山形県北部、真室川町。ここに、100年以上にわたって種が受け継がれてきたとされる一本のきゅうりがあります。その名は、「勘次郎きゅうり」。淡いヒスイ色をした大きな実にはたっぷりと水分が含まれ、一般的なきゅうりとは少し違った香りや食感を持つ、山形の伝承野菜です。
『食彩の王国』では、この勘次郎きゅうりを「シャキッと甘い!」「フルーツのような甘み」と紹介しています。でも――。野菜の「甘い」って、どのくらい甘いのでしょう?
梨やメロンのように、そのまま食べて「甘い!」と感じるのでしょうか。それとも、きゅうり特有の青臭さや苦味が少ないことで、ほのかな甘みを感じやすいということなのでしょうか。最近はテレビなどでも食べ物を口にすると、何でも「甘~い!」と表現されることがあります。だからこそ、実際にはどんな味なのか気になってしまいます。
ところが勘次郎きゅうりについて調べていくと、味以上に気になる物語がありました。このきゅうりの種を20年ほど前から守り続けてきたのが、高橋伸一さんです。もともと真室川町役場で伝承野菜について調査していた高橋さんは、勘次郎きゅうりに種を守る後継者がいないことを知ります。
そこで高橋さんは、自ら栽培を始めました。種を守る。そう聞くと、昔からあるものを、そのまま変えずに残していくことのように思えます。けれど野菜は、種だけを残せば受け継がれていくものではありません。
畑で育てる人がいる。料理する人がいる。そして何より、「食べたい」と思う人がいる。その循環が続かなければ、いつか種を蒔く人もいなくなってしまいます。だから今回、勘次郎きゅうりから生まれるのは昔ながらの郷土料理だけではありません。
フレンチになり、スイーツになり、さらに山形の食材を知り尽くしたイタリアンの奥田政行シェフも、新しい一皿に挑戦します。伝統野菜なのに、伝統的ではない料理にする。一見すると矛盾しているようですが、それもまた種を未来へつなぐ方法なのかもしれません。
伝統を守るために、変えてもいいのでしょうか。勘次郎きゅうりという一本の野菜から、「守る」ということの意味を考えてみましょう。
【放送日:2026年9月5日(土)9:30 -9:55・テレビ朝日】
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「勘次郎きゅうり」って、本当に甘い?
「シャキッと甘い!」
今回の『食彩の王国』では、勘次郎きゅうりの味がそんな言葉で紹介されています。さらに番組概要には、「フルーツのような甘み」ともあります。そう聞くと、ちょっと気になりませんか?きゅうりなのに、梨やメロンのように甘いのでしょうか。
もし生のままかじって「甘~い!」となるほど糖分が多いのなら、かなり珍しい野菜です。ところが、勘次郎きゅうりについて調べてみると、どうやら「果物のように糖度が高い」という意味ではなさそうです。
実際、生産者の高橋伸一さん自身も、その味について「甘い」というより、メロンを思わせるような華やかな香りがあると説明しています。では、なぜ「フルーツのよう」と表現されるのでしょう。
勘次郎きゅうりは、私たちがスーパーでよく見る濃い緑色のきゅうりとは、見た目から少し違います。実は太く、色は淡いヒスイ色。水分をたっぷり含み、皮は薄く、一般的なきゅうりに感じることのある青臭さや苦味、えぐみが少ないといいます。
つまり「フルーツのような甘み」というのは、砂糖のような強い甘さというよりも、青臭さや苦味が少ないことで感じられる、みずみずしく穏やかな味わいに近いのでしょう。そう考えると、「甘い」という一言だけでは、かえって勘次郎きゅうり本来のおいしさが伝わりにくいのかもしれません。
このきゅうりの故郷は、山形県北部の真室川町。明治時代に持ち込まれた種から栽培が始まったとされ、農家が自分たちで種を採りながら受け継いできた「伝承野菜」の一つです。
現在のきゅうりは、形や大きさがそろい、たくさん収穫でき、流通させやすい品種が広く栽培されています。一方、地域で長く受け継がれてきた野菜には、その土地ならではの味や個性がある反面、現代の農業や流通には必ずしも向いていないものもあります。
勘次郎きゅうりも、ただ「おいしい」というだけで今日まで残ってきたわけではありません。誰かが実を育て、そこから種を採り、翌年また畑に蒔く。それを繰り返してきたからこそ、今も私たちは勘次郎きゅうりを食べることができます。
ところが約20年前、その長いリレーが途切れようとしていました。勘次郎きゅうりの種を守る後継者がいなくなろうとしていたのです。そのことを知ったのが、当時、真室川町役場で伝承野菜について調査していた高橋伸一さんでした。
調べる側だった高橋さんは、なぜ自分で畑に立ち、種を守る側になったのでしょうか。そして一本のきゅうりの種を20年にわたって受け継ぐことは、私たちが想像するほど簡単なことではありませんでした。
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なぜ、役場の職員が種を守ることになった?
勘次郎きゅうりの種を守り続けている高橋伸一さん。代々続く農家に生まれ、先祖から受け継いだ種を守ってきた人なのかと思ったら、少し違います。
高橋さんが勘次郎きゅうりと出会ったきっかけは、仕事で伝承野菜について調べていたことでした。当時、高橋さんは真室川町役場の職員。山形県北部に残る伝承野菜について調査するなかで、勘次郎きゅうりの存在を知ります。
そこで聞いたのが、「この種を守る後継者がいない」という話でした。長い間、農家が自分たちで種を採り、翌年また畑に蒔くことで受け継いできた勘次郎きゅうり。けれど、その最後の担い手がいなくなれば、そこでリレーは終わってしまいます。
高橋さんは考えました。「この種を守り継ぎたい」そして調査する側だったはずの高橋さん自身が、勘次郎きゅうりを育て始めたのです。こうして書くと、「貴重な野菜なら、種をもらって育てればいい」と思ってしまいそうです。
ところが、種を残すことはそれほど簡単ではありませんでした。きゅうりは同じウリ科の植物などとの交雑に注意しながら種を採る必要があります。別の品種と交わってしまえば、翌年育てたものが、それまで受け継がれてきた勘次郎きゅうりと同じ特徴を持つとは限りません。
そこで高橋さんは、ほかの品種と交雑しないよう隔離栽培を続けました。種を蒔けば、必ず思い通りの実ができるわけでもありません。それでも栽培を繰り返し、ようやく勘次郎きゅうりらしい立派な実が育つようになります。
一本のきゅうりを収穫するまでなら、数か月かもしれません。でも「種を守る」となると、その仕事は一年では終わりません。今年育てた実から種を採る。その種を翌年蒔く。育ったものから、また次の種を採る。一年の終わりが、次の一年の始まりになる。
そんな営みを繰り返して、初めて種は未来へ進んでいきます。番組では、ようやく立派な勘次郎きゅうりを育てられるようになった高橋さんを、さらに思いがけない出来事が襲います。それでも高橋さんは栽培をやめませんでした。
約20年前、役場で調査資料の向こう側にあった一本の伝承野菜。もしあのとき、「後継者がいないのは残念ですね」と調査だけで終わっていたら、今の勘次郎きゅうりはなかったかもしれません。
知ってしまったから、自分が育てる。高橋さんがつないだのは、小さな種だけではありません。その種を守ってきた人たちから、まだ見ぬ次の世代へと続く時間だったのでしょう。
でも――。ここで、もう一つ疑問が浮かびます。種さえ残っていれば、伝統野菜を守ったことになるのでしょうか。
畑で勘次郎きゅうりがたくさん実っても、それを食べたいと思う人がいなければ、作り続けることはできません。どうやら伝統野菜を未来へ残すには、種を守るだけでは足りないようです。次はそこを考えてみましょう。
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種を残すだけでは、伝統野菜は守れない?
高橋さんが勘次郎きゅうりの栽培を始めたことで、途切れかけていた種は次の世代へつながりました。では、これで勘次郎きゅうりは守られたのでしょうか。種を採り、翌年また蒔く。同じことを繰り返していけば、少なくとも勘次郎きゅうりという品種を残していくことはできます。
でも、野菜は種を保存するためだけに育てるものではありません。畑で育ったきゅうりは、誰かに食べてもらわなければなりません。ここに、伝承野菜を守ることの難しさがあります。
私たちが普段スーパーで目にする野菜は、味だけで選ばれているわけではありません。たくさん収穫できること。形や大きさがそろいやすいこと。病気に強いこと。運びやすく、店頭に並べても傷みにくいこと。そして一年を通して、ある程度安定して供給できること。野菜が商品として広く流通するためには、さまざまな条件が求められます。
ところが、昔から地域で種を採りながら受け継いできた伝承野菜は、必ずしも現代の流通に合わせて作られたものではありません。味や香りに個性があっても、収穫量が少ないかもしれない。形がそろわないかもしれない。栽培に手間がかかるかもしれない。旬が短く、いつでも買えるわけではないかもしれません。
それでも、「昔からある大切な野菜だから作り続けてください」と言うだけなら簡単です。けれど、生産する人にも暮らしがあります。手間をかけて育てても買う人がいなければ、作り続けることは難しくなります。つまり伝承野菜を守るために必要なのは、生産者だけではないのでしょう。
育てる人がいる。料理する人がいる。売る人がいる。そして、「これを食べたい」と思う人がいる。その輪がつながって初めて、翌年もまた種を蒔くことができます。
考えてみれば、これは少し不思議です。伝統を守ろうとすると、私たちはつい「昔と同じものを、昔と同じ形で残す」ことを想像します。もちろん、昔ながらの食べ方を受け継ぐことも大切です。でも、それだけで食べる人が少なくなっていけば、やがて作る人もいなくなってしまうかもしれません。
だったら、昔にはなかった食べ方を考えてもいいのではないでしょうか。和食だけでなく、フレンチにしてみる。スイーツにしてみる。そして、イタリアンにしてみる。
「そんなの伝統料理じゃない」と言われるかもしれません。確かに料理は伝統的ではありません。でも、その新しい一皿を食べた誰かが、「勘次郎きゅうりって、おいしいね」と思ってくれたらどうでしょう。その人がまた食べたいと思う。料理人がまた使いたいと思う。生産者が来年も作ろうと思う。そして、そのために今年の実から種を採る。
そうして初めて、種は単に「保存される」のではなく、食べ物として生きながら次の世代へ渡っていくのではないでしょうか。高橋さんが守ってきた勘次郎きゅうりの種。そのリレーを続けるために必要なのは、種を変えずに残すことだけではなさそうです。
むしろ――。変えてはいけない種を守るために、食べ方は変えてもいい。そんな発想が必要なのかもしれません。そして今回、その可能性を料理から探ろうとしているのが、山形の食材にこだわり続けてきた料理人たちです。伝統野菜を、なぜわざわざ新しい料理にするのか。次は、その一皿をのぞいてみましょう。
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伝統野菜を、なぜ新しい料理にする?
勘次郎きゅうりを未来へ残すには、食べる人が必要です。でも、「伝承野菜だから食べてください」と言われても、毎日の食卓に並ぶ理由にはなかなかなりません。だから料理人たちは、この野菜の「昔ながらの味」ではなく、「まだ知られていない魅力」を探し始めます。
今回『食彩の王国』に登場する料理人たちも、その探し方がそれぞれ違います。山形の食材を生かした日本料理。繊細な技を生かしたフレンチ。きゅうりを使った意外なスイーツ。そして、本場イタリアで評価された奥田政行シェフのイタリアンです。同じ勘次郎きゅうりなのに、見えているものが少しずつ違います。
奥田シェフが畑で注目したのは、まだ大きく育っていない未成熟の勘次郎きゅうりでした。普通なら「まだ収穫には早い」と思ってしまいそうな実です。ところが奥田シェフは、その味を口にして、「アボカドのようだ」と感じたといいます。完成した野菜だけを見るのではなく、その途中にも新しいおいしさを見つける。料理人らしい視点です。
考えてみると、新しい料理を作るということは、伝統を壊すことではありません。勘次郎きゅうりの種は、そのまま。育て方も、その土地の風土も、そのまま。変えているのは、食べる人との出会い方です。
郷土料理として知っている人だけでなく、「イタリアンなら食べてみたい。」「スイーツになるの?」そんな人との新しい出会いが生まれます。
伝統野菜は、昔の人だけの食べ物ではありません。今の人がおいしいと思い、また食べたいと思えることも、未来へ受け継ぐ力になります。だから料理人たちは、昔ながらの野菜に新しい料理を重ねているのでしょう。
伝統を変えるためではなく、伝統を次の世代へ届けるために…。
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守るために、変えてもいい?
「伝統を守る」と聞くと、私たちはつい、昔からあるものを変えずに残すことを想像します。昔から受け継がれてきた種を守る。昔ながらの育て方を続ける。昔から食べられてきた料理を残す。
もちろん、それはとても大切なことです。勘次郎きゅうりも、誰かが種を採り、翌年また蒔くという営みを続けてこなければ、今ここにはありませんでした。
高橋伸一さんが約20年前、「この種を守り継ぎたい」と思わなければ、そのリレーは途中で途切れていたかもしれません。だから、変えてはいけないものがあります。
でも、その一方で。変えなければ残せないものもあるのではないでしょうか。どれほど貴重な伝承野菜でも、食べる人がいなくなれば、作る人も少なくなっていきます。「昔からある大切な野菜です」という理由だけで、これから何十年も食べ続けてもらうことは難しいでしょう。
これから勘次郎きゅうりを食べていくのは、昔からその味を知っている人だけではありません。今の子どもたちや若い人たち。そして、まだ勘次郎きゅうりという名前すら知らない人たちです。
そんな人が初めて口にしたとき、「おいしい」と思う。そして、「また食べたい」と思う。その小さな気持ちが、伝統野菜を未来へ運ぶ力になるのかもしれません。だから料理人たちは、昔ながらの食べ方だけにとらわれず、新しい料理に挑戦します。
フレンチにする。スイーツにする。イタリアンにする。まだ成熟していない実にさえ、これまで知られていなかったおいしさを探してみる。そこには、長く受け継がれてきたものに手を加える難しさもあるでしょう。「昔のままでいい」と言われることだってあるかもしれません。それはそれでいい。それでも、新しい可能性を探してみる。
それは伝統を否定することではなく、伝統を次の人へ手渡すための挑戦なのでしょう。高橋さんが守ってきたものと、料理人たちが変えようとしているものは、実は違います。高橋さんが守ったのは、長い時間をかけて受け継がれてきた勘次郎きゅうりの種。
料理人たちが変えたのは、その野菜をどう食べ、どう楽しむかという方法です。変えてはいけないものを、大切に守る。変えてもいいものには、新しい可能性を見つける。その両方があって、伝統は次の世代へ進んでいくのではないでしょうか。
伝統とは、昔の姿のまま時間を止めることではありません。誰かが受け取り、その時代に合った方法で大切にし、また次の誰かへ手渡していく。そうやって続いてきたからこそ、今「伝統」と呼ばれているのでしょう。
明治時代に真室川へやってきたという、小さなきゅうりの種。その種は農家から農家へ渡り、高橋さんへ渡り、今も畑で実を結んでいます。そして今度は料理人たちの手によって、これまでとは違う一皿になり、新しい世代へ届けられようとしています。
守るために、変えてもいい。
むしろ、ときには変わる勇気があるからこそ、守り続けられるものがあるのかもしれません。勘次郎きゅうりの小さな種はこれからも、昔と同じ姿を受け継ぎながら、新しい食べ方と出会い、まだ知らない誰かの「おいしい」へつながっていきます。
そしてその誰かが、いつかまた次の人へ、「こんなきゅうりがあるんだよ」と伝えてくれたなら。それもきっと、「伝統」の続きなのでしょう。
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