山で、エビを育てる。そう聞くと、どこか不思議に感じるかもしれない。
福島県葛尾村。標高およそ450メートルの山あいの村。寒さも厳しく、本来ならエビの養殖には向かない環境だ。それでも、この場所で挑戦が始まっている。
理由は、単純ではない。海がないからでも、珍しいからでもない。ここで育てることに、意味があるからだ。かつて人が離れた土地に、もう一度、産業をつくること。その可能性を、ひとつの形として示していくこと。
山でエビを育てるという試みは、ただの養殖ではない。この場所で、もう一度始めるための挑戦でもある。これは――小さな一歩から広がる、新しいかたちの物語。
【放送日:2026年4月23日(木)8:15 -9:55・NHK-総合】
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なぜこの場所で?山村・葛尾に残された条件とは?
山あいに広がる、静かな村。福島県葛尾村は、標高およそ450メートルに位置する。夏でも涼しく、冬には厳しい寒さに包まれる。豊かな自然に囲まれながらも、水温の管理が重要なエビ養殖にとっては、決して恵まれた環境とは言えない。

海もない。エビを育てる場所として考えれば、むしろ“向いていない”条件がそろっている。それでも、この場所が選ばれた。理由は、環境の良し悪しだけでは測れないところにある。
一度、人の流れが途切れた土地。けれど、そこに残されたものもある。静かな時間と、やり直すための余白。そして、何かを始めるための場所。
この村で行われている取り組みは、単に新しい産業をつくることではない。ここでできるのかどうか? その問いに向き合うこと自体に、意味があるのかもしれない。
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山でエビを育てる仕組み|陸上養殖という選択
山の中で、エビを育てる。それを可能にしているのが、陸上養殖という方法だ。海から水を引くのではなく、施設の中で環境そのものをつくり出す。
葛尾村の養殖場では、村の地下水を利用し、人工的に海水に近い環境を整えている。さらに、水は循環しながら使われる。外に流すことなく、ろ過と調整を繰り返し、安定した状態を保つ仕組みだ。
閉じられた空間の中で、水質や温度が細かく管理される。そのため、薬に頼らず、安全に育てることができるという。そして、ここで育てられているのが、バナメイエビだ。
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なぜバナメイエビなのか?環境に適した選択
山でエビを育てる。そのためには、どの種類のエビを選ぶかが大きなポイントになる。葛尾村で選ばれたのは、バナメイエビだった。このエビは東太平洋のメキシコからペルー北部が原産で、主に中南米や東南アジア・中国などの熱帯・亜熱帯沿岸部で養殖されている。
このエビは、環境の変化に強い特性を持っている。特に塩分濃度の変化に強く、淡水に近い環境でも育つ特性を持っている。いわば、“環境に合わせて生きることができる”エビ。体の中で、塩分のバランスを調整する力を持っているのだ。
だからこそ、海のない山の中でも、その成長を支えることができる。自然の海ではなく、整えられた環境の中で育つエビ。それは、場所の制約を越えていくための、ひとつの選択でもある。そのため、人工的に整えた水環境の中でも、安定して育てることができる。
さらに、成長が早いことも特徴のひとつ。限られた環境の中で、効率よく育てることが求められる陸上養殖では、大きな強みとなる。
特別に珍しい種類ではない。今では全国のスーパーでも売られている。けれど、“この場所で育てる”という条件において、最も現実的な選択だった。環境に合わせて、作物や生き物を選ぶこと。それもまた、この取り組みの大切な考え方なのかもしれない。
株式会社HANERU葛尾
- 福島県双葉郡葛尾村落合湯ノ平84−2
- TEL:080-5875-6733
- 営業時間:8:30~17:00
- 定休日:なし
- URL:https://haneru-katsurao.com/
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ここでやる意味|過酷な環境だからこそ見える可能性とは?
なぜ、この場所で行うのか? より温暖で、条件の整った地域もあるはずだ。もちろん他にも鹿児島・指宿、奈良・吉野山、静岡・磐田、千葉・鋸南町など温暖な土地でも養殖がおこなわれている。それでも、あえて葛尾村はバナメイエビを選んだ。
その理由は、環境の厳しさにある。標高の高さ、寒さ、決して整っているとは言えない条件。だからこそ、ここで成り立つのであれば、他の場所でも可能になる。その“証明”になるということだ。
この取り組みは、単にエビを育てるためのものではない。どのような土地でも、工夫次第で新しい産業が生み出せる。その可能性を、ひとつのかたちとして示していく。過酷な環境は、不利な条件でもある。けれど同時に、限界を測るための場所にもなる。ここで続けていくこと自体が、意味を持つ。
結果だけではなく、その過程もまた、次につながるヒントになる。山でエビを育てるという挑戦は、小さな一歩に見えるかもしれない。けれどその先には、別の場所、別の誰かへと続く道がある。
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小さな挑戦がつくるもの|地域に生まれる新しい流れ
ひとつの養殖場が、すぐに大きな変化を生むわけではない。けれど、そこに仕事が生まれるということには、確かな意味がある。
地域で暮らし続けるためには、日々の営みを支える仕事が必要になる。どれだけ場所に魅力があっても、それだけでは続いていかない。だからこそ、小さくてもいい。この場所で働けるという選択肢が、ひとつ増えること。それが、人の流れを少しずつ変えていく。
若い人だってみんなが”都会好き”で故郷を離れるわけじゃない。暮らしていけないから都会に出て行かざるを得ない。それでも何年か忙しすぎる都会で暮らすと、「やっぱり故郷がいい!」って思いなおすこともある。でも相変わらず「地方では仕事がない」ってことになると、「戻るに戻れない」わけだ。
故郷から外に出た人が、いつか戻ることを考えたとき。その場所に、もう一度暮らしていけるだけの土台があるかどうか? それは、簡単なことではない。けれど、こうした取り組みは、その可能性を静かに支えている。
山でエビを育てるという挑戦は、一見すると小さなものに見える。それでも、その積み重ねの先に、新しい流れが生まれていくのかもしれない。
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まとめ|山から始まる、小さなかたち
山で、エビを育てる。はじめは、どこか遠い話のように感じられた。海のない場所で、寒さの厳しい土地で、あえて選ばれた養殖。そこには、環境の不利を超えようとする工夫と、静かな挑戦があった。
整えられた水の中で育つエビ。選ばれた種類と、積み重ねられた技術。そして、この場所で行うことに込められた意味。
小さな取り組みは、すぐに何かを変えられるものではない。けれど、ここで続けられているという事実が、少しずつ、次の可能性をつくっていく。山から始まる、ひとつのかたち。それは、特別なものではなく、どこかへとつながっていくための入口なのかもしれない。
