鳥取県には、“いちばん”が多い。日本一有名な鳥取砂丘。生産量日本一を誇る二十世紀梨。そして、“日本一危険な国宝”とも呼ばれる三佛寺・投入堂――。けれど、その“いちばん”は、ただ自然に生まれたものではありませんでした。
砂と向き合いながら農業を続けてきた人。厳しい自然の中で景色を守り続けてきた人。小さな村の自治を大切に受け継いできた人。
今回の『新日本風土記』は、鳥取の「いちばん」の裏側にある、人々の営みを見つめていきます。風が砂を動かし、水が土地を潤し、人が静かに暮らしをつないでいく――。
“日本一”という言葉の向こうに見えてくるのは、鳥取という土地が長い時間をかけて育ててきた、かけがえのない風景なのかもしれません。
【放送日:2026年5月18日(月)22:00 -23:00・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年5月19日(火)20:00 -21:00・NHK-BS】
【放送日:2026年5月24日(日)6:00 -7:00・NHK-BSP4K】
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砂の土地に、人は何を育ててきたのか――鳥取に多い「いちばん」の理由
鳥取県には、「日本一」と呼ばれるものが数多くあります。生産量日本一を誇る二十世紀梨。日本一のラドン含有量を誇る三朝温泉。“日本一危険な国宝”とも呼ばれる三佛寺・投入堂――。そしてもちろん、日本一有名な鳥取砂丘。
けれど、その“いちばん”は、ただ自然に生まれたものではありません。日本海からの強い風が砂を運び続ける鳥取では、広い砂地が形成されました。
この砂は中国地方に多い真砂土(”まさど”、または”まさつち”:火成岩の花崗岩が風化してできたもの)が起源です。真砂土に含まれる石英や長石は水はけがいいため、水田には向かず、ときに厳しい自然条件とも向き合わなければならない土地です。それでも人々は、その土地を受け入れ、工夫を重ねながら暮らしを築いてきました。
砂地を活かした農業。風景を守り続ける営み。自然とともに生きる知恵。鳥取の「いちばん」は、そんな風土と人の積み重ねの中から育まれてきたのかもしれません。
『新日本風土記』は、“記録”としての日本一ではなく、その土地に生きる人々が守り続けてきた風景を見つめていきます。
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二十世紀梨とらっきょ――砂とともに生きる農業の知恵
鳥取の「いちばん」は、砂の土地と向き合う中から生まれてきました。その代表が、生産量日本一を誇る「二十世紀梨」です。水田には向かない砂地でも、水はけの良さを活かせば果樹栽培に適している――。鳥取の人々は、そんな土地の個性に目を向けながら、梨づくりを続けてきました。
病気や自然災害に悩まされながらも、手をかけ、守り続けてきた二十世紀梨。みずみずしく爽やかな甘さには、土地と向き合ってきた時間が詰まっています。
また、鳥取砂丘周辺では「らっきょ」の栽培も盛んです。砂地は水はけが良く、らっきょ特有のシャキッとした歯ごたえや香りを育てます。厳しい土地条件を逆に活かした農業は、鳥取ならではの知恵なのかもしれません。
春から初夏にかけて畑に広がる緑の景色には、“砂の国”で暮らしてきた人々の工夫と誇りが静かに息づいています。
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鳥取砂丘と砂の美術館――“砂の国”が生み出した風景
鳥取を象徴する風景といえば、やはり鳥取砂丘です。日本海から吹きつける風によって形を変えながら広がる砂丘は、日本でも珍しい大規模な砂の景観として知られています。けれど、この風景もまた、ただ自然のまま残ってきたわけではありません。
放っておけば草が生え、少しずつ砂丘の姿は変わっていきます。人々は草を刈り、景観を守りながら、“日本一有名な砂丘”を支え続けてきました。
また鳥取には、「砂」を芸術へと変えてきた文化もあります。世界各地のテーマを砂像で表現する「砂の美術館」。形を留めない砂を素材にしながら、繊細な彫刻作品を作り上げるその風景には、“砂とともに生きてきた土地”ならではの感性が感じられます。
またこの土地には、古くから「因幡の白兎」の神話も語り継がれてきました。これは沖の島に渡ろうとしたウサギがワニ(おそらくはサメのこと)を騙して海の上に一列に並ばせて、その上を渡っていったという話なのですが、その嘘がサメにバレてウサギは皮を剥がれてしまうというちょっと残酷なお話です。
周りにいたイジワルな神様たちは、「海水で洗って風に吹かれるといい」とウソのアドバイスをして、それを信じたウサギはさらに酷い目に遭ってしまいます。
しかし偶然、その場を通りかかった優しい大国主命(オオクニヌシ:かつて出雲を納めていた神様)が、「糠の粉を塗ってからきれいな水で洗いなさい」と教えると、ウサギの傷は治ったといいます。
こうした、「傷ついたものを癒やす」という物語は、三朝温泉など、鳥取の“癒やしの風土”にも、どこか繋がる感じがしないでもありません。
風が砂を動かし、海が物語を運び、人がその景色を守り続ける――。鳥取の砂は、ただの地形ではなく、人々の暮らしや文化、そして物語そのものを育ててきたのかもしれません。
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“日本一危険な国宝”を守る――三佛寺・投入堂と祈りの風景
鳥取県三朝町の山あいにある三佛寺・投入堂(なげいれどう)は、“日本一危険な国宝”とも呼ばれる不思議な建物です。切り立った断崖の中腹に、まるで岩壁へ吸い付くように建てられたお堂。参拝するためには険しい山道を登らなければならず、入山には服装や装備の確認まで行われます。
けれど、この場所の魅力は“危険だからすごい”ということではありません。なぜ人は、こんな厳しい場所に祈りの空間を作ったのか?――。投入堂には、自然を畏れ、その中へ身を置きながら祈ろうとしてきた人々の思いが今も残っています。
言い伝えでは、修験道の祖とされる役行者が、法力によってお堂を断崖へ“投げ入れた”ことから、「投入堂」と呼ばれるようになったともいわれています。
深い山。切り立つ岩壁。風の音だけが響く静けさ。人の力では抗えない自然の中に身を置くことで、祈りはより深くなる――そんな山岳信仰の空気が、この場所には今も色濃く残っています。
長い年月の中で守り継がれてきた投入堂は、単なる“珍しい国宝”ではなく、鳥取の自然と祈りの文化そのものなのかもしれません。
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「いちばん」は、人の手で受け継がれていく――鳥取が守り続けてきた風景
鳥取の「いちばん」は、ただ記録として残っているわけではありません。風に削られながら姿を変える砂丘。砂の土地で育てられてきた二十世紀梨やらっきょ。険しい山の中で守り継がれてきた投入堂。そして、日本一のラドン含有量を誇る三朝温泉の湯。そこにはいつも、その土地を見つめ、守り、受け継いできた人々の営みがあります。
鳥取県日吉津村は、全国で唯一、平成の大合併を行わなかった村としても知られています。小さな自治を守り続ける選択の中にも、“自分たちの土地を自分たちで守る”という思いが息づいているのかもしれません。
自然は、ときに厳しく、人の力だけではどうにもならないこともあります。それでも人々は、砂と向き合い、水を活かし、風景を守りながら、この土地で暮らしをつないできました。『新日本風土記』が見つめていたのは、“日本一”の記録ではなく、その土地に流れ続けてきた時間だったのかもしれません。
風が砂を動かすたびに、景色は少しずつ変わっていく。それでも鳥取には、変わらず受け継がれてきた風景が、静かに残っていました。