冬の名残が残る北海道の日本海。まだ冷たい海に、春の訪れを告げる魚がやってきます。ニシンです。群れをなして岸へ近づいたニシンは、浅い海で一斉に産卵します。そのとき海面が乳白色に染まることがあります。漁師たちはこの現象を「群来(くき)」と呼び、春の訪れの合図としてきました。
かつて北海道では、ニシン漁によって莫大な富が生まれました。小樽などの海辺には、その繁栄を今に伝える豪華な「ニシン御殿」が残されています。
ニシンは食卓だけでなく、日本の産業にも大きな役割を果たしました。搾油した後の身を乾燥させた「鰊粕(にしんかす)」は肥料として本州へ運ばれ、綿花などの栽培を支えたといわれています。北の海の恵みは、遠く離れた畑の実りにもつながっていたのです。
そして卵は「数の子」として珍重され、お正月の縁起物として食卓に並びます。脂の乗った身は、握り寿司やさまざまな料理として楽しまれてきました。
自然が生む奇跡の瞬間と、それを支える人々の暮らし。今回の「食彩の王国」は、北海道の春を告げる魚、春ニシンの魅力に迫ります。
【放送日:2026年3月21日(土)9:30 -9:55・テレビ朝日】
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北海道に春を告げる魚 ― 春ニシンと群来
まだ冬の冷たい空気が残る北海道の日本海。
その海に、春の訪れを告げる魚が現れます。ニシンです。
春になると、ニシンは産卵のために大きな群れをつくり、岸近くの浅い海へとやってきます。すると海面が乳白色に染まることがあります。これはオスのニシンが放出する精子によって海水が白く濁るためで、漁師たちはこの現象を「群来(くき)」と呼んできました。
海が白く染まるその瞬間は、まさに北の海が目を覚ます合図。
群来が起きれば、ニシンの大群が近くにいる証拠です。
かつて北海道の日本海沿岸では、この春ニシンを求めて多くの漁師が海へ向かいました。
しかしニシンは回遊魚。群れが現れるかどうかは、その年の海の状況次第です。
大漁になる年もあれば、ほとんど獲れない年もある。
まさに「0か100か」の勝負。
それでも春になると、漁師たちは海を見つめます。
海が白く染まる、その瞬間を待ちながら。
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ニシンが生んだ黄金時代 ― 小樽のニシン御殿
春ニシンの群れが押し寄せると、北海道の日本海沿岸は一気に活気づきます。
海が白く染まる群来は、漁師たちにとって大漁の兆しでした。
19世紀から20世紀初めにかけて、北海道ではニシン漁が大きな産業となります。
大量に獲れたニシンは食用としてだけでなく、油や肥料としても利用され、日本各地へと運ばれていきました。
その莫大な富を象徴するのが「ニシン御殿」です。
網元たちが建てた豪壮な邸宅で、小樽の海辺には当時の繁栄を伝える建物が今も残されています。
代表的なものの一つが
にしん御殿 小樽貴賓館 旧青山別邸。
大正時代に建てられたこの邸宅には、絵画や書が飾られた部屋がいくつも連なり、当時の網元たちの豊かな暮らしぶりを伝えています。
小樽貴賓館
- 北海道小樽市祝津3丁目63
- TEL:0134-24-0024
- 営業時間:9:00~16:00
- 定休日:なし
- URL:http://www.otaru-kihinkan.jp/
また、小樽にはかつて網元の住宅だった建物を移築した宿として知られる
料亭湯宿 銀鱗荘もあります。ニシン漁がもたらした富が、建築や文化として今も受け継がれているのです。
料亭湯宿 銀鱗荘
- 北海道小樽市桜1丁目1−13
- TEL:0134-54-7010
- 営業時間:11:30~15:00(グリル銀鱗荘)
- 定休日:水・木曜(グリル銀鱗荘)
- URL:https://www.ginrinsou.com/
一匹の魚が海を越え、町を豊かにし、人々の暮らしを変える。
ニシンは、北海道の歴史を動かした魚でもありました。
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北前船が運んだ海の恵み ― 数の子と鰊粕
北海道で大量に獲れたニシンや昆布は、海辺の町だけで消費されるものではありませんでした。その恵みを日本各地へ運んだのが、日本海を往復した商船「北前船」です。北前船は、北海道から日本海沿岸を南下し、大阪まで航海しました。このあたりの北前船の詳細については、司馬遼太郎著「菜の花の沖」に詳しく描かれています。
船には数の子や身欠きニシン、そして搾油後に乾燥させた「鰊粕(にしんかす)」などが積み込まれます。なかでも数の子は、ぎっしり詰まった卵の姿から「子孫繁栄」の象徴とされ、正月料理として全国へ広まっていきました。北海道の海で生まれた食材が、日本の年中行事を彩るようになったのです。
そして鰊粕は、当時の農業を支える貴重な肥料でした。窒素分が豊富なこの肥料は、上方や瀬戸内の畑へ運ばれ、綿花や藍の栽培を支えたといわれています。
北の海で獲れた一匹の魚が、船に乗り、日本列島を巡り、遠く離れた土地の実りを豊かにする。ニシンは食卓だけでなく、日本の産業を支える存在でもありました。こうして北海道の海の恵みは、北前船によって全国へ広がっていったのです。
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消えた魚、そして復活へ ― 春ニシン漁の現在
かつて北海道の日本海沿岸では、春になるとニシンの群れが押し寄せ、海が白く染まる群来が見られました。しかし20世紀初めになると、そのニシンが突然姿を消してしまいます。原因ははっきりとは分かっていません。乱獲なのか、海流の変化なのか…、水温の上昇など、さまざまな要因が重なったと考えられています。
ニシン漁で栄えた町は静まり、かつての黄金時代は終わりを迎えました。それでも海とともに生きる人々は、あきらめませんでした。
稚魚を放流する「作り育てる漁業」に取り組み、長い年月をかけて資源の回復を目指してきたのです。そして近年、日本海沿岸では再びニシンの群れが見られるようになりました。まだかつての規模には及びませんが、春になると群来が観測される年もあります。
北海道の海は今も変化し続けています。その海を見つめながら、漁師たちは今年もニシンの群れを待ち続けています。
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春の海の味覚 ― 進化するニシン料理
春ニシンは、北海道の海が育てる季節の味覚です。脂ののった身は上品で、とろけるような食感が特徴。生で味わえば繊細な甘みが広がり、火を通すとふっくらとした旨味が引き立ちます。
卵は「数の子」として珍重され、正月料理として日本の食卓を彩ってきました。一方で近年は、身の美味しさにも改めて注目が集まっています。北海道では、春ニシンを使った握り寿司や郷土料理として楽しまれてきました。さらに今では、イタリアンや中華、フレンチなど、さまざまな料理人が新しい表現に挑んでいます。
札幌の名店オーベルジュ・ド・リル サッポロでは、オスのニシンの白子を生かした一皿など、素材の魅力を引き出す新しい料理が生み出されています。
オーベルジュ・ド・リル サッポロ
- 北海道札幌市中央区南1条西28丁目3−1
- TEL:011-632-7810
- 営業時間:11:30~15:00、18:00~22:00(土・日は17:30~から)
- 定休日:火曜
- URL:https://www.hiramatsurestaurant.jp/aubergedelill-sapporo/
春ニシンは、ただの郷土の魚ではありません。北の海の自然、歴史、そして料理人の創意が重なり合う食材なのです。
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まとめ|北の海が育てた春の恵み
北海道の日本海に春が訪れるころ、海にはニシンの群れが戻ってきます。産卵のために岸へ近づいたニシンが海を白く染める「群来」は、北の海が目を覚ます瞬間でもあります。
かつてこの魚は、北海道の町を豊かにし、ニシン御殿を生み出しました。北前船によって全国へ運ばれた数の子や鰊粕は、日本の食文化や農業にも大きな影響を与えてきました。しかし時代の流れの中でニシンは姿を消し、海は静かな時代を迎えます。それでも人々は海と向き合い、資源を守りながら再びニシンの群れを迎えようとしています。
そして今、春ニシンは北海道の旬の味覚として新しい魅力を広げています。握り寿司や郷土料理、さらにはフレンチや創作料理へと姿を変えながら、北の海の恵みを私たちの食卓へ届けてくれます。
自然が育てた魚、歴史が育てた文化、そして料理人の手によって生まれる新しい味。春ニシンには、北の海が紡いできた豊かな物語が詰まっているのです。


