名産品になる。清水屋ケチャップは、そんな食文化の変化を物語る存在だったのかもしれません。ところが、この横浜の名産品は、やがて店頭から姿を消してしまいます。いったい、何があったのでしょうか?
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横浜の名産品だったケチャップは、なぜ消えてしまったの?
明治の横浜で生まれた清水屋ケチャップ。当時はまだ珍しかったトマトを加工し、香辛料を加えて作られたその味は、宮内省御用達にもなったと伝えられています。ところが、昭和初期になると清水屋は廃業し、ケチャップの製造も途絶えてしまいました。いったい、なぜだったのでしょう?
清水屋ケチャップの公式サイトには、工業化の波にのまれて廃業したと記されています。明治から昭和にかけて、食品の製造や流通は大きく変化していきました。小さな作り手が手間をかけて生み出す商品と、大量生産によって広く届けられる商品。どちらにも、それぞれの役割があります。
けれど、どんなに独自の味を持っていても、それだけで商売を続けられるとは限りません。おいしいものが、必ずしも生き残るわけではない。それは、食文化の歴史にある少し寂しい現実なのかもしれません。
しかし、ここで考えてみたいことがあります。製造が終わったとき、その味まで消えてしまったのでしょうか?
工場や道具がなくなり、店頭から商品が姿を消しても、それを食べた人の記憶まで同時になくなるわけではありません。「あのケチャップは、こんな香りがした」「こんなふうに作っていた」そんな小さな記憶が、誰かの中に残っていることもあります。
もちろん、記憶だけで昔の味を正確に再現できるとは限りません。何十年も経てば、材料も製法も、食べる人の味覚さえ変わっているかもしれないからです。それでも、清水屋ケチャップには、もう一度その味を探し出すための手がかりが残されていました。
明治時代に使われていた一本の瓶のラベル。そして、創業者・清水與助の仕事を幼いころに手伝っていた孫、金子とよ子さんの記憶です。長い年月を経て、そのラベルに出会ったのが、トマトソースの研究に取り組んでいた丸山和俊さんでした。
失われたケチャップの歴史を知った丸山さんは、復刻を決意します。しかし、昔の作り方をたどる中で、一つの謎に突き当たりました。金子さんの記憶に残っていた「ズク」という香辛料。その正体が分からなければ、昔の味には近づけないのかもしれない。こうして、横浜で途絶えた味を探す旅が始まったのです。
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幻の味を呼び覚ました「ズク」って何だったの?
失われた清水屋ケチャップを復活させようとした丸山和俊さん。手がかりになったのは、創業者・清水與助の孫、金子とよ子さんが覚えていた製造風景でした。
幼いころ、ケチャップ作りを手伝っていた金子さん。その記憶の中には、「ズク」と呼ばれる香辛料がありました。たくさんのズクを運び、すりおろしてケチャップに加えていたというのです。けれど、その「ズク」が何なのか、はっきりとは分かりません。
丸山さんは手がかりを求めて台湾へ渡り、市場などで香辛料を調べました。そして、たどり着いたのが「肉豆蔲(ニクズク)」。

その正体は、なんとナツメグでした。ナツメグといえば、ハンバーグを作るときなどに使う、おなじみの香辛料です。今ではスーパーでも買える、ごく身近なスパイス。それが、幻のケチャップを復活させる鍵だったなんて、ちょっと意外ですよね。
でも、ここで一つ、気になることがあります。なぜ、そんなにありふれた香辛料が、味の決め手になったのでしょう?
ナツメグには、甘く温かみのある独特の香りがあります。トマトの甘みや酸味にその香りが重なることで、ケチャップ全体の風味に奥行きが生まれます。大切なのは、珍しい材料を使うことではなく、どんな材料を、どのように生かすか。清水屋ケチャップでは、このナツメグの香りが大切にされていたのです。
そして、もう一つ面白いことがあります。金子さんが覚えていたのは、香辛料の名前だけではありませんでした。ズクを運んだこと。すりおろしたこと。ケチャップを作っていたころの、手を動かした記憶です。
味の記憶は、舌だけに残るものではないのかもしれません。香りや材料の形、作業の手触り、台所の風景。そうしたものが一緒になって、一つの味を覚えていることもあるのでしょう。何十年も前に途絶えたケチャップの製造。その作り方を探していたら、人の記憶の中に、失われた材料の手がかりが残っていました。
しかし、ナツメグが見つかったからといって、昔の味をそのまま取り戻せたことになるのでしょうか。トマトの品種も、原料の品質も、食べる人の好みも、時代とともに変わっています。そもそも、昔と同じ材料で作れば、昔と同じ味になるのでしょうか?
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昔と同じレシピなら、同じ味になるの?
何十年も前に食べた、懐かしい料理。「あの味をもう一度食べたい」そう思って、昔よく通ったお店を訪ねたことはないでしょうか。店主は「昔と同じレシピで作っていますよ」と言います。ところが、ひと口食べてみると……。「あれ? こんな味だったかな?」なんとなく違うような気がする。
でも、それは本当に料理の味が変わったからなのでしょうか。変わったのは、味わう私たちのほうかもしれません。子どものころから何十年も生きて、さまざまな料理を食べてきた私たち。以前はごちそうだと思っていたものが、今では少し甘すぎると感じたり、昔は苦手だった苦みをおいしいと思うようになったり。
年齢や体調によって味覚や嗅覚が変化することもあれば、食経験を重ねることで好みが変わることもあります。つまり、お店が昔と同じ料理を出していたとしても、それを受け取る私たちの舌は、昔のままとは限らないのです。
そして、もう一つ。私たちは、料理の味だけを覚えているのでしょうか? あの料理を一緒に食べた人。お店の窓から見えた景色。料理が運ばれてきたときの、うれしかった気持ち。そんな思い出まで含めて、一つの「懐かしい味」になっているのかもしれません。
だとすれば、お店が昔とまったく同じレシピを再現できたとしても、あのころの自分まで取り戻すことはできないのでしょう。では、清水屋ケチャップの復刻は、何を目指していたのでしょうか。
明治時代のトマトと現代のトマトでは、品種や栽培環境も違います。砂糖や酢、香辛料の品質も、当時とまったく同じとは限りません。たとえ古いレシピが残っていたとしても、材料をそろえるだけで昔と同じ味になるとは言い切れないのです。
まして、昔の味を知る人が何人もいたとして、その人たちが覚えている味が、全員同じとは限りません。ある人はトマトの濃厚な甘みを覚えている。別の人は、酸味の強さを覚えている。そして、また別の人は、鼻に抜ける香辛料の香りを覚えているかもしれません。
では、いったい誰の記憶を再現すれば、「昔の味が復活した」と言えるのでしょう? すべての人の記憶に、寸分違わず応えることは難しいでしょう。だからこそ、その味を特徴づけていたものを探し出すことが、大切になるのかもしれません。清水屋ケチャップにとって、その手がかりの一つが「ズク」、つまりナツメグでした。
もちろん、ナツメグを使えば、それだけで昔の味になるわけではありません。けれど、誰かの記憶に強く残っていた香りが、失われた味へ近づく道しるべになることはあるのでしょう。そして、もし昔の味を知る人が、復刻されたケチャップをひと口食べて、「あっ、この味だ!」と感じたなら。
その人の中では、遠い昔の食卓が、ほんの一瞬よみがえったのかもしれません。復活したのは、レシピだけではなく、味の記憶だったのかもしれない。
でも、ここで新しい疑問が生まれます。昔の味を知らない人にとって、そのケチャップは懐かしい味ではありません。それでも「おいしい」と思ってもらえるのでしょうか。そして、これからも食べ続けてもらえるのでしょうか。それはこれからの商売として考えなくてはなりません。
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昔の味は、今の人にもおいしくなければいけないの?
幻のケチャップが復活した。それは、失われた味を探し続けた人たちにとって、大きな喜びだったことでしょう。でも、復刻は物語の終わりではありません。むしろ、そこから新しい物語が始まります。なぜなら、昔の味を知っている人は、年月とともに少なくなっていくからです。
懐かしさだけを頼りにしていては、いつかその味を食べる人がいなくなってしまうかもしれません。では、昔の味を知らない人に、どうすれば食べてもらえるのでしょう?その答えの一つは、今の人にも「おいしい」と思ってもらうことなのでしょう。
今回の『食彩の王国』では、復活した清水屋ケチャップを使って、さまざまな料理人が新しい一皿を生み出します。
横浜の日本料理店「仁」では、和食の技を使ってケチャップの旨みを引き出します。横浜ベイホテル東急の「カフェトスカ」では、色とりどりの海鮮と組み合わせた料理が登場。そして、横浜中華街の老舗「重慶飯店」では、四川料理のシェフが清水屋ケチャップを使った新作に挑戦します。
日本料理 仁
- 神奈川県横浜市中区山下町276-5 ルグラン元町108
- TEL:045-264-6705
- 営業時間:11:30~13:30、18:00~21:00
- 定休日:月・火曜
- URL:https://tabelog.com/kanagawa/A1401/A140105/14078973/
横浜ベイホテル東急「カフェトスカ」
- 神奈川県横浜市西区みなとみらい2丁目3−7 2F
- TEL:050-5488-2031
- レストラン予約(受付時間10:00~19:00)
- URL:https://ggr6901.gorp.jp/
重慶飯店 本館
- 神奈川県横浜市中区山下町164
- TEL:045-641-8288
- 営業時間:11:30~15:00、17:00~21:00(金・土曜は~22:00まで)
- 定休日:なし
- URL:https://www.jukeihanten.com/shop/honkan/
和食、ホテル料理、四川料理。同じ一本のケチャップから、まったく違う料理が生まれていくのです。考えてみれば、ケチャップそのものも、海外から日本へ伝わり、横浜の土地で育てられた調味料でした。
外国からやってきた味が、日本の食卓になじみ、やがてその土地ならではの味になっていく。そして今度は、その横浜生まれのケチャップが、新しい料理の中で使われている。食文化は、昔の姿をそのまま保存するだけで続いてきたわけではないのでしょう。
その土地の材料を使い、その時代の人々の好みに合わせながら、少しずつ姿を変えてきたのです。もちろん、昔の味を忠実に残そうとすることにも、大切な意味があります。けれど、変わらないことだけが、伝統を守る方法なのでしょうか。
清水屋ケチャップを初めて食べる人にとって、それは懐かしい味ではありません。「あっ、こんなケチャップもあるんだ」そんな新しい発見かもしれません。そして、その人が気に入って、また買って、料理に使うようになったとしたら…。
いつか、そのケチャップを食べて育った子どもが、大人になってこう言う日が来るかもしれません。「ああ、これ、子どものころに食べた味だ」そのとき、かつて幻と呼ばれたケチャップは、もう誰かの新しい思い出になっています。
昔の味を取り戻すことは、昔へ戻ることだけではない。まだその味を知らない人へ手渡し、これからの食卓に残していくことでもあるのでしょう。明治の横浜で生まれ、一度は途絶えた清水屋ケチャップ。その赤いひと瓶から、また新しい歴史が始まっています。
【清水屋ケチャップのことなら】横濱屋本舗食堂
- 神奈川県横浜市金沢区鳥浜町1−1
- TEL:045-778-7660
- 営業時間:9:00~14:30(土・日曜は~15:00まで)
- 定休日:水曜
- URL:https://yokohamayahompo.com/
【横浜市が認定する名産品なら】横浜髙島屋「ヨコハマ・グッズ横濱001」
- 神奈川県横浜市西区南幸1丁目6−31 髙島屋横浜店 7F
- TEL:045-311-5111
- 営業時間:10:00~19:00
- 定休日:なし
- URL:https://yokohama001goods.org/
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