変わらないものは、本当に残り続けるのだろうか?
古い町並みや建物は、そのままの姿で守られているように見える。けれど、時の流れの中で、少しずつ役割を変えていくものもある。
鳥取県倉吉市。江戸時代から続く白壁の町並みは、いまも静かに人を迎えている。その一方で、かつての風景に、新しいかたちが重なりはじめている。
廃線跡は竹林に包まれ、かつての小学校は、別の場所へと生まれ変わる。残ることと、変わること。そのあいだで、町はゆっくりと時間を重ねていく。これは――姿を変えながら続いていく、ひとつの場所の物語だ。
【放送日:2026年4月26日(日)8:00 -8:25・NHK-総合】
【放送日:2026年5月1日(金)11:05 -11:30・NHK-総合】
【放送日:2026年5月2日(土)6:05 -6:30・NHK-BSP4K】
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白壁に残る時間|倉吉の町並みが伝えるもの
白い壁に、やわらかな光が落ちる。白壁の町並み。 鳥取県倉吉市に残る、江戸時代に建てられた土蔵や建物が、いまも静かに並んでいる。まるで、時間が止まっているかのように見える風景。けれど、本当に止まっているわけではない。
建物は手入れされ、人の暮らしの中で使われ続けている。傷んだところは直され、少しずつ形を整えながら、いまの姿を保っている。“そのまま残す”ということは、何もしないことではない。むしろ、手をかけ続けること。白壁の町並みは、過去の遺産であると同時に、いまも生きている場所でもある。
変わらないように見えるものの中に、小さな変化が積み重なっている。その時間こそが、この風景を支えているのかもしれない。
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新しい風を呼び込む|コスプレイベントという試み
静かな町並みに、少しだけ違う色が加わる。白壁の通りに現れるのは、色とりどりの衣装をまとった人たち。アニメやゲームのキャラクターに扮し、町を歩き、写真を撮る。

一見すると、この風景にはそぐわないようにも見える。けれど、不思議と溶け込んでいく。古い建物と、新しい表現。その組み合わせが、町に新しい表情を生み出している。訪れる人にとっては、ここを知るきっかけとなり、関わる人にとっては、町とつながる入り口になる。
歴史を守るということは、形を固定することではない。使われ続けることで、新しい意味が重なっていく。このイベントもまた、そのひとつのかたちなのかもしれない。
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失われた線路のその先|竹林に包まれた廃線跡
かつて、ここには線路があった。列車が走り、人や物を運んでいた場所。その役目を終えたあと、線路は静かに残された。やがて周囲には、竹が伸びていく。季節ごとに揺れる緑が、道の両側を包み込む。いまでは、「日本一美しい廃線跡」とも呼ばれている。

使われなくなったものが、ただ消えていくわけではない。時間の中で、別の景色へと変わっていく。人の手を離れたあとも、自然の中で息をし続ける。そこにあるのは、“失われた”というよりも、“かたちを変えた”という感覚に近い。
線路はもう、列車のためのものではない。けれど、歩く人の足を運び、静かな時間へと導いていく。変わることで、新しい役割を持つ。その姿が、この場所には残っている。
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学び舎が生まれ変わる|円形校舎とフィギュアの世界
かつて子どもたちが通っていた場所。円形の校舎は、いまもそのままの姿を残している。それは今、教室の並び、廊下の曲線、窓から差し込む光。そこに重なっていくのは、別の時間。
いま、この場所は、フィギュアのミュージアムとして使われている。「円形劇場くらよしフィギュアミュージアム」として、日本一新しいフィギュアの聖地に生まれ変わった。

並べられた作品は、ひとつひとつに物語を持っている。かつての“学び舎”は、別のかたちで、人の想像力を育てる場所へと変わった。この変化を支えているのは、地域にゆかりのある人たちだ。
卒業生たちが関わり、記憶の残る場所に、新しい役割を与えていく。建物はそのままでも、中に流れる時間は変わる。
けれど、完全に別の場所になるわけではない。そこには、重なり合う記憶がある。学び、遊び、過ごした日々。その延長線上に、いまの姿がある。変わることで、記憶は失われるのではなく、別のかたちで残っていく。
円形劇場くらよしフィギュアミュージアム
- 鳥取県倉吉市鍛冶町1丁目2971−2
- TEL:0858-27-1200
- 営業時間:9:00~17:00
- 定休日:なし
- URL:https://enkei-museum.com/
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まとめ|変わることで、残っていくもの
変わらないものは、本当に残り続けるのだろうか?
倉吉の町には、古い建物や風景が、いまも息づいている。白壁の町並み。竹林に包まれた廃線跡。姿を変えた学び舎。どれも、ただ“残された”ものではない。使われ、手を入れられ、新しい意味を重ねながら、いまの姿になっている。
変わることは、失うことではない。むしろ、続いていくためのかたちなのかもしれない。かつての時間と、いまの時間が重なり合いながら、町はゆっくりと歩いていく。
その流れの中で、人もまた、それぞれのかたちで関わり続けている。変わりながら、残っていく。その静かな営みが、倉吉という場所を、これからも支えていくのだろう。