地球ドラマチック|征服されても、取り込まれなかった文明――サルデーニャ島・ヌラーゲの謎

ヌラーゲの遺跡 BLOG
ヌラーゲ文明は、拡大しなかった文明にも「続く」という選択があったことを、石の塔が黙って示し続けている。
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古代文明と聞くと、広がり、征服し、次の文明に飲み込まれていく姿を思い浮かべる。だが、地中海のサルデーニャ島に残されたヌラーゲ文明は、その常識から少し外れている。

紀元前18世紀から、およそ1000年。島の各地に築かれた石の塔「ヌラーゲ」は、現在も8000以上が残り、当時の人々の高度な建築技術と豊かな暮らしを物語っている。

やがて地中海世界を制したローマ帝国は、サルデーニャ島にも進出した。それでもヌラーゲの塔は、完全に破壊されることも、ローマ文化の中心に組み込まれることもなかった。征服されたのに、取り込まれなかった文明。これは、ローマ帝国らしくない。

なぜ彼らは、広がろうとしなかったのか?なぜ同じ形の塔を、島の中で作り続けたのか?文字を残さなかったため、ヌラーゲ文明は長く沈黙を守ってきた。だが最新の調査によって、その沈黙の奥から、「生き延び方」とも呼べる選択が、少しずつ浮かび上がってきている。

この「地球ドラマチック」は、征服や栄光ではなく、続いたことそのものに目を向け、謎の古代文明ヌラーゲの姿に迫っていく。

【放送日:2026年2月7日(土)14:00 -14:45・NHK-Eテレ】

島に築かれた石の塔「ヌラーゲ」とは何だったのか?

サルデーニャ島の風景を特徴づけているのが、「ヌラーゲ」と呼ばれる石造りの塔だ。この塔は、サルデーニャ島全域に分布し、現在確認されているだけでも8000以上が現存しているとされる。ひとつの文明が残した建造物としては、異例とも言える数だ。

ヌラーゲ(出典:天使たちの西洋美術)
ヌラーゲ(出典:天使たちの西洋美術)

ヌラーゲは、巨大な石を積み上げて造られた円錐形の塔で、内部には通路や階段、複数階にわたる空間を持つものもある。モルタルなどの接着剤は使われていない。それでも何千年ものあいだ、倒れずに残り続けてきた。

この塔が何のために建てられたのかについては、長いあいだ議論が続いてきた。要塞だったのか。祭祀の場だったのか。権力者の住居か、あるいは集会所か。

おそらく、どれか一つではない。時代や場所によって、役割を変えていた可能性が高い。重要なのは、ヌラーゲが特別な場所にだけ建てられたのではなく、人々の生活圏の中に繰り返し築かれている点だ。村の近くに、畑を見渡す位置に、海や山への視界が開けた場所に…。

つまりヌラーゲは、異界とつながる神殿というより、暮らしの中心に据えられた構造物だったと考えられる。これほどの数の塔を、ほぼ同じ形式で、およそ1000年にわたって作り続けた文明は珍しい。そこには、変えることよりも保つことを選んだ意思が見える。

ヌラーゲは、単なる建築物ではない。島の各地に繰り返し立てられたその姿は、人々が共有していた「ここが私たちの世界だ」という感覚そのものだったのかもしれない。この塔を起点に、ヌラーゲ文明の暮らしと価値観が、静かに広がっていた。

文字を持たなかった文明の、豊かさと高度な技術

ヌラーゲ文明は、文字を持たなかった。少なくとも、現在までに解読可能な文字資料は見つかっていない。だからといって、彼らが何も残さなかったわけではない。石の塔だけでなく、生活の痕跡は、さまざまな形で地中に残されている。

たとえば、精巧な青銅製の小像。人や動物、船、戦士をかたどったこれらの出土品は、高度な金属加工技術と、豊かな表現力を物語っている。また、装身具や器、道具類の存在から、ヌラーゲの人々が決して自給自足だけの暮らしをしていなかったことも分かる。

地中海沿岸各地との交易を示す痕跡が、サルデーニャ島各地で確認されているのだ。これは重要な点だ。ヌラーゲ文明は、島に閉じこもって外界を拒んでいたわけではない。外の世界を知り、必要なものは受け取り、それでも自分たちのやり方を変えなかった。

文字の代わりに、彼らは「形」と「技術」で情報を共有していたのかもしれない。同じ形式の塔を作り続けたこと。似た意匠の道具や像が、島の各地で見つかること。それらは、書かれた記録ではなく、作られ、使われ、受け継がれることで伝えられた記憶だった。

文字がない文明は、しばしば「未開」と誤解されがちだ。だがヌラーゲ文明が示すのは、高度な技術と豊かな暮らしが、必ずしも文字と結びつくわけではない、という事実だ。

彼らは、書かずに残した。語らずに、形にした。そしてその形は、何千年も後の私たちに、確かに届いている。文字がなかったから、彼らの文明は消えたのではない。むしろ、文字に頼らなかったからこそ、変わらずに続いた部分もあったのかもしれない。

なぜヌラーゲ文明は、広がろうとしなかったのか?

人類の歴史を振り返ると、力や富を手にした社会は、やがて外へと広がっていくことが多い。領土を拡大し、資源を求め、ときには他者を攻め滅ぼしてでも支配を広げる。それが、多くの文明がたどってきた道だった。

だがヌラーゲ文明は、その流れに乗らなかった。交易はしていた。外の世界を知らなかったわけでもない。それでも彼らは、勢力を広げる方向へは進まなかった。理由の一つとして考えられるのが、島という環境だ。

サルデーニャ島は、外へ出るには海を越えなければならない。大規模な遠征や支配を続けるには、高いコストとリスクが伴う。だが、それだけでは説明しきれない。ヌラーゲ文明には、「拡大しなければならない」という切迫した動機が見えない。

島の中には、生活を支える資源があり、共同体を守る仕組みもあった。塔を中心とした社会は、外へ手を伸ばすよりも、内側を安定させることに力を注いでいたように見える。欲望がなかったわけではないだろう。だがその欲は、より多くを奪う方向ではなく、今ある暮らしを保ち、続ける方向へ向けられていたのかもしれない。

同じ形式のヌラーゲを、何世代にもわたって作り続けたことは、変化を拒んだというより、変える必要がなかったことを示している。外へ出て勝ち取る栄光よりも、ここに留まり、同じ世界を次の世代へ渡すこと。ヌラーゲ文明が選んだのは、拡大ではなく、持続だった。

人類の歴史の中では、あまり目立たない選択だ。だがだからこそ、この文明は長く続き、石の塔として今も残っている。広がらなかったことは、弱さではない。欲望の向け先が、違っていただけなのだ。

ローマ帝国は、ヌラーゲをどう支配したのか?

地中海世界を席巻したローマ帝国は、征服した土地を、単に軍事力で押さえ込むだけの国家ではなかった。道路を敷き、都市を整え、税と法律を導入し、支配を持続可能な仕組みに組み替えていく。それがローマの強さだった。

サルデーニャ島も、やがてローマの支配下に入る。だがここで起きたことは、いつもの「ローマ化」とは少し違っていた。ヌラーゲの塔は、大規模に破壊されることはなかった。かといって、ローマの神殿や行政施設として積極的に転用されたわけでもない。

ローマは、ヌラーゲ文明を帝国の中核に取り込もうとはしなかったのだ。理由は、おそらく現実的だ。島はすでに安定していた。反乱を繰り返すわけでもなく、統治コストに見合わないほど独自色を主張するわけでもない。

交易の要所としての価値はあっても、思想や制度まで作り替える必要はなかった。ローマにとって重要だったのは、人々がローマに逆らわず、税と秩序が保たれること。ヌラーゲの塔は、その条件を脅かす存在ではなかった。だからローマは、壊さず、利用もせず、そのまま置いた。これは、支配の失敗ではない。むしろローマらしい、冷静な判断だった。

一方で、ヌラーゲ側も、ローマ文化を全面的に拒んだわけではない。必要なものは受け入れ、それでも自分たちの暮らしの核は変えなかった。結果として生まれたのが、完全な同化でも、激しい衝突でもない、奇妙な均衡だ。

征服されたが、消されなかった。支配されたが、作り替えられなかった。ローマ帝国の拡大史の中で、これは目立たない一例かもしれない。だがここには、「勝者がすべてを塗り替えるとは限らない」という、もう一つの歴史の形がある。

ヌラーゲ文明は、戦ってローマに勝ったわけではない。変わらずに在り続けることで、取り込まれなかった。その姿は、拡大と支配を繰り返してきた人類史の中で、静かに異彩を放っている。

まとめ|なぜこの文明は「消えずに残った」のか?

ヌラーゲ文明は、大帝国に勝ったわけではない。支配を跳ね返した英雄譚も残していない。それでも、消えなかった。この事実は、文明の強さを「勝つこと」や「広がること」だけで測ってきた私たちの感覚を、少し揺さぶる。

ヌラーゲの人々は、外の世界を知らなかったわけではない。交易を行い、異文化に触れ、ローマの支配も受け入れた。だがそれは、自分たちの暮らしの核を差し出すことではなかった。

塔を中心とした共同体。同じ形を繰り返し、同じ場所に留まり、次の世代へ手渡していく生活。それは変化を拒んだのではなく、変えなくてよいものを、見極めていたということなのかもしれない。

ローマ帝国もまた、それを無理に壊さなかった。反乱を生まず、秩序が保たれるのであれば、徹底的に作り替える必要はなかったからだ。こうして生まれたのは、勝者と敗者という単純な関係ではない。一方が支配し、もう一方が静かに在り続けるという、不思議な共存だった。

ヌラーゲ文明が今も語られるのは、壮大な征服の物語を残したからではない。拡大しなかった文明にも、続くという選択があったことを、石の塔が黙って示し続けているからだ。

文明は、必ずしも声を大にして自己主張しなくてもいい。勝たなくても、歴史に名を刻まなくても、在り続けることはできる。サルデーニャ島に立つヌラーゲは、そう語りかけているように見える。——変わらなかったからこそ、ここに残ったのだ、と。

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