海の香りがふっと鼻を抜ける朝、内房線の窓から南房総の陽射しが差し込んでいます。なぎら健壱さんが千倉のミカン園を出発し、ゆるやかに房総の海沿いを進む旅。途中下車を重ねるたびに、バス停前の落ち葉、古書店の静けさ、みかん畑の果実の色が見えてきます。
そして旅の終着は――青堀駅近く、海苔を練り込んだ翡翠色の麺が特徴的な「いいのラーメン」での一杯。大ぶりな餃子おにぎり、海苔香るスープ、緑の麺。房総の食材と旅の空気が一皿に溶け込むその瞬間に、「旅って、こういう味と風景の出会いなんだ」――と感じるのです。
この旅では、誰もが足を止めたくなる“房総の食卓”に出会います。味覚も視線も、いつの間にか広がっていき、冬の海風に似たゆるやかな期待が、ひと駅ごとに増えていくのです。
🌅海風に誘われて——南房総・千倉の冬みかん狩り
朝の光が海から差し込み、潮の香りを運んでくる。冬のみかん畑に並ぶのは、寒さに負けず、太陽をたっぷり浴びた黄金色の果実たち。
なぎらさんが最初に訪れたのは「千倉オレンジセンター」のみかん狩りではないでしょうか?
もぎたてのみかんは手のひらでつまむたびに、ほのかな甘酸っぱさと果汁の香りが広がります。みかんを食べながら見上げる空はどこまでも青く、その向こうに、ゆるやかに揺れる海のきらめきが見えます。
「冬の房総は、寒くても優しい」。そんな言葉が似合うのは、温暖な気候と、人の笑顔が溶け合うこの土地だからなのでしょう。
地元の人は、みかんをただの果物としてではなく、“太陽の恵みそのもの”として扱います。その温もりが、訪れる旅人の心をじんわりとほどいてくれるのです。
千倉オレンジセンター
- 千葉県南房総市千倉町久保1494
- TEL:0470-44-0780
- 営業時間:9:00~17:00
- 定休日:なし
- URL:https://orangemura.com/
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📚思い出を綴る書棚——古書店「思惟丈(しいたけ)」の静かな時間
館山の静かな路地に、木の香りがする小さな古書店があります。その名は「思惟丈(しいたけ)」。不思議な店名の由来は、“思いを丈(たけ)いっぱいに残す”という店主の言葉から来ているそうです。
店の奥には、寄贈された「人生の本棚」が並び、そこには、旅の記録、若き日の恋文、亡き人が愛した詩集など、一冊一冊に“誰かの物語”が詰まっています。
訪れた人はページをめくりながら、知らない誰かの記憶と静かに出会い、館山の海風が古い紙の香りをかすかに揺らすたびに、時間が止まったような感覚に包まれるのです。
「本は人のこころを渡って生き続ける」——そんな思いを感じながら、なぎらさんも本棚の前でしばらく立ち尽くしていたのではないでしょうか。
思惟丈(しいたけ)

- JR館山駅東口・「sPARK tateyama」軒下
- 営業日・時間:月・金曜(6:00~11:00)
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🔑時を刻む銀の鍵——館山「彫金工房 冨銀」の手仕事
トンカン、トンカン──小気味よい音が、金属の輝きを育てていきます。館山の「彫金工房 冨銀」は、職人の息づかいがそのまま作品になる場所です。ここでは、銀の板や真鍮の棒が、職人の指先で命を宿していきます。人気のモチーフは「鍵」。
時計の歯車を組み込み、笛としても使える精巧なデザインは、まるで“時を呼ぶ音”のよう。さらに、そこにパワーストーンをあしらったアクセサリーも並び、一つひとつに「想いをつなぐ」「時間を守る」といった意味が込められているのです。作業台の上には、光を反射してきらめく金属片と、削りくずに混じる小さな希望の粒。


店主の言葉が印象的です。「金属は、打てば打つほど強くなる。人も同じですよ」。その言葉に、なぎらさんはしばらく黙って頷いていました。館山の穏やかな午後、工房の窓辺には柔らかな光が差し込み、時の音だけが静かに響いていました。
彫金工房 冨銀
- 千葉県館山市富浦町那古545-925-26
- TEL:090-7838-4555
- 営業時間:8:00~17:00
- 定休日:なし
- URL:https://www.tomigin.com/
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🍇房総のテロワール——那古船形「マシューズワイン」に宿る風
館山の港町・那古船形。潮の香りと土の匂いがまじりあうその丘に、小さなワイナリー「マシューズワイン」があります。
ここでは“海に最も近い葡萄”が、静かに風に揺れています。この地の土壌は砂混じりで、水はけがよく、日照も豊か。昼は海風が、夜は山風が吹き、温暖な南房総の気候が葡萄に独特の酸と香りを与えるのです。
まるで、潮騒のリズムをそのままボトルに閉じ込めたような味わいです。ワインのラベルには、“地の記憶を紡ぐ”という言葉が刻まれています。それは単なるブランドではなく、房総という土地そのものがひとつの“物語”として存在しているという宣言なのです。
グラスを傾けると、南の海を渡る風がほんのり頬を撫でるような香り。その一口は、旅の終わりではなく、
次の季節へと続く道しるべのように、やさしく胸に残るのです。
マシューズワイン株式会社
- 千葉県館山市川名774
- TEL:070-4376-7476
- 営業時間:不明
- 定休日:不定休
- URL:https://matthewswine.net/
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🚁空を駆ける夢——君津「ロマンの森共和国」のドローンサッカー
山に囲まれた自然豊かな君津の町。木漏れ日が差し込むレジャー施設「ロマンの森共和国」では、子どもたちの歓声が響いています。その中心にあったのは、ひときわ熱気を帯びたドーム。中では、透明なケージの中をドローンが縦横無尽に飛び交っています。

これは“ドローンサッカー”という新しいスポーツ。操縦者たちはゴーグル越しに機体を見つめ、風を読むようにスティックを動かしています。
ふわりと浮かび、すれ違い、ボールをゴールへ。その一瞬一瞬が、まるで空を泳ぐ魚のように軽やかで、観ている人の心まで躍らせます。
自然の中に最先端の技術が溶け合う光景。「伝統」と「未来」が同じ空の下にある。それこそが、この旅のもうひとつの“ぶらり途中下車”の魅力なのかもしれません。
森と湖のリゾート ロマンの森共和国
- 千葉県君津市豊英659-1
- TEL:0439-38-2211
- 営業時間:10:00~17:00
- 定休日:火・水曜
- URL:https://www.romannomori.co.jp/
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🥜房総の小粒——木更津「ピーナッツの山津屋」の粉ふき落花生
電車が君津を出て木更津に近づくころ、車窓の外には広がる畑が見えてきます。その土の中で眠っているのが、房総の名産・落花生です。
「ピーナッツの山津屋」では、昔ながらの“塩水に漬ける”製法で作られる粉ふき落花生が人気。煎るのではなく、ゆでてから塩をまぶす——このひと手間が、ほくほくとした柔らかさと自然な甘みを生み出します。殻の表面に薄くまとう塩の白い粉が、陽光を浴びてほのかにきらめいています。

お店の軒先には、香ばしい匂いと一緒に、地元の人たちの笑い声が漂っていました。おやつにも、おつまみにも、手みやげにもなる“房総の味”。その小さな粒には、千葉の豊かな大地と人のぬくもりがぎゅっと詰まっているのです。
山津屋
- 千葉県木更津市文京3丁目1-9
- TEL:0438-25-3225
- 営業時間:10:00~17:00
- 定休日:なし
- URL:https://yamatsuya.jp/
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🌊緑の海——富津「いいのラーメン」で締める旅の味
富津の街に近づくと、潮風の香りが少しずつ濃くなってきます。「いいのラーメン」は、地元で長年愛されてきた老舗の一軒。この店の看板メニューは、海苔を練り込んだ“緑の麺”です。
見た目にも驚くその一杯は、まるで内房の海そのものをすするような味わいです。
ラーメン丼の中で湯気を立てる緑の麺。磯の香りが鼻をくすぐり、アサリの旨味がスープに溶け込んでいます。スープを一口含めば、潮の優しい甘さが舌の上に広がり、まるで波が砂浜を撫でていくように消えていきます。

そしてもう一つの名物が、揚げ餃子を太巻きにした“餃子おにぎり”。カリッと香ばしい皮とご飯の組み合わせは、港町らしい“がっつり”と“ほっこり”が同居する味に仕上がっています。

湯気の向こうに広がる富津の空。その空気の中には、潮と人の笑顔が混ざり合っていました。
旅の終着点でいただくこの一杯は、“海とともに生きる”という房総の心そのものなのです。
いいのラーメン
- 千葉県富津市下飯野330-3
- TEL:0439-87-1535
- 営業時間:11:00~14:00、17:00~20:00(土・日は通し営業)
- 定休日:木曜
- URL:https://iinoramen.jimdofree.com/
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🚉まとめ|海と風と人のぬくもり——内房線がつなぐ小さな奇跡
南房総をゆっくり走る内房線の車窓から、穏やかな海が見えると、旅の途中で出会った人たちの笑顔、手仕事の音、そして食の香り、そのすべてが、ひとつの大きな物語を紡いでいました。
館山の古書店では、本のページをめくる音に人生の余白が響き、彫銀工房では、金属を打つ音が未来へのリズムを刻んでいました。葡萄畑の風が優しく髪を揺らし、ラーメンの湯気が心の奥に残る温もりを運んでくれました。
どれも決して派手ではないけれど、この地の人たちが「暮らすこと」を大切にしている証。“ぶらり途中下車”の旅が映すのは、観光地ではなく、日々を丁寧に生きる人々の姿なのです。
電車がゆっくりと次の駅へ進むとき、なぎらさんの表情にも、どこか穏やかな笑みが浮かんでいました。それはきっと、誰の心の中にもある“ふるさと”を見つけた瞬間なのかもしれません。





